2019/05/13

アイドルが身体を奪われちゃったお話


「はい、今日は完全安全を掲げる牧場さんにお邪魔しております!」

1人のアイドルがカメラマンの前で愛嬌を振りまく。

「どうやって"完全安全"を達成しているのか、牧場の方にお聞きしてみましょう!」
「はい、この牧場では外部からのウィルス持ち込みを防ぐために世界を完全に分離しています」
「世界を分離…?」
「つまり、外部との接続を完全に遮断した牧場ということです」
「え、でもあなたは牧場で働いているわけですよね?」
「そうですね、私以外にも10名ほどの職員で運営しております」
「では、その人達がいるせいで完全な遮断は難しいのではないでしょうか?」
「おや、あなたはアイドルなのに、ずいぶんと頭の回転がお早いですね」

カツカツと廊下を歩きながら台本通り会話を勧めていく2人、
実際のところ、アイドルのミモリは半分以上何のことやらわかっていない。

「完全に遮断する方法は…こちらです」

ミモリが部屋を見回してみると。
広い部屋に大きなスノードーム型の機械が10台並んでいた。
いくつかの配線が中央の大きな機械に繋がれており、その近くのディスプレイには何やら難しい英語とカメラの映像が映し出されている。

「こ、これは…?ロボットですか…?」

カメラの映像には無機質な人型ロボットが数台、牛や豚の放牧を監視しているようだ。

「はい。職員がロボットを遠隔操縦することで閉じられた環境を作り出すことに成功しているのです。繋がるのはロボットのメンテナンスと、食肉加工した牛の出荷時だけですね。その通路も3,4重にガードされていてセキュリティも含めて万全となっています」
「はえー。じゃあ人が牧場の中に入ることはないんですね」
「そうですね。家畜に悪影響な菌を運んでしまうのは人間ですから」
「はーなるほどですね。あ、中で職員さん達が目をつぶって座っていらっしゃいますね」


「はい、フルダイブ機能というものをご存知ですか?」
「え?えーと…あのゲームとかでよくある?」
「はい、MMORPGとかでみなさん使われている技術の応用…というよりはこちらが本来の正しい使い方かもしれませんね」
「なるほどぉ。みなさんフルダイブ機能であのロボットの中に入っているわけですね…」

「体験なさいますか?」
「へ?」

ミモリがビクッっとする。
恐る恐るディレクターのほうを見ると、"やれやれ!"という合図。

(はぁ、これだから仕事を選べないアイドルって嫌なのよね)

とはいえ嫌がっているところを放送されては人気に関わる。
笑顔でえ、体験させていただけるんですか?と返す。

「ちょうど、1台私の分の空きがありますので、どうぞどうぞ」
「は、はぁ…」

なかば押し込まれる感じにドームの中に入る。
ゴムで出来たヘアバンドを頭に身につける。
そのヘアバンドからはいくつかの配線が伸びている。

(うー、あまりフルダイブって好きじゃないのよねえ)

いくらドームの中で使用中は外からはロックされているから安全とは言え、自分の体が無防備になってしまうのをミモリはあまり快くは思っていない。…が仕事の二文字の前にはそんな事も言ってられない。

ブウウン、と低い音が鳴り響きドーム全体が可動したかと思った瞬間に、
スパっと目の前の景色が切り替わった。
狭く暗いドームの中から明るい研究所のようなところへ一瞬でワープしたように感じた。
慌てて立ち上がろうとして身体が固定されているのに気がつく。

『ロックを解除しますね』

眼の前に文字が浮かび上がり、脳内に直接響くように職員さんの声が聞こえた。
バシュ、バシュという空気が抜ける音と共に身体を縛り付けていた何かが解除される。

『それがいまのミモリさんのお姿です』

身体を見下ろしてみれば無機質な白い光沢をもつ強化プラスチックのような外装で覆われた、特徴のない人型のロボットだった。
指や腕の関節の隙間は黒いゴムのようなものが見える。
ドキドキしながら曲げてみれば、人間のときと同じような感覚で動いた。

『身体の感覚はできるだけ元の身体とずれないようにAIが調整してくれるので違和感は無いと思います。どうですか?』

軽くジャンプしてみたり手を振り回してみるがそこに違和感はなかった。
だが、自分の長い自慢の髪の毛がさっぱりとなくなった白いヘッド、に可愛さのかけらも無い能面。触ればカツン、と音がする硬質で女性らしさがまったくない身体。
これじゃあ自分がテレビに出てるって全然わからないじゃない。

『あ、じゃあこれをつけましょうか。本来は企業ロゴを表示する部分なんですけど』

右胸がピカっと光る。
どうやらここにはディスプレイが内蔵されているのだが…。

(ちょ、ちょっと!これは逆に嫌だってば)

そのディスプレイに表示されたのはミモリの宣材写真。
キャラが固まってないときに取ったものでぶりっ子気味に映っている。
…数年前に取ったきり更新していない写真を使わないでほしい。

『絵がないと映えないからそれで行こう ディレクターより』

(うそでしょ…。うう、いつか絶対トップアイドルになってこんな仕事しなくてもすむようにしなきゃ)

先にフルダイブしていた別の人型を操縦する職員さんが、先導する。

『あー、でもこれは、匂いとかなくて、いいかも』

牧場にありがちな家畜の匂い…とりわけ糞の匂いがまったくしない。

『健康状態診断用に嗅覚センサーはついていますが、普段はOFFですからね』
『なるほどなるほど、汚れも匂いも気にしなくてもいいし女性でも働きやすいかもしれませんね』

今日の牧場レポートも髪の毛に臭いがうつらないか心配をしていたのだが、遠隔操作であればそんな問題も一切発生しない。
さらにはロボットの身体は疲れるという概念がないのだ。
ミモリは途中から前のめりで掃除に没頭してしまった。

『糞がついた藁と糞はこちらに山にしてください』
『はーい。ロボットだからか、力持ちで楽しいですね!…ところでこの糞の山はどうするんですか?』
『あ、これはですね…。あー来ました来ました』

家庭用自動掃除機の少しデカイ、筒型の機械がやってきた。
カパっと口を開けると藁と糞の山に突っ込んでその汚物を回収していく。

『ああやってAIが回収して、試料を作っている畑まで運んでいくんですよ』
『あ、なるほど。餌や藁もこの隔離された空間で作られているんですものね』
『そうです。一種のエコシステムが完成しているわけですね』

---

『はい、じゃあお疲れ様でした。最初のロックチェアに座っていただけますか』
『はーい、お疲れ様です』

職員さんが入ったロボットがロックチェアに座れるように準備をしてくれた。
ロックチェアはよく見ればロボットの体型にあわせてくり抜いたような形をしており、ピッタリとハマるようになっているようだ。

その穴に収まるように身体を滑り込ませると、バシュ、という音がした。
よく見れば、ロボットの外殻にある隙間を通すように鉄の棒が貫いている。

(昔の携帯とかにあったストラップホールみたいね)

その穴は身体中に空いていたようで、身体はおろか、腕や足、頭までが完全に固定されて動かせなくなった。
眼の前に浮かび上がったインジケーターに充電中の表示がされる。
どうやら充電も兼ねたロック機構のようだ。

(はやくダイブ解除してくれないかなあ)

ふとみればセッティングをしてくれた職員ロボットも同じように隣のロックチェアに座ろうとしていた。

(うふふ、一体どんな人が操縦してたのかしら。もとに戻ったらお礼もいわなきゃ)

しゅううん、という音と共に隣のロボットの稼働が停止する。
胸に浮かび上がっていた企業ロゴも消失し、物言わぬ機械とかした。

(もう、なによ。焦らすわね。私から戻してくれたっていいじゃない)

だがそれから何分、何十分経っても私の意識は元の身体へ戻らなかった。
自然と焦りが心の中に生まれてくる。
顔もガッチリと固定され視界を動かすことすらできない。
私は少しも身動きできないまま、何時間とそこへ放置されたのだった。

…ようやく、目の前の通信回線がオープンとなる表示がされた。

(ちょっと!ディレクター!何かのトラブル!?私をいつまでほっておく…?)

通信回線のオープンと共に表示されたのはドームのある部屋の映像で、そこに職員は誰もいない。視界に映る時計は深夜2時を指し示している。
まさか、全員帰ってしまったのだろうか。私を置いて…?
10あるドームも1つを除いてすべて電気が消されている。
おそらくあのドームに私の身体が…。

って違う。
私が入ったのは手前のドーム…。
その手前のドームの扉は開放されており、中は薄暗い。
人がいるようには見えない…嘘でしょ。

『こんばんわ、ミモリさん』

目の前に浮かび上がる文字列。
誰かが私に向かって話しかけている。

『だ、誰!?って誰でも良いわ。早く元の身体に戻すように職員さんに伝えて!』
『元の身体?』
『ふざけないで!私の身体よ!』
『あなたの身体ってー』

その文字列と共に映像が切り替わる。
そこに表示されたのは信じられない光景だった。

『コレのこと?』

ヒラヒラ、と笑顔でこちらに手を振っている女性。
朝、鏡で毎日見る顔。メイクの時だって見てる。ダンスレッスンのときだって嫌というほど見ているから見間違えようがない。

『う、嘘…なんで私が…私の身体が動いてるの』

そう、その女性は私本人だった。
ドームの中でフルダイブしていたはずの自分の身体がなぜか、勝手に動いている。
いや、それどころじゃない。

(こいつ、私がここに閉じ込められているって知ってる…!)

『いやー前々からこの企業のフルダイブに欠陥があるのは知ってたんだよね。こうやって乗り移れる機会をずっと待ってたんだけど、ここで働くのはなんというか夢のないおじさんやおばさんばかりでさ。今日、胸に可愛い写真を表示したロボットが来たからダメ元でやってみたら、まさかアイドルだったとはねえ』

『戻るときにちょいちょいっと回線をインターセプトすればあら不思議。僕の身体が凄いかわいい女の子に』
『は、犯罪よ…!』
『かもしれない。けど、表沙汰にならなければ犯罪じゃないんだよ』

なんとか身体を動かそうとするがロックされた機構はびくともしない。

『ぐぅ…早く私をもとに戻しなさい!』
『ああ、そんなに戻りたいなら僕の身体に戻るかい?』

パッと映像がドームの中に切り替わった。
そこに映っているのは身体がブクブクと太った、頭頂部から地肌が除く中年の男。

『い、いやに決まってるでしょ。なんで私がそんなおっさんに…』
『そっかそっか。まあ戻す気はないんだけどね』
『…へ?』

ミモリの両手が男の手と鼻へ伸びていく。

『な、なにを…』

それぞれの手で男の呼吸口を塞ぐ。
意識がない男の顔が徐々に蒼白となりそして…
ガクン、と項垂れた。

『あらー、これでミモリちゃんの戻る身体はなくなっちゃった』
『こ、殺した…の?』
『違う違う、深夜残業中の呼吸不全によるかわいそうな事故だよ…世間的にはね。カメラの映像も差し替えておくからバレることはないよ』
『じ…自分で自分を殺すなんて…狂ってる』
『あはは、だってもう必要ないんだよ。私は今日からアイドルなんだから』

どうやらこの男は本気で私を乗っ取るつもりらしい。

『そんなことできるわけないでしょう…明日になれば職員がやってくる。そしたら私はすべてを伝えるわよ』
『んふふ、いつまでもダイブできないロボットがいたら怪しまれちゃうしね。どうしようかなあ』

カタカタと"慣れた手付き"でキーボードを操作する"私"

『実はそのロボットは2代目なんだ』
『2代目…?』
『完全なフルダイブ人型ロボットが出来る前のプロトタイプ版があるんだよ。もうすでに運用は全部フルAIになってるんだけどね』

単純な清掃しかできなかったし、と"私"は楽しそうに話す。

『お、よかったよかった。ログインコンソールは生きてたよ』
『ログイン…ってまさか、嘘でしょ』
『じゃあ新しい身体に転送するよ。バイバーイ』

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(ここ…はどこ?)

薄暗い部屋。
人型ロボがいたような場所とは違い、湿気が強く壁はサビで汚れている。

身体は…動かない。
ロックされているわけではないようだ。動かそうしてもその部位の感覚がない。
パーツとパーツがぶつかるような音も聞こえない。

視界はわずかしかない。
かろうじて分かるのは、自分の目が地面から高さ数cmのところにあること、そして天井がはるか上にあることだ。

前へ歩こう、と思っても脚がない。
一体自分は何にフルダイブさせられてしまったのか。

ピー。
安っぽい電子音が、内部から響いてきた。
キュルルル、という回転音と共に自分の身体が前方を進み出す。
私の意思とは一切関係なしに。

昨日みた廊下をゆっくりゆっくりと進んでいく。
ガタガタと身体が揺れる。
ずいぶん古い機体のようだ。

そして…。
薄々気がついていたのだが。
真実であるとは信じたくなかったのだが。
目の前の現れたのは糞の山。

ガパッ、という音と共に口が大きく開けられた。

(あがっ!?…まさか、とりこみぐちと口がリンクしてるの?)

キュルルル、と目標に向かって再度前進を始める身体。
止まって、閉じてと願っても応答に答えてくれることはない。
あくまで主導権は自分ではなく、元からいるAIが持っているようだ。
私はただ、ここに閉じ込められているだけ。

抵抗虚しく、体の内部に糞の塊が突っ込まれる。

(く、くさっ…!?え、嗅覚センサーが動いてるの!?)

どうやら回収装置が糞の栄養状態判別にも使われているらしい。
設定でONにされた嗅覚センサーが私の意識を襲う。
どれだけ身をよじろうと、体の内部にある糞の山は勝手に排出されることはない。
私はそのまま、数百メートル以上も離れた畑まで、糞の山を運ぶことになった。

この機体に与えられた仕事は、それだけ。
厩舎と畑を何十往復し、糞を運ぶだけの仕事。
職員ロボットたちが切り上げた後は薄暗い物置で充電ドックに接続される。
ろくな清掃もメンテナンスもされず、ただ汚物を運ぶだけの日々が、ずっと続いた。

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「ミモリちゃん、この牧場来たことあるんだって?」
「はい!3年ほど前、駆け出しだったころに来たことがあります!」
「3年前…ちょうどブレイクし始めた頃じゃない?」
「そうですね、方針転換した時期です!」
「もうトップアイドルなのに、こんな辺境の畜産ロケの仕事受けるなんて変わってるよね。…この牧場の詳しい説明も基本おまかせしていい?」
「どんとこい、ですよ!」

ガヤガヤと集団が牧場の建物へ向かっていく。
1人のアイドルが建物の隅に置かれた物体に目をつけた。

「職員さん、あの機械って…?」
「ああ、あれは先日まで動いてた糞回収の機械ですね。最近ガタが来ていて糞をこぼしながらしか運べなくなってしまったので、リプレイスすることになったんですよ」
「リプレイスってことは、あれは捨てちゃうってことですね」
「そうですね」
「そうなんだー。残念ー」
「?なにがですか?」
「え?ああ、いや、こっちの話です。懐かしい人に会えるかな、と思っていたので」
「ミモリちゃんって売れてるのに変わったこと言うアイドルだね」
「そうですか?えへへ!」

1 件のコメント:

  1. おもしろく読みました。もう彼女は処分されることだけを待つ身の上ですね。

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