2021/01/03

入れ替わりシチュ2本


1 「こんにちわ、朝陽先輩。遅かったですね」 「……お疲れ様です…"先輩"」 「こらこら、外では君が先輩で僕が後輩だよ」 放課後の文芸部の部室で2人きり。 ニコリ、とほほえむ"自分"の笑顔を見てこめかみを抑える。 「…いいじゃないですか。誰も来ていないんですし…。っていうかなんでそんなに慣れちゃってるんですか」 「いやいや、最初は悲観していたがよくよく考えたら何も問題ないな、と思ってね」 僕、霧雨太一は文化部所属の男子高校生だった。 昨日の部室の大掃除中に脚立から足を滑らせた部長の日向朝陽先輩の下敷きとなり…気が付けば身体が入れ替わっていたのだ。 今日1日はなんとか日向朝陽としてやり過ごせたのだが…。 (いや、やり過ごせてないか。授業全然わからなかったし) というか、いま先輩は何て言った?問題ない? 「え?も、問題ない?」 「そうだ。私にとって女性というのは枷でしかなかったからね。私の夢は世界を旅することなんだが…」 女性であることで危険にさらされることはあり、国によっては宗教による制限、さらに身体は1月に1回不調になる…とつらつらと述べられた。 「え、つまり先輩は戻る気がない、ってことですか?今日は戻る方法を探そう、という流れだったと思うんですけど」 「そのつもりだが…君は嫌なのかな?」 「そ、そりゃそうに決まってるでしょう?」 「そうなのか、君は私に好意を寄せてくれていると思っていたのだが」 「…そうですけど。……だ、だからといって身体だけ寄こされてもこまります」 目の前の自分は首をかしげる。 なにか行き違いがある、みたいな表情だ。 「何を言っているんだ。私も君のことは少なからず好意を持っているんだよ。こうなった以上、君のことは一生面倒を見る気でいるよ」 「なっー」 「不便な身体を押し付けてしまったことには変わりがないからね」 両腕をつかまれ、まじめな顔でプロポーズされた。 顔がカッと熱くなる。 「な、なー」 「こちらとしては結婚しても構わないと思っているが、君がやりたいことがあるならそれを最大限サポートしよう。……女性に厳しい職業が夢だったのであればすまない、としかいいようがないのだが。それにー」 「そ、そ、それに?」 ムニッと慣れない感触が胸から伝わってくる。 視線を下げてみれば、制服の上から握るように置かれた手。 「もうすでにいろいろ楽しんでいるようだし…?」 おそらく僕の顔は真っ赤になっているのは間違いないだろう。 「な、なにを…言っているのか…」 「おや、私の自慢の1つがこの胸なのだが。昨日触っていないのかい?」 「………………………触ってないです」 「君は嘘を付くのが下手だね。私の身体を穢してしまった責任は取ってほしいかなぁ?」 自分の顔が近づいてくる。 僕は何も考えられなくなり、目をキュっと瞑った。 ーーー 2 「キヨヒコ。寒そうだね?」 「…おう、フタバ。ものすごく寒い。足が寒い」 「タイツ履いてんじゃん。あったかいでしょ?」 「こんなの薄いので満足できるわけねえだろ。そもそもスカートだってほとんど外気入ってくるし…女子はみんな文句言った方がいいぞこれ」 俺と入れ替わったフタバはニヤニヤしている。 女の子って大変でしょ、と言わんばかりの笑顔だ。 「ジャージはいていいか?」 「ダメ。私にズボラなイメージを付けないで」 フタバにぐいっと引っ張られ、背後から抱きしめられる恰好になる。 ペタペタとお腹周りを触ってくるフタバ。 傍から見たらカップルがイチャイチャしているだけに見えるだろう。 「おい、やめろよ」 「うんうん、ちゃんとウォーマーつけてお腹は暖かくしてるね。髪の毛も…ちゃんと手入れしてるし」 クンクンとにおいをかいでくるフタバ。 むず痒すぎる。思い切って離れようとするが、片手で抱え込まれてしまってされるがままの状態だ。 視界の端、車道をはさんで反対側にフタバと俺のクラスメイトがこちらを見ているのが確認できた。 「どう?女の子が大変だって身に染みた?」 「ま、まあ。身だしなみは男の数倍時間をかけているんだなってわかったよ。女子同士での品評会みたいな会話もこりごりだ」 事の発端は女はいいよな、男に比べて…というよくある会話だった。 ヒートアップしたフタバが変な骨董品レベルの本を使ってお互いの身体を入れ替えてしまったのだ。 「…で、いつ戻してくれるんだよ」 「んー、あと数日後かな。女子の一番大変なこと、教えてあげる」

長い間放置されて「命」を持ったマネキン2体とカップル

 「美冬のやつ、なんでこんなところに…」


スマホに届いていたのは俺の彼女、美冬からのメッセージだった。

部室棟の端にある演劇部の倉庫、そこで待っている、という内容だった。

そんな突拍子もないことをする彼女ではなかったはず…どちらかというと優等生で、恋人としての付き合いも節度がある…悪く言えば遅々として関係が進まないようなもどかしさもあるそんな感じだ。


期末テスト前ということもあり、部活動は一切行われておらず、人の気配はまったくせず静まり返った廊下を進む。

ちょっとだけ深呼吸をして倉庫となっている教室の扉に手をかける。

鍵はかかっていなかった。少しだけ音を立てながら扉が開いた。


「美冬」

「あ、やっと来てくれた。来なかったらどうしようかなーって思ってたよ」


窓際にある丸椅子に座っていた美冬はニコリ、と笑う。

真面目で通っている、学校では決してしない無邪気な笑顔。

お互いの家で勉強しているときとか、デートしているときとか。

そのときにしか見せない笑顔だった。


そんな笑顔を学校で見れることに俺は内心新鮮さと嬉しさを感じつつも、言いようのない、小さな不安は拭えなかった。


「急にどうしたんだ?鍵はどうやって?…なぜここに?」

「んー?演劇部のお友達に借りたんだよ。…たまには学校でもお話したいなって」

「………」


2人が付き合っていることはクラスメイトには言っていない。

登下校を一緒にすることはないし、クラスも違うので今のところはバレていない。公にするとからかわれるし、浮ついてしまうからと言って秘密にしようと言ってきたのは美冬なのだが。


「ね、そこ座って」


美冬が立ち上がり、大道具のソファへ向かう。

俺は頭をかきつつ、扉をしっかりと閉めてからソファへ。


多少…ホコリ臭い部屋を見回せば演劇で使うのであろう大道具や小道具が転がっている何種類ものカーテン、机、椅子、背景。

中には壊れてしまって処分待ちなのか放置されているのかわからない家具も転がっている。


ソファに腰を下ろす。

美冬も俺に密着するように座ると、俺の肩に頭を載せて体重をこちらへ預けてきた。彼女の小さな身体の感触と、心地よい重みを感じる。


俺の膝に彼女の手が載せられた。

学生ズボンの上から軽く触れつながら、きゅっと掴んでくる。

家でも、どちらかと言えば奥手で美冬から積極的にこうしたスキンシップをとってくることはあまりなかった気がする。


俺も健全な少年であり、もちろんそういった事をしたくないというわけではなく、どちらかと言えば興味があるほうだ。…だがコレはお互いの同意があってこそであり、俺は彼女の望むように付き合ってきたのだが。


「…なあ。本当にどうしたんだ?」

「別に…たまにはいいかなって」

「何か悩みでもあるのか?その…ご両親と喧嘩したとか」

「もう!じれったいなあ」


ぐいっと顔を近づけてくる美冬。

ふわり、とシャンプーの香りが漂ってきて俺の心臓の高鳴りは激しくなっていく。

これは、キス…できるのか?

美冬がこちらを向いたまますっと目を閉じていく。

艷やかな唇はほんの少しだけ開いており、俺がすることを待っている、そんな様子だ…が…。


ふと、なにかが気になった。

なんだろう、誰かに見られているようなそんな感覚。

どこかから、人の視線を感じるような。


「………?」


ふと、ソファの真正面、どこかしら壊れている小道具が積み重なった山の前にマネキンが目に入った。

マネキンを立たせる土台は割れてしまっており、立たせることができないようで粗大ゴミのように横たわっている。

何も衣服を身につけていないマネキンは日光によってその表面は紫外線焼けしており、いつから教室に存在しているのか、わからないほど古く感じられた。


なぜ気になったのか、といえばそのマネキンの顔…といっても無機質で滑らかな、目も鼻も口の位置だけがかろうじてわかるその凹凸が、はっきりとこっちを見据えていたからだった。


先ほど感じた視線はコレではないか、と思わせるほどにー


「ねえ、もう!待ってるんだけど…?」


苛立った感じで美冬がこちらを見ていた。


「あ、ああ…ごめん」


チュッと水分を含んだ音。

美冬は我慢できなかったのか、ほうけていた俺の頬に軽く口づけをする。


「これ、気になる?」


ソファから立ち上がり、俺が見ていたマネキンの前へ歩いてく美冬。


「いや、気になるというか…いろんな小道具があるなって見ていただけで」

「そうなの。確かに色々あるよね…この学校の演劇部は創立当初からあるみたいだし」


美冬が足元に転がっているマネキンを、スカートから伸びる綺麗な足でコツン、と蹴った。

バランスを失い、横向けでこちらを見ていたマネキンがバタン、と仰向けに転がった。


「おいおい、他人の部室の道具を荒く扱ったら駄目だろ」

「ーいいのよ。ここに積まれているのはそんな、十何年も使われることなく、捨てられることなく。誰も気にすることのないゴミの山なんだから」

「…詳しいな?」

「って演劇部の子が言ってたから」

「それでも蹴ったりしたらかわいそうだろ?」

「かわいそう、かな。そう思う?」

「…まあ」

「そっか。例えばこのもう1つのマネキンがあるんだけど」


美冬は部屋の隅に置かれているマネキンを指差す。

まだ使われているのだろうか、魔女の衣装を着せられて佇んでいるが。


「…いつか使うかもってずっと置かれているの。こんな埃っぽい衣装…もう誰も着ないのにね」


よくよく見れば表面はうっすらとホコリにまみれており、ところどころ虫食いのような穴があいていた。


「誰にも見向きをされず…ね?見てあげて」

「見てあげ…る?」

「ええ。ほら、マネキンにも表情があるのよ」


俺は美冬に引っ張られてマネキンの前に立たされる。

表情…といっても眼球や口があるわけでもないただのマネキンにそんなー。




その後、僕は美冬を強く抱き寄せ、彼女の唇を強く奪い、久しぶりの感覚を楽しんだあと、その部室を後にした。