2019/09/02

特殊クエストで金属化

突如目の前に大きく表示された特別クエストの文字。

このゲームでは無数にあるクエストからランダムでプレイヤー別にクエストが配布されることがある。
レアなイベントであればもちろん報酬も特別であり、みんな優先的に消化しているものだ。

(表示されたピンはこのへんだけど…)

没入型MMOの難点は広大な街が本当に広大であることだ。
サリナは城下町のハズレの複雑に入り組んだ路地に迷い込んでいた。

「ここ…かな?でもなにもなさそうだけど」

マップ上にピンと自キャラアイコンが重なっている。
高低差を考えないのであればここであるはずなのだが。

クエスト名は「照らすお仕事」

「…あら、これかしら」

路地の片隅、灯りが1つ。
その街灯はかわった形をしていた。
女の子の銅像、右手にランタンを持って掲げている。
そのランタンに灯りが灯っており、周りを照らしていた。

「工芸品かしら。かなり精巧ね」

手でペタペタと触ってみれば、ひんやりと冷たい感触。
金属でできていることは間違いない。
オブジェクトスキャナーで調べてみる。

■少女像[街灯]
可愛らしい少女を象った像。
ランタンをもっており周囲を照らす。
・破壊不可

「よくあるオブジェクト…よねえ」

少し特徴的な説明ではあるが、破壊不可なオブジェクトはそのへんの扉や壁と同じ設定だ。
サリナはクエストのトリガーを探そうと、その少女街灯をくまなくしらべる。
スライドしないか、スイッチがないか…。

「…なにもないじゃない」

どう調べてもたたの置物である。
最後にしかたなくサリナは水魔法を唱えて、ランタンの火を消してみる。

(冒険者様…冒険者様…)

どうやら正解だったようだ。
心に響くような形でメッセージが聞こえてきた。

「なにかしら?」
(ああ、冒険者様。私はただの街灯でございます)
「知ってるわよ」
(私が作られてからというもの、毎日毎日ここに立ち続けております)
「ええ。それで?」
(1度でいいから私はこの場所以外を目にしたいのです)
「なるほど」
(ご協力いただけないでしょうか?)

ウィンドウのクエスト進行のゲージが増加した。
どうやらここで協力するのが正解のようだ。
サリナは予想する。
おそらく街灯を移動させるリアカーを手配して、街中を歩け、という感じだろうか。

(では冒険者様、まずはじめに私の持っている灯りを外していただけますか)
「はいはい…っと」

交換を楽にするためなのか、ランタンは像の手にひっかけるだけのものとなっていた。
そのランタンを外してみる。

「で、つぎは?」
(はい、そのランタンを掲げてください)
「?、こう?」

右手を掲げる。
キィ、と握手から吊り下げられたランタンが揺れる。

(ではそのままで)
「…?え?」

ピキピキピキ…
ランタン変な音が聞こえ始めた。
サリナは恐る恐る右手を見る。

「なっ…これは」
右手がランタンと同化していく。
手や装備が、鈍い光沢をもつ金属へと変わっていくのだ。

「ちょ、ちょっと…これって」

その侵食は徐々にスピードを上げていく。
右肘、右肩そして胴体。

「あっ……」

首、顔とその金属化は進んでいき、サリナの表情は恐怖に歪んだまま固定された。

身動きできる左手でそのランタンを外そうとして結果、左手はランタンに手を添えるような形で固まってしまう。
結果、サリナはランタンを掲げて見てはいけないものを見てしまった、ような態勢と表情で固まってしまったのだった。

「ありがとうございます…代わっていただいて」

心に響くメッセージではない、空気を震わせる音として伝わってきたNPCの声。

(え…?)

目の前には先程まで像だった少女が、生身の人間のように変化していた。

「では、しばらくの間私の代わりに街灯をよろしくお願いいたします。必ず戻ってきますので」

そういうと、少女はサリナが持つランタンに火をつけた。
あたりを温かい、ほのかな光で照らしはじめる。

(ちょ、ちょっとまちなさい!これ…いつまで?!)

そんなサリナの心の叫びは彼女に届かなかったのか。
彼女の背中はどんどん小さくなっていき、路地を曲がったところで見えなくなってしまったのだった。

---

「うーん、これはステータス異常じゃないっぽいね」
「イベント変化っぽいねえ」

個別メッセージをフレンドへ送って助けを求めた。
サリナの友人、リナとユカがやってきてくれたが、彼女たちのスキルや石化解除アイテムではサリナの身体がもとに戻ることはなかった。

「NPCが戻ってくるって言ったんでしょう?じゃあ大丈夫じゃないかしら」
「そうねえ…なんならログアウトしててもいいんじゃない?」

ログアウトしていてもこの世界の時間は進み続ける。
少女が戻ってくるフラグが立つまで現実に戻れるのなら戻りたかったのだが…。

(なぜかログアウトボタン押せなくて…)

視線で操作可能なログアウト動作だが、
なぜかログアウトボタンだけが押せなかったのだ。
普通はこういった拘束系状態でも(ペナルティはあれど)ログアウトは可能なはずなのだ。

「うーん、じゃあしょうがないな、諦めてそのまま街灯してなよ」
「ちょっとちょっと(笑)みてこれ」
「へ?うははは。これは傑作」

(…?なにが?)

リナがスキャナーのウィンドウをこちらに見えるように回転させた。

■サリナ像[街灯]
恐ろしいものを見たサリナを象った像。
ランタンをもっており周囲を照らす。
・破壊不可

(これって…)
「どうやらログアウトできないのはこれっぽいね。いまサリナはゲーム内のオブジェクト扱いになってるんだよ」
「すごいなあ、新しい処理だね」
(いやいや…どう考えてもおかしいでしょ)
そんなイベントが実装された、なんて聞いたことがない。

だが、プレイヤーでもNPCでもない、オブジェクトとして認識されている異常、動くことはできないのだ。

「しかたないなあ。その子を探してきますかね」
「そうね。少しでも街の観光を早く終わらせましょ」

(あ、ちょっとまって…)

サリナは2人を呼び止めようとするが、2人はそのまま少女が消えていった方角へ向かっていってしまった。

ポツポツ…。

(あ、雨…)

小さな雨粒は次第に数がふえ、そして大雨へと成長した。
ザーザーと降り注ぐ雨は、サリナの身体を余すところ無く濡らしていく。
サリナの皮膚はその機能を失っているのか、湿っぽいとか冷たい、という感覚は一切なかった。

「おい、見ろよ」
「なんだ?」

2人の男がこちらへ寄ってくる。
(プレイヤー?NPC?…よくわからない)

このゲームのNPCは高度なAIが使われている為に外見やその会話では見分けがつかない。
見分ける方法は個人メッセージを送ることだ。

(NPC…みたいね)

「こりゃあ高く売れそうな像じゃないか?」
「ほんとだな。顔はイマイチ…だが、造形の表現力がすごい」

顔はイマイチは余計なお世話よ…って売れそう!?
男たちはサリナの足元にかがみ込む。

(きゃ、きゃあ!)

1人にサリナの脇の下、もう1人はふくらはぎのあたりを抱え込むようにして持ち上げる。

(ま、まちなさい!私はプレイヤーで…!)

このままではどこかの雑貨商に売られてしまう。
いや、ここからは離れてしまうとあの少女に会えなくなる可能性が高い。
そうなってしまえば…。

(ずっと…このまま?)

サリナの心の抵抗も虚しく、2人の用意した荷馬車の後ろに積まれそうになる。

「まちなさーい!」
「こらー!」

サリナの視界の隅に、3人の少女がこちらへ掛けてくるのが見えた。
おそらくリナとユカ、そしてあの少女だろう。

「ちっ、逃げろ逃げろ!」
「おう!」

男たちは抱えていたサリナをさっと手放して荷馬車に乗り込み、走り去っていった。
ガツッという音と共に石畳の上に、ランタンを掲げた姿勢のまま倒れ込むサリナ。

「あぶないあぶない…」
「あの場所からいなくなってたから探したよー」
「すいません、すいません」

ペコペコと頭を下げる少女。

(いや、それはいいから起こしてくれると助かるかな…)

リナとユカは二人がかりでサリナを起こす。

「このたびはありがとうございました」
(ひどいクエストだったわ…)
「では、戻りますね」

少女の姿がスッと消えていく。
それと同時にサリナの身体が柔らかさを取り戻し、装備は素材へ戻っていく。
おそらく少女の像は、先程まで立っていた場所に戻っていったのだろう。。

「…ふー、やれやれ」

まったく動いていなかったはずなのにドッと疲れが出た。
サリナは慣れた手付きでクエストを完了させる。

『クエスト報酬「少女のランタン」を入手しました』

「…へ?」
アイテム欄を見ると先程までサリナが持っていたランタンが出現していた。
そしてついうっかりそのアイテムを取り出してしまうサリナ。

「あっ」
「えっ?」
「へ?」

ランタンが、サリナの身を再び金属に変えていく。
あっというまに先ほどと違うポーズとなったサリナ像が完成した。

(うそー、何なのよこのアイテム…)
「いやいや…これは意外と使い所があるんじゃない?潜入クエストとかに使えそうだよね」
「あーでも、またNPCに持ってかれると面倒だね。とりあえず私のマイハウスに飾っておこっか」
「いいねそれ」

(ちょ、ちょっと?リナさん?ユカさーん?)

-終-

■少女のランタン
長い年月の間、街をやさしく照らし続けた少女像が持つランタン。
このランタンを掲げることでその身体を像に変化させることができる。
(効果時間10分間)



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