「きゃっ、ごめんなさいっ…すいません、急いでるのでっ…!」
混雑した駅。飛び出してきた誰かが俺にぶつかった。
痛みも特になかったが、文句の一つでも言ってやろうと視線を向けると、そこには慌てて去っていく背広姿の男。その光景に違和感を覚え、俺は罵声を飲み込んだ。
…なんだ?なにか…おかしい。
駅ってこんなに広かったか?
っていうか俺は会社に行く途中でスーツじゃなかったか…?
なんで普通の服を…_?
ってなんだこの服装……!?
俺は慌ててトイレへ駆け込み、その姿を鏡に写す。
「……え、誰だよ、これ…」
そこにいるのは、ポカンと口を開けたまま、こちらを呆然と見つめる少女だった。
「まいったな…これからどうすればいいんだ?」
恐らくぶつかった後に走り去っていった背広姿の男…背中からしか見ていないが、あれが「俺」だったのだ。
おそらくこの身体の「少女」は入れ替わってしまったことに気が付かず、俺の身体で何処かへ行ってしまったのだ。
「入れ替わり、だなんてそんなことが」
映画や小説じゃあるまいし、と思いたくもなるがこの小さな手のひらが現実を突きつけてくる。
「…くそ、頼りねえなこの身体」
何もかもが小さい。筋肉も最小限しかついておらず、腰に手を当ててみればびっくりするほど細い身体であることを自覚させられる。
それに生まれてこの方、こんなに髪を長くしたことはない。動くたびに左右で揺れる束ねた毛がうざったい。
駅前で待っていれば自分の身体の異変に気がついた「少女」が戻ってくるかもしれない。
だが、それには困ったことが1つ。
今日は平日、普通であれば学校があるはずの時間…俺の昔の記憶が正しければ授業が始まっていてもおかしくない。
…つまり、俺がここにいるというのは…
「あー、あなた?ちょっといいかな」
補導員の手帳を見せてくるおばさんが近寄ってきた。
…やばい。
俺はこの身体のことを何も知らない。家の住所も、通っている学校も…そもそも名前も。
俺はジリジリと後ずさりをし、タイミングを見て補導員に背を向けて走り出した。
(続かない)
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