2020/03/02

人間と人形の魔法少女が事件を解決する話(下)

小さな檻に閉じ込められて数時間。
未だに打開できるような兆しは見られない。

藁とおがくずで敷き詰められた地面には使えそうなものは見当たらず、設置されている給餌用のトレイと水飲み用のチューブでは何もできそうにない。

「お腹が減ったら食べていいのよ」


といって盛られた餌は牧草と野菜くずのミックスされた物で、人間が食べるようなものではない。
だがその餌を眺めていると、キュルルと小さな音が下腹部から聞こえてきた。
当たり前だが変身中でもお腹は減るものなのだ。
特訓中はさすがに元の姿に戻ってご飯を食べていたので、こうなってしまうのは想定外だった。

牧草は無理でも…と見た目がキレイそうな人参の欠片をカリッと噛んで見る。
(うえええ…)
姿形を変えているもの、その味覚や嗅覚までは変化していなかったようだ。硬い生野菜の味が美味しく感じられるということはなかった。
キャベツなどの葉野菜を選び、少しずつかじって食べることでようやくお腹からのアラームは収まった。

(うー。どうにかして脱出しないと)

檻の格子を掴み、天井にぶら下がって見るものの檻が曲がるようなことはなく、また天蓋のようなものも見当たらない。
魔法さえ使えれば…と思うが、手をかざして杖を呼んでもシン、としたままだ。

(あれ、ほんとにほんとに大ピンチ?)

このままだと本当にオスネズミとツガイにさせられてしまうのではないだろうか。
(この変身中でも子供ってできるのかな。鼠算っていうぐらいだからたくさん産むのよね)
調べて見ようかな、と思ったが当たり前だが手元に携帯端末はない。
(うう、現実逃避してる場合じゃないわね)

できることはやらないといけない。
前歯を檻にあててガジガジと削ってみる。

「うふふ、無駄よ無駄」

奥の部屋から戻ってきた女がその光景を見て笑う。

「あなたも魔法少女なら知ってるでしょう?それとも頭の中までネズミさんになったのかしら」

(魔法で作り出した物質の強度ぐらい知ってるわよ…。というかやっぱりこの人…魔法少女なのね)

少女、と言うには年は既に30を超えているようにも見えるが、まあ家には年齢不詳な人形の魔法少女が居候しているのだからあまり驚きはない。
だが、こうして人を助けるどころか、自分のためだけにその力を行使して迷惑をかけている魔法少女は見たことがなかった。

戻ってきた女の見た目はこころなしか最初にみたときよりも若々しく見えた。そして感じ取れる魔力も増えている。
やはりというか、捉えた子どもたちから生気を吸収しているようだ。

(っていうか先輩。いくらなんでもそろそろ来てもいいんじゃないですか?)

別れた後、先輩が何をしているかはわからないが、もしかしたら家に帰ってまたベッドに転がってるんじゃないだろうか…。

(お母さんが掃除に部屋入っちゃったとか…)

親には先輩の存在を隠しているため、両親の前では先輩は微動だにしない。
…たまに母親が掃除に入った後、動くに動けずにうつ伏せで地面にキスしたまま転がっている先輩も見たことがある。
掃除だけならいいが、たまに私の漫画を読むために入り浸ることがある、もしそうなってたら最悪だ。

「さーてさて、いつまでも一人じゃあれだし、そろそろあなたの旦那さんを探してこないといけないわね」
(!!…)
「どんなのがタイプかしら?クマネズミ?ハツカネズミ?…それともドブネズミかしら」
(どれもお断りよ!)

籠を手に取り、女は工場の外へ出た。
(外に出てくれたのはラッキーだと思ったけど…)
外は既に日が暮れかけており、薄暗い。
空を見回して先輩を探してみるものの、真っ赤に染まった空の中に人形の姿は見当たらなかった。

女はキョロキョロと工場の周りに対して広域の魔力探知をしているようだ。
そして何かを見つけたのか、右手からふわっと光が浮かび上がったかと思うと、毛がゴワゴワで薄汚れたネズミがまるで磁石のように引き寄せられてその光の中へ収まった。

(うっ…デカイ…)

最悪ネズミを気絶させたりすれば…と思っていた私は、自分より一回りも二周りも体格が大きいオスを見て冷や汗を垂らす。
あんなものに組み伏せられたらひとたまりもないだろう。

「そうそう。変身魔法について知らないかもしれないから教えてあげようかしら。もし変身中に妊娠したりしちゃった場合、どうなると思う?」
(………)
そんなことは知らない。私の使える変身は、魔法少女に変身するときだけだ。

「産むまで元に戻れないのよ。ちなみにネズミさんは妊娠したら20日ぐらいで出産できるわよー。大体1匹で1年に10回ぐらい妊娠して、合わせて60匹ぐらい産むの。さすがネズミ算式に増えていくっていうだけあるわよね」

ろ、ろくじゅう…?
いや、それよりも…私にずっと産ませ続けて戻さないつもりだ。

「いいじゃない?人間の煩わしい生活も、魔法少女の正義感もいらない、ただただ産んで育てるだけの生活に専念できるなんて」

そういいながらこちらへそのオスを近づけてくる。

(い、い…いやああああああ!)

パシュッ。
浮遊していたオスネズミを1本の光の筋が貫いた。
その瞬間、野良で汚らしいネズミがパッとふわふわの白い毛に包まれた、まるで猫が遊ぶときのオモチャのようなぬいぐるみに変化して床に落ちた。

「なっ…!」

慌ててその魔法が飛んできた方向を睨む。
だが、そこには誰もいない。

「ど…どこよっ」

慌てているのか、焦りながら魔法探知を張り巡らして、確認している。

「い、いない…?誰も見つからないなんてそんなこと…?」

ハッっとしてこちらを睨む。
ああ、私がやったのかと思われているのかもしれない。

「やってくれたわね…。もういいわ。あなたのその魔法陣を身体に焼き付けて一生戻れなくした上で森にでも捨ててあげるわ…!」
(ちょ、ちょっと…!)

ぐわっとこちらに手を伸ばしてくる。
掴まれるっ…!
そう思った瞬間。

パシュッ。

また、同じような魔法が女の体を貫いた。
あっと思うまもなく、シュルルル!と着ていた服と一緒に縮んでいく。
先ほどと同じ、ポトッという軽い音とともに、ぬいぐるみが地面に転がっていた。ネズミ、人間をそれぞれ模したぬいぐるみが1つずつ。

「ふー。なんとか間一髪だった、かしら?」

聞き慣れた、どこか飄々としているが、今はとても頼もしい声。

(せ、せんぱい!)

上空からヌイグルミの箒に乗って降りてきたのは、小さな魔法少女のヌイグルミ。先輩は余裕のある笑みを浮かべて、優雅にこちらへ降りてきた。

「私を見つけるには生命体探知じゃダメよねえ」

科学的に見れば無機物、綿とフェルトの塊である先輩はいわゆる生命体というカテゴリには入らない…もとに戻らない限りは。

「そうそう、さっきの光は私が反射された人形化魔法、あれをさらに強化して発展させた魔法よ。光速度で発射するから反応は難しいし、そのスピードは障壁も一瞬で無力化できるから便利よねー。やられたときはたまったもんじゃなかったけど」
(…なんだろう、私のピンチを助けてもらって嬉しいんですけど、先輩の解説ドヤ顔が超めんどくさい…)

先輩がヌイグルミな杖をブン、と振る。
パリン、という割れる音と共に檻が砕け散って粒子となって、消えていく。
私は降り立った先輩の元へ急いで駆けつけ、そして抱きついた。

「やーごめんねごめんね。来るの遅れちゃって。って、ありゃりゃ。これはまたガッチリコーティングされちゃってるね」

お腹に描かれたテカテカとした魔法陣の状態を眺めている。

「ま、これならこうしてっと」

魔力で直接魔法陣を消し去ってしまった。
グググ、と身体がどんどん大きくなっていき、身体中を覆っていた短い毛は消え去っていく。
目の前の先輩が小さく小さくなっていく。

「あ、しまった」
「きゃあああああ!?」

着替えを忘れた、という呟きで、素っ裸で立っていることに気が付き身体を隠す。

「ごめんごめん。ほら」

目の前に自分の魔法の杖があらわれた。
もう、勝手なんだから。
パッと一瞬で魔法少女姿へ変身する。
全身を軽く柔軟をして、手をグーパーグーパーと握る。
ああ、やっぱり人間の体って最高。結局この事件も先輩が解決したようなもんだし、もう二度とあんな変身魔法はご勘弁願いたい。

「流石に妊娠してたら魔法じゃ戻せなくなっちゃうからねえ。ギリギリセーフ」
「…ほんと、魔法少女になってから一番のピンチでした」

先輩に感謝する。
さて、でもやることはまだ終わっていない。
奥に捉えられている子どもたちを解放しなければいけないし、それに…。

「これ、どうするんですか?」

落ちている2つのヌイグルミ。

「ネズミさんに罪はないから戻してから野生に返すけど…。こっちはもとに戻すわけにはいかないかなあ」
「先輩みたいに動かないですよね?これ」
「ムリムリ。魔法の杖がないとね」
「あー。そうでした」

よく見れば近くにもう1つ、先輩の杖のようにヌイグルミなった杖が落ちていた。
それを拾うと、ポケットにしまう。とりあえずこれで安心だ。

「でもイヤですよ。これ、私のお部屋に飾っておくのは」

なにかのはずみで動き出して復讐されたらたまらない。

「んー、そうねえ。たしかにその杖に触れちゃえば動けちゃうものね。じゃあこうしましょ」

落ちているネズミのヌイグルミがポワッと光った。
よく見ると背中の部分に現れたのはファスナーだった。
ジィイイ、と降ろすとその中は真っ暗で何も見えない。

「…先輩、これ、どうするんですか?」
「その中にいれちゃって」
「いれちゃうって…大きさが違いますよ」

小さなヌイグルミになったとはいえ、その大きさはネズミの数倍ある。

「大丈夫大丈夫。魔法だから」
「ほんとですか…?」

ぐい、とその暗闇にヌイグルミを押し付けるとずぶずぶとその中に沈んでいく。
闇に溶けていくようにそのヌイグルミの姿はネズミの中へ消えていった。
そしてジジジ…と勝手に上がっていくファスナー。
「はい、おわりっと」

ポン、というネズミのヌイグルミが煙に包まれたかと思うと、元のネズミに戻っていた。
あたりをキョロキョロと見回して、人間が立っていることに気がついたのか、慌てて逃げるようにして排水口の方へ走り去っていった。

「…あれってもしかして」
「そ。ヌイグルミになった身体と意識をそのままネズミさんの中へ入れたの」
「…ひどくない?」
「そう?誘拐された子たちにとか、野ネズミと結婚させられそうになったことに比べたらましじゃない?」
「…そうかなあ」

先輩を怒らせないようにしよう、そうしよう。
遠くからパトカーのサイレンの音が複数聞こえてくる。

「あ、そうか。人避けの魔法も消失してる…」

工場の周辺に漂っていた魔力や、工場に張り巡らせてあった糸も、もはや感じることができない。
もうあとは警察に任せておけば大丈夫かもしれない。
できれば子どもたちの安否まで確認したかったが、これ以上現場にいるとあらぬ疑いをかけられかねない。
…というか人前に出るにはちょっと恥ずかしい格好だし。

「よし、さっさと帰りましょ、先輩…ってあれ?」

気がつけば先輩は仰向けになって寝転がっていた。

(…魔力切れちゃった)
「ええ…。もう!」

先輩とその杖を忘れないように拾い上げる。

(しょうがないでしょ。今日2回もここに飛んできてるし、あのヌイグルミ光線とか魔力消費がすごいのよ、だいたいあなたがミスして捕まらなければこんなー)
「はいはい、時間ないのでその話は後で聞きますよ」

私は転移の魔法を唱えた。

- 終 -

イラストは@plushificationsさんに描いて頂きました。
今回のイラストはとびきりのお気に入りです。
全く動けなくて物感があふれる絵もオツなものですが、その状況を受け入れて支障ない生活をしている感じも好きです。

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