2019/03/16

人形バインド

「あれ、部長。VRですか」
「ああ、一つアイデアが浮かんでな」

理科準備室兼、科学部の部室。
珍しく部長が一番乗りで来ていた。
よく見るとVR以外に腕や足につけるトラッカーがついたリストバンドやらも置いてある。
そして机の上に置かれているのはデッサンでよく使われる球体人形。
木でできた人形には部長が施したのか、いくつかのチップが直接埋め込まれているようだ。

「…なるほど、VRとトラッカーで人形を動かしてみようってことですか」
「そういうことだ、やってみるか?」
「はい、ぜひ」

部長はテキパキと私にトラッカーを装着していく。

「じゃ、HMDを被ってくれ」
「はーい。お、もう写ってますね」

目の前に表示されたのは部室。
だが視点の半分は机だ。
寝転がった人形につけられたカメラから見ることができる映像だから当たり前なのだが。

「じゃあ同期をとるぞ」

部長が人形についたスイッチを入れると、人形が自動的に立ち上がりしばらくすると私と同じ姿勢・・・つまり直立した格好でピタリと止まった。
私が右腕を上げてみると人形が右腕を、左足を少し上げてみれば同じく片足立ちをhした。

「これで倒れないなんてすごいバランス精度ですね」
「そうだろうそうだろう。密なデータ送信によってだな…」

よくわからないことを言い出したので無視する。
数歩歩いてみれば人形も同じく前進し、視界が動いた。
まるで人形になったかのような、そんな新しい体験だ。

「あっ」

調子に乗って歩いていたら、机の縁にたどり着いていたことに気が付かずに人形が落下をしてしまった。
実際には立っているはずの私も、目の前の視界が落下していくのを見て脳が混乱したのか、恐怖でその場に座り込んでしまう。
パキ、という音で人形が地面に落ちたのだ、と冷静に認識したのだが…。

「ああ、びっくりしました…。ってあれ。部長、変です」
「…?どうした?」

「ー身体が動きません」

ーーー

部長は私のHMDを外して、私を近くの椅子に座らせる。
「故障…?」
「ああ…どうやらさっき言ったデータ送信部分が壊れたようだ」
「…それがなぜ、私が動けないことにつながるのですか」
「あれは神経のバインディングをしていてだな」

…また、何を言っているのかわからない。

「…よくわかりません」
「…まあつまりはこういうことだ」

部長は床に落ちていた人形を拾いあげる。
その人形は椅子に座る私の姿勢を模している。

部長はその人形の曲がった膝を、ピン、と真っ直ぐに伸ばした。
足から腰までがまっすぐ、そこから90度に背筋を伸ばした姿勢になる。

「それがどうした…ってええええ!?」

気が付かなかった、いやソレ以前の問題だ。
自分の意思とは無関係に、私は座ったまま膝をピンと伸ばしたのだ。
そう、まるで人形と同じように。

「データの逆流が起きてしまっているようだな…」
「え、そんなことって」
「いやはや。データ精度を上げようとした代償だな」
「いやいやいや」

え、じゃあなに。
私はいまその人形と同じポーズしか取れないってこと?

「じゃ、じゃあこのトラッカーを外せば…」
「まさかこんなことが起きるとは…いやこれを活かせばリハビリ分野の画期的な」

あ、これ聞いてないやつだ。

「あの…コレを外していただければ」
「データを獲らねば…。ちょっと器具を取ってくる!」

部長は人形を持ったまま部室から出ていってしまった。

「ええ…。ちょっと…」

どれくらい放置されていたのだろうか。
となりの理科室からワイワイと声が聞こえてきた。

(あ、掃除当番…?)

声を出して助けを呼ぼうかと思ったが、声が男子達だったことで躊躇する。
座ったまま動けないので外してください、なんて突拍子もないこといってまともに取り合ってもらえるかどうか…という以前に知らない男子に身体を触られることにも嫌悪感がある。

「お、なんか人形が置いてあるぜ?」
「ノートパソコンとか置きっぱなしで不用心だな」
「何の実験だろう」

…部長、まさかデータ取りの準備だけしてトイレにでも言ってしまったのだろうか。
いや、それより私と同期した人形がそこに置きっぱなしなの?

「これ、うちにもあったなー。」
「何に使うんだ?」
「姉ちゃんが美術部でさあ、デッサンに使うんだよ。いろんなポーズが取れるんだぜ」
「へえ。やってみてよ」

や、ちょっとまって。
それ、ただの人形じゃなくて…。

ピシッ。
願い虚しく椅子から立ち上がる私。
そして両腕がまるでバンザイをしたように、天に向けて挙げられる。
かと思えば肘が曲げられ、両方手が頭の後ろへ回った。
ぐっと上半身を張るように背筋が伸ばされる。

まるで胸を強調するかのようなポーズを取らされ、私はその場に立ち続ける。
身体を動かそうとしてみてもピクリとも動かない。
腰や脚も、グニグニとシナを作る。

「グラビアアイドルのポーズ!」
「あるあるwww」

脇の下や胸を見せつけるようなポーズ。
制服を着ていなかったら私は恥ずかしさで死んでしまっていたかもしれない。

となりで、私が同じポーズを取らされていると知るよしもなく、次々と男子達は色々なポーズをとらせていく。

「四つん這いー」
「人形だからエロくないwww」

そのとなりで同じポーズを取らされているんですけどね!
スカートが捲れ上がったままだが、それを直すことも許されない。
向こうの人形にはスカートなんてついてないし。
ぐっ、っとお尻を突き出すポーズを取らされる。

(ひぃ…)

お尻を高く突き出すポーズ。
取ったことがない姿勢のせいで身体中が悲鳴を上げている。
人形が人間には無理な姿勢が取れないようになっていることを祈るしか無い。

「おっと、やべえやべえ。掃除してさっさと帰ろうぜ」
「そうだった、今日はお前んちでゲームやるって話だったわ」

ようやく飽きてくれたか…。
ぶりっこアイドルキャラが取るような、片足立ちのかわいいガッツポーズのまま、私は安堵する。
が…。
最後の最後で。

「コマネチ!なんちゃって」
「わはは、じゃあいこうぜー」

…部長、早く戻ってきてくださいー。
他人には見せられないポーズを取ったまま、私はそこに佇み続けるのだった。









1 件のコメント:

  1. こういう身体を動かすのと感覚が分かれてるシチュエーション好きです

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