2019/06/15

豚の檻とウサギな私


掛け金すら用意できなかった私が賭けたのは自分自身。
そしてそれを受け入れた闇のコミュニティ側。
「私」という人間に付けられた値段は3000万。
ソレを元手にどこまで稼げるか。
対戦相手の年をとった男との1:1の勝負。
勝負は良い方へ転がり続け、現在手元には1億のチップが積まれている。
この勝負に勝てば、親の事業の失敗でできた莫大な借金を返済することができる。
あのみすぼらしい生活からの脱却ができるのだ。

負け続けていた男が提案してきたのは掛け金10倍の一気打ち。
勝てば自由、負ければ敗北というギャンブラーであればヒリつくであろう提案だ。
だがそれでも私は勝負に乗る。ちまちま稼ぐのは性に合わない。
これで勝てば、両親たちが背負わされた何億もの借金を返すことが出来る。そして私達は自由になるのだ。
配られたカードを持つ手が震える。
しかしその手札を見て、勝負を確信した。

---

「そ、そんな…嘘、嘘よ」

男がオープンした手役は、私が作り上げた、手役と同じ。
だが、構成された数字が図ったかのように1つ上だった。

「残念です。三島様」

ポン、と背後から右肩に手を置かれる。
恐ろしく冷酷な声。コミュニティの人間だ。
ビクリ、身体が震える。

恐ろしくて後ろを振り向くことができない。
そして信じられない現実…目の前のカードから目をそらすことができない。

「だ、だめよ…そんな。なし…そう、なしよ。こんなの。1億なんて掛け金。馬鹿げてる」
「三島様」

冷たく凛とした声が部屋に響く。

「あなたの負けでございます」

死の宣告。

「3,000万をご返却いただけないのであれば、我々はその担保である貴方の身体を自由にする権利がございます」
「い、いや…そんな…こ、これは違法よ…」
「その違法を三島様がご提案なされたのですよ。私達はお互い納得の上、今回のギャンブルを開いたのです」
「………」

恐る恐る振り向けばそこには冷たい目をした男と、その脇に2人の大柄の男。
その2人がこちらの腕をそれぞれ掴んだかと思うと、強引に立ち上げさせられた。

「では、参りましょうか」
「…っ。どこへ…?」

押されるようにして通されたのは小さな小部屋。
男たちは私をおいて部屋から出ていった。

そこには1着。普段着ることのない、カジノならではの衣装が飾ってあった。そう、バニースーツである。

「…コレを着て、ココで働けってこと?3,000万返すまで…?」

つう…と額から汗が流れる。
実質それは十数年の労働契約に等しい。

「…いやいや違いますよ」

振り返るとそこには…。

「先程はどうも」
「…」

私と対戦した初老の男が立っていた。
対戦の場にふさわしいスーツを着て入るものの、その顔はシミだらけで、痩せこけており、白髪が多く目立っている。

「…違う、とは?」
「コミュニティは反乱分子を嫌っていましてね。末端の構成員であっても全力の忠誠心を求めます。あなたはこのコミュニティに良い印象をお持ちでないようだ」
「…」
「隙を見て逃げ出そう、八百長してゲストに稼がせて借金を肩代わりさせよう、なんて考えられると困るわけです」
「…じゃあどうするっていうの」
「三島楓。24歳。いやはやお若い。母親が海外出身で、ハーフのあなたは美貌もそのプロポーションも優れております。いやはや。3000万借りることができる身体なだけはあります」

「…身体?」
「おや、契約をご覧ではないのですかな。三島様の身体を担保にして3000万を貸す、という契約だったともいますが」
「…」

まさか、風俗にでも行かされるのだろうか。

「まさか。そんなもったいないことはしませんよ。言ったでしょう。その身体はもう、コミュニティのものなのです」

…?なんだろう。視界が狭く、暗くなっていく。
クラクラと頭が揺れる。
意識が朦朧とする中、男の声だけが記憶に残った。

「では身体をいただきますよ」

---

うう…何が起きたのか。
頭痛がする頭を抑えつつ身体を起こす。

壁紙を見る限りは先程の部屋。どうやらさほど時間は立っていないようだ。
だが、さっきと違い男の姿はない。
代わりにいたのはバニー姿の女性。
ここの従業員だろうか。

「あの、すいませ…ん???」

私の喉…口からでたのは枯れたような声。
乾燥していて喉を痛めたのだろうか。
いや、違う。何かがおかしい。

自分の手が、祖母や祖父のようなしわくちゃの皮と細くなった骨の形がよく見える、ガリガリの手になっていた。
これは…私じゃ…ない?

「おや、気が付きましたか」

バニーの女性がこちらを振り向いた。

「…えっ…」

毎朝毎朝、出かける前に飽きるほど向かい合ってきた顔。
小、中、高校、そして大学…そして社会人。24年間付き合ってきた自分の身体が、目の前にあった。

「ど…ういうこと…」
「言ったでしょう?貴方の身体はコミュニティのものだと」
「だからってこんな…この…身体…さっきの男…?」

"私"がニヤリ、と笑う。

「さようです。貴方と対戦したじじいでございますよ」
「う…そ…」

シナを作り、こちらにその豊かな胸やお尻を見せつけるようにポーズをとって挑発してくる。
露出した肩と、大部分が露出した乳房がこちらの視界に入ってきた。
私はその様子を見ていられず、顔を背ける。

「私も長年、このコミュニティに尽力してきましたが、寄る年波には勝てず、引退を考えていたのです。だが、コミュニティの長はそんな私の忠誠心を認めてくださり、新しい身体を賜ったのですよ。この身体でまた、コミュニティの発展に寄与することが出来ると思うと感涙モノです」
「嘘よ、嘘よ。返して…返して…!」
「ふふふ、返してほしければ、まずは3000万を揃えていただかないとね。おっと…私はコレにて。仕事がありますので」
「ま、まちなさい…!」
「では」

パタン、と無情にも扉が閉められる。
私は呆然としたままその場に立ち尽くしていた。

…どうすれば元の身体に戻れるのか、それだけを考えていた。
3000万を稼ぐ?どうやって…?
稼ぐ前にこの身体の寿命が先に来てしまうのではないか。

フラフラとしながら扉へ向かう。
ぼーっとしている暇はない。稼ぎにいかなく…ては。

扉に手をかけようとした時、なぜか扉が勝手に開いた。
いや、向こう側に人がいたのだ。

「おや、どちらへ行かれるのですか?三島様」
「…!決まっているでしょう。身体を返してもらうために…稼ぎに行くのよ」
「なるほどなるほど。それはそれは。たしかに3000万揃えて頂ければこちらも身体を返さざるを得ませんしね」
「そうよ…さっさとそこをどきなさい」

だが、目の前の冷たい目をした男は動こうとしない。

「三島様。誰がその身体を差し上げると申しましたか?」
「……は?」

「その御老体は確かに貴方の身体と比べるとみすぼらしく、価値が低いものですがそれでも300万ほどの価値はあるのですよ。持病の類を持っていない健康体ですのでね」
「…どういうこと」
「その身体を使いたければ300万、お支払いください」
「ふ…ふざけないで。私の身体を奪っておいて、さらに金を取るっていうの!?」

「身体を失ったのはあなたの自業自得なんですが…まあいいでしょう。残念ながら300万をお支払いいただけないということでよろしいですね」
「…それは、その」

「その身体も使い道はありますのでね。ご返却いただきますよ」
「ちょっとまって…じゃあ私はどうなるのよ」

元の身体も、この身体も失ってしまったら私は…どうなるのか。

「…最近は自分の身体の価値をわかっていない者が多く、自分の身体をあっさりと手放してしまう若者が多いのですが、コミュニティの長はそういう愚か者達にも救いの手を差し伸べるのですよ」

ガラガラと大男が檻を台車に載せてやってきた。
その中には…生き物が1匹。

「我々のカジノ、休憩エリアには大きな草原を表現したエリアがございましてそこには動物を飼っているのですが…」

人間の食料として買われる家畜。
四足で歩き、鼻は前へ突き出ており、その全身はブヨブヨとした肉で覆われ、薄い毛が生えている。

「三島様にはこの新しい身体をご用意しましたので、そこでの職場用にどうぞご利用ください」

豚。
どこからどうみてもブクブクに肥えた獣がそこにはいた。

「い、いや…!」

男を押しのけ、大男の脇を抜けようと駆け出す。
だが再び意識が遠のいてく。
まさか、こんな。
廊下に出たものの、ヨロヨロとよろめいた身体はそのままカーペットの上に倒れ込む。

「カジノへ来客したお客様の目を楽しませることをしていただければお給料は支払いましょう。…もちろん日々の食事や厩舎の使用料を差し引いて…ね」


---


私が再び、気がついたのは、小さな小さな檻の中だった。
薄暗い明かりの中で、ほとんど身動きがとれない檻の中。
立ち上がろうとして手が持ち上がらないことに気がつく。

目の前には小さなモニターがあった。
そこにはこの檻を外から移したカメラの映像が表示されており、小さな豚が1匹、映っていた。

恐る恐る右手を上げてみれば、映像の中の豚の右前足が僅かに上った。
身体を揺すると、豚が身震いする。

(…ほんとうに私、豚の身体に閉じ込められちゃったんだ)

蹄になってしまった手は、物を掴むという機能はなく、動かせる範囲も少ない。無理に動かせば身体のバランスが崩れ、その場に倒れてしまう。
顔は上を見上げることはできず、前か下のみ、左右に至っては身体を動かさないといけない。

「…たすけて」

そう、言葉を出したつもりだった。
だが、空気を震わせたのは「ブヒィ」という豚の鳴き声。
そして呼吸をするたびに鼻や口から漏れるフガフガとした豚の音。
少し前まで誰もが振り向く美貌を持っていた私は、今や誰もが目を背けたくなるような汚い獣になってしまったのだ。


モニターを再び見てみる。
カメラ映像の他にも表示されているものがあった。
私の元の身体の顔写真、そして3010万、という数字。
10万はこの豚の値段、だろうか。

(ここで、このカジノで見世物として働くしかないってこと…?)

ハメられた、と思ったが時既に遅し。
自分で開くことのできない檻、二足で歩くことができない身体、人語を話せない口。
逃亡すらできず、助けを求めることもできない状況。
どうしたらよいのか、途方に暮れていると、ガチャンと、自動で目の前の檻が開いた。

(…?)

豚の体形に合わせて作られたその狭い通路の先から光が漏れている。
もしかしたら外へつながっているのかもしれない。
私は慣れない四つ足歩行で、ノタノタと進む。
そこには猫が通るような押して上げる扉があった。
扉の奥からは人の声や音楽が流れている。

(もしかしたら、もしかしたら)

かすかな希望にすがってその扉を頭で押し、身体を突っ込む。
だが、そこにあったのは絶望だった。

厚いガラスで覆われた空間。
地面には人工芝がひかれ、人工の川が流れていた。
その芝の上には自分と同じ豚が数匹、座っていた。
こちらをチラリとみるその視線には理性が感じられる。
…どうやら私と同じ、身体を奪われ、豚をあてがわれた「元人間」のようだ。

ガラスの外側に視線を向ければそこはカジノ。
そしてそこで楽しんでいる人たちの姿。

カジノ入り口付近に設置されたこの「見世物小屋」は、カジノに来た人たちの目に必ず触れる。
だが、その人たちはいずれもこちらを物珍しげに眺めるか、汚いものを見てしまった、というような目で視線をそらす。

誰もこの豚の中身が人間である、などとは思いもしていないだろう。
気がついてほしくて前足をガラスへ叩いてみるが、人々は笑うだけ。
「ガラスがあることに気がついてない豚」としか見ていない。

(あっ…)

視線はカジノの奥。
そこに姿勢よく立っているのはバニーガール。
片手にトレイをもち、カクテルを載せている。
その肢体を見せつけるようにお客さんにアピールし、カクテルを渡す。
カクテルを受け取った男は顔をだらしなくしながらも、視線はその胸に釘付けだ。

(…私)

自分の視線に気がついたのか、"私"が空になったトレイを脇に抱え、こちらへツカツカと歩いてくる。
目の前までくると、私の高さに合わせるようにガラスの前で前かがみになった。

「お互い新しい職場で頑張りましょう、ね?」

こちらに胸を見せつけるように腕で寄せてあげてくる。
私の自慢だった胸が、こんな見世物のように使われているなんて…!
怒りに我を忘れて目の前の"私"へ突進しようとするが、ガラスの壁に阻まれる。

「あは。このガラスは銃弾も防ぐらしいですよ。それともガラスがあることを忘れちゃってたかな?ブタさん?」

ガラスについた鼻の跡とそこから垂れる鼻水。
それを汚い、と言った表情でじろりと見たあと、ひらりと身体を軽やかに翻し、私から離れていく。
普段私がしたことがないような、お尻を大きく横に振り、見せつけるように。

それから私はきっかり10時間。
ガラスの中に閉じ込められ続けた。
ようやく開いた檻へ戻る道。
ここから戻っても自由にならないとわかっている私は、戻ることに躊躇するが…。

ぐうううう

お腹がかつて無いほどの大きさで鳴っている。
そして檻のほうからいい匂いがしてきているのだ。
その食欲に抗えず、ふらふらと庭から出る。

そこに置かれていたのは大きな料理ボールにもられた野菜クズと肉。
まるで残飯のように盛られたその山を見て、抗いがたい食欲が湧いて出てくる。
普段…いや、私が人間であったのであればこのような残飯に食欲がわくどころか、見向きもしなかっただろう。

ガフガフガフ

だが、気がつけば私はそのボールの中に頭を突っ込み、それを本能のままに食らっていた。
手も使わず口だけを皿に近づけて食らいつくその様はまさに獣。
あっという間に空になったボールを見つめるうちに人間の理性が復活し、私は青ざめる。

(…そんな、私…いま、何をして…)

豚の本能に乗っ取られた自分の無様な振る舞いをみて呆然とする私にさらに追い打ちをかける事態が襲う。
食べたら出る。
そう、生きていればあたりまえに起きる事象である。

だが今、この場にはトイレのための部屋など存在しない。
あるのは檻と、そこに置かれた藁敷のみ。
餌につられて入って来た後、檻は施錠されてしまったのか開く気配がない。

我慢し続けても限界はいずれやってくる。
ガクガクと震える脚と耐えていたお尻はとうとう力尽き、豚のお尻からこの身体で食べて消化されたモノが、ぼたぼたぼたと垂れ流しで藁の上に大量の糞が乗り、そして漂ってくる臭い。
…だが、この身体ではその排泄物を片付けることもできず、狭い檻の中では離れることもできず、私は涙を流しながらその糞の近くで伏せて寝るしかなかった。

---

あれから1ヶ月。
永遠に感じるような長い日々が過ぎ、その日初めて、目の前のモニターに変化が現れた。
3010万、という数字に変化が現れたのだ。
そう最初に"私"が言っていた「給料は支払う」というのは嘘ではなかったのだ。
これが0になったとき、私は元の身体へ戻ることができるのだ。
だが…。

3008万、と書かれた無情な数字。
1ヶ月、家畜レベルの生活を矯正された挙げ句減ったのは2万円のみ。
その内訳は細かく表示されたが…。

(き、基本給はこんな低いの…?え、エサ代に…宿泊代、清掃費って。こんなみすぼらしいところに、ゴミみたいな食事でこんなに差し引くなんて…)

2万。年で24万。
3000万を0にするのに125年。
返済し終えた時、私の身体は生きてはいないだろう。
いや、そもそも豚の寿命ってどれくらいなのだろうか。

人間として生まれたはずの私が、豚として死ぬ…?
1ヶ月ですら地獄のような辛い日々だったのに。
これから死ぬまでこの檻と見世物部屋を往復するだけの生活をしなければ行けないのだろうか。

毎日、ガラス越しに見る"私"は生き生きとして美しさが増しているようにも感じる。本来であれば私の身体だったはずなのに、なぜこうなってしまったのか。

「おい、あの豚泣いているぜ」
「へぇ、珍しいー。写真撮っちゃおう」
「あ、お客様。せっかくですので一緒にどうです?」
「お、バニーガールさん、いいんですか?」
「ええ、どうぞどうぞ」

観光客が、"私"と、私を一緒のフレームにいれて撮影する。
美しい女性と楽しげな観光客、そして密室の中の豚。
その残酷な写真がその日の夜、モニターに転送されてきた。
私は獣の声で、咽び泣くしかなかった。

















3 件のコメント:

  1. 成長して2万ですらエサ代で食い潰して欲しい

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  3. おーいいですねえ。家畜の体に入れられて、好色な男が自分の体にフェチいコスチュームを着せて艶めかしく挑発される。こんなシチュエーションでもういくつか見てみたいですね

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