俺達のクラスは平和だ。
争いや対立、派閥というものがない。
いじめというものもない見たことがない。
居心地がよく、イベントにはそれなりにまとまるが、同調圧力はなく参加しなくても無理に強制されるようなこともない。
教師の指導のおかげというわけでもなく、ただただ自然発生的に、クラス一人ひとりの性格の絶妙なバランスでこの空間が生まれているのは奇跡としか言いようがないと思っていた。
そう、それは違ったのだ。
綺麗に整備された大通りでも、1本路地に入れば生活感溢れ返り、ゴミや落書きがあるように、俺達もそうなっているだけだったのだ。
ただ、俺達の目がそこから逸らされていただけ。
それもひとりのクラスメイトによって。
異常に気がついたのはたまたまだった。
本当は異常だらけだったのかもしれない。もはやその自分の感覚すら疑う対象になってしまっている。
それぐらい、日常に当たり前に紛れ込んでいた。
放課後、なにげなく窓から校舎裏を見下ろした先、そこにクラスの男子が2人、なにやら険悪な雰囲気で向かい合っていたのをみたのだ。
普段、彼らがあのような喧嘩腰の口調で罵りあっているのを見たことなど無い。
「…止めたほうがよさそう…か?」
駆けつけようか迷っていると、その現場に別の男子生徒が1人、2人の間に割って入るように立ったのが見えた。
邪魔をされたのに腹を立てたのかさらにヒートアップしていく2人。
とうとう仲裁に来た男子生徒に拳が伸びる。
あっ。と思ったのは一瞬だった。
拳を出した生徒が急にかがみ込んだのだ。
手を胸にあて、なにやら苦しそうに呻いている。
ここからが異常だった。
来ていた黒い学生服が別の色へ変わっていく。
黒から紺へ。そう、まるで女子の制服のような色に。
ズボンも同じように色が変わりながら、綺麗な折り目がついていき、そして短くなっていき、肌が…、下腿が露出する。
学生服の詰め襟が消え失せ、代わりにそこから白い布地がブワっと飛び出し、背中に垂れる。
彼が履いていた短い白い靴下は、黒の膝下まで覆う靴下に変化し、スニーカーが革のローファーへ変わる。
短髪でどちらかというと坊主に近かった髪が、ハイスピードカメラで取った植物の成長のようにうねるように伸びていく。
あっという間に彼の容姿はココから見る限り、ロングヘアのセーラー制服を着た女子にしか見えなくなっていた。
仲裁で立っていた男子生徒は満足げにかがんでいた彼女の頭をひと撫でし、そして対立していた男子生徒の頭も同じように撫でると、一歩だけ後ろに下がった。
セーラー服を着せられた、かがんでいた側の男子がゆっくり、しずかに立ち上がると対立していた男子の顔をじっと見る。
だがそこには先程の闘争心のようなモノは感じられない。お互いに…だ。
それどころか、2人の間にはなにか別に、甘い感情が漂っているように見える。
学生服を来た男が、何か手紙のようなものを差し出す。
セーラー服を着ている男?が、顔をそらしながら、おずおずとその手紙を受け取る。
受け渡し終えた側はなにか早口で言葉をまくして立てると、逃げるように走り去っていった。
なんだ、あれは。
つい1分前まで喧嘩して殴り合いを始めそうだったのに、一転して甘酸っぱい空気を醸し出す告白の現場になっていた。
手紙を受け取った側も、小走りで去っていく。
まるで女子みたいな振る舞い。
…あれ、彼女の名前はなんだっけ、え、彼女…?
いつの間にか仲裁に入っていた男子の姿もそこにはなかった。
狐につままれたような光景だった。
…ここにいてもしょうがない。どちらかに状況を確認して…
「見たね?」
背後から急に声をかけられ、飛び上がりそうになった。
振り向けばそこには先程仲裁に入ってきた男子。
え、ここ…4階だよな?
さっきまであそこにいたはずなのに。
「…なんなんだよ、あれ」
「ああ、やっぱり見ちゃってたか」
俺の質問に答えない。
まいったな、という困ったような顔をしている。
いや…違う。そうはいいつつ半分程は楽しげな顔だ。
「黙っててくれる?」
感情が感じられない冷たい言葉。
俺はなぜか恐怖を感じ、口から言葉を出せない。
「ああ、でも君はおしゃべりな方だからなあ、しょうがないね」
「なに…が…」
手を伸ばしてくる男。
本能がこの手はやばい、と感じている。
だか身体は凍ってしまったのか、動き方を忘れてしまったのか、ピクリとも動かない。
彼の手が俺に触れ、俺の記憶は一旦そこで途切れた。
―――
私達のクラスは平和です。
争いや対立、派閥というものがありません。
いじめというものもない見たことないです。
居心地がよく、私のような引っ込み思案で人見知りであっても、イベントに無理に参加させられるようなこともありません。
女子の友達もあまり多くない私ですが、最近彼氏ができました。
…どうして彼が好きになったのか、きっかけはちょっと思い出せないのですけど、私から告白しました。
性格も明るくない、口下手な私がどうして自分から告白できたのか、いまでも不思議で夢のようなのですが、彼の返事はOKでした。
私がいうのもなんですが、彼は不思議な人です。
学級委員でもスポーツマンでもないのですが、いつもクラスの中心にいるような…そんなカリスマっぽいものを感じます。
たまにクラスの意見が割れても、あっというまに彼が取りまとめてしまうのです。例えば…あれ、なんでしたっけ…ちょっと忘れちゃいました。
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