2019/12/18

花梨を探して(上)

妹の花梨(かりん)からの連絡がないと母親から連絡があった。

聞けば夏休みが開けたというのに大学にも行ってなさそうなのだという。
万が一ということもあるから、ということで同じく東京に出て就職している私のもとへ連絡があった。

2019/12/01

魔道具 - アップリケ


魔法学校3年生のサラは悩んでいた。
頭の中にあるのは卒業試験…そして進路だ。

魔法学校の卒業と同時に、魔法を学んだ生徒達は自分たちの進路へ進む。
あるものは魔法研究企業の魔法研究者に、あるものはギルドの冒険者に。
そしてあるものは王国直属の魔道士に。
いずれにしても重要なのはその試験で雇い主の目に止まる事が必要だ。

「どうしても私は…」

サラの家では父も、そして祖父も王国魔道士だったために、サラも…と期待されている。
もし彼らの期待を裏切ってしまったら。
想像するだけでサラは耐えられない。

だが、サラの成績は思っているより芳しくないものであった。
クラスでも下から数えたほうが早い順位。
希望である組織は難しいぞ、と教師にも再三言われていた。

ちらり、と隣を歩くクラスメイトのメルに視線をやる。
メルは魔力の量とその質が、飛び抜けてすばらしい。
教師の間では彼女は今までの生徒の中でもNo1の魔道士になると言われている。優秀すぎるために、すでに様々な組織からの打診が来ているのだという噂もある。

魔力の質は、魔法の精度に大きく関わる。
サラが10m先の転送魔法ですら1mほどのズレがあるのに対して、
メルの転送魔法は数km離れても誤差はほぼゼロだという。

そんな優等生メルと、悩める劣等生サラが訪れているのは学校から少し外れた森。卒業試験を前にして簡単な魔獣の討伐実習が行われている。

「今更こんな簡単な魔獣退治なんてねえ」
「…ええ、そうね」

メルが退屈そうに森の中を進んでいく。
一方のサラは心ここにあらずと言った感じでメルの後ろをついていく。

メルの後ろ姿を見て、サラは妬む。
彼女の才能が羨ましい。
彼女であれば自分から行きたい組織を指名することだってできるのだろう。
私だって同じぐらい…いえ、それ以上に頑張っているはずなのに。

そんな中、ぴょん、っと草陰から獣が出てきた。
前触れも、気配もなく現れたその獣に2人は驚く。
それは教科書でも図鑑でも見たことがない、変わった獣だった。
見た目は鹿のようにも見えるが異色なのがその毛の色だった。
その体毛は銀色に光り輝き、風もないのに波打つように揺れている。
その獣の視線はこちらを見て離さない。

「な…なに?こいつ」
「…みたことないな。新種の魔獣…?」

さすがのメルも少し戸惑いが見られる。
なにせ敵意があるのかすら読めない。
神の獣である、と言われれば信じてしまいそうな神々しさすら感じられる。
凶悪な魔獣の類にも見えないが…。

「とりあえずぱぱっと捕縛しちゃいましょうか」
「えっ…?戦わないほうがいいんじゃない?」
「大丈夫大丈夫。イザとなったら転送魔法で学園まで戻りましょ」

と、片手で簡単に捕縛魔法陣を呼び出すメル。
サラも仕方なく杖を構える。
捕縛の際にメルが攻撃されないように守護魔法を張る準備をする。

「ほ、本当にやるの?」
「ええ、新種の魔獣なら評価も上々よ。えいっ!」

メルは杖を振り下ろし魔獣に向かって捕縛魔法を発射する。

ピイイイイン

捕縛魔法らしかぬ音。
銀色の毛が激しく波打ち、メルの捕縛魔法を吸収していく。

「えっ…?」

パンッ!

なにかが弾けるような音と共に、銀色の魔法が獣の全身から放射されてメルのほうへ向かってくる。

「な…は、反射!?」

サラは慌てて防御陣を貼るが、その壁はまるで濡れた紙のようにたやすく貫かれ…メルも油断していたのか、自身への対処が遅れる。

パアアアアン!

銀色の魔法がメルに炸裂した。
その瞬間、あたり一面が銀色の光に覆われ、サラは視界を失った。

---

「うっ…ようやく目が…慣れてきた」

激しい光で一時的に奪われた視界がようやく戻ってくる。
前方を見れば、あの見慣れない獣はあっという間に逃げ出したのか、姿は見当たらない。そして…。

「メ…メル?」

メルの姿もなかった。
彼女の立っていたはずの場所には誰もいない。

「が…外套…だけ?メル…ど…どこにいったの…?」

彼女の羽織っていたマントを拾い上げる。
彼女の持っていた杖や持ち物は他に見当たらない。

「…ん…?これって」

羽織ったときに胸のあたりに来る部分に、手のひらサイズの刺繍が着いていたのだ。
その刺繍はメルをモチーフにしているのか、彼女の顔に似ていた。
メルの外套にこんなもの、着いていただろうか…。

「…いけない、こんなことをしている場合じゃないわ。メルを探さないと…、それとも学園に報告するほうが先…?」

サラは少し戸惑ったが、ひとまずその外套を身につけることにした。
彼女の持ち物ではあるが、あいにくしまえるようなカバンを持ってきていない。
外套が身体を包んだ瞬間、サラに不思議な声が聞こえてきたのだ。

(サラ…サラ…。助けて、お願い…)

「め、メル!?ど、どこにいるの?」

(胸…胸のところ)

「へ?…胸?」

着込んだ外套を見下ろしてみる。
そこには彼女をかたどった刺繍。

(私…私はここよ)

「えええ?」

---

「だ、駄目。解呪できないわ」

獣が放った銀色の魔法。
メルが言うには、メルが唱えた捕縛魔法を獣が吸収して反射した結果、捕縛の性質を改竄されした新種の変化魔法となったのだという。
気がつけば彼女は身動き一つできないアップリケとして、自身が着ていた外套に縫い込まれてしまっていた。

外套を木の枝に吊るして思いつく限り、できる限りの解呪魔法を詠唱してアップリケにぶつけるが、メルは元に戻る気配がない。
一旦解呪を諦めて、外套を身につける。
外套のアップリケとなってしまったメルの声は、外套を着込まないと聞くことができないようだ。

(…駄目みたいね。学園に戻って解呪専門の先生に頼みましょう)
「そ、そうね」

サラは先程から外套を着るたびに不思議な感覚を感じていた。
なにかこう、周囲のマナの動きがわかる…。そして身体に宿る魔力の質が数段あがっているような。
サラはメルに聞こえないよう、こっそりと鑑定魔法を詠唱した。
対象はアップリケになったメル。

(えっ…これ…すごい…)

魔力補正+S
魔力品質+S
威力補正+S
魔力隠蔽+S
………
……

魔力耐性+S
精神感応

ずらり、と並ぶ一級品の補正能力。
普通の魔道具にはありえないほどの補正がある。
そして最後に記載された精神感応能力。これでメルとの念話ができるのだろう。
それに…。

(魔力耐性+S…多分メルが元に戻れないのはこのせいね)

メルが持つ資質がそのまま魔道具の能力として現れてしまった為に、メルは元の姿に戻ることができないのだ。
これだけの力に打ち勝つには学園の教師では荷が重いだろう。

(魔力隠蔽+S…。生半可な反応検知なら無効化できそうね)

サラの心のなかに黒い気持ちが生まれていく。
卒業試験では不正防止のために教師がディテクト魔法で魔道具を持ち込ませないようになっている。
だが、これなら。

メルはサラの考え込む様子を不審に感じる。

(サラ?どうしたの?)
「うふふ…。うふふ…」

サラはメルからの念話を無視する。
傍目から見てもタダの飾りに見えるアップリケ。
装着者でなければ彼女と念話ができない。
つまり、「これ」がメルだと気がつく者は…皆無なのだ。

そしてこの「魔道具」を使えば。
卒業試験なんて取るに足らない通過点となる。
王国魔道士なんて目じゃなく、その部隊の頂点…魔導隊長すら視野に入る。

「うふふ、そうよ。そうよね」

彼女が行方不明になったことにしてしまえばいい。
謎の魔獣に会い、彼女は攫われ、私は決死の状態で逃げてきた、と。

「うふふ…うふふ…」
(サラ………?)

サラはふらふらと歩き出した。

---

あれから1週間。
魔獣討伐部隊が中央から派遣され、新獣の発見には至らなかったがその痕跡が認められ、メルはその魔獣との戦闘中に行方不明、ということが報告書として提出された。
これで公式にメルを表舞台から姿を消すことができた。

(サラ。悪いことは言わない。こんなことは止めなさい…)

頭に響いてくるメルの声を無視して、サラは魔法自習室の中央に立つ。胸の部分につけられたメル…アップリケを軽く撫でる。

「"これ"され…あれば」

この外套自体は学園生徒共通のものだ。
サラがメルの外套を着ていることには誰も気が付かない。

「光よ…集え」

軽く唱えた魔法。
今までにない量の光が指に圧縮されていく。

(んっ…!)

頭の中にメルの少し呻くような声が響く。
押し殺したようなその声はなにかに耐えているようだ。
サラはその声も無視してさらに魔力を高めていく。

(ああっ…あああ!)

魔力の高まりとともにメルの声も大きくなっていく。

「光よ…穿け!」
(んんんっ…あああああああ!!!!!)

バシュ、という破裂音とともに指先から細く、鋭い光線が発射された。
その光は遠く離れた的の中央を軽々と撃ち抜いた。

「すごい…こんなに強くて正確な魔法…」
(はぁ…はぁ…)

メルの息遣いが聞こえてくる。
もちろん、サラの頭の中だけにだが。

(な、なんなの…この……)

どうやら魔道具として使われると彼女の意識に快感が奔るようだ。
改めて鑑定をしてみるが、魔道具の効果に劣化は見られなかった。

「すごいわ。使いたい放題じゃない」
(や…やめて…サラ…)

光線を何度も何度も、的へ向かって放つ。
バスンバスン、と景気のいい音と同時にメルの喘ぎ声が響き渡る。

「うふふ、いいじゃない。使うとメルに性的な快感に襲われるっぽいけど…
たったそれだけのリスクだなんて。実質使い放題の魔道具じゃない」
(さ、サラ…お願い…こんな馬鹿なことは止めて。人を魔道具のままにしておくなんて)
「ただ、五月蝿いのがちょっとキズね。念話妨害の魔道具でも探そうかしら…」

さらに何度か魔法を使い続けるサラ。
最後に大きくはなった火炎魔法。
その快感にメルは耐えられずひときわ高い声を上げ…

(……………)
「あら、気絶しちゃった?」

どうやらメルが快感に耐えきれず、その意識をシャットダウンしてしまったようだ。
どれだけ呼びかけても反応がない。
そして…その瞬間、身体をブーストしていた魔道具の効果が霧散した。

「………なるほど。メルの意識が切れちゃうと魔道具としては無力になってしまうわけね。この状態で解呪魔法を唱えれば元の姿に戻りそうだけど」

もちろん、そんなことはしない。
私はこれを使ってのしあがる必要があるのだ。
メルには悪いけど、私のための道具となってもらおう。

「うふふ、まあそのかわり気絶するほどの快感をずっと感じられるんだもの。いいんじゃないかしら?」

サラはニヤリ、と笑った。



イラストは@plushifications (ぷらさん)に頂きました。
毎回ありがとうございます…!







ショートノベル


「愛梨…!」

ガラガラ、と保健室の扉を開ける。
体育の時間に急に混乱したように喋りだして倒れた、と聞いた俺は慌てて向かった。
今朝も一緒に登校したときはそんなに体調悪そうには見えなかったのに。

保健室のベッドを囲んでいるカーテンを勢いよく開けるとそこには
上のジャージを大きくあけて、そこから覗くブラジャーの上から両手でぐにぐにと、自分の胸を揉みしだいている愛梨の姿があった。

「…な…な…愛梨、なにしてるんだ?!」
「ん…?あー、おー。なるほど、お前が彼氏か?冴えない顔してるなー」

虚空を見上げてから、こちらをちらりと見て何かを思い出すようにつぶやく愛梨。
その視線はいつもの親しげで優しい目ではなく、まるで人を値踏みするようなそんな他人の目つきであった。

「お…お前は…愛梨…じゃないな…誰だ!?」
「そうだなあぁ、愛梨なんだけど愛梨じゃないんだよなあ、なんていったらいいかわからないが、俺はついさっき、トラックに轢かれたんだよ…でも気がついたらここにいたんだ」
「俺…?トラック…?」
「だけど、俺の名前は思い出せねえ…。いや、正確に言うと思い出そうとすると小凪愛梨、っていうこの身体の名前しか思い出せねえ。俺は一体誰だったのか…」

ぶつぶつ、と呟く愛梨。その内容は俺の理解を超えている。
向こうも俺の理解を必要としていないのか、言葉をドンドンまくしたてる。

「つまりー…俺の記憶はないんだよな。ただぼんやりと夢のような感じで覚えているだけで…。いまはこの身体…愛梨の脳で考えて、思い出して…うん、そういうことだな。いやしかし俺の胸でけえなあ」

そうつぶやいている間もその手を休めることなく自分の胸揉みまくる愛梨を俺はただただ眺めることしかできなかった。

ーーー

「あれ、お前まだいたの?」

保健室の前で待っていた俺に掛けられた声。
保健室の扉を開けて出てきたのは体操服から制服へ着替えた愛梨だった。

「愛梨、元に…戻ってないのか?」
「あ?戻ってるわけねえだろ。俺もどうしてこうなったかわかんねーんだし」

「ああでも愛梨の記憶は使えるからな。着たこともないはずの女子制服もこのとおり。どうだ?」

くるり、とスカートを翻すように回る愛梨。
いつもの愛梨のようにしっかりと校則を遵守した着こなし。
セーラーのスカーフもきっちり、結んでいる。

だが…。

「うっへっへ。こんな可愛い子が俺だなんてなあ」

スカートの裾を掴んで遠慮なく捲くり上げる愛梨。
そこから白の下着が露となる。
それはいつもの愛梨なら絶対しないような行為だ。

「見てくれよ、これ。なんもねえんだぜ、ビビるよなあ」
「や、やめてくれよ、愛梨」
「お?なんだ?気にならないのか?…んー?なんだよ、お前もうこの身体見てるんじゃねえか」

どうやら記憶から俺と愛梨の深い関係について引き出したようだ。下卑た顔つきの愛梨から、俺は顔を逸らす。

「まあ、いいか。いくぞおい」
「え…?いくってどこへ」
「決まってんだろ、愛梨ちゃんの教室だよ」
「お、お前…まさかなりすますつもりか」

ああん?と怪訝な顔つきをする愛梨。

「成りすますってなんだよ。俺はどこからどうみても愛梨だろうが。教師に聞いても、親に聞いても、なんなら親友のエミに聞いたって答えは同じさ」
「ぐ…」
「それにお前だって愛梨がおかしな男に乗っ取られた、なんて知られたくないだろう?愛梨ちゃんの折角の評判が下がっちゃうぜ」
「な…脅す気か」
「いやいや、そんな大袈裟な。ただ愛梨ちゃんが元に戻るまでの間、俺がちゃんと愛梨ちゃんの代わりができるようにサポートしてくれりゃあいいのさ。記憶も全部読めるわけじゃないからな。まあ、いつ元に戻るかなんてわかんねーんだけど、な」

ぐっひっひと笑う愛梨。
笑いながら、俺の腕に"いつものように"絡んでくる愛梨。

「さ、教室にもどろ?」

一転してニコリ、と笑う笑顔はいつもの愛梨と区別がつかなかった。