2019/04/25

放課後の不審者 2

私の名前は七穂。
来年には大学受験を控えた女子…だった。数週間前までは。


ある日、忘れ物を取りに訪れた更衣室で鉢合わせた不審な男。
男がどこからともなく私に投げつけたのは見慣れた制服…どこからか盗んできたのだろうか。
制服をキャッチしようとした瞬間、制服の背中の部分が生き物のように大きく開き、私を丸呑みにした。
気がつけば私はその制服そのものになってしまっていたのだ。

そして男はなにもないところから今度は肌色の物体を取り出して慣れた様子で着込んでいく。
着替えが終わった時、目の前に立っていたのは私だったのだ。

言葉を発することも、身動きすら取れず。
私を探しに着てくれた悠未(ゆみ)も同じように男が投げた物に包まれ、醜い太った中年に変身してしまった。
男が「皮」と呼んでいるその物体は、物理法則を超えて姿かたちを変えてしまうようだ。

男が「私の生活」を満喫するまで協力する、という条件のもと悠未はその中年の皮の上からさらに元の姿の皮を被せられ、私はその悠未の制服として過ごすことになった。

「七穂」として振る舞う男に対して悠未はボロが出ないようにフォローする。

彼の命令には従う悠未は傍から見れば手下のように見えただろう。
2人は親友だったはずなのに、ジュースを買いに行かされたりノートを代わりにとったりする様子は私が見ても辛いものがある。

だが私はいまは話すことも出来なければ、自分の意思で1ミリも動くことすらできない。
もちろん、悠未と意思疎通をする術もない。
ただただ制服の着用主である悠未の動きに合わせて形を変えるだけ。
泣いても叫んでも誰にも聞こえない、心の中にしか響かない。そんなモノにできることはなにもない。


悠未はそんな私を大切に扱ってくれている。
着替える時や周りに誰もいない時には声もかけてくれるし、脱いだ後もブラシは欠かさずかけてくれる。
体育でどうしても離れなければいけないときも厳重に、間違っても盗まれないように小さな鍵をロッカーにかけてくれている。
身体の中が空洞で、別の物体が貫通しているという不思議な状況にもこの数週間で慣れてしまった。むしろ悠未に着てもらっているときが一番落ち着くぐらいだ。

布になってしまった身体は何も感じないというわけではない。
冷たい床に置かれれば冷たさを感じるし、壁に擦れたときはすこし痛みを感じるし、チョークの粉が制服にかかればむず痒さが襲ってくる。

「ごめんね、今日ちょっと暑くて汗かいちゃったかも」

春になり、気温があがってきていたために冬服な私では少し辛い時期になってきた。
昔に比べて制服の通気や速乾の性能があがってきているとはいえ布は布。
悠未の身体から蒸発した汗のうち、肌着が吸収できなかった分は私が吸い取ることになる。人体が発する汗は最初は無臭だが空気にふれることで匂いを発しやすくなる。
制服には防臭効果があるとはいえ、その汗を直接吸い取ってしまっている私はなんどもむせそうになる…実際にむせることはないんだけども。

(もうすぐ冬服の時期が終わっちゃんだけど…私、どうなっちゃうのかしら)

悠未はクローゼットの中は閉めると真っ暗で怖いだろうから、と制服を部屋が見下ろせる位置にかけてくれている。
でも、梅雨に入るぐらいのタイミングで夏服に切り替われば冬服は半年の間お役御免となる。もしかしたらタンスに片付けられてしまうのだろうか。

(そういえば…クリーニング。アイロンとかヤバそうなんだけど)

たとえ高速回転するドラムに突っ込まれようが、高温の鉄で轢かれようが、死ぬこともやけどすることは無いだろうが…どんな感覚で感じるかはわからない。考えるだけで怖い。


「七穂…じゃない、アイツ。放課後に更衣室に来いって、ようやく戻してくれる気になったのかしら」

悠未がぶつぶつ言いながら更衣室へ向かう。
もちろん制服な私も一緒に。

「あ、悠未ちゃーん。待ってたよ」

ニコニコした笑顔で手をフリフリする七穂。
悠未の身体は緊張しているのか、制服の私にもその緊張が伝わってくる。

「…2人きりのときは演技しないでほしいわ」
「…そう?ボクもそっちのほうが楽だけどねえ」

笑顔だった七穂の顔が無表情に、そして飄々とした口調に変わる。

「…」
「…」

"私"と悠未の無言と無言がぶつかりあう。

「……戻してくれる気になったのかしら」

沈黙を破り悠未が切り出した。

「やだなあ、まだ20日ぐらいしか体験してないから満足には程遠いよ」
「……っ」

悠未がギリッと歯噛みする。
その身体の強張りが振動となって制服にも伝わってくる。
 
「それともその皮、脱ぎたくなった?」
「…その下にある皮も一緒に脱がせてくれて、七穂も戻してくれるならね」
「あはは、それはまだ無理かなあ」

どうやら今回の呼び出しは元に戻すため、というわけではないようだ。
悠未は深くため息をついた。私も心の中で同じことをする。

「…で、なにをすればいいの」
「話が早くて助かるね。もうすぐ夏じゃない?」
「…そうね」
「夏といえばプール!じゃない?」

ビシッと変なポーズを決める"私"。
日曜日に弟が見ているヒーロー戦隊物の番組で見たことがあるようなポーズ。
変な格好を私の格好でしないでほしいなあと思う。
…誰もいないからまだいいけど。

「…で?」
「ノリが悪いなあ。女子学生のプールなんて楽しみでしかなかったんだけど、どうやら七穂ちゃんの身体は泳ぎが苦手みたいでさあ」

そういえば私は泳げないのだった。
泳げなさすぎて夏休みの最初はいつもプールの補講に通っている。
…それでも25mを泳げないのだけども。
多分人より大きな胸も邪魔しているのだと私は勝手に思っている。

「それじゃあつまらないじゃない」
「…何が言いたいの?泳ぎを教えてほしいってこと?」

悠未がイライラしている。
悠未は水泳部所属だ。そのスラッとした体躯でイルカのように泳ぐ様は羨ましくなるぐらいにきれいで、サマになっていたのを覚えている。
悠未が教えるのであれば泳げるようになるかも知れない。

「あー、そうじゃなくてえ」
「…練習もせずに泳げるようになるわけないでしょ」
「それはどうかなあ?」

 "私"が右手を掲げる。
悠未の身体が1歩引く。
あのポーズはどこからか"皮"を取り出す所作だ。

音もなく、右手の中に物体が現れる。

「ほいっと」

そしてやはり、それを悠未に投げつけたのだった。
逃げようとした悠未だが、ソレも無駄だった。
悠未と私の間に潜り込むように皮が 侵入してくる。
あっという間に肌色の皮に悠未は包まれてしまった。

そして…

「ほいっと」

同じように私に向かっても皮が投げつけられる。
制服な私はもちろん逃げようとすることすらできず、その小さな皮に包まれた。
人間から制服になったときにも感じた身体が圧縮され縮んでいく感覚を再び味わう。

(さらに…小さくなっちゃうの…?!)

皮に覆われたことで悠未はおろか"私"も見えなくなる。
ぐにゅぐにゅと皮が制服の私を圧縮していく。
そしてある瞬間に急にパッと視界が開けたのだった。

「…な、何をしたの」

上の方から悠未ではない声が聞こえてくる。
どうやら悠未が着せられたのは人間の女の子の皮のようだ。
一方の私はまた何かの衣類なのは間違いないようだ。
だが…この感覚は。

(なんなの…体全体がピンと引っ張られている感覚…と悠未をピッタリ包んでいるこの感覚は…なに?)
制服よりも薄っぺらくなったのか外の空気と悠未の体温をダイレクトに感じている。

次に私が驚いたのは悠未が発した言葉だった。

「こ…これって…七穂…?」

私の視界からは悠未の顔を見ることができない。
だが、胸のあたりを大きく押し上げているこの感覚。制服のときには感じることのなかったこの大きな膨らみ。
…そして目の前には。

(悠未…がいる)

"私"の代わりにたっていたのは"悠未”だった。

「こうすれば、ボクは泳げると思うんだよね」
「くっ…そんなことのために…」

つまり、目の前の男は"私"から"悠未"に成り代わったのだ。
そして悠未は自分の皮の上から"私"の皮を被せられた…ということか。
お互いの姿が入れ替わったような形になっている。

「で、その水着が新しい七穂ちゃんの身体ね」
「アンタって人はどこまで人を馬鹿にすれば…」

そっか。私、水着になっちゃってるんだ。
覆っている感触からしてこれは学校の指定水着かな。
ピッタリと張り付いているせいで自分の体型がどんなものか、その身をもって知ることになった。

「じゃ、またしばらくよろしくね、七穂ちゃん」

ニコリ、と"悠未"が笑った。


2 件のコメント:

  1. ふたつまとめて読みました!
    皮を無理やり着せるというのが新鮮でした!服になった同級生と一緒に被害に遭うさまがとてもシコみが高いです。

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  2. 楽しく見ました。ユニホームから水着に変化の代わりに人が水着に変化して
    そして人間に帰れるけど服で管理される状態が良くて人間に帰ることを拒否する状況とか次の話があれば待ちます。

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