なんだよこれ。
ある朝、洗面台の前に立った俺の目に写ったのは
昨夜と全く違う髪型をした俺だった。
肩まで伸びた髪の毛。
耳は当然のように覆い隠され、頬の輪郭を隠すほどに伸びた髪の毛は揺れると軽く触れてくすぐったい。
前髪はまっすぐ切りそろえられてぱっつんになっている。
髪の毛の質もツンツンの硬目だったはずの髪の毛は、細くサラサラの流れるような髪質に変わっていた。
まるでこれじゃあ女の子みたいな…。
とにかくこんな髪型では学校にいくわけにはいかない。
まわりから笑われてしまう。
俺はキッチンばさみを持ってきてバッサリと落とそうとするが…。
「な…なんだ?これ?」
まるでハサミが駄目になってしまったのかと思うぐらいに髪の毛が切れない。
バリカンを持ち出してみるが結果は同じだった。
見た目や触り心地は髪の毛そのものなのに、それを取り除こうとすることは一切できなかったのだ。
「おにい?さっきから何バタバタしてんの?」
「わ、うわ、見るなよ!」
慌てて髪の毛を手で隠そうとするが、そんな俺を見ても妹の亜紀は驚くことなく、訝しげな顔をするだけだった。
「…?なにしてんの、おにい?髪型決まらないん?」
「え…あ…?」
呆然として手をおろし、その髪型をあらわにしたが、亜紀の表情が変わることはない。まるでこの髪型が当然、いつもの日常と言わんばかりの態度だ。
そして気がつく。
(この髪型、亜紀とそっくりじゃないか)
髪型だけ瓜二つになっていることに気がついた。
「亜紀…。俺の髪…変だよな?」
「はぁ…?いつもどおりじゃん、なにいってんのさ」
「…そ、そうか…」
「早く場所交代してよね。おにいとちがって私は時間かかるんだからー」
そういいながら亜紀はリビングの方へ戻っていった。
俺は再度、恐る恐る鏡を覗くがそこにはやはりおかしな髪型をした自分が立っているのだった。
俺の髪型を見ても父親も母親も、何も言わない。
もしかして、家族全員、俺の髪型を普通だと思っているのか?
学校へ行っても問題ないのかもしれない、と思ったがさすがにその勇気は出せない…というかそもそも切ることもできない髪の毛に恐怖を覚えた俺は、体調不良を母親に伝え、休むことにした。
特に疲れていなくても、眠くなくても横になっていれば自然に睡魔がやってくる。
俺の意識はゆっくりと沈んでいった。
ーーー
…どこだここ?
あたり一面真っ暗闇。
光が一切っ見えないなか、自分の体だけははっきりと見ることができる。
夢の中だと言うのに髪の毛は…長くなったままだった。
「なんだよここ」
歩こうにも1歩先に道があるのかもわからない。
動くことを躊躇っていると…。
『おや、早いですね…』
聞いたことのない声が響いてきた。
『ま、契約は契約です。ここに来てしまった以上は遂行させていただきますが…』
「な、なんだよ。誰だよお前」
『おや、覚えていらっしゃらないのですか…。昨日も散々説明したでしょうに』
「…き、昨日…?」
『ああ、そうでした。人というものは夢を忘れやすく出来ているのでしたね。仕方ありません、今から説明することは忘れないようにしてあげましょう』
「は……?」
『依頼主様のご依頼により、あなたはここに来るたびに1枚カードを引く必要があります。そのカードに書かれている物が、あなたに降りかかります』
「い、依頼主?カード…?」
『では、どうぞ』
眼の前にカードが10枚ぐらいババ抜きのときのように扇状になってスッと現れた。
『引かない限りあなたは目が覚めることはありません。…この世界が気に入ったのならそれでも構いませんが』
「…まて、この髪の毛になったのは…このカードのせいだというのか?」
『ええ、あなたは昨日ここでその髪型になるカードをお引きになられました』
「こんな、女みたいな…」
『いえいえ、世間からみたら童顔気味のあなたにはお似合いの髪型だと思いますよ』
「…冗談じゃないぞ、依頼主ってやつのせいか…。誰だよ」
『昨日も申し上げましたが、それは教えられません。相当恨まれているようでしたがね』
そんなもの、心当たりがない。
『さて、カードをお引きください。前回みたいに数時間粘られても結果は同じですよ』
それきり、声は一切聞こえなくなってしまった。
残されたのは俺と、カードのみ。
………
……
…
どれくらい立っただろか。
暗闇の、音のない世界では時間の経過がわからない。
夢の中だというのに、どれだけ自分に痛みを与えてみても目が覚める様子はない。
ゲームの選択肢のように、選択するまで世界が止まっている、そんな感じだ。
「くそっ…」
俺は仕方なくカードに手を伸ばし、震える手で1枚引き抜く。
『衣服、を引かれましたか。ではそのとおりに』
「お、おい、待てー」
世界が黒から白に塗りつぶされていく。
俺もカードも、その光に覆い隠されてー。
「はっ…?」
目を覚ます。
いつもの天井、いつもの部屋だ。
風邪のときのように身体が汗だくになっていた。
いやにはっきりと覚えている夢だった。
俺はむくり、と起き上がる。
「衣服…ってこういうことかよ」
見下ろした視界に、見慣れない柄の布地が目に入った。
今日は制服に着替えなかったので、寝間着のまま寝ていたはず。
なのにいやにすべすべとした素材の服、全身を1枚の布地ですっぽり覆うような長い丈…。
スウェットの上下は見る影もなく、ワンピースのネグリジェに変化していたのだった。
「おいおい…」
慌てて立ち上がりクローゼットを開け放つ。
どちらかというと白や黒のモノトーンで揃えていた俺のシャツやズボンは跡形もなく消え去っており、そこにあったのは色とりどりのひらひらとした布地の服や、スカートそして短すぎるショートパンツばかり。
一番端にかかっていたはずの黒の学生服は…紺色のセーラー服に置き換えられていた。
慌てて引き出しを引っ張る。
靴下は無難なものばかりだったはずなのに、どれもワンポイントやフリル、折返しがついた可愛らしいものばかりに。
そして下着は…すべて女物のショーツに変化していた。
「…ん…?」
そこでようやく、胸の周りを締め付ける違和感に気がつく。
なにかピッタリとしたものが張り付いているような感覚。
脇の下あたりに触れている布地がくすぐったい。
「まじかよ…」
男がつけるはずのない下着、ブラジャーがそこにはあった。
ぴったりと俺の身体にフィットしているサイズのものが。
当然だがカップ部分には空間ができていて、スカスカである。
履いていたトランクスも、当然とばかりにピッタリとフィットした女性者のデザインに変わっていた。女性では想定していない股間の膨らみのせいで、布地が変に伸びてしまっている。
『依頼主様のご依頼により、あなたはここに来るたびに1枚カードを引く必要があります。そのカードに書かれている物が、あなたに降りかかります』
謎の声の言っていたことを思い出す。
ここに来るたび…?
…これで、終わりじゃないのか。まさか、そんな。
2020/08/11
寝るたびに何かが書き換えられていく呪い(1-3)
2020/08/05
短編
「きゃっ、ごめんなさいっ…すいません、急いでるのでっ…!」
混雑した駅。飛び出してきた誰かが俺にぶつかった。
痛みも特になかったが、文句の一つでも言ってやろうと視線を向けると、そこには慌てて去っていく背広姿の男。その光景に違和感を覚え、俺は罵声を飲み込んだ。
…なんだ?なにか…おかしい。
駅ってこんなに広かったか?
っていうか俺は会社に行く途中でスーツじゃなかったか…?
なんで普通の服を…_?
ってなんだこの服装……!?
俺は慌ててトイレへ駆け込み、その姿を鏡に写す。
「……え、誰だよ、これ…」
そこにいるのは、ポカンと口を開けたまま、こちらを呆然と見つめる少女だった。
「まいったな…これからどうすればいいんだ?」
恐らくぶつかった後に走り去っていった背広姿の男…背中からしか見ていないが、あれが「俺」だったのだ。
おそらくこの身体の「少女」は入れ替わってしまったことに気が付かず、俺の身体で何処かへ行ってしまったのだ。
「入れ替わり、だなんてそんなことが」
映画や小説じゃあるまいし、と思いたくもなるがこの小さな手のひらが現実を突きつけてくる。
「…くそ、頼りねえなこの身体」
何もかもが小さい。筋肉も最小限しかついておらず、腰に手を当ててみればびっくりするほど細い身体であることを自覚させられる。
それに生まれてこの方、こんなに髪を長くしたことはない。動くたびに左右で揺れる束ねた毛がうざったい。
駅前で待っていれば自分の身体の異変に気がついた「少女」が戻ってくるかもしれない。
だが、それには困ったことが1つ。
今日は平日、普通であれば学校があるはずの時間…俺の昔の記憶が正しければ授業が始まっていてもおかしくない。
…つまり、俺がここにいるというのは…
「あー、あなた?ちょっといいかな」
補導員の手帳を見せてくるおばさんが近寄ってきた。
…やばい。
俺はこの身体のことを何も知らない。家の住所も、通っている学校も…そもそも名前も。
俺はジリジリと後ずさりをし、タイミングを見て補導員に背を向けて走り出した。
(続かない)
混雑した駅。飛び出してきた誰かが俺にぶつかった。
痛みも特になかったが、文句の一つでも言ってやろうと視線を向けると、そこには慌てて去っていく背広姿の男。その光景に違和感を覚え、俺は罵声を飲み込んだ。
…なんだ?なにか…おかしい。
駅ってこんなに広かったか?
っていうか俺は会社に行く途中でスーツじゃなかったか…?
なんで普通の服を…_?
ってなんだこの服装……!?
俺は慌ててトイレへ駆け込み、その姿を鏡に写す。
「……え、誰だよ、これ…」
そこにいるのは、ポカンと口を開けたまま、こちらを呆然と見つめる少女だった。
「まいったな…これからどうすればいいんだ?」
恐らくぶつかった後に走り去っていった背広姿の男…背中からしか見ていないが、あれが「俺」だったのだ。
おそらくこの身体の「少女」は入れ替わってしまったことに気が付かず、俺の身体で何処かへ行ってしまったのだ。
「入れ替わり、だなんてそんなことが」
映画や小説じゃあるまいし、と思いたくもなるがこの小さな手のひらが現実を突きつけてくる。
「…くそ、頼りねえなこの身体」
何もかもが小さい。筋肉も最小限しかついておらず、腰に手を当ててみればびっくりするほど細い身体であることを自覚させられる。
それに生まれてこの方、こんなに髪を長くしたことはない。動くたびに左右で揺れる束ねた毛がうざったい。
駅前で待っていれば自分の身体の異変に気がついた「少女」が戻ってくるかもしれない。
だが、それには困ったことが1つ。
今日は平日、普通であれば学校があるはずの時間…俺の昔の記憶が正しければ授業が始まっていてもおかしくない。
…つまり、俺がここにいるというのは…
「あー、あなた?ちょっといいかな」
補導員の手帳を見せてくるおばさんが近寄ってきた。
…やばい。
俺はこの身体のことを何も知らない。家の住所も、通っている学校も…そもそも名前も。
俺はジリジリと後ずさりをし、タイミングを見て補導員に背を向けて走り出した。
(続かない)
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