2020/02/04

人間と人形の魔法少女が事件を解決する話(上)

 
一人の魔法少女が高い塔の上から、ある建物を見下ろしていた。
傍から見るとなんの変哲もないただの工場に見える建物なのだが、魔法が使える彼女から見たらそうでないことがわかる。

「うーん。やっぱり偽装の魔法ですねえ」

周囲に違和感を与えないようにする結界。
人の出入りや搬入など、そういった行動すら人の記憶に残りにくくなるような魔法の気配がする。
人払いも兼ねているのか、周囲の道路に車や歩行者がいる様子はない。

「先輩はどう思いますか?」

周囲には少女一人しかいないにも関わらず、その少女は誰かに話しかけている。

「怪人の仕業で間違いないと思う。怪人が使う能力としては珍しいけど」

ひょこっと、腰にぶら下がっていたポーチから顔を出したのが小さな小さなぬいぐるみのような人形。
頭部についているツインテールを模した明るい髪の毛のような塊がぴょこぴょこと揺れている。
まるで生きているかのように、精密に動くその人形は何を隠そう元人間、そして魔法少女だった子の成れの果てだ。
帰る家はすでに無いため、今はこの少女の部屋で居候をしている。

「どうしましょう先輩。このあたりで発生している誘拐事件に関係があるのか、ないのかだけでも知りたいですね」
「そうね…」

目撃情報が一切ない、子供の失踪事件。
犯人から身代金などの要求が来ることもなく、痕跡もない事件。
今月だけでも少なくとも3件起きており、連日のニュースで警察組織が批判に晒されている。

「隠蔽されている、と考えるのであればあの工場がピッタリだと思いませんか?」
「そうなんだけどね。怪人が使うにしては、私達の使う魔法に近い結界だなって思って」
「考え過ぎじゃないですか?今までの怪人だって魔法みたいな攻撃をしてきたじゃないですか。どちらにせよ、早いところ白黒はっきりさせないといけません。突入します?」
「猪突猛進すぎよ。下手に刺激して子供たちを人質にされたり、別の場所に移動されたら解決できるものもできなくなっちゃう」
「えー。じゃあどうするんですか?」
「戦闘になる前に子供たちの居場所の確認と救出ができればベストね。怪人の退治はそれからでも…というより戦いに集中したかったらそうするほうがいいかもしれないわ」

なるほど、一理あります、と頷いた魔法少女は杖を掲げ、帰還魔法を詠唱する。
光の粒子が少女を包んだかと思うと、一瞬にしてその姿を消したのだった。

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自室にワープしてきた魔法少女は変身を解除する。
ふわふわとしたドレスフォームが解除され、魔法少女はどこにでもいる部屋着を着た中学生に戻った。
魔法少女になって数年たつが、そろそろあのフリル満載の姿に羞恥を感じるようになってきていた。
時間があったら変えてみようかな、とも考えている。

腰のポーチから人形が飛び出す。
ふわふわと紙飛行機のように空を滑空しながら大きなベッドの上に置かれたクッションの上に着地する。彼女のお決まりの定位置である。

「…で、どうやって調べるんですか?」

クッションの上に寝転がってからというもの、微動だにしなくなった人形に声をかける。
魔法の杖さえあれば彼女は人形の身体でも自由に動ける。
もっと言えば魔法少女化すれば人間フォームにも戻れる彼女だが、少なからず魔力消費を伴うために、家では省エネモードで過ごすことが多い。
ピクリともせず、表情も一切変わらないので、こうなってしまうと他のぬいぐるみや人形とまるで区別がつかなくなる。
両親が最近、私の独り言が多いと夫婦会議を開いているのを知ってしまい、憂鬱なのだが…。

「そうねえ…私なら小さいから気が付かれずに入れるかもね」

確かに工場であればその小さな身体を隠せる場所には事欠かないだろう。

「だけど先輩、それは」
「そう。魔力がだだ漏れなのよねえ」

人形の体を動かすには、魔法の杖が必須。
彼女の精神から生み出される魔力を、杖を通じて発露させ人形の身体を動かすことで、擬似的に動くことができるのだ。
それつまりは常に微弱な魔力反応を出し続けると言うことで。

「結界に入ったら一発でバレそうですね」
「そうなのよねえ。人間フォームなんて轟音鳴らしながら進む戦車みたいなものだし、私じゃあそこを調べる方法はないわね」

彼女の手元には杖の形をしたぬいぐるみがマジックテープでピタリと止めてある。何を隠そう、これが彼女の杖なのだ。
これを剥がしてしまえば魔力が漏れることはないが、彼女はなにもできなくなってしまう。

「…じゃあもう一つの方法」
「先輩、なんかいい案があるんですか?」
「ちょっといい魔法があるのよ」

詳しく聞けば、それは彼女が元の身体に戻るために試行錯誤しているうちに編み出された魔法らしい。

「え、解呪じゃなくて…変身魔法…ですか?」

少女は首をかしげる。
人形化の魔法を解くのではなく、人間に変身。ずいぶんと回りくどいことをするなあと思う少女。

「そう。少し前に編み出したのだけど、色々欠点があってね。でも今回の条件ならぴったりだわ」
「そうなんですか。じゃあやってみてください」
「了解了解。じゃあ、お腹出して。魔法陣書くから」

服をめくっておへそを見せろ、という指示に後輩は怪訝な顔をする。

「え、私がやるんですか?先輩がやるんじゃないんです?」
「これが第1の欠点。自分を対象にできないのよ」
「…全然だめじゃないですか」

はぁ、とため息をつく。
だが、誘拐された子どもたちのことを考えると嫌だ、と拒否するのは後ろめたい。

「しょうがないですね…。はい」

シャツを少しめくりあげてお腹を見せる。
彼女はぬいぐるみの杖を使っておへその周りをなぞり始める。
園児の落書きのような、ぐちゃぐちゃにのたくったミミズのような線がおへその周りにぐりぐりと描かれる。
 

 
 
「ちょ、先輩、これ本当に魔法陣なんですか?」
「じゃあいくよ。えーい!」
「え、もうですか!?ちょっと心の準備を…!」

言い終える前に、身体がシュルシュルと縮み始めた。
着ていた服がパサリと脱げ床に落下する。
部屋が相対的にぐんぐんと大きくなっていく。
目の前にいた小さな先輩魔法少女の人形が、どんどんと大きく巨大になっていく。

「ふー。上手くいったわね。気分はどうかしら?」

特になんとも…私、小さくなっちゃったんですか?
そう口を開こうとした彼女の口から漏れ出たのは、チューチュー、という高いネズミの鳴き声だった。


おかしいの声だけではなかった。
全身をもふっとした毛が覆っていたのだ。
指は5指に別れてはいるものの、米粒よりも小さい爪が生えた獣のような手になってしまっている。

(先輩!声が出ないんですけど!!?っていうかなんですか、これ!!手が…!足が変なんですけど!)

パッと後ろを振り返ってみれば、ぴょこっと動くしっぽ。
少女は慌てて念話で目の前の巨大な人形にクレームをぶつける。

「どう?どう?私の変身魔法!」

自信満々の声、そして人形の表情はドヤ顔。





(どう?じゃないです先輩。なんでネズミさんなんですか!)
「その姿なら見つかっても怪しまれないし」
(そ、それはそうですけど…。それならもっと可愛い動物がよかったなあ…)
「で、第2の欠点なんだけど」
(え、まだ欠点があるんですか?)
「うん、この変身中は魔法が一切使えないの」
(へっ…、え?)

慌てて魔法の杖を呼び出そうとしてみるが、その掲げた前足には何も現れない。
(へ、変身っ!)
そして、身体中の魔力を高めて開放しようとしても、その魔力が身体から出ていかないのだ。

「魔法陣が変身膜を生成して、身体中を覆うんだけど…膜は魔力を一切通さないから、魔力を出せなくなっちゃうのよね。…まあ、そのおかげで魔力探知にひっかかることはないわ」
(そ、そりゃそうでしょうけど…)

普段から魔法が使えて当然の環境にいた彼女にとって、今の状況は不安でしかない。

「そして第3の欠点」
(欠点だらけじゃないですか…)
「まあまあ。これも逆に考えれば利点よ」
(…なんなんですか?)
「お腹の魔法陣を水で洗い流すと、元に戻れるの」

人形が杖を振ると、小さな水流が現れる。
しゃーっ空中をと流れるように滑ってきた水は、少女の…ネズミのお腹にある魔法陣をスッと洗い流していく。

ぐぐっ。ぐぐぐっ。
その瞬間、身体中の毛は短くなっていき、身体がどんどんと大きくなっていく。
あっという間にネズミから人間に戻ることができた。
…もちろん服は先程脱げてしまったので裸だったが。
慌てて胸とか大事なところを隠す少女。

「お手軽でしょ。戦えそうなら魔法陣を拭いて戻ればいいし、そうでなければ脱出してから元に戻ればいいわ」
「…そうですね。でもすごいじゃないですか。変身とはいえ人間として過ごせる日も近いんじゃないですか」
「まあ、ね。でも人だと汗をかくと魔法陣がすぐ落ちちゃうのよ。結構研究したんだけど解決してないの。でもネズミや犬、猫なら汗は手や足にしか汗腺がないから、勝手に戻っちゃうことはないわよ」
「なるほど…潜入中に勝手に戻っても困りますもんね…。それにしても…日頃寝てばっかりだと思ってたんですが、ちゃんと色々やってたんですね」
「でしょう?」

ふふん、と胸を張る人形。
朝起きて学校へ行く前と、帰ってきて部屋に戻った時で1ミリも動いていない人形を見ていた少女は、すこしだけ感心する。

「人形にされて動けない間もいろいろ考えていたからね。思索に耽るときには便利よ。貴方もやってみるといいわ」
「…遠慮しておきます。気が触れちゃいそうです」

十何年も(正確には教えてくれないのだが)人形として過ごしてきた彼女の精神力は並外れているのだ、と思わされる発言であった。

「さて、じゃあ理解できたところでもう一回変身してね」
「えっ」

魔法の杖を振ると、消えたはずの魔法陣が再び浮かび上がり私の身体は再び小さなネズミに変化する。

「軽く落とした程度なら、2回目以降はイチイチ書かなくてもすむのよ。ま、お風呂とか入れば完全に落ちちゃうけど」
(…ほんとにもう勝手なんですから…。で、それはいいんですけど、どうするんですか。もう工場へ行くんですか?)

部屋の遥か上空に設置されている時計を見る。
もう日が変わるかどうかといった遅い時間だ。

「何言ってるの。特訓よ特訓」
(特訓…?)
「その身体でできること、できないことを把握しとかないと。ねずみ返しがある部屋に侵入して脱出できない、なんて嫌でしょ。その手じゃドアノブは回せないし、自動ドアも感知してくれないのよ。なるべく感覚をネズミに合わせておかないと」
(まあ、そりゃあそうですけど)
「それに配管の中とか明かりがあるわけじゃないから、今のうちになれておかないと」
(あんまり汚い所には入りたくないなあ…)

そういう臭いって元に戻ったら落ちてくれるのかな。
そんなことを考えていると、部屋の中にいろいろな部品が組み合わさってできた迷路のような建物が出現した。テレビで見たことあるようなアスレチックコースのようなものまである。

「今のあなたの身体能力…つまり握力や走力はネズミ並にしかないの。とりあえずまずはどれくらいまで走れるか、確認しましょう」

魔力に包まれたネズミの身体がふわっと浮き、勝手に運ばれる。

(ってこれって…)

運ばれた先は、回転車の中だった。

「はい、走って走って」
(え、ちょ…待って…)

勝手に回転を始めた籠が、ぐるんぐるんとネズミの身体を転がす。
早すぎる回転にゴロゴロゴロゴロと身体が振り回される。まるでドラム式の洗濯機の中のように。

(目っ、目がっ回るっ)
「ほら、回転と逆方向に走らないと」

転げまわる身体を何とかコントロールし、地面を両手両足で掴むように踏ん張り、回転方向を把握する。
(今っ!)

ちょうど真下に来たタイミングで全力で駆け出す。
四つ足で走ったことなどなかったが、走ろうと思った瞬間に身体が最適なフォームを取ることができた。

「お、上手い上手い。魔法少女よりネズミののほうが才能あるんじゃない?
(勝手なこと言って…!元に戻ったら杖を剥がしてしばらく放置しちゃいますよ!)
「はいはい、悪態つく暇があったら走って走って」
(ぜぇ…ぜぇっ…)

「まあ、こんなものかしら。走力と持久力は把握できた?」
(ええ…まあ…)
「じゃあ次はパイプ登り、行ってみよう!」
(ちょっとは休ませて下さいっ!)

人形とネズミの特訓は、それから数日の間続くのであった。


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週末。
すっかり暗くなった空を、小さな杖にまたがった人形と、その人形にしがみつくように捕まっているネズミが空を飛んでいた。

「到着ー」
(ひー。さすがに心臓ドキドキしました…)

手で胸を抑えながら、人形から手を離すネズミ姿の魔法少女。
手にもさっとした毛の感触がするのが堪らなく嫌なのだが、これも子どもたちの行方を探すため、ぐっと我慢する。

「これ以上入ると、私は検知されちゃうわね」
(はい、ここからは私に任せてください)
「無理しないようにね。子どもたちの居場所が最優先。もし怪人がいて、見つかりそうだったら逃げの一手よ」
(はいっ)

工場のほうへタタタタ、と駆けていく1匹のネズミ。
それに対してフリフリと右手を振って見送ってくれる人形。
ネズミは手をふる代わりに、しっぽをふりふりと左右に振って一時の別れを告げた。

-続く-

イラストは@plushificationsさんに描いて頂きました。


2020/02/02

魔道具 - えっちな下着 幕間

数時間後。

「…すいません、まさかご飯まで頂いてしまって」
『お姫様のお口にあうか、不安だったのだけどね』
(サラの貧乏舌なんだから大丈夫でしょ)
『なによ。失礼ね』