2019/04/10
条件指定と詰み条件
「えーと…22時になったらお風呂を沸かして…24時になったら消灯…7時には音楽で目覚ましっと」
知らない間にインストールされていた謎のアプリ。
パブロフの犬と名付けられたこのアプリは、あらゆる家電に対して条件と動作を指定できるようになる画期的なものだった。
電気的に接続されていなくても操作可能という、原理不明、謎の技術が使われている。
「なんなんだろなこれ…すでにダウンロードサイトから消されてたし…。まあ便利に使わせてもらってるけど」
アプリの設定画面を見てみるとあらゆる操作ができることにびっくりする。
家の鍵も、専用の機器の取り付けが必要もないのに自動で動作するのだ。
怪しい電流や電波が流れていないか心配になる。
「…おや?」
対象と書かれた項目はスキャンで検出された家の中の操作可能な家電のリストが列挙されている。(この技術もよくわからない)
その中にあるはずのない項目が存在していた。
「彩夏…って」
姉ちゃんじゃん。
なぜ人の名前がスキャンされているのだろうか。
面白半分に設定項目を見てみる。
「なんだこりゃ…じゃあ試しに」
"彩夏"が"喋る"ときに"おならをする"
「ぶは、なんだこりゃ」
ありえない設定に思わず吹き出してしまう。
だが…。
「き…キヨヒコ…助けて!!」
バン、とリビングに入ってきた姉の顔は真っ青だ。
勢いよく開いた扉が起こした風とともに、鼻にすこし刺激のある匂いが漂ってきた。
「な、なんか喋ろうとすると…」
ぶ、ぶぶぶぶぶ…。
声と連動したように姉のお尻からおならが出たのだ。
「おならが!」
ぶぅ!
叫び声と主にひときわ大きなおならが部屋に響き渡った。
「ど、どれだけお尻をキュってしてても…ってもういや!」
プププププ…プ!
相談に来たはずの姉はそのまま再び部屋から出ていってしまった。
「喋る時…ってそういうことか」
条件がゆるすぎたせいでオナラがほぼ出っぱなしになってしまったようだ。
コレでは流石に生活ができないだろう。
流石に可愛そうなので条件を変えておくことにした。
"彩夏"が"キヨヒコに命令した時"に"大きなおならをする"
多少複雑にしてみたが問題なく設定が完了した。
そのうち姉の特権を振りかざしてパシリにされることもなくなるだろう。
ーーー
学校でおもむろにアプリを立ち上げ、スキャンをしてみる。
「うお…」
見事のクラス全員の名前がリストに追加されたのだった。
(こりゃ…やばいな。思い通りに操作できるなんてやりたい放題じゃないか)
"六華"は"キヨヒコが指を鳴らした時"、"立ち上がる"
六華は俺と幼稚園の頃からの友人だ。
…気心知れた仲だし、ここはぜひ実験台になってもらおう。
机の下でパチン、と小さく指を鳴らしてみる。
本当に小さく、六華まで届かなさそうな小さな音だったが…。
ガタン。
立ち上がった六華の椅子と机が揺れている。
どうやら急に立ち上がったせいで押しのけるようにして立ったようだ。
教師も、周囲のクラスメイトも、そして本人さえもがびっくりした顔をしている。
「…どうした?睦月?ど、どこか間違ってたか?」
普段から教師の板書間違いを指摘している六華なので、教師がオロオロしながら問う。
「え…?あ…?いえ。すいません。なんでもないんです…ごめんなさい」
自分でもよくわからないといった感じで座り直す六華。
パチン。
ピシッ。
座ろうとした六華に対してまた指を鳴らす。
「えっ…」
座ろうとした意思に反して再度立ち上がった六華。
「…体調悪いなら保健室いっていいぞ?」
「…いえ…そういうわけでは…」
自分でも訳がわからないといった感じで着席する六華なのであった。
ーーー
「どうしたんだよ。寝ぼけてたのか?」
「んー。そんなつもりはないんだけど」
昼食。
俺と六華は付き合ってるような、そうでもないといった中途半端な関係だが、2人で飯を食う機会はなにかと多い。
(さて…つぎは複合条件だ…上手く動作するかな)
六華は弁当箱を開いて箸を握り…そこでピタリと止まった。
「…?」
"六華"は"弁当を食べる時"に"食べない"
これはどう働くかと思ったが、予想どおり禁止事項として働くようだ。
「六華、食べないのか?」
「た、食べるんだけど…その」
「なんだ?しょうがねえな」
「え?」
六華の弁当へ箸を伸ばし、卵焼きをつまんで持ち上げる。
六華の視線はその卵焼きに集中している。
「ほれ」
「え?え?」
六華の口の前に卵焼きを差し出してやると…。
パクっ。
六華の小さな口がかぱっと開き、卵焼きを俺の箸から奪い取ったのだ。
そしてその口の中に卵焼きは消えていく。
その間も六華の目は見開いたまま、驚いた表情で固まっている。
もぐもぐとしばらく咀嚼された卵焼きは、ゴクリ、と六華の喉を通っていった。
周りがざわめく。
六華もその口をパクパクとさせ、なにかいいたげだ。
「…どうした?」
「ど、どうしたもこうしたもないでしょ!な、なんで私あんなこと…?」
「あんなこと?」
「…あ…ええ…どうして…」
六華は立ち上がろうとしている。
どうやらこの衆目から逃げ出そうとしているみたいだが…。
"六華"は"食事を終える"まで"席を立てない"
既に対策済みだ。
六華は目の前の弁当を平らげるまで立つことはできない。
俺は再び六華の弁当へ箸を伸ばす。次はこのミニハンバーグがいいだろうか。
六華が食べやすいようにさらに小さくカットして、口元に運ぶ。
パク。
顔を真っ赤にしながらも六華は目の前に差し出された食事を、まるで雛のように自分から食べにいく。
ミニトマト、ブロッコリーそしてまたハンバーグ。
ようやく半分か。意外と面倒だぞこれ。
「なんだよ、罰ゲームか?」
「キヨヒコってそういう趣味あるんだ」
「六華ちゃんもわざわざ付き合ってあげるなんて」
ふふふ、まさか六華の身体が率先してやってるとは思うまい。
「う…うう…」
あ、いかん。
六華が涙目だ。
しかし条件を解除するためにスマホを持てば怪しまれる…かといって六華がここから去るためには目の前の弁当を平らげなければ…。あ、そうだ。
パチン。
俺は軽快に指を鳴らす。
目の前の六華が勢いよく立ち上がり、椅子が反動で倒れる。
一瞬シン、となる教室。
六華が周囲を見回してアワアワとなにやら手を振りまくり…
「ち、違うのこれは…!違うのー!」
そのまま教室から走り去っていったのだった。
いちかばちかで指を鳴らしてみたが、上手く言ってよかった。
どうやら先に設定したもののほうが優先順位が高いようだ。
さて、次はコレを設定してみよう。
六華の設定を追加してやる。
しばらくすると六華が教室へ戻ってきた。
その顔はどこか切羽詰まった顔をしている。
ツカツカと俺の机まで戻ってくる六華。
俺の耳元に口を近づけると…
「お…おしっこしてくるね」
顔を真っ赤にして耳打ちしてくる六華。
話し終えた瞬間に身体が自由になったのか、六華は再び走って出ていった。
"六華"は"トイレへ行く事"を"キヨヒコ"に"伝える"
おそらくトイレへ行こう、と思った瞬間に足が俺の方へ向いたんだろうな、と思う。
トイレを我慢しているのにトイレへ離れていけば限界が近くなくても焦るだろう。
(…あれ、もし俺に会えなかったらどうなるんだろ)
トイレへ行けなくなるのか?
まあ行為そのものは禁止してないのでなんとでもなるか。
(あー。学校ならまだいいけど家だとちょっとめんどくさいな)
都度部屋まで来て、排泄を報告してもらって喜ぶ趣味は俺にはない…はず。
まあいいか。とりあえず設定はこのままにしておこう。
ーーー
「あー、つぎは何を設定してやろうかな」
帰宅しながら俺は次なる遊びを探す。
(突拍子もなく歌いだしたり踊りだしたりしたら笑えるかも)
お、こんなこともできるのか?なんかよさそうだ。
あとで試すためにとりあえず設定だけしておく。
バタン、と自分の部屋の扉を開ける。
部屋の中央、小さなテーブルの上には見慣れないものが置いてあった。
(ん…?)
綺麗にたたまれた衣服はどこかで見たことあるようなものだ。
(これって六華の制服じゃないか?なんでここに)
そういえば六華は放課後、あっという間に姿を見せなくなっていた。
先に帰ってなにかいたずらを仕掛けたのだろうか。
(女物の服を手にとってるところを写真とられたりしたらまずいな)
俺はキョロキョロと周りを見回すがカメラのようなものは見当たらない。
仕方ない、六華にどういうつもりか連絡を取るか。
その前に着替えないとな。
学生服を脱ぎ捨て、シャツと肌着を洗濯用のカゴに放り込む。
そして真っ裸になった俺は…。
(え、おいおいおいおい)
テーブルの上にある"六華の制服"に手を伸ばしたのだ。
身体が言うことを聞かない。
セーラー服とスカートの下に重ねておいてあったのは女性のブラジャーと下着だ。
俺の手は迷うことなく下着に手をかける。
(お、おいまさか、やめ…)
身体全体で踏ん張って抵抗しようとするが、筋肉が自分の命令下から離脱してしまったかのように何も言うことを聞かない。
まるでその下着を履くのが当然とばかりに身に着けてしまったのだった。
小さな下着は伸縮性があるのか、グッと伸びて自分の股間やお尻をピタリと密着するように張り付く。 その小さな布地ではさすがに股間を覆いきれないのか、その隙間から顔を出してしまっていた。
(って次は…まさか)
そして男なら着る必要が皆無のブラジャーを手に取る。
身につけ方など知らないはずなのに、当然のようにテキパキと身につけていく。
もちろんそのカップに収まるような胸があるわけではなく、胸の部分はぶかぶかだが肩紐キツキツで、ホックは止められない。そりゃそうだこれは六華のものなのだから。
そんな中途半端な状態のままさらに手は制服へ伸びていく。
あっという間にセーラー服とスカートを履いてしまった。
最後に少し長い紺の靴下を履き終わると身体が開放され自由になった。
「…まさかこれって」
服を脱ごうとすると身体がピタリ、と止まる。
(やっぱり…)
「あらあら、キヨヒコったら変態さんじゃない?」
「…おまえか」
部屋に入ってきたのはやはり六華だった。
手には六華のスマホ。
「お前もアプリを?」
「ってことはやっぱりあれはキヨヒコの仕業だったんだね」
「…」
「答えないの?」
スマホで何かを入力している。
俺のスマホが入った学生服は六華の足元に抑えられてしまっている。
どうにかしようにも六華の方を向いたまま動けない。
「うふふ…どうせ今日の授業中のアレも、お昼のアレも。ト、トイレのアレも…全部キヨヒコのせいなんでしょ」
「う…」
「せっかくだからもう1つ、キヨヒコに条件をプレゼントしてあげるわ」
(な…なんだ?)
「ワン」
(ワン…?って俺がさっき設定したのも…?)
セーラー服にスカートという女装姿のまま、その場に座り込む俺。
自分の意思に反して口からベロを出したままハッハッと息を吐き続けている。
「"六華がワンと言った"とき、"キヨヒコ"は"犬になる"…お手!」
六華が差し出した手に右手をひょい、と乗せる俺。
「ちんちん!」
犬のちんちんのポーズを取る。
スカートを履いたままで下着を見せるような体勢。
屈辱の格好のまま六華の指示を待ち続けている。
(や、やばいぞこのままだと)
「鳴きなさい!」
「ワン!」
俺が大きく鳴いた時、六華の動きもピタリ、と止まる。
しばらく立ちすくんでいたかと思うと、ガバっと俺と同じ様に両手を地面につけて四つん這いの姿勢となった。
"キヨヒコがワンと言った"とき、"六華"は"犬になる"
(まさか、六華が同じ命令を設定していたなんて)
六華の顔を伺うが、どう思っているか読み取ることができない。
なぜなら六華も俺と同じようにハッハッと舌を出してこちらを見つめているからだ。
(お、おい…)
六華はしばらくこっちをじっと見ていたかと思うと、ぐいっと急接近してくる。
頬のこちらの身体に擦り付けて甘えてくる。
俺の身体もその御礼とばかりに六華の太ももへ頬を擦り付け…。
(おい、やめろ!)
クンクン、とスカートに頭を突っ込んで匂いを嗅いだ。
六華も内心叫びたい状況のはずだが、されるがまま…どころかぺろり、と俺の太ももに舌を這わせてきたのだ。
(ひぃ…)
俺の全身の匂いをかぐようにグルグルと回る六華。
そして…。
(ちょ…)
チュッ
鼻と鼻が少し触れる。
ペロリ。
そしてお互いの舌がお互いの顔を舐め合う。
六華の汗なのか、しょっぱい塩っ気が舌から伝わってくる。
(た、助けてくれえ…)
俺達が自由なったのはそれから1時間後。
2人でベッドの上で団子になるように寝ているところを姉に起こされたことで開放された。
俺は女装してるし、六華は俺のお腹に顔を埋めたまま熟睡しているしでどう弁解したものか悩んだのだが、姉は「弟がどんなでも受け入れるから」と渋い顔で部屋から出ていってしまった。
とはいえ、システムの制約なのか時間制限なのかはわからないが助かった。
その後、目を覚ました六華とはお互いまともに顔を見ることができず、
ひとまずはアプリの設定をお互い解除することで手打ちとすることになった。
このアプリを使って後日、また面白いことをするのだがそれはまあみなさんのご想像におまかせすることにしよう。
あー、ひどい目にあった。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿