二人の男女が、朝の市場で賑わう町中を、かき分けるように進んでいく。
先頭を歩いているのは身長140cmほどの少女。
無表情に人混みを突き進んでいくのその少女のすぐ後ろには、周りに謝りながらも逸れないように必死になっている少年。
顔がどことなく似ている二人は兄妹だろうか。
「なあ、なあ、理沙。一体どこへ行くんだ?」
「決まってるでしょ。おにい」
表情を変えずにちらりと後ろの兄を見る理沙と呼ばれた少女。
高い位置で結ばれたツインテールが遅れてくるりと揺れる。
相変わらずの無表情で、そこから感情を読み取ることができない。だが、長年の付き合いである兄一夜(いちや)は、理沙のテンションがかつてないほど上がっているのがわかる。
「おにい…女神様の話、聞いてなかったの?」
「えー。なんだっけか」
ため息をつく理沙。
ついさっきの話なのに…とぼやく。
「私達は異世界転移したのよ。わかる?」
「いせかい…ってあれだよな。理沙が好きな小説のやつ」
理沙が部屋に積む上げている本にそういうものがあったのは知っている。
中身までは呼んだことがないけれども。
「そうよ。今実際に私達は異世界に来てるの」
いつもより饒舌早口な理沙。
「そうなのか?どっかのテーマパークや外国じゃねえの?」
周囲を見回す兄。
市場で賑わう人々の衣服は、いまの自分たちの格好とかなり違う。
「マスコットみたいなのもいるし…」
「あんなリアルでグロテスクなマスコットがいるテーマパークって何よ」
二人が言っているのは露店でなにかを眺めている男(?)のことだ。
見た目、まるでワニのような顔をしている。
「あれはリザードマンよ。たぶんだけど」
「理沙は詳しいな。で、最初の質問に戻るけど俺たちはどこに向かってんだ?」
理沙はスッと丘の上を指差す。
そこには周囲の建物に似つつも巨大でお金のかかっていそうな立派な建物だった。
施されている装飾などからしても一線を画している。
「神殿よ神殿」
「知り合いでもいるのか?」
「いるわけないでしょ。おにい、話聞いてなかったでしょ」
「いやあ、なんか目の前の姉ちゃんが綺麗でずっと見とれてたわ」
「女神様よ…。失礼にもほどがあるわ」
しっかりものの理沙にたいして、ズボラで適当な印象のある一夜。
2人はつい1時間ほど前まで、家で留守番でテレビ番組を見ていたのだった。急に家中が揺れるような地震が来たかと思えば、気がつけば白い世界に薄着の女性が目の前にいて、なにやら捲し立てるように話したかと思えば、見たこともない街のど真ん中にいた、という有様だ。
「天啓をもらうためよ。ゲームでいうとジョブチェンジ」
「ジョブ…仕事ってことか?」
「そう。この世界では天啓を受け取って初めて一人前…というか世界から力を使うことを許可されるって」
「なんかそんな難しいこと言ってたなあ」
「今の私達は天啓がない状態。せっかくの異世界転移、さらに女神様からのレア天啓のお墨付き。さっさと貰いに行くしかないでしょ。トラブルに巻き込まれたらなにもできないままジ・エンドよ」
「うーん。そんな慌てることか?」
「なにがおきるかわから……ないんだ…から?」
どーん、と先程駆け抜けてきた市場の中で大きな爆発が起きる。
パラパラと小さな破片が離れた2人の足元まで飛んで来て、あとから砂煙がもわもわとたちのぼる。
『なんなんだんだ?』
『魔法使い同士のいざこざだ!!巻き込まれるなよ!!』
『衛兵を呼べ!』
「……急いだほうがよさそうだな」
「でしょ。行くよ。おにい」
ーーー
「おや、その年でまだ天啓を受け取っておらぬとは…」
「ええと…色々、事情がありまして」
神殿の中には神職についた人たちだろうか。
市場の人たちとはまた違う、どちらかというと宗教色の強い統一感のある司祭服のようなものを着ている。
「構いませんよ。天啓を受けること自体はみな平等なのです。どんな天啓が与えられるか、それこそは神のみぞ知る、でありますが」
「それで、どういった流れなんですか?」
理沙は物怖じしせず、ずけずけと聞く。
司祭は一瞬そんな事も知らないのか、という顔をしたがその考えを諌めたのか、丁寧に説明を始めてくれた。
その司祭の話に理沙がうんうん、と頷く。
「…なるほどなるほど。その奥の部屋で光を授かったときに初めて何の天啓か、わかる…と。ガチャみたいですね」
「ガチャ…?はて?」
「いえ、こちらの話です」
一夜と理沙は途中で別々の部屋に案内される。
天啓は生まれて10年目の少年少女たちがまとめて受けに来ることが多く、そのために天啓を受けられる部屋は複数あるようだ。
「…うーん、いったい俺はどんな職業がもらえるのやら」
「職業ではないですよ、天啓です。その天啓を利用して職業につかれる方は多いですが…。鍛冶の天啓を得たからといって鍛冶師にならなければいけない、ということはありません」
前を歩いて案内してくれる妙齢の女性が答える。
「先程司祭様もおっしゃられたようにあなたに降りる天啓はすでに決まっているのです。その天啓は何であるかは誰にも…私にもわかりませんけども」
「そうなんですか。お姉さんの天啓は…?」
「あらあら、見てわかるでしょう?」
どうやらこの世界では常識な天啓らしい。
だが、残念ながら一夜はそんな常識は持ち合わせていなかった。
「…うふふ、啓示者ですわ。神と人の仲介者、天啓をあなたに授ける役目です」
「な、なるほど…」
「もし、授かった天啓がどうしても自分に合わない場合、しばらくたてば再度天啓を受けることができます…大抵は同じ天啓が降りるのですけど…素質によっては変わることがあります」
「しばらく?ってどれくらいですか」
「天啓を受けてから人によって違いますがだいたい半年ほどでしょうか。多くの経験を得ている人ほどその時間は早まりますよ」
…レベルみたいなものだろうか。
そうこう話しているうちに、小さな部屋にたどり着く。
天井に大きな空間があり、そこから外の光が差し込むようになっているようだ。
「さて、ではさっそく。中央に立っていただいて…目をつむってください」
「こうか?なんか緊張してきたな」
「心に語りかけてくる声があるはずです。その呼びかけに応じてください」
そういうと、女性は部屋から出ていった。
一夜はゆっくりと目を閉じる。
『ああ、やっときましたね。一夜。』
声が聞こえた。
どこかで聞いたことがあるような声。
その姿は見えないが、おそらくこの世界に来るときに会った女神だろう。
美しいその姿を思い出し、じっと色目を送っていた一夜は話もロクに聞いていなかったのだが。
「なあ。最初から天啓をくれればよかったんじゃないか?」
『この世界を知るのも必要でしょう?』
「…そんなもんかね」
『まあ妹さんのほうも待たせていますのでさっさと済ませますよ。コホン、…では天啓を授けましょう。この光を受け入れなさい』
急に儀式めいた口調になった女神。
眼を閉じているにもかかわらず、明るい光が差し込むような感覚。
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ーーー
包んでいた温かい光が消えると、周囲の空気が元に戻るのを感じた。
「…も、もうおわり…か?」
女神の声はもう聞こえない。
仕方なく目を開ける。
…なんだろう。違和感がある。
なにか、部屋が広くなったような。天井がすこし高くなったような。
ガチャリ。
背後からドアの開く音が聞こえた。
ここに案内してくれた女性が入ってきたようだ。
「…あらまあ…。…長い間啓示者をやってきましたが、このようなことは初めてです。主の奇跡、というものを目にしたということなのでしょうか…」
驚いた顔でこちらを見て、ぶつぶつと呟いている。
イマイチ要領を得ない。
ヒュウ、と弱い風が祭壇を通る。
「さむっ…って、なんで俺、服を着ていないんだ?」
さっきまで着ていた服はどうなったんだ。
直接風が素肌を撫でる感覚を感じて慌てて見下ろす。
「……へ?」
一夜はほぼ、裸のような姿になっていた。
いや、正確に言うと所々に鎧のような装飾がついてはいるものの、
それは身体のごく一部しか覆っていない。
いや、それよりも。
「な、なんだ、これええええ!?」
真下に向けた視界。その目の前には見たこともない2つの山。
まるで女性のような乳房が現れていたのだった。
その胸に、先端の周囲だけを隠せるような胸当てがつけられていた。
そして下半身。
すっかりと平坦になってしまった股間。
慌てて手で触れてみてもそこには少し盛り上がった丘からの感触がかえってくるだけで、ムスコの存在は一切感じられなかった。
そして、声。
変声期を終えた男の声とは思えない高い声。
だが、どこかで聞いたことのあるような少女の声だった。
「お、お、お、お、お姉さん!これは一体…!?」
「…天啓を受けると特性、というものを得ます。その特性によっては姿、装備、スキルなどが備わるのですが…この天啓は私も始めてみましたね、調べてみましょうか」
女性がなにやら短い詠唱をすると、空中になにか見たことのない記号がスラスラと浮かび上がる。この世界の文字だろうか。
「…ええ、まさか、そんな…」
「え、なんですか?」
女性は信じられないような顔をしながら、その文字を読み上げる。
「天啓は…"黄昏の王女"。かつて繁栄し、謎の力で一晩にして消滅した国、その国の王族のみが授かっていたと言われる天啓です」
「…へ」
「…右手を前出して、手のひらを前へかざしてください」
「こ、こう?」
フォン、という音と共に目の前に女性が浮かび上がらせたものと同じものが現れる。どうやら自分に読める言語に変換されているようだ。
『黄昏の王女:王家滅亡の危機に立ち上がった王女。王家の血筋で優れた魔力を持ち、ほとんどの魔法を使用することができる。護身レベルの細剣を使いこなせる 特性:王族、毒耐性、麻痺耐性……』
細剣ってレイピア?魔法?王族?あたまにハテナを浮かべていると…
「…これをどうぞ」
女性が取り出したのは手のひらサイズの銅板。
一夜はそれを受け取る。
「魔力を流してみてください」
「ま…?どうやって…?」
わけのわからないまま念じてみる。
銅板が一瞬にして周囲の景色を写し取る鏡へ変化した。
その鏡に映っていたのは…。
「り…理沙?」
見慣れた自分の顔ではなく、理沙にそっくりな少女だった。
ペタペタとその顔を触ってみる。長く伸びた睫毛にぷにぷにとした柔らかい感触、そしてプラプラと揺れる長いツインテールは、今までの自分になかったものばかりだった。
しばし呆然としていた一夜だったが、このままこの部屋にいるわけにもいかず、入り口へ戻ることにした。
再び女性に案内されながら、その後をついていく。
先程までと違い、歩幅が小さくなっていくのか、やや小走りにならないと彼女においていかれてしまう。
水着でもないのにほぼ露出した肌で歩くことに一夜は抵抗を覚えたが、その素肌を隠す道具を持たないので、仕方なく腕でお腹あたりを隠しながら歩く。
「お、おにい?」
「り、理沙!?」
入り口の広間に戻った一夜を待っていたのは、同じように姿が変わった妹の姿だった。
ーーー
「理沙の天啓は…」
「ロイヤル・ガード。剣士系最上位の1つ…みたいだけど」
ガチャガチャとした鎧を着ている理沙。
剣や盾、鎧を使いこなすための体力がない理沙に起きた変化。
それはそれを使いこなせるように身体が変化したというのだ。
その姿は先程までの一夜にそっくりな長身の男の姿だった。
まるで天啓を受ける前後で2人の姿が入れ替わってしまったかのようだ。
「王家もないのに何がロイヤルで、誰から守るのよ、って思ったけど。まさか、おにいを守るための天啓とはねぇ」
自嘲気味に笑う理沙。
「理沙が王女でよかったじゃないか…。女神様ってやつは結構適当なんだな」
「…まあいいんじゃない?また天啓を受け直せば変わる可能性があるんでしょ?」
「早くても半年後…とかいってたぞ…まじかよ」
理沙の無表情は男の顔になっても健在のようだ。
表情筋が死んだような感情一切ゼロの顔で、呟く理沙は知らない人からみたら冷酷なイメージを与えるかもしれないが、一夜にはわかる。
こいつは今の状況を、とても楽しんでいると。
ブン、ブンと、ボクシングの真似をしている理沙。
その繰り出される拳は、以前の自分でも出せなかった速さと力強さを携えていた。
「こんな体験めったにできないし…それにすごい力に溢れてるの」
「理沙はいいかもしれないけど…こっちの身にもなってくれよ。身体のパーツ1つ1つが弱々しいし、全然力がでないんだよ。それにこの服…」
まるでビーチに遊びに行く少女のような服装で、肌を惜しみなく露出してしまっている。
「どれどれ?」
理沙が軽く手をかざす。
ブン、と文字が出現する。
『装備:王女のホーリーローブ 初期にして最終装備。王女の力が高まるに連れ、共に進化していく王族限定装備』
「すごいよおにい、レア装備じゃん。暑さ無効、寒さ無効、魔力アップに、被魔法ダメージ激減!」
「いや、こんな格好で出歩けるかよ。服をくれ服。しまむらとかねえのかよ。っていうか元の服どこへ言ったんだよ…」
「えー。別にいいじゃない。そんな格好の人たくさんいたじゃん」
「い・や・だ!服屋へいくぞ」
「そんな事言われても私達お金持ってないし…」
「おうっ…」
そういえばそうだった。
財布の一切も持たずに着の身着のままこの世界へ飛ばされたのだった。
…まあ、元の世界のお金が使えるわけもないのだが。
ポンポン、と頭を撫でるように軽く叩かれる。
「まあまあ、とりあえずお金稼いだら装備を最優先にしてあげるから、ね」
「…あたまにさわるなっ」
頭2つ大きくなってしまった妹の上から見下ろしてくる視線に苛立ち、
その手を拒否するように払った。
まるで理沙が兄になって、自分が妹になってしまったような感覚に陥る一夜であった。
ーーー
それから数日。
理沙と一夜は街で情報を収集する。
なにせこの世界の常識すら知らない状態だ。
女神がなぜ2人をこの世界へ連れてきたのか、その理由すらわかっていない。
「だいたい、なにか退治する目標があるとして、護衛と王女の2人ってどう考えても向いてないだろう…」
「姫って格好から程遠いしけどねえ…」
「…ほっといてくれ」
情報収集と合わせて2人はモンスター退治も行った。
レアな天啓だけあって、理沙の前衛としての力と、一夜の魔法の威力はそのモンスターに対して過剰なほどの威力を発揮した。
1日で1週間ほどの滞在費を稼ぐことができたので、2人は街中の宿を一部屋借りることができている。
服を買うほどのお金は余裕であるのだが、
一夜はいまだに天啓を受けたときの姿のままでいた。
それは黄昏の王女にもたらされた特性の1つのせいだ。
「なんだよ…この王族って特性。デメリットしかねえじゃないか」
王族:人を引きつけるカリスマを発揮する。優れた材質と効果をもつ衣服を身につけることができるが、庶民の服を身につけることはできない。
この意味のわからない効果のせいで、一夜がその上から服を着ようとすると、まるでお互いに反発する磁石がついているのかと思うぐらいの斥力が発生し、弾かれてしまうのだった。
王族の衣服など、市場に出回っているはずもなく、ようやく見つけたのは貴族のマントのみ。
後ろからの視線はシャットアウトできるようになったが、ほぼ素っ裸な状態は未だに変わらない。
「くそっ…はやく経験をつんでもう一回天啓を受け直してやる…」
天啓を受け直すには経験を積む必要がある。
つまりはもっと多くの魔物を倒す必要があるのだ。
一方の理沙はいまの状態が気に入っているようで、受けなおす気はさらさらないようだ。
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