2019/08/06
23歳、入園する(4)
バスがついた先は職場などではやはりなく、めぐみようちえん、とカラフルで大きな、"ひらがな"のオブジェが貼り付けられた建物だった。
すでに先に来ている園児たちが園内を狭しと走り回っている。
背中を押されるようにして門を潜らされる。
慌てて振り向けば自分の腰ほどまでしかない壁と門。
普段の自分ならやすやすと突破できるような高さだが…。
手を握ってみればわかる。
まるで寝起きのような痺れと握力の弱さ。
今、自分の体重を支えて立っているだけで精一杯な足の筋肉。
壁を乗り越えることができそうにもない、と脳が判断した。
…抜け出すのに全力で行けば…ううん、だめ。
門の脇で園児たちを出迎えしている保育士さんがいる。
その視線は登園してくる園児たちに注がれてはいるものの、こちらへの注意を片時も怠っていないことがわかる。
仮に抜け出せたとしても、一瞬で彼女たちに捕獲されてしまうだろう。
園庭を見回す。
子どもたちからしてみれば広々とした遊び場かもしれないが、大人にしてみたら小さな庭である。こんなところにずっと居たくはない…が状況が許さない。
ふと建物の中を見る。
そこには保育士さんにしては若すぎる、二人の少女が歩いていた。
私よりも更に若い…高校の実習生みたいな感じを受けた。
(私、あんな子にもお世話されるの…?ううん、そんなの嫌。やっぱりなんとかしてこの処置を中止させないと)
だが、その二人をよくよく見てみれば様子がおかしい。
まずは服装だ。
学校の制服を着ていないどころか、今の私と同じ…つまり周りの園児たちと同じスモッグに身を包んでいたのだ。
短すぎるスカートから若さに満ちたスラリとした生足が覗く。
その2人は手をつないだまま、仲良く教室の隅に座り込んだ。
1人は比較的落ち着いた感じでスカートの中が見えないよう気をつけて座ったのだが、もう一人はそんなこともお構いなしに床に足を広げ、おもちゃとヌイグルミで遊びはじめたのだった。
表情も笑顔いっぱいで自ら進んで遊んでいるのがわかる。…もう一人は無表情で感情が読み取れないが。
そんな私の視線に気がついたのか、落ち着いた少女がこちらを見て目と目が合った。
少女はすこし悲しそうな顔をしたあと、すこし考えこちらに手招きをした。
自分の顔を自分の指を指してみると、コクリ、とうなずく。
どうやら私を呼んでいるのに間違いはないようだ。
「おはよう…あなたも?」
彼女から発せられた言葉の数は少ない。
「あなたも?ってことは…」
私の口からも言葉が出てこない。
言葉が、語彙が抑制されてしなっているからだ。
つまりは目の前の彼女もおなじなのだろう。そしてとなりで遊び続ける同年代の少女も。
「コノハって言うの。よろしくね」
「あっ。わたしのなまえは…みほし、です」
慌てて自己紹介をする。
コノハちゃんはその後、たどたどしく今の状況を説明してくれた。
彼女も私と同じように、入園希望の取り下げを忘れていたということらしい。
「じゅぎょーちゅうに黒い人が来て…ここにもうずっと」
年からすれば高校生ぐらいだろうか。
クラスメイトがいる場であなたは今日から幼稚園児です、などと宣言されたのだろうか。
「ずっと?」
「えーと…5さいになった…かな」
私と同じ3歳扱いから始まったと考えればもう2年、ということだろう。
まさか私が知らないところでこんな制度が運用されていたなんて。
コノハちゃんの名札にはねんちょうくみ、と書かれた名札がついていた。
つまりは今年で卒園、ということだ。
…私の名札にはその2つ下のクラスが書かれているのだけども…。
「…その子は?」
「リッカちゃん。ここでいっしょになって、おともだちになったの」
リッカ、と呼ばれた子はこちらをじっと見てくる。
その目には理性、というか大人の知性が感じられない。
「せんせいの言うこと聞かなくて…くすり飲まされたの」
…私にかけられた言葉や語彙の制限以上のなにかがあるということだろうか。
「ここではせんせいのいうこと、ちゃんときいいておいたほうがいいよ」
「ううん…かえりたいよ…」
「…そうしないとリッカちゃんみたいにずっと3歳の行動しかできないままにされちゃうよ。じぶんではなせない、うごけない」
美星が知る由もないのだが、このリッカに施された処遇は、自分が取ろうとした行動がすべてキャンセルされ、自分の中にいる仮想人格の幼児が身体を勝手に動かすのだ。
自分の大人としての意識が残されたまま自分がわがままに振る舞う様子を自分の視界を通して見せつけられる。
これを地獄と言わずになんというのか。
「じゃ、クラス違うから…またあそびじかんに…ね?」
そういうとコノハはリッカの手を引いて去っていった。
そのうしろ姿は仲のいい姉妹のようにも見えた。
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美星ちゃん以外にも同じような境遇の人がいるのですね…!
返信削除リッカちゃんにはちゃんと大人の意識があるのですね。恐ろしい()処遇だ!
リッカちゃん視点もちらりと入れたいですねえ!
削除こんな保育園に入園してみたいです♪
返信削除幼児として扱われるし最高ですね(笑)
美星ちゃんにはたっぷりお漏らしして甘えてほしいです(^-^)/