2019/12/01

ショートノベル


「愛梨…!」

ガラガラ、と保健室の扉を開ける。
体育の時間に急に混乱したように喋りだして倒れた、と聞いた俺は慌てて向かった。
今朝も一緒に登校したときはそんなに体調悪そうには見えなかったのに。

保健室のベッドを囲んでいるカーテンを勢いよく開けるとそこには
上のジャージを大きくあけて、そこから覗くブラジャーの上から両手でぐにぐにと、自分の胸を揉みしだいている愛梨の姿があった。

「…な…な…愛梨、なにしてるんだ?!」
「ん…?あー、おー。なるほど、お前が彼氏か?冴えない顔してるなー」

虚空を見上げてから、こちらをちらりと見て何かを思い出すようにつぶやく愛梨。
その視線はいつもの親しげで優しい目ではなく、まるで人を値踏みするようなそんな他人の目つきであった。

「お…お前は…愛梨…じゃないな…誰だ!?」
「そうだなあぁ、愛梨なんだけど愛梨じゃないんだよなあ、なんていったらいいかわからないが、俺はついさっき、トラックに轢かれたんだよ…でも気がついたらここにいたんだ」
「俺…?トラック…?」
「だけど、俺の名前は思い出せねえ…。いや、正確に言うと思い出そうとすると小凪愛梨、っていうこの身体の名前しか思い出せねえ。俺は一体誰だったのか…」

ぶつぶつ、と呟く愛梨。その内容は俺の理解を超えている。
向こうも俺の理解を必要としていないのか、言葉をドンドンまくしたてる。

「つまりー…俺の記憶はないんだよな。ただぼんやりと夢のような感じで覚えているだけで…。いまはこの身体…愛梨の脳で考えて、思い出して…うん、そういうことだな。いやしかし俺の胸でけえなあ」

そうつぶやいている間もその手を休めることなく自分の胸揉みまくる愛梨を俺はただただ眺めることしかできなかった。

ーーー

「あれ、お前まだいたの?」

保健室の前で待っていた俺に掛けられた声。
保健室の扉を開けて出てきたのは体操服から制服へ着替えた愛梨だった。

「愛梨、元に…戻ってないのか?」
「あ?戻ってるわけねえだろ。俺もどうしてこうなったかわかんねーんだし」

「ああでも愛梨の記憶は使えるからな。着たこともないはずの女子制服もこのとおり。どうだ?」

くるり、とスカートを翻すように回る愛梨。
いつもの愛梨のようにしっかりと校則を遵守した着こなし。
セーラーのスカーフもきっちり、結んでいる。

だが…。

「うっへっへ。こんな可愛い子が俺だなんてなあ」

スカートの裾を掴んで遠慮なく捲くり上げる愛梨。
そこから白の下着が露となる。
それはいつもの愛梨なら絶対しないような行為だ。

「見てくれよ、これ。なんもねえんだぜ、ビビるよなあ」
「や、やめてくれよ、愛梨」
「お?なんだ?気にならないのか?…んー?なんだよ、お前もうこの身体見てるんじゃねえか」

どうやら記憶から俺と愛梨の深い関係について引き出したようだ。下卑た顔つきの愛梨から、俺は顔を逸らす。

「まあ、いいか。いくぞおい」
「え…?いくってどこへ」
「決まってんだろ、愛梨ちゃんの教室だよ」
「お、お前…まさかなりすますつもりか」

ああん?と怪訝な顔つきをする愛梨。

「成りすますってなんだよ。俺はどこからどうみても愛梨だろうが。教師に聞いても、親に聞いても、なんなら親友のエミに聞いたって答えは同じさ」
「ぐ…」
「それにお前だって愛梨がおかしな男に乗っ取られた、なんて知られたくないだろう?愛梨ちゃんの折角の評判が下がっちゃうぜ」
「な…脅す気か」
「いやいや、そんな大袈裟な。ただ愛梨ちゃんが元に戻るまでの間、俺がちゃんと愛梨ちゃんの代わりができるようにサポートしてくれりゃあいいのさ。記憶も全部読めるわけじゃないからな。まあ、いつ元に戻るかなんてわかんねーんだけど、な」

ぐっひっひと笑う愛梨。
笑いながら、俺の腕に"いつものように"絡んでくる愛梨。

「さ、教室にもどろ?」

一転してニコリ、と笑う笑顔はいつもの愛梨と区別がつかなかった。

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