「また検査かー」
「しょうがないよ、お姉ちゃん」
魂同士の入れ替わりはまだまだ研究が進んでいない分野だ。
そのために頻繁に病院へ通う必要がある。
悠も施設と病院を往復する生活を送っているらしい。
(ほんと、最近見てないな、悠)
…というか自分の姿。
当たり前だが、物心が着いた頃から自分の顔を見なかった日なんて、1日もなかった。
それなのにもう数日も自分の顔を見ていない。
鏡を覗いてもそこに映るのは末妹の悠の顔。
次女の久遠の手を引かれて大学病院の扉をくぐる。
久遠は忙しい両親に替わって、困難になった私の生活を助けてくれている。
さすがにちょっと過保護すぎないかな、とは思うけど。
「じゃあ、終わったら迎えに来るから連絡して」
「うん」
悠が使っている幼稚園の肩掛けカバンの中には、私が使っていたスマートフォンが入っている。
この小さな手では片手で持つことができないので、椅子や床の上に置いて操作する必要があるのでかなり不便だ。
「遥さーん」
「あい」
気を抜いていたせいで幼児のような発声をしてしまう。
だが、看護師はそのへんは気にせず(気にしないようにしたのかもしれない)、私の元へやってくると、ひょいっと抱っこで持ち上げてくれた。
「きゅうにだっこされるとびっくりしちゃいます」
急激に離れていく地面は、遊園地の乗り物に乗ったのかと思うぐらいに肝が冷える。
「ああ、ごめんなさいっ。ちょっと、遠いので…」
若い看護師さんはそういいながら何時もの検査室より奥の部屋へ歩いていく。
「? 今日はなにかやるんですか?」
「ええ、ちょっとしたインタビュー…というか面接ですね」
「めんせつ…?」
ガチャリ。
「またで、申し訳ないのですが順番が来たら呼びますのでここで待っていてください」
「はい…」
ぐるり、と部屋を見回す。
専用の待合室のようで、かなり広く、部屋の隅にはソファが並ぶように置かれている。
部屋の中央にはローテーブルと一人がけのソファが4つ。
その1つに小学生ぐらいの少女が座っており、つまらなさそうにスマホで何かを見ていた。
私は部屋の入口に突っ立ったまま、じっと見つめているとその視線に気がついたのか、少女が椅子から立ち上がるとズカズカとこちらへ歩いてくる。
その歩みに同調するように長い髪をツインテールのがゆらゆらと揺れていた。
「なに?」
「あ…いや、なんでもなくて」
女子小学生といえどその身長差は頭数個分ある。
圧倒的な高さから見下されるのはすこし恐怖を覚える。
「睨んでたんじゃないのか?」
「あ、いや…そんなんじゃなくて」
「ん…その見た目でその口調。お前も入れ替わったクチか?」
「えっ。ってことはあなたも…?」
私は驚いた。
まさか、私と同じように入れ替わってしまった人と会えるとは思っていなかったのだ。
「そうだよ。入れ替わってまだ1ヶ月ぐらいいだけど」
「え、そうなの」
私もまだつい最近で、と答える。
「いやー、ほんとめんどくさいよなー検査。もう元に戻る可能性なんてないし、適応もあるっていうのに」
てきおう…?
聞いたことのない言葉に首を傾げる。
少女はドカッっと大きな音をたててソファに座る。
短いスカートから下着が一瞬、ちらりと見える。
意外と乱雑な性格のようだ。
「わた…俺は…もともと高校生の男だったんだよ。信じられるか?」
「え…わたしもこうこうせいだったのよ。…いもうとのからだになっちゃったけど」
「へぇ、そうなのか。俺は近所の小学生だよ」
少女の名前は凛、というらしい。
この身体の名前だけどな、と笑う。
「あなたはたちばをうけついだってこと?」
わたしは質問する。
これは私にとって他人事ではないのだ。少しでも情報がほしかった。
「…ああ。仕方なく、な」
「仕方なく?」
首をかしげる。
「聞いてないのか、適応の仕組みを」
「てきおう…」
さっきも聞いた単語だが、わたしは初耳だ。
「…入れ替わりの根本的な原因は何か、覚えているか?」
「んっと…。たましいによりてきした器に入り込んじゃう…」
「そう。お互いの魂が、お互いの器のほうが適している、と判断してしまうと起こり得る。じゃあ魂が入れ替わった今、お前の脳みそはどこにある?」
のうみそ。
脳。
記憶を司る人間のパーツ。
「ここ…」
頭を指差す。
「そうだ。じゃあお前の記憶はいま、どこにある?」
「えっ…」
わたしはいま悠の身体にいて、悠の脳みそを使って物事を考えているはず。じゃあ、記憶はここにあるんじゃないの?
「違う、お前がいま"自分"だと思っている記憶は、魂にある」
「たましい…」
「魂の記憶はだんだん失われていく。その前に新しい身体の脳に記憶を書き込んでいこうとするんだ」
「………」
つまり、私の記憶はUSBメモリかなにかの状態で、PCへコピーしている最中、というわけか。
「だけどここに問題がある」
「もんだい…」
「魂とその器は適合したかもしれないが、脳や身体はそうじゃない。相関はあって似た者…同じ年齢や性別同士絵で入れ替わった場合はそうでもないけど、俺達みたいに年齢が離れすぎていたり、性別が違ったりすると…」
「すると…?」
「記憶の移動に弊害ができるんだ。書き込みがうまく行かない」
「えっ…」
「魂の記憶は書き込めず、そして失われる。それが適応だ」
「そんな。それじゃあ」
「自分が自分だった、という記憶や人、最近の記憶は持っていけるかもしれない。でも知識や昔の記憶は消えてしまう」
「うそ…でしょ」
「うそじゃない。もうわたしは少し前にはできたはずの高校の授業内容はさっぱりわからない」
化学、物理、数学、英語。
私はまだそういった内容を思い出すことができる。これが失われていく…?
「そして、元の記憶が強くなる。…その脳にもともとあった記憶の影響が大きくなるんだ」
「………」
「わたしはもう"芳樹"と呼ばれても自分の名前だとは思えない。…わたしは…小学4年生の…凛なんだよ」
自嘲気味に笑う。
「わかるか?高校受験に向けて頑張ってた自分が、その1カ月後には朝起きたら、髪の毛を親にツインテールに結んでもらって、用意してもらった女子小学生の服とスカート。ランドセルを背負って小学校にいって、小さい子達にまざって算数をするんだ、それに対しておかしい、つらいと思わなくなってきてる自分がいる。あたりまえだ…ってね」
「………」
「その身体に引っ張られてるところ、あるんじゃないのか?」
「え?」
「オムツを履いて、粗相をしてもすぐに替えられるように脱がしやすい服を着せられて、だっこされてここまで来たんだろ?」
「………」
「夜泣きとか、してるんじゃないのか?」
「そんなことっ…」
だが、頭の中に久遠の言葉が思い出される。
"悠の身体と脳みそを使っている以上、それに引かれてしまうのは避けられないって"
…もしかしたら久遠はこの"適応"のことを知っているのかもしれない。
「…年齢の離れた入れ替わりってのは本当に稀だ。まあ、これからも仲良くしようよ」
にこり、と彼…いや彼女か。彼女は笑う。
その笑顔は屈託のない少女の笑顔だった。
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その後、医師に呼ばれた私は口頭での面談と、ちょっとした運動能力の確認が行われた。30分後、戻ってきたときにはもう彼女はいなかった。
「久遠」
「…なーに、おねえちゃん」
迎えに来た妹に抱っこをされて家へ向かう。
「てきおうのこと」
「っ…」
ピクッと久遠の身体が震えた。
「しってたんだね」
「…ごめんね。言うか言わまいか、今の今まで悩んでたの」
「ううん。いいの」
私がもし久遠の立場だったら同じように悩むはずだから。
「わたし、そのうち悠になっちゃうのかしら」
「…記憶はちゃんと移動できるよ、きっと」
「だといいけど…そうだ」
「なに?おねえちゃん」
「悠に、あいたいかな」
「………」
久遠の沈黙が長くなる。
「その…」
「うん、わかってる。悠も…"てきおう"してるんだよね」
「…うん。幼かったせいか、魂の記憶はそんなになかったせいなのか、わからないけど」
お医者さんも驚くほどに早い適応をした、と久遠。
「会うと、お姉ちゃんが落ち込んじゃうかもって、お母さんたちが」
「そう…でも、わたしもそうならそうと、かくごをきめないといけないから」
「わかった。お母さんに連絡するね」
施設にいるというお母さんとお父さん、そしてそこにいる悠。
「…うん、うん。わかった」
「なにって?」
電話を切った久遠に話しかける。
「今から来ていいって。タクシー、乗るね」
「…うん」
お姉ちゃんがだんだん中身も幼児に染まっていってるのが良いですね♪
返信削除お漏らししたりして、どんどん甘えん坊になってほしいですね(笑)
続きが気になりますね
返信削除わかります♪
削除ほんと続きが楽しみですよね(^-^)/
お姉ちゃんには幼児生活を楽しんでほしいです(笑)