「さ、佐伯さん。いい加減戻してくれないかな…」
「えー。あなたが私の悩み相談に乗ってくれたのに…」
「い、いやそれはその…」
校舎屋上へ続く階段の踊り場にいる男女。
おどおどとした感じの男子生徒は学生服を着つつも猫背でなにかを隠すような姿勢をしている。
「影で人のことウシチチとか呼ばれてて辛いって相談したら、なんとかしてあげるよっていったじゃない」
「それは…みんなに諭したりして解決するってことでこんな…!」
「そう?じゃあそれも解決したら返してもらうってことで」
「え…それって」
「もう少しそのままってこと」
佐伯さんは話は終わり、とばかりに教室へ戻っていってしまった。
男の学生服の前のボタンが、はちきれそうなほどに膨らんでいる。
息苦しく、そして暑くなってきたのでボタンを外す。
そこからブルン!と大きく揺れるように現れたのは2つの乳房だった。
Yシャツのボタンもはちきれそうになっており、そのボタンとボタンの間はすきまから、胸の谷間が覗けてしまう。
…まさか、佐伯さんの大きな胸が僕にくっついてしまうなんて分かってたら相談に乗らなかったのに。
このよくわからない現象は、単純に部位が入れ替わったわけではないらしい。
大きな胸の先端には男のころと変わらない乳首が鎮座してるし、佐伯さんのほうも男の胸板のような胸になったわけではなく、平均的な女性のサイズになっているのだ。
どうやら佐伯さんのコンプレックスだった要素が僕に乗り移った、といったという認識が正しいのかも知れない。
そしてその認識は自分だけではなく、他者にも渡る。
僕が男のくせに巨乳といって差し支えない胸を持っているのにかかわらず、クラスメイトは何も言わない。
乳首は擦れたりして痛くはならないものの、 肩こりが酷いので仕方なく佐伯さんから借りているブラジャーをしていても、だ。
そして僕の影のあだ名は佐伯さんの悩みのまま、ウシチチと呼ばれている事を知っている。
一方の佐伯さんは問題が解決したからか、性格も明るくなり、運動も活発にする女の子として認識されている。
憂鬱になるような状況だが、ウシチチ、と呼ばれる状況を解決しなければ胸は元に戻らないのであれば自分でなんとかするしか無い。
なにせ、どうやってこんな現象が起きたのかがさっぱりわからないからだ。
佐伯さんならなにか知っているのかも知れないが、当人が戻す気がないのであればどうしようもない。
「うう…」
フラフラと教室へ歩みを進める。
その大きな胸もブラジャーに支えられつつもブルブルと細かい揺れが発生し、身体の重心は安定しないし肩に負担がかかる。
(これじゃあまともに動けないよ…)
---
「キヨヒコくん」
その高い特徴的な声は後ろを振り返らなくても誰か分かる。そう、背後から声をかけてきたのは秋葉さんだ。
「ど、どうしたの?なんかつらそうだけど大丈夫?」
顔色が良くなかったのか、僕のことを心配してくれる秋葉さん。
「う、うん、大丈夫だよ。ちょっとこれ…がね」
「あ、これがあの佐伯さんが言っていたやつかぁ」
「へ?」
秋葉さんが信じられないことを言う。
まさかこの現象を認識している人がいるのか。
「佐伯さんに説明されるまで、わからなかったけどね。キヨヒコくんの胸がおかしい、なんて認識なかったし」
どうやら説明をされるとこの異常が認識できてしまうらしい。
「そ、そうなんだ…で、何の用かな…」
「私、悩んでることがあって」
「え、ちょ、ちょっとまって」
いきなり悩み相談が始まってしまい、焦る。
佐伯さんから事情を聞いていて、その上で相談をしてくるなんて確信犯だ。
「私、この声…この高くて幼い声があまり好きじゃなくて…なんとかしてくれないかな?」
「え、そんなのどうしようも…っ!?」
相談された瞬間、僕の声がガラリと変わった。
まるで アニメみたいな声が僕の喉から出てきたのだ。
「あ、すごいすごい、もう引き受けてくれたんだ?」
「い、いやちがうくて…」
「その声のせいで萌え萌え言ってくる男ばっかりで困ってたの、ありがとね!」
秋葉さんの声はどこにでもいそうな普通の女の子の声だった。
「え、ちょとまって…どうしたら戻してくれるの?」
喜びのあまりにかげだしていったのか、秋葉さんの姿はすでになかった。
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佐伯さんや秋葉さんがそれからあちらこちらに言いふらしたのか。
僕のもとには悩みを持った人がひっきりなしにくるようになった。
僕にそれを断る方法がなく、どんどんとそのコンプレックスを引き受けていってしまう。
「私、このふわふわな髪質が嫌で嫌で…」
「親に言われて髪の毛伸ばしてるんだけど嫌なんだよね」
「色素が薄い髪のせいで先生に目を付けられちゃって…」
腰まで伸びた、ふわふわなボリュームがある金色の髪が僕の髪の毛となった。
髪質が変わったせいなのか、まつ毛や眉毛にも同じような変化が現れた。
「運動神経がなさすぎて…」
「ちょっと脂肪が付きすぎちゃって」
「私、太ももが太くていやなの」
体の動きがワンテンポ遅くなり、走るのが億劫になった。
全身の筋肉が落ち、ふっくらした皮下脂肪が全身に付着し、太ももが肉付きのよい女性のものとなった。
「不健康だって言われてて…もうちょっと太りたい」
「お肌が日光に弱くて…」
ウェストがきゅっとくびれ(他のコンプレックスとシナジーを起こし、意外なほどにグラマラスな体型となってしまった)、その肌は白く透き通っていく。
「私、スカートとか嫌いで…男の子の制服がいい」
「真面目になりたいんだよね、ギャルやめたくて」
学生服が一瞬にして姿を変え、セーラー服に変化をする。
スカートはぎりぎりまで短くなり、ちょっとの姿勢の変化で下着が見えてしまいそうなほどだ。
「な、なんでこんなことに…マジテンサゲなんですけど」
アニメ声でギャル語しか話せなくなってしまった。
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「うわ、その胸ってもしかしてキヨヒコくん?」
佐伯さんだ。
「そ、そうだよ」
意識しないと言葉遣いがすぐに乱暴になってしまうのでゆっくりと話す。
「うっわー…みんな容赦ないね。もう面影もないじゃん」
いろいろなコンプレックス…というわりには女性的な悩みを押し付けられた結果、
キヨヒコの姿は女性そのものになってしまったのだ。
佐伯さんのときには無事だった乳首も、胸のサイズの割に大きくて困っている という悩みを押し付けられた結果、女性のものとかわらなくなってしまっている。
そして生理がつらい、という女性ならではの悩みもとうとう相談されてしまい、キヨヒコの身体は染色体レベルで女性化してしまった。
「うう…助けて…」
そして生理が訪れ、体中をダルさが襲い、下腹部に鈍い痛みが発生し続ける。
動くこともままならずベッドで寝続けるしか無い。
大きな胸が邪魔で横向きになって寝ることしかできず、深い睡眠が取れない。
Prrrr.Prrrr.
スマホに知らない電話番号から通話がかかってきた。
朦朧とした意識の中、通話ボタンを押す。
「あ、あの…私。悩みがあって…」
-終-
とても好みの作品です。変身過程とかじっくり、長編で読みたい程気に入りました
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