2019/08/04

断れない呪い

クロエは優しい少女だった。
皆から慕われ、彼女は青春を謳歌していた。

学業は学年トップ、スポーツは万能、生徒会の一員。
そしてその誰もが振り向く可愛らしさは
天は二物以上を与えたのだと言う人たちもいた。

彼女は困っている人を見捨ててはおけなかった。
道に迷っている人がいれば、自分の用事を後回しにして案内をする。
勉強で悩んでいる人がいれば理解できるまでつきっきりで教える。
そんな彼女の人気は誰もが認めるほど高い。
だが大きな光は、彼女の知らぬところで大きな影をもたらす。
その影の1つが、彼女を破滅に導こうとしていた。


「お嬢さん」
「…はい?」

放課後、クロエは体育館で起きたトラブルを解決し、生徒会室で後片付けをしているところだった。
生徒会室にはすでにクロエ以外の人はおらず、1人だけだ。
そんな生徒会室に入ってきたのは、背の低い老婆。

クロエは学校の来賓だろうか、と考える。
であれば職員室はこの階下だ。

「あの、こちらは生徒会室となっておりまして、職員室であれば階下です。ご案内しましょうか?」
「ほっほっほ。なるほど、聞いたとおりの優しさの持ち主じゃの」
「…?はい?」

どうやらこの老婆はクロエを知っているようだ。

「わしは今日、お前さんに会いに来たんじゃよ」
「私…にですか」

とはいえ、会ったこともない老婆。
記憶を思い巡らしても彼女の名前もわからず。

「あの…どちらさまでしょうか。失礼ながらすこしも心当たりがありませんので…」
「うんにゃあ。わしとお前さんは初対面じゃよ」
「はあ…」

では、一体何なのだろうか。

「わしは、依頼者から依頼を受けてお前さんに会いに来たのじゃよ」
「依頼者…?」
「わしの専門は呪術での」
「じゅ…?」

とっさに聞き慣れない、頭の中で漢字に変換できない言葉。
呪術…だろうか。

「これも仕事での。悪く思わんでおいてくれよ」
「へ…?」

老婆がカッと手を開いたかと思うと、そこから黒い煙上の塊がクロエに向かってくる。
避けることも、構えることもとっさにできず、クロエの身体は硬直する。
その煙はクロエに触れた瞬間、霧散すること無くの身体の中に入り込んでいった。
煙が溶け込んでいった身体を見回すが、特に痛みなどの異常はない。

「な…なんですかこれ」

顔を老婆の方に向き直す。

「って…あれ?」

そこには老婆は居なかった。
老婆が開けて入ってきた生徒会室の扉は開いている。
慌てて廊下にでてみるが、そこにも老婆の姿はない。
…なんだったのかしら。
クロエはよくわからない出来事に首を傾げながら、生徒会室の後片付けを済ませることにした。

--

翌日。

「ねぇねぇ。クロエぇ」

次の授業の準備をしているクロエに話しかけてきたのは…立花葵。
その短くまくりあげたスカートから覗くのは日焼けサロンでやいたのだろう黒い肌。
彼女の顔を見あげれば、顔も同じように真っ黒。
髪の毛はこれでもか、というぐらい染めてピンク色となっており、顔メイクも濃い。

「なんですか?」
「ちょっと、頼みたいことあってさあ」
「…なんでしょう」

クロエは困ってる人を見捨ててはおけない。
それがたとえ素行不良な生徒だろうと変わらない。
誰にでも優しく、誰にでも親切に。
それがクロエのモットーだ。

ここじゃ相談しにくいから、とクロエは屋上に続く階段の踊り場へ連れて行かれる。
人に言えないようなことかしら、もしかしたらプライベートで真剣な相談なのかもしれないとクロエは考える。

「なあ、昨日ばあさんにあった?ヨボヨボの」
「え…?ああ、あの方は葵さんのお知り合いなのですか?」

放課後に会いましたよ。と伝えると葵は笑顔になった。

「へへ、そうかそうか。ちゃんと依頼通りやってくれたんだなあ」
「?なんのことですか?」
「…こっちの話」

どういうことだろうか。
くろえは首をかしげる。

「じゃあ試しにやってみるか」
「…試しに?」
「クロエ、生徒手帳、頂戴」

?…何を言って…。

その瞬間、クロエ自身に信じられない事が起こった。
身体が、両手が勝手に動いたかと思うと、制服の裏ポケットに入った生徒手帳を取り出すと、葵に差し出したのだ。

「えっ…」

手を引っ込めようとしても、葵に向けている手はピクリともしない。

「ありがとさん」

生徒手帳が葵の手へ渡った。
その瞬間に身体の硬直が元に戻る。

「…な、なんなのですか。今の」
「ほんとに、ほんとだったんだなあ。すげえや」

葵が満面の笑み。
対するクロエは何が起きたのかさっぱりわからず顔が強張っている。

「いやあ、クロエが人助け好きだっていうから、お願い事を断れない呪いをかけてもらったんだよ」

葵が告げた言葉の衝撃。
脳裏に老婆が投げ飛ばしてきた黒い煙のことを思い出す。

「…え、なに…それ」
「うふふ、今のクロエは、私からのお願いはどんなことでも叶えてくれるんだ」
「う…そでしょ」
「じゃあこれはなにかな」

私の生徒手帳をひらひらと見せつける。

「はい」

葵が生徒手帳を私に差し出す。
だが、その生徒手帳を受け取ろうとしたクロエの手は、生徒手帳にふれた瞬間に空中で止まってしまう。
まるで、その生徒手帳は私のものではない、といった具合に。

「私にあげたものだからかな?私の許可なく触れないよねぇ」
「そ…ん…な」

恐怖でカタカタと震えながら後ずさる。

「あ、まって。クロエ。まだお願いがあるんだ」

その声がキーとなって、私の身体はピタリと止まる。
逃げようとした身体は、葵の「お願いをしたい」という願いを叶えた。

「んふふ、なににしようかなあ」
「…い。いや…」

葵は一体私に何をさせようとしているのか、クロエの身体は恐怖で震える。

「そういえば現実的ではないお願いもできるって言ってたな…。よーし」

葵がなにか考えていたかと思うと、こちらに顔を向ける。
クロエはその顔から視線をそらすことができない。

「私、ちょっと肌焼きすぎちゃったんだよねえ。次の風紀検査、引っかかっちゃいそうなんだよ」
「…そうなんですか、では私の肌と交換しましょう」

クロエの口から勝手に出てきたのは、信じられない言葉だった。
そういった瞬間、身体全体が撫で回されるような感覚に襲われる。
全身にピリピリとした電撃が走り、たまらずクロエは目を閉じる。

その電撃は数秒続き、ようやく収まったと感じたクロエは目を開ける。

「あ・・はははは!」

目の前には大笑いをする葵。
いや、葵…?
クロエは目を疑った。
そこにいたのはたしかに葵…なのだが、行き過ぎた小麦肌は美白といってもよい肌の色に変わっていた。
そのせいで、濃いメイクが逆に浮いて見えてしまっている。

「クロエぇ。自分の身体、見てみなよ」

笑いが堪えられないと言った感じの葵。
クロエは恐る恐る自分の手を確認する。

「ひっ…」

先程まで白い肌だった手が、真っ黒に焼けていた。
手だけではない、スカートから覗く足も真っ黒に日焼けしている。

「はい、鏡」

葵が見せてきた手鏡には、見たことのない肌の色をした自分が呆然とこちらを見つめていた。

「いやあ、ありがとうクロエ。この美白肌は大切にするよ」
「う…うそよ、返して…私…こんなの嫌よ」
「あはは。あんまり焼きすぎちゃうとシミになっちゃうよ、クロエ」
「こ、これはあなたが…」

肌に何か塗られたのか、と思ってクロエは自分の肌を引っ張るが底には何も付いていない。ただただ日焼けした肌が伸びるだけだった。

「げ、このメイク似合わねぇー」

手鏡を自分の方に向けて葵はびっくりする。
黒い肌をベースに塗った化粧は、どれもショッキングな色合いのために白い肌には全くと行って似合っていない。

「クロエ、これもあげるよ。受け取って」
「い…いや…いやあああ」

顔を熱いおしぼりで撫でられるような感覚。
その瞬間に顔中になにかベッタリとしたものが塗られ、瞼は重くなる。
案の定、目の前には薄いベースファンデーションだけをした葵が立っていた。

「んはは…クロエ、そのメイクすっごいねえ。絶対先生になにか言われるよ」

慌てて覗き込んだ鏡には濃い化粧をしたクロエの顔があった。
目の周りはキラキラと光る真っ黒アイシャドウが深く施されており、まつ毛はふんだんに盛られている。唇は明るいピンク色になっている。

「い…いやあああ…」

慌てて化粧を解こうとした手は、ピタリと止まってしまう。

「私があげたものなんだから、大事にしてくれないと」

その葵の一言が、クロエの身体を止めたのだ。
「あげたものを大切にして」というお願い。
それを身体が、クロエの意思に反して叶えようとしている。

「あ、この髪の毛も交換しよっか。さすがにその顔に黒髪は合わないっしょ」

ゾゾゾと頭皮に悪寒が走る。
綺麗なストレートの髪はクロエから失われ…

「そんな…」

そこにはウェーブのかかったピンク色の髪の毛が変わりに鎮座していた。
キレイなキューティクルは失われ、よくよくみれば髪質が荒れていることがわかる。

「うわ、すごい。サラサラじゃん…こんな髪の毛欲しかったんだー」

目の前で流れるような髪を手にとって嬉し王な顔をしている葵。
対してクロエはその顔は絶望に染まっている…メイクと肌の色のせいでよくわからないが。


「じゃ、またね後でね、クロエ」
「ま…まって…!」

葵を呼び止めるが、葵はソレを無視して教室の方へ戻っていってしまう。
クロエは自分の身に起きてしまった不思議な現象を信じることができず、ワナワナと震えるしかなかった。


-続-







































































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