2019/10/22

魔法少女の身体がぬいぐるみになってしまって負けた話(終)

さんに頂いた絵を追加しました。

 毎日、毎日変わらない景色。
窓すら見えないこの位置は、夏がきても冬がきても特段変わらない。
たまに店の奥の方まで見に来た物好きな客の服装から季節を判別できるだけ。

たまたま見かけた店員さんのカレンダーから、私が人形となって50年以上たっていることがわかった。
…私も中々にしぶといものだ。

こんな人形にならなかったら今頃私はどうしていただろうか。
魔法少女は…多分引退してたよね。
卒業して、高校や大学へ通って…もしかしたら結婚して子供ができて…孫が生まれていたかもしれない。



ー今は夏、そして夜。
今日の昼間は薄着の子どもたちの声が多かった。
多分夏休みなのだろう。
夜間の誰も居ない店内は空調も止まっていて暑いはずだ。
…気温を感じない私には関係ないのだけど。
だがその日、私に転機が訪れたのだった。

どーん!

という轟音とともに目の前の壁が爆発し、崩れ落ちたのだ。
同じような人形が並んでいた棚は跡形もなく吹き飛び、そこには暗い外通りが広がっていた。何年ぶりの外の景色だろうか。
いや、そんなことよりもこれは何が起きたのだろうか。

動かない視界の中で、隅から隅までを観察する。

ーいた。

はるか上空に小さな離れたり、交わったりする点が2つ。あれは魔法少女と…その敵の怪人だ。おそらく外れた魔法がこちらに着撃したのだろう。
しばらく交戦していた点の片方が大きく吹き飛ばされる。

(う、うわっ)

その点はだんだんと大きくなり…ドン!と眼の前に着地した。
ぜぇぜぇと大きく息を切らした少女。
その服装はところどころ汚れてはいるものの、年相応の綺麗でかわいいドレスだった。
まちがいなく魔法少女だ。

「あの怪人…強い…」

少女の目の前に降り立った怪人。
ボロボロの魔法少女に対して目の前の怪人はまだまだ余裕があるようにみえる。彼女の攻撃が効いているようには見えない。

「無理やりだけどとどめの封印魔法を…使ってみるしかない」

ボソリとつぶやいたその少女の独り言。
私の数十年前の記憶が甦る。
そして目の前の怪人が私の攻撃を反射して私を人形にせしめた怪人だったということも。

(いけない。その魔法を唱えては…)

それがどんな封印であっても、反射されて自身がそれを受けることになってしまう。
私は心で念じた。彼女に通じてほしいと。

「…!? 誰!?」

あたりをキョロキョロと見回す魔法少女。
その隙を怪人が逃さず光弾で攻撃をするが、少女はバックステップすることでギリギリで回避する。

(聞こえた!?あいつに封印魔法はだめよ!)

「え…。もしかしてこの人形…?」

私の声が聞こえた。
そして存在を見つけてもらえた。
頭の中がそれだけでいっぱいになってしまいそうになるが、そこを抑えて彼女へ、思いを伝える。

(あの怪人は正面からの魔法はすべて反射できるの。だから…後ろから当てなきゃダメ!)

もちろん、そんなのは容易ではない。
あの怪人は普通に強い。私も当時同じように追い詰められてしまったのだ。
せめて、仲間がいれば。2人で戦えれば…。

「…そっか。そうなんだ。じゃあ…これの出番かな…」

彼女が空中のなにもないところに手を伸ばすと、そこから1本の見覚えのある杖が現れた。
少し前に黒い魔法少女に取り上げられた私の魔法の杖。
なぜ彼女が、私の杖を…?

「私の先代の魔法少女から受け継いだの。私は自分の杖があるからいらなかったのだけど…。数代前の魔法少女がひょんなところで手に入れた、とだけしか聞いてなかったけど。そう…あなたのだったのね、ごめんなさい」

そういうと彼女はその杖を、私に触れるように置いた。
カッと杖が光だし、そして私の身体に活力が戻り始める。
ピクリとも動かなかった身体に、神経が張り巡らされ、血液が流れ出し、そして心臓が動き出した。

ぐぐぐ、と大きく成長していく身体。
その繊維の肌はあっというまに瑞々しい人間のものへと変化していった。

「も…どれた?私…」

ぎゅっと自分の身体を抱きしめる。

「2本あれば魔法を2つ同時に扱える…そこしか突破口はないと思っていたけれど。あなたが魔法少女であるのなら話は別だわ」

杖をギュッと握り直す。
もう二度と、この杖を手放さない。
私の決意に共鳴しているのか、杖から身体に魔力が満たされていく。
私は自分の足で、地面を踏みしめて立ち上がった。

倒すべき敵が2人となった怪人はやや焦りを見せはじめた。
違う角度から、ほぼ同時に放たれる魔法…一方を反射しても、もう一方が直撃しうる状態を続けることで、怪人へ着実にダメージを蓄積していく。

ガクっと膝をつく怪人。
チャンスはいま…!

背後に回っていた魔法少女が全力で攻撃魔法を放つ。
怪人はその威力をみて反射しようと身体をそちら側へ向けた。
だけどそれはフェイク。

怪人が私に背を向けた瞬間、私は魔法を唱える。

「浄化の光よ、悪い心を封印せよ!」

怪人が光りに包まれ、そして…。

---

「その…本当にいいの?貴方の家に居ても」
「はい、構いませんよ!昔の先輩がしでかしたこととはいえ、その杖の持ち主を探さず、持ち続けていた私にも責任はありますし!」
「そう…それなら甘えさせてもらうのだけど」
「それにそんな姿じゃ、日常生活が難しいでしょう?」
「うっ…」

魔法少女となり、元の姿に戻れたと思った私だったがすべてが元通り…とは行かなかった。
変身を解除した途端に、私の身体はシュルシュルと小さくなっていき魔法少女バージョンの人形に戻ってしまったのだ。

「長い間、人形になっていた後遺症かもしれません。しばらくすれば元の姿に戻れるかもしれませんよ」
「…だといいのだけど」

でも、以前より状況は好転している。
杖が作りだした人形サイズの服を着ているため、以前のような貧相な下着姿でない。そして今回は私の杖が布素材のペンダントへ変化し、ピッタリと張り付いているのだ。
そこからの魔力供給により、私は自由自在に人形の身体を動かせるようになっていた。人のような器用な動かし方はできないけれど、いざとなれば魔法少女になれば人型に戻れる、という安心感も大きい。魔法少女になっていられる時間は短くて、1日30分程なのでそこまで自由にはならないのだけども。

「まあ人間として生きていくにはちょっと色々準備と時間が必要ですし、しばらくはそのままで」

「私」という存在は戸籍上死亡扱いされており、新しく用意するのに時間がかかるとのことだった。
魔法少女に変身した私は当時のままだったしできれば見た目相応の年齢が記載された戸籍がほしい。

「でも先輩のその人形フォームはなにかと便利ですよね…。ご飯も食べなくていいので経済的ですし、小さな身体は潜入捜査にも役立つかもしれません」

彼女に救ってもらったのだ。彼女の願いであればどんなことでも協力しようと思う。…ただ、ご飯は魔法少女に変身してでも食べたいし、幼稚園みたいな施設への潜入捜査だけは勘弁してもらいたいなあ。

「じゃあ、私学校行ってきますね。先輩は今日もお留守番お願いします」
「うん」
「前みたいにこっそり抜け出して、野良猫に咥えられて誘拐されないでくださいよ」
「うっ…わかってるわよ」

外の世界見たくて人形フォームのまま出かけたときの失態を指摘されて私は顔を赤くする…いや、人形だから赤くはならないのだけど。

「そんなに外が見たければ、ここでよければ連れていきますけど…」

カバンにぶら下がってるキーホルダーの人形を指さされる。

「いや、ぶら下げられたら動けないじゃない…」

人形の大きな頭のテッペンに自分の手は届かない。
一度結び付けられたら帰るまでそのままだ。

「あはは、そうですね。じゃあいってきまーす」
「はい、いってらっしゃい」

彼女は元気よく駆けて出ていく。
怪人が出る可能性があるので無闇矢鱈な変身を避けている私は、彼女のベッドに寝っころがって、頭の中で人間に戻るための魔法を思策する。
トイレに行く必要もない、お腹も減らない身体はこういうときには便利だ。
今日も彼女のベッドに並んでいる他の人形に紛れるように寝っころがっている。
長い間人形として過ごしてきたせいか、これが非常に落ち着くのだ。

「せっかく動けるようになったんだから…」というのはピクリとも動かず考え込んでいる私を見て呆れた彼女の言葉である。




3 件のコメント:

  1. 外道な話は見たい欲求はあるけど
    こういった救われる展開を読むと
    何か、ほっとする

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  2. やっぱりこういう話があると嬉しい

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  3. やっぱりハッピーエンドが好きだなぁ

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