国境付近でにらみ合う2つの軍隊。
進軍してくる魔導部隊に対して、防衛に徹している騎士団長リベルが指揮するのは女性騎士のみで構成された部隊だが、士気や練度は高く魔導部隊が繰り出す遠距離魔法や魔法生物も、対処しており戦況は防衛側が優勢であった。
だが今日はなにか様子が違った。
普段であればすぐにでも交戦を始める魔導部隊は数km先に陣取ったまま動こうとはせず、結果膠着状態となっている。
「…あいつら、どうしたのかしら?」
「怖気づいてるんじゃない?」
「こちらから攻めましょうか?」
「…いや、罠の可能性が高いかもしれないわ」
騎士達は一向に攻めてこない魔導部隊に苛立ちを隠せない。
リベルも真意が読めない敵の行動に対して慎重にならざるを得ない。
騎士団は基本は相手の懐に飛び込んで切り伏せる近接戦闘に特化している。
魔術詠唱すらせず立ちん坊になっている魔導部隊に切り込めば圧勝で終わるに違いない…だからこそ罠の可能性が高い。
「…根比べだ!全員、気を引き締めて!相手がこのまま何日も攻めてこなくても我々が疲れを見せないところを見せつけてやりましょう!」
了解、と声があがる。
斥候の報告によれば数はこちらのほうが多い。
いち早く相手の作戦を解明し、対処しつつ突撃をする。
その腹づもりでリベルは敵から視線をそらさない。
「………?」
なんだあれは、と騎士達がざわつきだす。
魔導部隊が陣中から、なにかの拷問器具と…その器具に捕らえられている獣…どうやら豚のようだが、それを100台…つまり100匹の豚を先頭に配備したのだ。
豚は手足を短い鉄の鎖で拘束されており、首には大きな縄がくくられており、身動きが取れないようにされている。
その豚を、まるで人質のように見せつけてきている。
「…あれはなに?」
「…何を考えているんでしょう、あいつらじゃ?」
団員達がなんだなんだ、と笑い出す。
付近の牧場施設が襲われ、家畜が奪われた、という報告は騎士団にも入ってきていたが、まさかここでその家畜を見せつけられるとは思ってもいなかった。
「まさかあいつら"あれ"を盾にしてんのでしょうか?」
「…だとしたらとんだアホでしょう」
。
どうやら魔導部隊は大きな誤算をしたようだ、と、リベルは思った。
戦場の前では家畜の命にいくばくの価値もない。
相手の意図は読めないが、くだらない遊びに付き合う必要もない。
リベルは声を上げる。
「もうお遊びはここで終わりだ。魔導部隊へ攻撃を仕掛ける」
「「「おおっ!!」」」
全員が剣を掲げ、声を荒げる。
リベルがここで号令をかければ、騎士団は目の前に敵に向かって突撃していくだろう。
「突g……!」
突撃、と言おうとした瞬間だった。
目の前が急に暗闇が覆い視界がゼロとなり、口には何かが突っ込まれる。
「ムガゥ!?フグ…!!」
口いっぱいに詰め込まれた布はリベルから言葉を奪った。
視界と言葉だけではなかった。
一瞬にして腕と足が動かせぬように枷が掛けられてた。
(な、何が起きた!?)
身動き一つできない状態に一瞬に追い込まれたリベルは焦る。
どれだけ力を込めようとガチャガチャ、という音だけしかしない。
周囲に耳をすませば同じような呻き声と、鎖同士がぶつかるガチャガチャという音が同じように聞こえる。
どうやら、周りにいた騎士たちも同じ目に合っているようだ。
(魔導部隊がなにか魔法を使ったのか…?いったいなにが起きたんだ…?)
---
混乱は突然に訪れた。
号令をかけようとした団長がピタリ、と止まる。
訝しげに団長に視線をやる騎士達。
団長は振り上げた剣を静かに構えると、そのまま目の前に立っていた騎士へ振り下ろした。
「う、うわあああ!」
飛び散る鮮血。
団長はその勢いで回りにいる騎士へ攻撃を始める。
団長だけではなかった。
あたりを見回せば団長と同じように味方を切りつけ始めている騎士が確認できる。
同士討ちを始めた騎士達は混乱に陥る。
焦りと混乱から攻撃してきていない騎士同士でも争いが始まり、突然の出来事に逃げ出す騎士達もいた。
あっという間に騎士団の戦線は崩壊した。
数分後、その陣営に残っているのは騎士団長を含め、凶行に及んだ騎士たちだけとなった。
「成功したようだな」
「はい」
魔導部隊の隊長が、遠くの陣営で起きた同士討ちを確認して勝利を確信する。
魔導部隊が取った戦術、それは今足元で拘束されている豚と騎士団達を入れ替える魔術を行使することだった。
奪った豚100匹に、予め自国の兵士達の意識を入れておく。
そして改めて豚と騎士の意識を入れ替えれば…あっという間に向こうの騎士100人が味方に早変わり、というわけだ。
そして…いまここで這いつくばっている家畜は…
(ぐ…まさかそんなことが)
這いつくばった状態でにらみつけるリベル。
口枷は外されたが、その口からは獣の鳴き声しか出すことができず、拘束されている手足は満足に動かせず四つん這いになったままだ。
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