2020/01/29

だんだん、徐々に、着々と (6)

私の名前は…たしか、橘、桜子。

誰がつけてくれたんだっけ。
お父さん?お母さん?
あれ、なんだろう、なんか頭がぼーっとする。
目の前の…キヨヒコ君がつけてくれたんだっけ。



そうよね、だって私はただの…人形だもの。
自分では動けない。
目の前のご主人さまにされるがまま、愛を受け取るだけの存在。
そんな私に家族なんて…いるわけがないよね。

いつもどおりに私のナカへその欲望の塊を吐き出したキヨヒコ君は、私への後処理もせずにクローゼットの中をあさりだした。
やだな、早く洗ってくれないと臭いが染み付いちゃう…って私いつもこんなこと思ってたかしら…。

キヨヒコくんがよいしょ、と引っ張り出してきたのは…。
えっ。
かなり精巧な…裸のお人形さんだった。

肌はキヨヒコくんと同じ色をしているし、
ほっそりとした身体付きだけど胸なんてきれいな形で整っている。
髪の毛もつやつや、さらさらで…。
キレイに赤みがかった人間みたいな唇、そしてその少し空いた隙間から見えるのは、真っ白な歯だった。
下の方を見てみれば、まるで人間のような性器と茂みが備わっていた。
私なんて厚みのない唇でポカンと口を開けたで、中は空洞、股間には取外し可能なオナホールがついているだけなのに。

なに?なんなの?この人形?
もしかして私の代わり?
もう私は用済みなの?
とても悲しくなってきた。私に涙を流す機能がついていたら、ボタボタと垂らしていたに違いない。

やさしい手付きで、傷つけないように人形の姿勢を整えるキヨヒコ君を見ていると悲しくなってきて、目の前のその人形に憎しみが湧いてくる。

キヨヒコくんの顔が、その人形の顔に近づいてく。
やめて、と強く願ったのに、その願いは彼に届くことはない。
目の前で2人の唇が重なるのを見せつけられる。

今すぐにでも飛びかかって、引き剥がしてやりたい。
…なぜそんなことを思ったのかわからない。
私なんて生まれてこの方このゴムの身体で動いたことないはずのに。

キヨヒコくんはゆっくりと人形をベッドに寝かせる。
その間も、その人形の顔は無表情で、虚空を見つめるよう焦点のあってない瞳を天井へ向けていた。
ちらり、とキヨヒコくんがこちらを見たような気がした。
まるでそこで見ていろ、とばかりの冷たい視線。
キヨヒコくんが、その人形の上に乗ってそのふくよかな胸に顔を近づけていく。
…だめ、だめ!

ーーー

結局、私の目の前で、その人形と抱き合う様を余すことなく見せつけられてしまった。
私の身体には、悲しみとともに、私はもう用済みなのだ、捨てられるのだという気持ちが全身を巡っていた。

キヨヒコくんがなにかボソリ、とつぶやいた。
なんと言っているか、小声だったのでわからない。
新しい人形への愛の囁きなのだろうか。

ピクッと、先程まで1ミリも動くことがなかった人形の指先が動いた気がした。
いや、気の所為ではない。
むくり、とその身体を"自分で"起こしたのだ。

人形…じゃなかった?え?
人間…?
よくみればその顔付きは何処かで見たことがあるような。
いや、見たことあるどころじゃない、毎日見ていたような…。
わからない、思い出せない。

キヨヒコくんはすっと、ベッドから離れる。
ベッドに座ったままの彼女はキョロキョロとあたりを見回し、そして私と目が合った…いや、それも一瞬だったが。

彼女はすっと立ち上がると私のそばまで寄ってくる。
しゃがみこんで、その顔を覗かせてきた。
見れば見るほど、どこかで見たことがあるという気持ちが湧いてくる。
彼女がここに来たのも初めてで、私がこの部屋から出たこともないというのに。

彼女が私の脇の下へ手をいれ、抱えあげる。
だらり、と垂れた私の両手足。
そしてまだ後処理をしていない股間から、液体がつうぅと太ももに伝わって垂れる。

「いい性格をしているな、あるじよ」

彼女がそんなことをぼそり、と呟いた気がした。
その声も、どこかで聞いたことがある…けど。

私を抱えて引きずるようにクローゼットのほうへ運ぶ。
待って、片付けないで…。
そんな気持ちが、いつもより強く溢れ出る。

ぐっと、その身体をクローゼットの壁にに押し付けられ…
私の気持ちは爆発した。

「やめてっ…!」

私の口が、動いた。
何が起きたのか言葉が紡ぐことができる。
それだけじゃない、身体が動く。
力いっぱいに身をよじって彼女の拘束から逃れ、逆に彼女を押し返した。
よろよろと後退する彼女。

…そして私はすべてを思い出した。
私は人形なんかじゃない。
私は…人間だ。
目の前にいる彼女が…私だった。
じゃあ今の私は?

その両手を目の前に掲げてみる。
赤い色をしたテカテカのゴムの身体。
手だけではない。全身がその材質でできたみっともない身体。
口と股間がぽっかりあいた、男性の性のはけ口のためだけに存在する身体。

「え?なん…ですかこれ」

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