2019/08/21
水着な1日(前編)
とある一軒家。
その2階にあるアコの部屋に母親が入ってくる。
「まーたあの子は…」
ベッドの上に投げられるように転がっているのは通学カバンと袋。
「何度言っても洗濯置き場に出さないんだから…」
呆れたように母親が袋を手に取り、紐を緩めて開けるとそこには湿ったバスタオルと水泳帽子、そして水着が入っていた。
当のアコはというと、1階のリビングで横になってテレビを見ている。
「明日は…ほらもうー。体育があるじゃない」
机に貼られた時間割表から体育があることがわかる。
水着は乾きやすいとはいえ、洗うのに洗濯機を使えないため早めに出しておいてくれないと困る。
「濡れてても気にしないよー。どうせ入ったら一緒なんだし」
これは先週指摘したときに、あっけらかんとアコがつぶやいたセリフだが、そのズボラなところが母親の頭痛の種だ。
ひとまずはお小言だ。
あの子も放課後に部活をやっている手前、疲れているだろうからあまり口うるさくはしたくないのだが…。
「アコ。言ってるでしょ。洗い物は2階に持っていかずにすぐに洗濯に出してって」
横になってテレビを見ているアコ。
「これは一旦痛い目見ないとダメかしら…ね?」
母親のボソリとした呟きは、アイドルが出ているテレビ番組に夢中なアコには全く聞こえなかった。
---
(…あ、あれ!?)
ここはどこ?
宿題をして、ベッドに入ったはずの私。
ふっと眠りについて意識を失おうとした瞬間、私の意識がぱっと覚醒したのだ。
あたりを見回しても部屋は真っ暗で、物音一つしていない。
(う…うごけない…な、なんなのこれ…夢?)
金縛りにあったかのように身体がピクリとも動かない。
いや…麻痺している、という感覚よりもそもそも身体が存在していないような…。
感じるのは両肩になにか挟まれて吊られている浮遊感と、そして身体がしっとりと湿っている気持ち悪さ。
(なんなの、一体。変な夢…早く覚めてほしいわ…)
だが、その願いは叶わず。
リコは数時間の間、その体制のまま居続けたのだ。
だんだんと湿った身体から水気が抜けていくのがわかる。
ソレに伴って身体が軽くなっていくような。
最初に比べて体重が半分以下になっている気がする。
部屋に、太陽の明かりが差し込んでくる。
徐々に明るくなっていく部屋。
(ってここ…私の部屋だったの?)
そう、そこはどうみてもリコの、自分の部屋だった。
ただの不思議なことに視界は壁際、それも上方にあったのだ。
ーーー
母親がリコにかけたのは、憑依の術。
これは人の魂を一時的に別の"モノ"の中に入れる呪いの一種だ。
リコの身体からその意識の塊である魂を抜き出し、洗い終わって干しておいた彼女の"水着"の中へその魂を閉じ込めたのだった。
そしてー。
(え…、わ、わたしが…うごいている?)
ベッドの上でぼんやりしながら起きた人物を見て、全く動けないリコは驚愕する。そこには"自分自身"が眠りから覚めて動こうとしていたからだ。
"リコ"はキョロキョロとあたりを見回す。
そしてリコと目が合った…気がした。
"リコ"がニコリ、と微笑む。その微笑みに薄ら寒い恐怖を感じに動かないはずの身体が震えた…気がした。
母親が次にしたのは"水着"の中に生まれていた魂ーいわゆる付喪神の一種だーを取り出し、かわりに空っぽになっていたリコの身体に入れたのだった。
その付喪神は母親の「少し懲らしめてやって」という命令を理解し、行動することにしたのだった。
(きゃっ)
バチバチ!
リコは脇腹のあたりをぐっと捕まれ、引っ張られた。
身体がぐっと引き伸ばされる感触と共に、肩口あたりの洗濯バサミ2つから引きちぎられた。
痛みは感じなかったものの、"リコ"の行動の前に一切身動きできなかったことに驚愕するリコ。
そのまま"リコ"は水着になったリコをくるくると丸めるように小さくすると、そのまま水泳用の袋に無造作に突っ込んだ。
(むぐっ)
うっすらと塩素の匂いが染み付いたカバンに突っ込まれたリコは鼻を歪める…もちろん鼻などあるはずもないが、その匂いはなぜかちゃんと感じ取ることができた。
「あっ。そうだった。今日は2限から体育だった」
わざとらしいセリフで"リコ"がつぶやくと再び袋から取り出される。
(な、なんなの…?私、どうなっちゃってるの?)
いまだに詳しい状況を把握できていないリコ。
目の前の自分にそっくりな少女が、自分を乱雑に扱っていることだけがかろうじて理解できる。
"リコ"は鏡の前にたつとパジャマを脱ぎだす。
(ちょ…)
リコの焦りとは無関係にあっというまに素っ裸になる"リコ"。
"リコ"は右手に握られていた布のような小さな紺色の塊をバッと広げた。
その行動でリコはすべてを把握するのだった。
(え、わ、私…水着になってる?)
広げられた瞬間、身体中に空気が触れたのがわかる。
そして彼女につままれている肩口の紐と、自分が感じている感覚が一致することも。
そして…。
ぐっぐっと両手で大きく開口部を広げられ…。
(ま、まさかっ…)
"リコ"はその穴へ足を通し始めたのだった。
(む、むぐうう!?)
身体中が、内側から外側へ引っ張られる。
あっというまにリコは"リコ"の身体に密着するように着用されたのだった。
「んふふ、着られる感触はどう?」
(こ、こいつ…。私のことを把握してる…?)
鏡の前でシナを作ってポーズをとる"リコ"に合わせて、水着もその密着具合が変わる。
(って2限…。ってまさか着ていく気?)
そんな小学生じゃあるまいし。
しかしその悪い予想はあたったのか、その上からいつもどおりの制服を身につけていこうとする"リコ"。
あっという間にリコの視界はセーラー服とそのスカートに覆われてしまったのだった。
夏の薄い生地のおかげで何も見えない、ということにはならなかったものの、周囲の様子は全く伺えない。
(なにがいったい私の身に起こったの…)
母親の教育的指導であるとは露にも思わないリコは、成すすべもなく単なる水着としての1日を過ごすことになるのであった。
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