2020/01/15

ぱっとみ百合ップル 1-5(完結)

人、人、人。
あたりを見回せば人ばかり。
長い行列の先には紅葉で有名な寺院があるのだが、その行列はゆっくりゆっくりとしか進まない。

その行列の中に、2人で旅行に来てるのだろうか、仲が良さそうな女子のペアがいた。
片方はその寺院のパンフレットをじっと眺めているが、一方の女子はこの人混みが落ち着かないのか、しきりにソワソワしていた。



「な、なあ美宇…やっぱ帰ったほうがいいんじゃないのか」

ソワソワしていた方がもう片方へ話しかける。

「えー?せっかくここまで来たのに帰るなんてありえないよ」
「で、でもやっぱり悪いよ…」
「なにが?」
「そ、それはこの…杉井さんの身体を借りてることだよ」

女の子が着ているコートの裾をつまむ。

「しょうがないじゃない。私のお父さんが、男と旅行なんて駄目だ!なんて言うんだもの」
「だからといって、こんなことになるとは思わないだろう…杉井さんだって男に身体を使われるなんて嫌だろう」
「そう?二つ返事で受け入れてくれたよ?達也なら安心して貸せるって、私もいるし」
「いやいや…」
「それに英美里だって代わりの達也の身体使ってるんだもの、互い様よ」

今朝、駅で待っていたのは杉井英美里さんと、その彼氏の池田真司だった。
こちらのカップルも同じように親に異性との旅行を反対されたのだ。

「傍から見たら男同士、女同士の旅行になるんだし問題ないでしょ?」
「そりゃあ…まあそうだけど…」

真司と俺の身体に入った英美里は東京で行われるライブを泊まりで見に行く、とのことだった。
杉井さんと俺の組み合わせになった理由だが、男の身体のほうが体力があってライブに都合良さそう、という理由らしい。

「うう…でもこの格好はなあ…」

上半身は温かいシャツを何枚も重ね着しており、その上にモコモコのコートはとても暖かい。
だが、下半身はやや短めのスカートに、ニーハイソックスというやや心もとない格好だったのだ。

「いいじゃない?似合ってるわよ」
「そりゃ杉井の身体だからな…。でも…うう、寒い」
「女の子のおしゃれは我慢が9割よ」
「………」

俺は男なんだけどな、というボヤキを飲み込む。
誰かに聞かれたら頭がおかしい子だと思われてしまう。
長い髪のさらさらの髪の毛に、長いまつげ、うっすらと整えてある化粧。
誰がどう見ても、女子にしか見えないのだ。

右手に、同じぐらいの大きさの手が触れる。
隣を見れば美宇が手を差し出してきており、その手をぐっと握ってきたのだった。

「ちょ…」
「い、いいでしょ。恋人同士なんだし…」
「は、恥ずかしいだろ?」
「大丈夫よ。そのへんのカップルだってみんな手をつないでいるじゃない。それに…」

並んでいるカップルの大半は手をつないでいるし、一部はその手をコートのポケットに入れている人たちもいた。

「それに傍から見たら仲のいい女友達同士にしか見えないから。女の子同士なら手を繋ぐなんて日常よ」
「そ…うなのか?」

あまり美宇と手をつないだことはなかったが、その時の美宇は冷え性だから手が冷たいかも、といって実際ひんやりしていたのを思い出す。
だが、今は美宇の手はじんわりと温かい。

「英美里も冷え性で悩んでるからねえ…」
「はぁ…なおさら、もっと暖かい格好しろよ…」

秋風がその脚を撫でて行くたびにブルル、と身体を震わせる。
ニーハイソックスをしているせいなのか、自分の脚がいまどんな形をしているかが身を持って分かってしまう。
英美里は身長は美宇と変わらないものの、部活で鍛えたスラッとした脚は誰の目も惹きつける。
学校の廊下でだべっている男子たちも彼女が通る際にはチラリ、とその視線を下に向けていたことを思い出す。

「ん……美宇」
「ん?」
「トイレ、行きたい」
「あと30分我慢できない?」

このあたりにトイレはない。
寺院内であれば貸してもらえるかもしれないが、列はまだまだ長い。

「うう…」
「だからさっきトイレに行っておけば?って…」
「だってさあ…」

杉井の身体で女子トイレへ行く、という行為に抵抗を覚えてしまい、躊躇したのだった。
そのツケが今回ってきている。

「うう…」
「ほら、我慢我慢。漏らしたりしたら英美里に顔向けできないわよ」


------

「ふう…」
「まったく…」

トイレの個室に2人。
俺がやり方がわからない、と美宇に泣きついたせいだ。
杉井の服を勝手に脱ぐわけにも行かない、と思った俺は美宇に下着をおろしてもらう。

「…これはこれで、どうなのっていう光景よ。友人の排泄を手伝うだなんて」

ため息を付きながら美宇は扉の方へ向いた。

「ほら、早くしちゃって」
「お、おう…」

ずっと抑えていた筋肉をすっと緩める。
しばらくするとじんわりとした暖かみのあるおしっこが、そのなにもない股間から吹き出すようにで始めた。

(竿を通らない感覚…ってなんか変だな)

膀胱のサイズも違うのか、思った以上に早く出終わった。

「ほら、終わったら拭いて」
「拭くって…」

美宇の視線はトイレットペーパーへ。
そういうことだよな。

「いくら友人でも、さすがにそこまでやりたくはないわ」
「俺だって…親友の彼女の身体でそこまでやりたくねえよ」
「覚悟しなさい。男でしょ」
「都合のいいときだけそういうセリフでるのな」
「早く。トイレだってすごい混んでるんだから」

そうだった。
女子トイレの行列も寺院に負けないほどの1大アトラクション並の行列だったのだ。

ふぅ、と深呼吸して覚悟を決める。
(ごめん、杉井さん…!そして真司…!)

2人のカップルを頭に思い浮かべ、懺悔をしながらその秘部へ手を伸ばすのだった。

------

「ねえ、ここ入っていかない?」
「ここって…」

お店が立ち並ぶ商店街まで戻ってきた2人。
美宇が指差すのはいかにも甘いもの売ってます、という佇まいの甘味屋だった。

「ここのパフェがインスタでよく乗ってるのよ」
「美宇に見せてもらったことがあるやつか、あのでかいやつ」
「そうそう。どう?」
「どうって…」

どちらかといえば達也は甘いものは好きではない。
あれば食べるぐらいで、自分からこういった店に進んでいくようなことは…。

「…あ?あれ?」

なのになぜだろう。達也の視線はその店頭のショーケースに釘付けになってしまう。

「うふふ、英美里は甘い物大好きだからねえ」
「で、でもこの身体で食べたら太ったりして…」
「大丈夫よ。ちゃんと許可はもらってるわ」
「…どこまで用意周到だよ」

身体の欲求は正直ということなのだろうか。
杉井英美里の甘い物好きという嗜好が、身体を支配している。

「甘いもの食べても太らずに、胸が大きくなっちゃうのよね、とため息と一緒にぶつけられた私の気持わかる?」
「…わからん」

達也は自分の身体を見下ろす。
今はコートに埋もれているので外見からはわからないが、杉井英美里の胸は同年代の間でも大きな方だ。
達也は今、自分の身体に密着して身につけられているブラジャーの存在を意識する。
大きな胸をすっぽり覆うように包んでいるブラジャーの生地の感覚は、違和感の塊だった。

「こら、手」
「はっ」

気がつけばその手が、自分についている胸へ伸びようとしていた。
危ない。
慌てて気をつけの姿勢をする。

「いくら達也でもそれは駄目だよ。…後で、私のならいいけど」
「えっ」

顔を上げて美宇の方を見れば、耳まで真っ赤にしてうつむいていた。
その様子を見て達也も自分の顔がカッっと熱くなる。
周りから見たら仲が良すぎる女の子カップルがいちゃついているようにしか見えない光景で、ジロジロみたりされていたのだが、浮かれている2人はそのことに気がつくことはなかった。



さて、2人きりの初めての旅行はまだまだ続く。
親に猛反対されたのはそれがただの旅行ではなく、宿泊を伴う旅行だったからだ。
日帰りであれば案外そこまで反対されなかったかもしれない。

「ご夕飯までごゆっくりどうぞ」

うやうやしく頭を下げて若い仲居さんが出ていくと、2人の間に沈黙が訪れる。

「………」
「………」

ほのかに漂う甘酸っぱい空気。
だが、その一方でお互い、違和感を持っていたのだった。

(…目の前にいるのは英美里なわけで、こうして黙ってると彼氏とお泊りデートって感じがしないのよね…)
(…美宇と二人っきりなんだけど…。いつもとなにか違うような…なんだろ)

つまりは達也が英美里の姿をしていることに原因がある。
美宇は油断するとまるで気心しれた女友達との旅行のように感じてしまい、それが自身にも影響してきてしまっている。
そんな美宇の態度の違いを達也は感じ取ってしまい、なにかいつもと違うな、という感覚に陥ってるのだった。
達也の場合はそれだけではない。

さっきまで手を握りながら歩いていたときにも感じたのは、美宇に対してこう…理性を超える衝動を感じることがないのだ。
それは意味もなく肩や腰に手を回して身体を密着させたり、キスだったり。
そんなことをせず手を繋ぐだけでただただ心が満たされていってしまうのだ。
今も二人っきりの個室で、座卓に隣り合って座っているというのに、それ以上の気持ちが出てこないのだ。

(これは、英美里の身体の感情…なのか。うーん…?)

「…達也。座り方、気をつけて」

何かに気がついたかのように美宇が指をさす。
その指した先は自分の脚。
いつのまにか楽な姿勢を取ろうとしていたのか、いつものようにあぐらをかいていてしまったのだ。
スカートという衣服とあぐらというシルエットはどうあがいても美しいものではなく、はしたなさをさすがの達也も感じ取る。

「ご、ごめんっ…」

慌てて足を組み替えて正座にただそうとする。
その際に手が、となりの美宇の手に触れた。

「あっ…」

達也は拭いきれない違和感を抱えたまま、ぶんぶん、と顔を降って、覚悟を決める。
美宇の手の甲に、自分の手を抑えるつけるように重ねる。

「美宇…」
「ま、待って!」

徐々に近づいていくる恋人を、美宇はもう片方の手で制する。

「な、なんだよ…」
「その…ごめん。達也だって、わかってはいるんだけど…その…手も、服も、顔も…全部英美里だし、なんかちょっとびっくりしちゃって」
「ああ、だよな…」

達也もわかってたよ、という感じで頭を掻く。
当たり前な話ではあるが、いつもの2人になれない理由は英美里の身体のせいだ。

「それに、英美里に勝手にキスしたら…ショックかもって」
「……まあな」

達也はいま、自分の身体が、親友の真司と共に行動していることを考える。
中身は英美里だし、そういった雰囲気になったときに…。
自分の顔と、真司の顔の距離が近くなっていき、やがてゼロに…。

「うぉおおえ…」
「だ、だいじょうぶ!?」
「う…俺と真司の想像をしてしまった…」
「あ、あはは…向こうも同じように気まずい雰囲気になってるかもね」

向こうも東京のライブが終わった後、同じように1泊してくる予定だと言っていた。
ホテルの部屋も一部屋だと言っていたし、多分似たような状況にはなっているかもしれない。
…英美里に同情をしてしまう。
お互い好きな者同士のはずなのに拒否される、というのはやや辛いものがあった。

「あ、その…口は駄目だけど…ね?ほっぺとかなら」

あからさまに落ち込んでいた達也の様子に見かねたのか、美宇が顔を赤らめながら頬をこちらに向けてきた。

「…いいのか?」
「う…まあ仲のいい女の子同士なら…やらないこともない…かな?」

えへへ、と照れ笑いをする美宇。
わかった、と達也はうなずくと美宇の頬へ、自分の唇を…

むにっ。

近づける前に、二人の間になにかが挟まった。
見下ろせばそこには、英美里の(今は俺の)大きな胸が、達也と美宇の間に挟まってその弾力を双方に伝えていたのだった。

「もう、知らないっ」

美宇はなにかに怒ったかのように、そっぽを向いてしまう。
美宇のおしとやかな胸に比べて、英美里のそれは主張が激しく、服を大きく押し上げているのだった。コートを脱いで見たとき、その大きさに達也は思わず生唾を飲み込んだほどだ。

「ええ、美宇…そんな」
「私より胸のおっきい彼氏なんて知りませーん」

ぷいっ、と背中を向けて拗ねてしまう。

「いや、そんなこといわれてもな」

だが、幼い感じで拗ねる美宇も可愛いな、と愛おしくなってしまう。
達也はその背中から、美宇を抱きしめる。

「だから、あたってるって…自慢なわけ?」
「いやしょうがないだろ…真ん前に付いてるんだし」
「そりゃそうだけど…もう」

体重をこちらに預けるようにもたれかかってくる美宇。
普段なら包み込むように抱きしめることができるはずなのに、大きな荷物を抱えるように手を大きく回す必要がある。

「美宇がおっきい…」
「達也がちいさくなってんの。ほんとうにもう」

すり、と頬と頬をすり合わせる。
美宇の頬はお餅のように柔らかく、達也の好きなところの1つだ。
一方の英美里の頬も負けじと柔らかいのか、その2つの柔らかい部分がぎゅっと密着すると、すべすべとしたなめらかな触感を感じるのだった。

「んふふ、この時間になるといつもならちくっとするのにね」
「…ほんとだな」

夕暮れ時ともなれば、男であれば少しはひげが生えてきてしまうものだ。
だが、今はそんなのとは無縁そうな女の子の頬だった。

「ね、達也」
「…ん?」
「お風呂、入ろっか?」



「お風呂、って…さすがにそれはまずいんじゃ」
「え、どうして?」
「いや、ほらだって…」

杉井の裸を勝手に見ることになってしまう。

「でもお泊りってことはお互いそれを前提に了承してるってことじゃないの?」
「そこまで考えてなかったよ…。それに他のお客さんもいるんだし…」
「男らしくないなあ…」
「いや…無茶言うなよ」

美宇は口を尖らせながら旅館のパンフレットを見る。
キレイに撮られた温泉の写真がでかでかと乗っていた。

「あ。家族風呂があるって!ここならいいんじゃない?」

美宇がパンフレットの隅を指差す。
たしかに貸し切り家族風呂、と書かれ小さいながらも立派な浴場があるようだ。

「ほら、いきましょ」

美宇が止めるまもなくフロントへ電話をかけて予約をしてしまう。

「どちらにせよ、明日もすこしは観光するんだから、汗臭いまま英美里を歩かせるわけには行かないでしょ」
「うぅ…」

渋々…いや、嫌々立ち上がる。
美宇が浴衣を始めとした荷物をテキパキとまとめ上げ、俺の背中をぐいっと押して移動を促す。

「…い、一応聞いておかないか?」
「別にいいと思うけどなあ…。まあそれで達也が納得するなら」
「ああ、俺にかけるなよ。杉井だぞ」
「わかってるわよ。英美里でしょ」

そういうと美宇は携帯を取り出すとメッセージアプリを立ち上げる。
さすがにスマホは元の自分のものを持ち歩いているので、美宇は杉井英美里へ通話をする。
余談だが、顔認証も指紋認証も動かないのでとても不便である。

数コールした後に杉井が出たようだ。
通話口の向こうから低い声が聞こえてくる。
スマホを通して聞こえる自分の声は、自分の声のようなそうでないような不思議な感じがした。
1-2分ほど交わして短い通話が切れる。

「駄目だったろ?」
「向こうもちょっと悩んでみたみたいだけどもう入っちゃったって」
「えぇ…」

英美里に自分のムスコを見られてしまったのか。
そう思うとなんかとんでもないことをしているのではないかという気が今更ながらしてくる。

「だから、入っていいって。私と一緒なら」
「…むぅ」
「お互い様だと思って行きましょ」
「いいのかなあ…」

あいつの彼氏でもあり、俺の親友でもある真司の気持ちを考えると複雑だ。
というか俺の身体で裸の付き合いなんかしたくもないだろうに…。
見た目は俺で中身は彼女、というのはどういう気持だろうか。

今日の入れ替わりのペアが逆だったら、と考える。
俺の身体と真司の身体の美宇で紅葉デート…。
ううーん…?
お風呂に一緒に入って真司の顔がゆっくりと俺へ…。

「いやいやいや」

無理です無理。
はぁ、とため息をつく。

「百面相してないで、さっさと行きましょ。時間制限があるんだから」
「へい…」

しょうがない。
覚悟を決めるしかなさそうだ。

---

ゴクリ、と喉がなる。
脱衣所には大きな鏡がある。

それなりの美少女である杉井英美里が立っている。
薄着になってみるとわかる。
杉井がいかに女性らしい体つきをしているかということを。
…まあ美宇も負けてはいないのだが。

真正面からみると英美里の顔の自分と目があってしまい、とても気まずい。
いや、自分とにらめっこしているようなものなのだが。

身体を隠すようにもったタオルの端から見える、きゅっとくびれたウェスト。
そしてお尻も、胸もぐっと膨らんでいて…。
いつものような感覚で立とうとするとどうもバランスがとれない。

「こら、あまりジロジロ見ない」
「み、見てない」
「はいはい。英美里には黙っておくわ。全く…」
「見てねえって」

呆れた顔で浴室へ入っていく美宇を、追いかける。
鏡から見切れる間際に見えた、杉井の顔が赤く染まっていたのは…気の所為だろう。

俺はこのあと美宇に「達也に大事な英美里の身体を直接洗わせるわけないでしょ」と、身体を洗ってもらうイベントに頭がパニックになってしまい、ついにはのぼせてしまうというやらかしをしてしまった。
気がついたときには、どうやって着たのかも覚えていない浴衣を着て、いつの間にか部屋に戻っていて、座卓の前でぼーっと座っていたのだった。

もったいないことしたような、そうでもないような。うう…。



………
……



パチっと目が覚めた。
こんな寝起きがすっきりしてたことなんていままであっただろうか。
視界に入ってきたのは見慣れぬ天井。

(あ…そうか。美宇と旅行しにきてたんだっけ…)

こちらの腕をがっちりと掴むように抱きついたまま寝息を立てているのは彼女の美宇。
二の腕には美宇の胸の感触が感じられ、すぅすぅと寝息をたてる美宇の寝顔にもドキリ、とさせられる…。

(ん…?)

大好きな彼女を目の前にしているのに、そして寝起きだというのに身体からいつもの反応がない。
なんだ…ともぞもぞと布団の中で手を股間に伸ばして…。

(え…な、ない!)

手は空を切る。
そこはつるりとしたなにもない空間だった。

「あっ…そうか」

そうだった。美宇の親友の杉井英美里と身体を交換していたのだった。
少女の声を発することでさらにその現実を把握する。
どうやら目覚めが異常にすっきりしているのもそのせいのようだ。
俺の身体より、杉井の身体のほうが健康的、ということだろうか。
ゆっくりと美宇の睡眠を邪魔しないよう、身体を起こす。

「んっ…」

ぷるん、とした感触が浴衣の下から感じられた。
思わず口から息が漏れる。
ビクビクと視線を下に向けてみると、少しはだけた浴衣の隙間からそのふくよかな膨らみ。
…そしてその先端、男とはまた違う突起もちらり。

(あわわ)

慌ててはだけた浴衣を整える。
心臓のドキドキが止まらない。心臓の振動からさらに、いま自分の胸がどういう形をしているのかを意識されられる。

「おはよう、達也」
「ひっ…、お、おはよう」
「なにしてたのかなー?」

美宇がいつのまにかぱっちりと目を開けてこちらを見ていた。
ニヤニヤしながらこちらに擦り寄ってくる。

「な、なにもしてない…」
「そっか、そっか。てっきり英美里の身体が気になってるのかと」
「ち、違っ。浴衣が乱れてたから…」
「はいはい…」

そういいながら美宇は、下半身にかかっている布団をバッとめくりあげた。
スーッとした冷たい空気が、布団の下で温められた空気を押し出すように入ってきた。

………浴衣は下もはだけていた。
艶めかしい太ももを惜しげもなくさらけ出した下半身がそこにはあった。
慌てて浴衣の裾も整える俺。

「おいっ…わかっててやっただろ!」
「あはは…おっもしろい。身体が入れ替わっても達也の寝相の悪さは変わらないのね」
「くそっ…さっさと帰って元に戻りてえ…」
「まあまあ。午前中は寺院巡りって約束でしょ。それに早く帰っても真司と英美里も午後まで帰ってこないから、何も変わらないわよ」
「ふん…」

そんなやりとりを美宇はニコニコとしている。

「…なにが楽しいんだ?」
「えっ?んーとね…なんだろう。見た目は英美里なんだけど…でもなにげない仕草の中にいつもの達也がいるっていうか。ああ、彼氏と旅行できてるんだ―って思えた」
「…ふーん」
「もう数年すれば堂々と2人でお泊りデートできるようになるよね」
「…そうだな」

会話がすこしこそばゆい。

「…朝ごはん食べに行くか」
「うんっ」

------

朝ごはんは美味しかった。
さすが老舗の旅館なだけあって朝から幸せゲージがマックスになった。
だがそのゲージも部屋に戻ってきたときにはもとに戻ってしまっていた。
その原因は…目の前にある衣服にあった。

「………」

床に置かれているのは美宇が杉井の旅行カバンから取り出した杉井の服だ。もちろんどこからどうみても女性が着るような服だ。
ええぇ…。

「達也…いつまで浴衣でいるつもりなのよ」

そういいながら美宇はもう着替えを終えようとしている。
いや、いくら恋人同士でもそこはちょっと恥じらってほしい。

「なあ…これって」
「なーに?寒いしスカート嫌だって言うからデニムにしたんだけど」
「いや…そこに文句はないんだけど」

疑問を呈したいのはトップスのほうだ。
某ファストファッションの店が出している薄くても暖かいシャツ…なのだが、形がおかしい。まるで体操選手が着るようなレオタードのような…。

「え?達也知らないの?これネットで話題になったんだよ」
「知らねえよ…」

美宇が例のやつだよ、と言うが俺にそんな心当たりはない。
大体なんのためにこの下の部分はあるんだ?

「それ着ると、裾の部分がだぶつかなくて、ウェストがスッキリして見えるんだよ。見た目と機能性を両立してるんだよ」
「…はぁ。どうせ1泊2日だから他の服はないんだろ」
「正解ー。観念して着ちゃってね」
「…どうやって着るんだ?これ」

頭の部分や足を出す部分からでは身体を通せそうにない。

「クロッチ…えーと股のところがボタンになってるから外せるのよ」
「……今日だけの、今後絶対使わない知識だ」

パチパチ、とボタンを外すと普通のシャツにように着ることができるようになる。
達也であれば昨日来たシャツであればもう1日ぐらい、と思わないでもないが…杉井はどちらかというとオシャレだしなぁ。
意を決してガバっとシャツを着る。
ピタッと身体に密着するようにフィットしたシャツを裾に引っ張り、シワを伸ばす。

「留めてあげるね」
「えっ…ちょ…あっ…」

美宇がいつのまにか目の前でかがんでおり、ぷらぷらと揺れているクロッチの部分を掴むと太ももの間を通してパチン、パチンと留めてしまう。

「うんうん、エロいねー。さ。さっさとパンツ履いちゃって」
「お、おう…」

そそくさとデニムジーンズを拾い上げて足を通す。

「ん…きつくないか、これ」
「スキニーだからねー。英美里みたいな背が高くて、足が細くて長い子には似合うんだよ」
「んっー」

仕方なく椅子に座ってそのスキニーを引っ張り上げる。

「ふう…」
「うん、似合ってる似合ってる」

美宇が手を引っ張って、広縁にある大きな鏡の前に連れ出される。

「ほら、座って。髪の毛とお化粧するから」
「お…おう」

その鏡に写っていたのは、スラッとした細身のかっこいい杉井だった。
なるほど、スキニーによってすらっとした足を強調し、さらにぴったりとしたシャツによってその細身の(だが出ているところは出ている)身体のアピールができている。

美宇の言う通り、裾の部分がたるまないことによってウェストからヒップにかけての見た目もなるほど、目を惹く。

「あとは昨日着ていたアウターを着ればいいのよ」

昨日みたいなスカートにタイツという女性がする衣装とは違って、シャツとデニムジーンズという普通の出で立ちではあるのだが…。

「すごいな、女の人って」

俺は感嘆した。
どちらかというと昨日はかわいらしさを押し出したファッションだった。
今日は女性のかっこよさが溢れ出ている。
男にはこういった変化というものはなかなかできない。

「そうでしょ。お化粧や髪型もちゃんと揃えてあげるからね」
「昨日の感じと同じだとちぐはぐだもんな」
「そうそう、わかってきたじゃない」
「…わかりたくねえよ」



-----


午前中だけだが、それでも回れるだけ回る。
最後の方はほとんど通過をしただけのような寺もあったのだが…。
なんとか行きたかったところに全部いけた、と満足気な美宇。

今は帰りの列車の中だが、かなりに混雑していた。
俺はといえばもう限界に近かった。

「混んでるねえ」
「そうだな。…まさかデッキまでいっぱいとは思わなかった」

座席はもちろん空いてなかったので、2人はずっと立ちっぱなし。
立ったまま寝るのも少々つらい。

「眠い?」
「…ああ。杉井の身体だからな…体力の加減を間違えたみたいだ」
「昨日もたくさん歩いたからね…私もヘトヘト」

使い慣れない女の身体ということもあるのだが、やはりいつもと同じように動くことは杉井に身体には負担だったようだ。
足はすこし筋肉痛になりかけだし、少し油断するとカクっと身体から力が抜けて寝てしまいそうになる。

「寝ててもいいよ。私にもたれかかれば?」
「…それは美宇が辛いだろう」
「そうでもないよ。英美里の体重知らないの?」
「知るわけないだろ」

耳元に口を寄せてくる。

「…キロ」
「ひぅ!?」

こっそりと内緒話をするボリュームで杉井の体重を告げてくる。
だが、俺はその数字よりも、美宇の吐息が耳に吹きかかったせいで、少し大きな声を上げてしまい、思わず口を手で抑える。
周りの乗客は一瞬何事かとこちらをチラチラと見てきたが、特になにもないとわかると視線が散っていく。

「ちょっと、びっくりし過ぎよ。私だってそんなに変わらないんだからね!?」
「い、いや…そうじゃなくて」
「?…もうなによ。はい。私は後ろ壁だからもうちょっと持たれても大丈夫よ」

ぐいっと背中に手を回され、力強く引っ張られた。
ポスッっと美宇のほうに向かい合いながら体重を預ける形になる。

「………」
「………」

同じぐらいの身長なので、胸と胸がぐっと密着する。
美宇と自分の口が近い。
…美宇の吐いた空気を吸ってる感じがする。

そういえば、結局この旅行で直接のキスは一度もしていない。
せっかく2人きりの旅行だったのに…もったいない。
…徐々に、徐々にその距離がゼロに近くなっていく。

(って…何を考えているんだ、俺は)

危ねえ!
我にかえった俺はバッと、数mmまでに迫っていた顔を離す。
この身体は杉井英美里なのだ。キスなどしてしまったら申し訳が立たない。

「よかったのに…」
「いや、だめだろ…」
「言わなきゃ、わかんないよ」
「………それに人の目が気になる」
「…」

俺はちらり、と視線を後ろ…車内の方へ向けると
数人がこちらから慌てて視線を外すのが見えた。
美宇が顔を真赤にしてうつむいた。


------

「いやー、楽しかったぜ!」
「ライブ盛り上がったよなー」

男二人が、バチン、とハイタッチして腕をガシっとぶつけ合う。
そんな様子をポカン、と口を開けて見ているのは女子2人。

「いやまじで、疲れ知らずで助かったわ。またライブ行くときは頼むかもしれねえ」

その様子はもはや仲の良い親友同士にしか見えない。

「…あの、英美里さん、だよね」

美宇が"俺の身体"に向かって恐る恐る尋ねる。
俺も同じ気持ちだ。

「そうだよ!ごめんごめんなんかパフォーマンス高い身体なせいかテンションあがりっぱなしでさー」
「へ、へえ…」
「達也もどうだった?私の身体。なんか問題あった?」
「い、いや…特にないけど…そっちは?」

「ないない!楽しくて仕方なかったわ!」

真司もそのハイテンションにあてられているのか、普段よりも明るく見える。

「いやー、エッチできないのはどうなんだ?って思ったけど、そんなの些細なことだった。ライブも最高だったし、楽しすぎたわ」
「そ…そうか、それはよかった…ね?」
「ナンパしてかわいい女の子2人誘って遊んだりさ―」

杉井がとんでもないことを言い出す。

「へ?ナンパ?」
「ああ、真司はまあ私の彼氏だから当然かっこいいけど、達也もその次ぐらいにかっこいいからさー。いれぐいだったね。東京の女の子っていろんな子がいて楽しかった!」

それでいいのか、真司。
カップル2人で女の子をナンパするなんて聞いたことがないぞ。

「で、そっちはどうだったんだ?紅葉と寺院巡りだっけ?」
「あ、ああ…楽しかったよ」
「老夫婦じゃあるまいし、もっと楽しいところいけばいいのに」
「いいの!楽しかったんだから」

美宇がその頬をぷくっと膨らませた。

「っと、そろそろ戻りましょうか。だいぶお疲れのようだし」

杉井がそう提案してくる。
どうやら俺の顔色があまり良くないのに気がついたようだ。

「…そうしてくれると助かる、正直体力の限界だ」
「英美里、元に戻ったらすごいしんどそうだな」

苦笑する真司。

「まあ、しょうがないわね。元はと言えば私のわがままだったんだし」

杉井は、入れ替わったときと同じようにゆっくりと俺に顔を近づけてくる。
あのときは英美里の顔が近づいてきて少しドキリ、としたもんだが、今近づいてくるのは俺の顔で、正直変な気持ちだ。
額と額をコツン、とくっつけ、目を閉じて10秒。
杉井が額を離したのを感じ、俺もゆっくりと目を開けた。

目の前にはさっきまで自分だった、杉井英美里が立っていた。
自分を見下ろせば着慣れたアウターとズボン。

「…戻った、か」
「戻ったか、じゃないわよ。どんだけ歩いたのよ!あしがいたーい!絶対むくんじゃうでしょ!」
「ごめんごめん」

美宇が平謝りする。

「…ま、いいわ。またやるかもしれないからよろしくね!」

真司と手をつないで、空いた手をぶんぶん、と手を振りながら帰っていった。

「まったく…」

元の身体にもどったせいか、先程までの疲労感はなくなっていた。
…さすがにこの身体も東京を往復してきているだけあって疲れてはいるが…。

…ん?
股間のアレもいつもより疲れているような…?
まさか、ね。

- 終 -




後日談。

「おはよー!!」

翌日月曜日。
元気よく杉井が元気よく教室へ入ってきた。
あれだけ疲れていた身体だったのに、元気なものだ。

その後ろから、真司と美宇も一緒に入ってきた。
あいつらが一緒に登校するって珍しいな。
美宇はこちらの視線に気がつくと、ニコニコしながらこちらに近寄ってきた。

「おっすー、元気か?」
「お、おっすー…?」

なんだその陽気なキャラは…。
ポカン、としていると、やけにオドオドした態度の真司が近寄ってきた。

「お、おはよう…た、達也」

真司の声ながらも、いつもと微妙に違うイントネーションに俺はピンときた。なるほど。
真司に向かって俺はやれやれと言った感じで話す。

「美宇。お前なにやってんだ」
「あ、あはは…英美里が、私にも男の子の身体を体験したほうがいいって、無理やり」

ということはこっちの美宇は真司か。

「せいかーい。いやー女の子の身体って羽のように軽いね」

くるくると回る真司。
美宇のスカートがふわっと巻き上がる。

「おい、下着が見えるぞ」
「おっと、いけない」

ばっと、手でスカートを抑える。
その姿勢のままこちらを見つめて来たかと思うと、その顔がニヤリと悪いことを企んでいる顔になる。…美宇のその表情はかなり新鮮だな。

「よいしょっと!」

こちらに背を向けたかと思うと、俺の膝の上にむかって腰を下ろしてきた。
その突然の甘えた行動に俺はすこしドキリ、としてしまう。

「こ、こら。真司くん」
「んー?いまは君が真司くんで、僕が達也の恋人の美宇だよ?」
「もう、いじわるしないで。人前でいちゃつくとみんなに色々噂されちゃうから」
「おっと、コレは失礼」

さっと俺の膝から離れる。

「どう?達也」

英美里がニヤニヤしている。

「どうもこうも…、どういうつもりだよ」
「今日1日、逆のパターンでやってみようかなって」
「平日にやるな、平日に」

…とはいえ、美宇はその真司の身体で、手に力を込めてみたり
力こぶをつくってみたりと楽しんでいるようだ。

英美里と真司が会話をしている。一見仲の良い女友達のように見えるが、その顔の距離がいつもより近いせいか、親友以上の間柄に見えてしまう。旅行の時の俺たちもこんなふうに見えていたのかと思うと少し顔が熱くなった。

- おわり -

0 件のコメント:

コメントを投稿