結論: danna_storyにシリアスは向いてない。
とある病院の一室。
私は中学時代に発見された重い病のため、病院と家を往復する生活をしている。
ここ数年に至っては家より病院で過ごした日のほうが多いかもしれない。
高校は1年も通うことなく、休学の扱いとなった。
そんな私は、窓の外に見えるいつもと変わらない景色をそわそわして眺める。
今日は検査も特になく暇な1日…と言っても、歩くだけで息切れしてしまう私にはベッドで横になって本を読むぐらいしかないのだけど。
でも病院や親には内緒のドキドキなイベントがあるのだ。
「おっまたせー。元気にしてた?」
個室の引き戸が勢いよく開く。
そこには高校の制服に身を包んだ、中学時代の親友、キリカが立っていた。
そのとなりには、私の知らない女生徒が1人。
「うん…まあ、元気じゃないけど…元気、かな?」
「あはは、そっかそっか」
高校に入ったキリカはその明るくサバサバした性格で人気者という感じらしい。
見た目はまあ…素行不良に見えるのだけど。
実際は違うんだけどね。
小麦色に焼けた肌は別にサロンで焼いたわけではなく、水泳部のエースとして日々屋外のプールで泳ぎ続けている成果らしいから。
…水着を日常的に着ているせいか露出には抵抗がないらしく、スラリとした太ももが丸見えになるほまでギリギリまで短くしたスカートと、生まれつきの茶髪が相まって、俗にいうギャルと見分けはつかない。
「紹介するね、私の後輩、ミツキちゃん」
ペコリ。
無言で軽く頭を下げるミツキちゃん。
背は低く、やや痩せているように見えるが、行動1つ1つの芯というか体幹がしっかりとしており、部活動でちゃんと鍛えているのだろう。
キリカと同じく日々太陽に身を晒しているのか、健康的な小麦色の肌をしていた。
っとイケナイ。あまりジロジロみちゃ失礼だよね。
あまり人と関わらない生活だけど、そのせいか私は必要以上に人間観察をしてしまうことがある。
「ごめんね、キリカとなにか約束をしていたのでしょう?」
「…いえ、その、気にしてませんので…」
顔を伺う限り、本当にそこまで気にしてはいないようだけど…。
あまり私に興味はないようで、あまりこちらを見てこない。
(憧れの先輩と一緒、早く切り上げたいけど先輩の古い友人は無碍にできず…かしら?)
今日は日曜日。午後には水泳部の部活があり、その前にキリカが二人で遊びに行こうとミツキちゃんを誘ったはず。
そして、ちょっと病院に寄っていいかな、と尋ねる…いつも通りならそんな感じだろうか。
そう、今日のミツキちゃんは私とキリカの計画の要なのだ。
「そっか、元気そうでよかったよ。さて…帰る前にちょっとトイレ行ってくるね」
キリカはそういうと部屋から出ていこうとする。
「あ、そうだ。ミツキ。私のカバンに入ってるお見舞いのやつ、渡しといてー」
「は、はい!」
ミツキはちょっと緊張した面持ちで先輩のカバンを開く。
(本当に憧れちゃってるのね。…まあわからなくもないけど)
キリカはその容姿と性格から水泳部ではちょっとしたあこがれの的となっているようで、男女問わずファンが多いらしい。
カリスマ的な先輩から1人だけ誘われ、浮足立ってるのかもしれない。
(でも、ごめんね)
「あの…これ」
「あら、キレイね」
取り出した箱の中には赤く綺麗に輝く石。
宝石…なんて高価なものではない見てわかる作り物の石だけど。
「あ…ごめんなさい。ミツキさん。私、病気のせいで手が震えちゃって。取り出してくれないかしら」
「はい」
右手で箱を持ったまま、左手で赤い石を手のひらに乗せる。
もしかしたら彼女は左利きなのかも。
私は何気ない振りをしてその石に右手を伸ばす。
触れた瞬間。
石のその赤い色が漏れ出すように光だし、私達は部屋ごと赤く染まる。
どれくらいたっただろうか。
時間にしたらほんの数秒だったかもしれない。
気がつけば寝たきりだった私は、その病院の床に2本の足で立っていたのだった。
「左手」に持っていた石を箱の中に戻す。
赤い色は薄くなっておりその「力」が一時的に失われたことがわかる。
1日ほど時が経てばまた強く輝く赤に戻るのだけど。
目の前には、簡素な白いシーツのベッドに横たわる、弱々しく痩せた少女が「右手」を伸ばした姿勢のまま、目を閉じている。
私はやさしく彼女の腕をおろし、上から毛布を軽くかける。
「入れ替わりの石」
キリカの家に昔からあったというその石の力に気がついたのは私とキリカだった。
石に触れた生き物の身体を入れ替える力を持つ不思議な石。
1度使うと再度使用するのに時間がかかるのが難点だけど、その効果は私にとって喉から手がでるほど欲しいものだった。
(ふふ、最初はお互いの身体が入れ替わって…次はキリカの愛犬と変わっちゃったり。あのときは試行錯誤だったなあ)
入れ替えられることに慣れていない人は、入れ替わり直後に強い睡魔を覚える。
キリカや私は何度も入れ替わったおかげでその睡魔に襲われることはなくなったが、ミツキちゃんは耐性を持っていないだろう。
最低でも1日はそのまま眠り続けることになる。
…石のチャージもほぼその時間なので、本人に気が付かれず楽しむにはちょうどよい時間だ。
「終わった?」
「うん、滞りなく」
本当にトイレに行っていたのだろう。
キリカは手をハンカチで拭きながら戻ってきた。
ミツキの中身が私であることはすぐにわかったようだ。
「どう?その身体」
「ミツキちゃん、可愛いじゃない」
「でしょー。でもちょっと独占欲強いし他の子を威嚇しがちだから、困ってるんだよねえ」
キリカはちょっとうんざりした顔を見せる。
キリカはどれだけファンの女子や、男子から言い寄られようとなびくことはない。
色々な子ととっかえひっかえデートしていることをよく思わない人もいるらしいが、ミツキもどうやらその一人らしい。
「さ、出かけようか。”ミツキ”」
キリカが微笑む。
入れ替わってる間、外ではその身体の名前で呼ぶルールだ。
誰が聞いてるかわからないからね。
キリカが私に腕を差し出してくる。
私はしゅるりと、なれた感じでその腕に手を通す。
キリカの愛する人は私。
キリカは私とデートするために毎回、別の子とデートの約束を取り付ける。
その子はキリカとのデートを楽しむことはない。
…いや、都合のいいことに私がその身体でデートを楽しんだ、という記憶は引き継がれるせいか、最後にちょっと疲れて寝てしまった程度の感覚が残るらしく、問題になったことはない。
「…背が低いからちょっと大変かも」
「ミツキは3月生まれだからね。同学年内でちょっと周りより背が低いのがコンプレックスらしいよ」
腕を組む高さに違和感、そして歩幅も心なしか狭い。
でも疲れない身体の前にはそんなことは些細なことだ。
(でも前、連れてきた男子水泳部部長…だっけ。あれはあれで新鮮だったなあ)
たまには私がエスコートしたい、とワガママを言ったら連れてきてくれたのはキリカより頭一つ背の高い男の子だった。
ガッチリとした体型から溢れ出る力は女の子の健康体とはまた違った新鮮さがあった。さすがにキスとかはキリカが嫌がってしてくれなかったけど、キリカの感触や、匂いのせいで、股間にものすごい違和感があって大変だった。
「で、キリカ先輩、今日はどこへ連れてってくれるんですか?」
深い眠りに沈んだ少女を置いて私達は病室を後にする。
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「ひゃっ」
病院の外に出た途端、その気圧の差から発生した風が身体に吹き付けられる。
「どうしたの、可愛い声だして」
「うう、結構短いね、この子のスカート」
階段を昇るときには丸見えなのではないかと思うほどに短いスカートは、吹き付ける風をブロックしてくれない。
「たまにはいいじゃない。ミツキは脚が自慢なんだろう?」
「そ、そうだけど」
(いや、知らないけど)
とはいえキリカに憧れて同じような格好をしている彼女だが、実際自分に自信がなければここまでの露出はしないだろう。
(まあ確かに身長は低いけど、脚はスラリと長いなあ)
身体のバランスが普段となんとなく違うのもわかる。
おそらくミツキの座高…身長に締める上半身の割合は日本人離れしているかもしれない。
「ミツキは中学のときはバスケしてたもんな…身長が足りなくて水泳に転向したんだっけ?」
(なるほどね)
日常会話に隠蔽しつつキリカはミツキの情報を教えてくれる。
「は…はい。そうです。キリカ…先輩」
ぎゅっとキリカの腕にしがみつく手を強くする。
歩幅の狭いミツキに合わせて歩みをゆっくりにしてくれてるあたり、本当にキリカはイケメンである。
「さっきは早く病室行きたくて置いてきそうになっちゃったけどね」
…訂正。
私にだけイケメンのようだ。かわいそう、ミツキちゃん。
他愛のない会話をしつつ、しばらく歩いて到着したのは…。
「…学校?」
キリカが日々通っている高校。
そして私が少しだけ通った高校。
あまりに思い出が少なすぎて、感慨も何も浮かばないけどね。
職員室はおろか、理科実験室や図書室の位置もわからないし、なんなら自分の教室もどこだったか、覚えていない。
校庭を眺めてみれば日曜ということもあって、人の姿はない。
「午後の部活はもうちょっと後だからね。熱い時間帯の部活は今禁止なんだ」
「へぇ…」
「うちは休みも図書室を開放してるから進学狙いの子はたくさんいるよ。行ってみる?」
「うーん」
正直、わざわざ見に行く気にはならない。
キリカは一体どういうつもりでここに私を連れてきたのだろうか。
「じゃ、本命にいこっか」
「本命?」
「はい、これ」
キリカはここに来るまでの間、カバンを2つ持っていた。
私は私でミツキちゃんのカバンを自分で持っている。
キリカはそのカバンの片方を渡してきたのだ。
「何が入ってると思う?」
「なにって…わかんないよ」
学校のカバンなのだから教科書とかそういう…。
でも今日は日曜日か。
キリカに渡されたカバンの中身を覗いてみると…。
「…水着?」
「正解」
「…あ!」
なるほど、と思う。
病室にいるとなかなかわからないが、もう季節は夏の1歩手前である。
ミツキちゃんの身体もその太陽の熱に反応してうっすらと汗をかいていたのだ。
「泳ごう、と思って」
「いいね、いいね!」
「ミツキちゃんの水着じゃちょっと抵抗あるかと思って、同じモノを買っておいたんだ」
「そう?そんなの気にしないけどね」
なにせ今、私が着ている制服…なんならシャツも下着も靴下も、すべてミツキちゃんが着ていたものをそのまま引き継いでいるのだ。
「おや、杞憂だったかい」
「でもその心遣いは嬉しいかも」
そうと決まればプールの方へ向かうことにする。
さすがに体育館やプールの位置は覚えている。
キリカは隣にピッタリ付き添ってくれているけど、学校の中では手を繋げない。もどかしい。
でもまあ、噂になっちゃったら困るしね。
水泳部の部活まであと2時間弱。
それまで自由に泳いで遊ぼう、というのがキリカの提案だった。
「でもその後の部活は体験したくないよ?」
体育会系のシゴキはこの身体なら耐えられるかもしれないが、苦しかったり辛いのは勘弁してもらいたい。
「あはは、そうだね。今日はみんなにはうまく行っておこう。個人自主練張り切りすぎて疲れてしまったってね」
更衣室。
プールの側に建てられているその建物は塩素と湿気特有の臭いが漂っている。
だがミツキの身体はその匂いに慣れきっているのか、すぐに匂いが気にならなくなった。
(ごめんね、ミツキちゃん)
心の中で一言謝った上で、制服を脱いで水着を着る。
キリカしかいないので気にする必要はないのだが、ミツキの裸をキリカに見せるのはなんとなく嫌だったので、隠すようにして着替える。
キリカが渡してきたのは競泳水着だった。
(学校指定の水着でも良かったのに…わざわざ高いモノ買っちゃって)
ミツキが普段来ている競泳水着とは形状が微妙に違うのか、水着の隙間から見える肌は焼けていない白い肌。
(な、なんかちょっと恥ずかしいかも)
着る、というよりも張り付くといったほうが正しいような吸着具合のする水着はまるで何も着ていないかのような開放感がある。
うん、ミツキちゃんには悪いけどここは全力で楽しませてもらっちゃおう。
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なんだかんだで部活直前まで遊んだ私達は、予定通り男子部長に早退する旨を伝える。
ちょっと困ったような顔をしていたが、キリカのお願いする顔とその水着姿に負けたのか、私達は予定通りプールを後にすることができた。
その後は街でぶらぶらして過ごし、日が暮れる夕方までたっぷりと遊んだ。
「…今日はありがとうね」
「いやいや、こちらこそ」
キリカにお礼を言う。
毎週、とはいかないまでも結構な頻度でこうして連れ出してくれるキリカには感謝しか無い。…その裏にはミツキちゃんみたいな犠牲があるわけだけども。
スカートのポケットに入れたままだった赤い宝石を取り出す。
ミツキちゃんが取り出した時と同じぐらいまで輝きが戻っていた。
コレで問題なく戻れるだろう。
病院に到着した。
”私"が眠っている病室へ向かっていくと、見慣れた看護師さんが慌ててパタパタと早歩きで通り過ぎていった。
「…?」
「どうしたんだろうね。慌てて…」
先を見てみれば"私"の部屋の扉が開放されている。
…まさか、目覚めちゃった?
そんなことを予想しつつ部屋に入ってみると、私の想像以上の出来事が起きていた。
部屋に見慣れない機械が持ち込まれ、ピッピッと定期的に電子音が鳴っている。そこに表示されている数字はどれも低い。
そこから伸びる幾多の配線や管の一部は…"私"の手首などに伸びており、そして私の口は呼吸器で覆われていた。
「え…?な、なにがおきたの」
呆然としている私達。
そこに後ろから声をかけられる。
「あ、ちょ、ちょっとそこどいて!部屋の隅へ!!」
看護師さんが戻ってきて私達は部屋の隅に追いやられた。
(や、やばいやばい…どうしよう)
手には赤い宝石を握りしめられている。
慌ただしく部屋に出たり入ったりしている看護師さん達。
その口からは「ご両親に至急電話を…」「ICUの空きを確認」などといった不穏な言葉が聞こえてくる。
反対側の手でキリカの手をキュッと握る。
キリカは険しい顔付きをしながらも、その手を強く握り返してくれた。
「も…戻らなきゃ…戻らないと…」
ボソリと私は呟く。
キリカはその言葉にビクッと身体を震わせる。
「だ。駄目だ。そんなことしたら…君が死んでしまう」
「でも…このままじゃミツキちゃんが」
そう、私の身体と共に罪もなにもない1人の女の子が犠牲になってしまう。
しかし、普段からこうなる可能性も覚悟していた私の手は恐怖で震えている。
このままでいれば私は生きることができる。戻れば…明日には行きていないかもしれない。
1日だけじゃない、永遠の犠牲をミツキちゃんに強いてしまう。
まさか、ちょっとしたイタズラが、こんなことになるなんて。
「い、意識戻りました!」
看護師さんの緊張感ある焦りの声。
うっすらと目を開いた"私"。
何が起きているのか理解できないまま周囲を弱々しく見回して…。
私と"私"の目が合った。
信じられないものを見た、と言った感じで大きく見開く目。
そして手に繋がれた管や呼吸器を剥がそうと暴れだす。
その様子をみて看護師さんが抑えにかかる。
弱った私の身体では体力がもたず、すぐに息が荒くなり、抵抗が弱くなっていく。そしてこちらを睨むようにして…その目をゆっくりと閉じた。
…このままじゃいけない。
手の中の石をギュッと握りしめて。私の決意も決まった。
私は1歩、前へ出る。
「駄目だ!」
(えっ…)
その様子をみたキリカがギュッと手を引っ張った。
小さな身体が大きく後ろへ、キリカのもとにに引き寄せられる。
その勢いでスルリ、と手から滑り落ちていく赤い石。
あっ、と思う間もなく石は病室の床に落下し…
ピシ、という音と共に白いヒビが入ったのだった。
呆然と落ちた石を眺める私。
ヒビの隙間から赤い光が漏れていくかのように、光が薄れていく。
しばらくするとその輝きは失われ、タダの石ころとなった。
---
それから数時間後。
医者や看護師がひっきりなしに出入りし、私とキリカ、そして私の両親が見守る中、"私"は逝った。
あの後、石でお互いに触れては見たものの、やはり入れ替わりの現象は起きなかった。私は自分の身体へ戻る術を失ってしまったのだ。
自分の身体が死んでいくのを、そして今日始めて会っただけの女の子が死んでいくのを眺めるしか私にはできることはなかった。
あれから数ヶ月。
私は「ミツキ」として、高校1年生の元気な少女として生きている。
"私"の葬儀の後、キリカとは会っていない。
部活動を辞めた私には、先輩であるキリカと出会うことは少ないし、会ったとしても目を合わせないようにして通り過ぎるだけ。
あの時、手から落としてしまったのはキリカのせいではない。
私が、一瞬でもそうなってしまえばいい、と思ってしまったせいだ。
だがその自分勝手な甘えた考えの結果、赤の他人を犠牲にしてしまった。
…キリカのその胸に飛び込めば、その苦しみや辛さから開放してくれるかもしれない。だけどそれはさらなる甘えだ。
彼女を犠牲にしてしまった私は幸せになってはいけない。
どうあがいても許してもらえないほどのことを彼女にはしてしまった。
そんな私にできることは「ミツキ」として精一杯生きて、彼女の周りの人を悲しませないようにすることだけ。
「行ってきます、お母さん」
ミツキさんのお母さんに声をかける。
そして心の中でごめんなさい、と謝罪する。
「ミツキ」に関わってくれる人すべてに謝罪する。
それが私に唯一出来ること。
途中でそう進むと思ったんだけど、些細な幸せが大弁償ですね
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