「なに、あんた。フザケてんの」
魔法少女ノルンの目の前に立ちはだかるのは、怪人ブフラ。
ノルンとブフラの戦いは3年前から続いている。
戦い自体はノルンの有利な展開で進むのだが、いつもここぞというところで取り逃がしてしまっていた。
今日も出現の報告を受けたノルンは現場に急行したのだがー。
ブフラの目の前には不格好な人形立っていた。
「一体全体、なんなのよその変な人形は…」
手も足も丸い玉でできた、安物の人形。
なぜか服は着ているのだが、その服装は…。
「私の真似?ってこと?」
ノルンの魔法少女服にそっくりだった。
…いや、よく見るとただの布であり、見た目だけ真似た紛い物であるのは間違いない。
「いっとくけど、この魔法服、魔法はもちろん打撃衝撃まで緩和するスグレモノなんだからね。見た目だけ真似たって無駄無駄」
何を考えているのかしらないが、さっさと倒してしまおう。
ブフラが手をあげ、こちらに振り下ろすと、人形がゆっくりと動き出した。
「…おっそ。こんなので私を倒そうってわけ?」
魔法を使うまでもない。
杖の打撃だけで倒せるだろう。
案の定思い切り振りかぶり、重力と体重を乗せるようにして振り下ろす。
杖を受け止めようとしたのか人形が両腕を掲げるが、その腕ごと杖で吹き飛ばす。
ミシッっという音とともに人形の身体が沈み込み地面に倒れた。
(ほんと、手応えがないわね。あっさり腕が折れちゃってるじゃん)
床に倒れてピクピクと動いている人形を観察する。
顔には目や鼻、口が付いてはいるものの、あくまで飾りであり会話をしたりするような機能はもっていないようだ。
「ブフラ…、あなたとうとう万策尽きたのかしら。こんな偽物を出すしかないの?」
人形を踏みこえて、ブフラと対峙する。
「んふっふ。いやいや。今の所作戦通りさ。今の所…な」
「…?」
ブフラが次に取り出したのは…怪人の手下たちがよく使う簡易銃。
私はため息をつく。
「負けすぎてどうにかなっちゃった?言ったでしょ。この魔法服にそんな弱っちい銃が…」
私のセリフを待たずにブフラは引き金を引く。
だが私は動じない。
あんなもの避けるまでもないのだ。
体中に張り巡らした魔力と魔法服の力によって小石が当たったかどうかの痛みも感じな…
バンッ
その衝撃は私を軽々と吹き飛ばした。
(えっ…?)
一体何がおきたのか。
魔法障壁が壊された様子がなかった。
すべてを突き抜けて、私に直撃した感触。
私は地面に倒れていた。
(んぐ・・・)
なにかの追加効果があったのか、身体中が思ったように動かせない。
(たち・・・あがらなきゃ)
腕を支えにして立ち上がろうとする。
ミシッ。
身体に似つかわしくない音が腕から発せられ身体中に響いた。
驚いて自身の腕を見るとそこには亀裂が入っていた。
いや、それどころではない。そこから血がでるわけでもなく、骨が見えてるわけでもない。プラスチックのような塊が割れているのだった。
なに…これ…!
そして自身の口から声が出ないことに気がつく。
喉に手を当てようとして気がつく。
指が…なくなっている。
いや、正確には最初からついていなような…そんな手だった。
ボールのような小さな球体が手の代わりについている。
(こ、これ…まさか…)
恐る恐るブフラがいたほうに視線をやる。
ブフラの横に並ぶようにして立っているのは、魔法少女ノルン、そのものだった。
「新しい身体はどうよ、魔法少女ノルン…いや、出来損ない人形ノルン…」
(くっ…)
手を使わずに立ち上がり、構えを取る。
だが、肘から上がプラプラとぶら下がるように揺れている。
(これは…さっき私が破壊した…人形…?)
状況を徐々に把握していく。
私はどうやら先程自分が壊した人形になってしまっているようだ。
では…目の前で構えている魔法少女はまさか。
「さて…第2回戦といきましょうか。先ほどみたいに行きませんよ」
私の身体が、盗られた…?
私の身体を、私の声を、私の魔力を誰かが勝手に使っている。
魔法の杖をくるくると回転させ、構えを取るその仕草はまるで自分のようだ。
「げっはっは。こうなるとノルンもどうにもできないよなあ。力も魔力もなにもない、まともに動けない身体で戦えるかな…?」
…!
私は窮地に立たされた。
精神を集中させても、身体の中に魔力が一切感じられない。
腕は粉砕され、使い物にならない。
目の前には万全のブフラと、"私"…。
敵に魔法少女の力を奪われてしまったのだ。
ここで取り返しておかないと、他の魔法少女たちにも危険が及ぶ。
だが…。
私は後ずさりをする。
この何もできない、動くことだけで精一杯な身体でなにができるというのか。
いや、泣き言を言っても始まらない。
私は…。
「じゃあな、ノルン」
「良い身体をありがとうございました」
"私"が魔力を込めて振った杖から迸る衝撃が、私を貫く。
ただの布の魔法少女っぽい服はところどころがビリビリと破れていき、その下からツルッとした表面が露出する。
身体が軽いのか、魔力が強いのか。
私の身体は軽々と吹き飛ばされ、コンクリートの塀に大きな音をたててぶつかった。
痛みは全く感じない。
だがそれは自分の体が人間でなくなってしまった、という証明に他ならなかった。
追撃がくるのか。
絶体絶命かもしれない…覚悟を決めていたが、一向に次の攻撃はこない。
恐る恐る前を見れば、そこにはブフラの姿はなかった。
もちろん、"私"の姿も。
しばらくして気がつく。
やつらにとって私はもう「敵」でもなんでもないのだと。
私にはわかってしまった。このなんでもない人形が動いていたのは、ブフラの魔力だったのだということを。
そのブフラがいなくなったことで、身体に急速に力が入らなくなっていくのがわかる。
ヨロヨロと立ち上がってみたものの、そこで魔力を使い果たしたのか。
私の身体は足の関節が壊れたかのようにガシャンと崩れ、倒れたのだった。
「おかあさん、なにこれー?」
「さあ…。ボロボロの服をきたお人形さんだねえ」
「腕とか足とか、割れちゃってるねえ」
「誰かがいらなくなって捨てたんだろうかね」
「あ、この服、ノルンちゃんのだよ」
「……。ああ、どおりで」
魔法少女ノルンが人類を裏切った、というニュースはまたたくまに広がった。
彼女の人気を表していた応援商品の多さは一転してヘイトの対象となったのだ。
そこら中に投げ捨てられ、燃やされていくグッズ。
この人形も持ち主が苛立って捨てたのだろうと、子を連れた母は思った。
母は彼女が裏切ったことにより戦線が崩壊し、一部の地域では怪人による征服が始まっているというニュースを思い出し、我が子を心配し、その子の手を強く握る。
「まったく、なんてことをしてくれたの…」
ガツン、と怒りに任せた蹴りを人形にぶつける。
人形はなにも言わずにその蹴りを受け止め、吹き飛ぶ。
力なく仰向けとなった人形。
親子が去っていた後、その人形の目から小さな涙が流れた。
だがその涙は、誰も気がつくことはなかった。
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