2019/08/28

あなたもこれで美しく?


動画を見ているときに挟まれた広告に表示されたそんな陳腐な文言。
スキップしようとした私は、ついタップする位置がずれてその広告を開いてしまった。

画面があれよあれよという間に2-3回切り替わり、通知バーにダウンロードアイコンが表示された。

「えっ…インストールされちゃったの?」

その掟破りな動作が気になった私はそのアプリを立ち上げてみることにした。

「美しくしたい箇所をタップしてください」

起動して表示されたのはそんなフレーズと…なんと私。
3D化した私がその画面の中でくるくるとゆっくり回転をしていた。
まるでゲームのチュートリアルみたいな表示だ。

少し気味が悪いながらも、興味が湧いた私は試しに顔をタップして見る。
ぐぐっとアップになった私の顔。
女性らしさは感じられるが、平ぼったい特徴のない顔だ。

「一重なのがねえ」

目をタップしてみる。
そこには大量の項目が表示されたのだ。

「うわっ…すご」

その表示された項目から、気になっている項目をタップして変更していく。
二重。目の大きさを大きく、左右の目の距離を調整、まつ毛の増量…
目が変わるだけでも大分見た目がすっきりするものだ。

「…うわぁ…いいなあ。これ、美容整形のアプリなのかな?」

こんなふうになれます!○○整形外科まで!みたいな。
そんなことをぼんやり思いながら右下に表示された確定ボタンを何気なく押す。

すると画面中央になにやら大きなアラートウィンドウが表示される。
どうせセーブデータを作成するとか上書きするとかそんなものだろう、と思った私は特に読まずにOKボタンをタップしたのだった。

「ひっ」

その瞬間、目がじわっと熱くなるのを感じた。
ぐぐぐ、と皮膚が引っ張られるような感覚と、瞼がむず痒さを感じながら重たくなっていう。

「な…なんだったの…」

慌てて化粧鏡を覗き込む私。
そこには…、先程調整した通りの目になった私がいたのだった。

「えっ…嘘っ…」

パチパチ、と鏡の間でまばたきをしてみる。
その二重で大きくてつぶらになった瞳、素で長い睫毛が動く。

「こ…このアプリ…もしかして」

スマホを慌てて見る。
その魔法みたいなアプリはまだそこにあった。

---

1時間後。
私はまるで別人になっていた。
身長は180cm、スラっと伸びた脚は日本人離れしており、お尻はツン、と突き出している。
キュっとくびれたウェスト、そして男性なら絶対目が言ってしまう胸には、手術をしたような人工的なものではない、天然のふくよかな胸がそこにはある。

艷やかな長い髪、そしてハーフ芸能人顔負けの"私"という面影は一切ない絶世の美女だった。
テレビや雑誌に出ていてもおかしくない、いやむしろ出ていないとおかしいレベルだ。
これで化粧を一切していないのだからその美貌たるや…だ。

「あー。しまった…」

身長も体型も別人になってしまったために外に着ていける服が存在しない。

「とりあえず通販で…っと」

最低限の服を通販でお急ぎ購入する。
明日届いたら、それを着て街に出ていけば好きな服を揃えられるだろう。
私は数時間の間、その鏡の前で自分の変身を楽しむのだった。

Brrrr.

スマホが震える。
なんだろうと思って開いてみるとアプリケーションからの通知だった。

変更度MAXの状態で変化ポイントが既定に到達しました。 
強制消化モードに入ります。
累積ポイント 720 / 720

もしかして有料だった…?
そして更に表示されるメッセージ。

スマホを安全な場所に置いてください。

…一体どういうことだろう。
私はスマホをテーブルの上に置く。

ドクン

身体の中でなにか、うねるような感覚。
その感覚は、体の中心からじわりと広がっていく。

「な、なに…?あ、あぐぁっ!?」

口が急にパカ、とあいたかと思うとぐぐぐ、とその口が左右に伸びていく。
目がグリグリと動き出したかと思うと、視野が狭くなり、視力が大きく下がって視界がぼやけていく。

ギュルルル。
すごい勢いでその大きな乳房から何かが抜け出していく。
大きく、形のよかった乳房はしぼんでいき、だるんとたるんだ皮とすこし脂肪が詰まった情けない形となっていく。
ジュっという熱とともに手の指が大きく膨張し、指の太さが3倍ほどに、長さが半分ほどに変化した。
何が起きているかわからない、混乱しながら姿見を見ればそこにはくびれたウェストはなく、風船のように膨れ上がり、その脂肪が積み重なって段を形成した醜い三段腹が形成されていた。

ブツブツブツ…
身体のいたるところで何かが植え付けられ、そして成長していく。
あっというまに身体中から縮れた毛が生え始め、そのシミ一つなかった皮膚は、ボロボロでまだらになった汚い雑巾のようになった。

(ま…まさか。これって)

お尻は更に大きくなっていく。
だがそれは全体的に脂肪が乗っており、綺麗に突き出ていたヒップはその脂肪の山に埋もれていってしまう。
首周りにも、スライムのようにぶよぶよとした脂肪がまとわりつく。

「ぜぇ…ぜぇ…」

ただただ立っているだけなのに息が切れる。
身体中が蒸すように暑い。

180cmあったはずの私は、圧縮機でプレスされたかのように潰されて140cmほどまで縮んでいた。…体型だけはお相撲さん…いやそれ以上に脂肪がまとわりついており、その体型のシルエットは漫画でよく見るとぐろを巻いたウンコのようだ。
顔も脂肪で埋もれているし、目は小さく、鼻は潰れ、口は化け物のように裂けている。

Brrrr.

「変化が完了しました。 残り時間 719 / 720」

その残り時間は1分で1ずつ減少していく。
スマホに表示されていた時計を確認すると、私がこのアプリを弄り始めてから半日が経過していた。

(まさか…変身した時間と同じ時間だけ…こんな格好にされるってこと?)

姿見に写っているのは身体中がぶよぶよとなった醜い人間だった。
細い鏡にはその全身が映しきれないほど、横に大きく肥えてしまっている。

(うっそ…。え。まさか12時間もこのまま…?)

太く短くなった指で、スマホをたどたどしく操作してみるが、
キャンセルボタンが表示されていないアプリをみて愕然とする。

立っていることに疲れてしまった私は地面にべったりと座り込んで考える。
全身の脂肪がダルン、と地面にまで垂れ下がる。まるで道に落ちた溶けかけのアイスクリームのようだ。
そのみっともなさの代わりに、身体中にのしかかっていた脂肪の重量はすこし軽減された。

(…でも…そうよね。これを我慢すればあんな美女になれるんだよね…)

おそらく美女になっている時間とおなじ時間だけ人前に出られない身体にされるということなのだ。そしてその時間は12時間まで。
この数字が戻ればまた美女にもなれるの…よね。

腕も脚も数倍にまで膨れ上がって、まるで大きな肉襦袢を着せられたような動きしかできない。
そしてこの状態ではもう立ち上がれないことに気がつく。

脚の筋力だけでこの身体を持ち上げることができず、そして手が短くない過ぎてテーブルやベッドに届かないのだ。

「あっ」

大量ににじみ出てきていた手の汗でスマホが滑り落ちる。
床に転がったスマホを拾おうとするが…。

「ふんっ…ふんっ…」

だめだ。身体がピクリとも動かせない。
それなのに、動こうとした結果身体から発せられた熱量が、さらに蒸し暑くしていき、あっという間に体力を削られていく。

ああ。だめ。
意識が朦朧として…。

---

「えー。相澤さんもう帰っちゃうの?」
「もうちょっと飲んでいこうよ。次の店も予約してあるのにー」
「ごめんね!用事があるんだー」

そういって店を足早に出る。
店の中からは嘆きの声と、あの子は身持ちが硬い、みたいなセリフが聞こえる。

(そういうわけじゃないんだけどね)

私だって残れるものなら残りたい。
チヤホヤされるし、みんな優しくしてくれるし。
"私"という面影を残しつつ美女となることで私は素敵な人生を過ごすことができている。

アパートに戻った私はスマホを取り出す。

700 / 720

残り20分。
今日は午前中は女友達でブティックを周り、夕方から合コンだったのだ。
そのため、二次会など行く予定はなく、時間はギリギリだった。
これ以上あの場に残っていたら、私は二度と表を歩けないような姿を皆に見せつけることになってしまう。

裸になった私は手動で消化モードに切り替える。
あっという間に私は醜女に変化した。

「…ふーん、そういうことだったんだ」

私は慌ててその視界を扉へ向けるとそこには先程の飲み会で一緒だった友人が1人立っていた。

「急にきれいになったし、でもすぐに帰るから彼氏でもいるのかなーとおもって尾けてみれば…まさかこんなことだったなんてね」

しまった、施錠を忘れていたのか。
酔っていたのか浮かれていたのか、つけられていることにすら気が付かなかった私。
慌てて彼女に近寄ろうとするが、この身体は微動だにできない。

「へー、なるほどなるほど。このアプリなのね。っていうかくっさ」

鼻をつまみながら、テーブルに置かれていた私のスマホを奪われる。

「へー。不思議なアプリねえ。でもこんなインチキできれいになって、私達を引き立てにつかってたのね」

「ま、いいわ。このスマホは預かっておくわね」
「え、ちょっとまって…」

そういいながら部屋から出ていく。
肉団子になってしまっている私は、この部屋から出ることはもちろん、立つこいとしかできないのだ。
その後姿を眺めるしかなかった。

---

翌朝。
気がつけば私は元の、普通の身体となって床で横になっていた。
あの身体はもちろん、今のこの平々凡々とした身体も嫌いだった私は、いつもならスマホですぐに変身していたのに。

「…帰してもらわなきゃ…」

立ち上がって着替えを探す。
いま、クローゼットに入っているのは変身した私にピッタリの服ばかりだ。
仕方なく奥のダンボールに仕舞っておいた私の服を取り出す。

「…連絡…あ、スマホが」

そうだった。彼女にスマホをもっていかれてしまったのだった。
どこに住んでいるのかはわかっている。
いるかどうかわからないが直接連絡無しで向かうしかなさそうだ。

ぶにっ。

「えっ…?」

足元で違和感。
恐る恐る見ると、脚がぶにぶにと膨れ上がっていくところだった。

「え…うそっ…なんで…・っ」

昨日のうちに消化モードを済ませていたはず。
そんな考えを否定するかのように、身体がブクブクと膨れ上がっていく。
あっという間に私は昨日の夜と同じような消化モードの体型に変化したのだった。

「うっ…なんで…?」
「おっはよー。あっは。やっぱり変化してる」

そういいながら部屋に入ってきたのは昨日の友人だった。
手には私のスマホが握られている。

「なんで…私…?」
「あっはっは…えっ?ああ、気になるわよね。はい、これ」

スマホの画面を見せられる。

「えっ…」

そこに表示されたのは
変身中という文字と、増えていく変化ポイントだった。

「まさか」
「そうよ。あなたの美女設定を醜女設定に変えてあげたの」
「ちょ…ちょっとそんな」

変身モードも一緒の姿にされたってこと?
そんなことをしたら。

「12時間このまま放置して…そしたら消化モードよ」
「えっ…」
「そしてそのループ」
「…うそよそんな」

「インチキして、私達を見下して楽しかった?そんなの許されるわけ無いでしょ。その報いよ」

私はその後、友人の通報により自身で身動きできなくなるまで太ってしまったという体裁で特殊な施設へ閉じ込められる。
24時間身動きできない身体で、介護をされるという屈辱。
誰も私の言うことを信じてくれない。

スマホはとうとう、私の手元には帰ってこなかった。

-終-

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