2019/02/24

魔法少女の身体がぬいぐるみになってしまって負けた話(3)

ガサゴソとなにかを探すような音で目が覚めました。

…いや、人形の私は眠る必要もないし、眠くもならないのですけど…。
四六時中意識を覚醒させておくと、気持ちがいろいろとすり減っていってしまうので、私は夜の誰もいない間は心の中で目をつむるようにすることで、自分の意志で眠りにつくようにしているのです。

(…誰か入ってきた?)

今日もちゃんと店長さんが戸締まりしていたはずです。
鍵をこじ開けたり、扉を開けるような音も聞こえなかったですし…。
聞こえるのはレジや金庫を漁るような音ではなくて、商品の箱やぬいぐるみをかき分けるような音ばかり。

「んー。このへんから感じたんだけどなー」

聞こえてきた声は私と同じぐらいの少女の声でした。
…まさか。

「あーもう、なんか埃っぽい!」

そりゃぬいぐるみを雑に扱えば繊維が舞ってしまいますよ。
ってそうじゃないです。視界の隅に映ったのは…。

(…魔法少女!?)

私とは違って黒を基調としたドレスでしたが、日常では見かけないような
衣装、それに彼女の右手には…少しトゲトゲしい形の、そのまま打撃にも使えそうな杖が握られていました。

「やっぱ嘘だったのかなあ。こんなところにあるわけないよねえ」

先程から何かを探している彼女。
まさか、私を探しに来てくれたのでしょうか…?

「…ん?誰かいる?」

(気がついて、私はここです!)

「おっと、やっぱ誰かいるじゃん。どこだろ」

私は彼女に念を送りつづけます。
テレパシーなんてものが使えないけど、もしかしたら同じ魔法少女同士なら…。

「いたいた。んー?なんだこりゃ。人形?」
(た、助けて…私、ずっとここに置かれてて)
「おっと、落ち着いて落ち着いて。とりあえず事情は聞くよ」

彼女の手に握りしめられたまま、私は元が人間であること、魔法少女として戦ってきたこと、ここに1年近く置かれていることを説明しました。

「へー。魔法反射の怪人ってあれかな。先週戦ったやつ」
(え、戦ったんですか?)
「まあね。杖で鏡を叩き割ってから封印したけど」

どうやら私とは違って格闘系な魔法少女なのかも知れません。

「そいつが言ってたんだよねえ、前に魔法少女を倒したって」
(…多分わたしのことですね)
「そか。やっぱあいつの虚言じゃなかったかー。信じて来てみてよかったよかった」
(ほんと、よかった…)
「じゃ、引き続き探そっか…。杖はどこ?」
(杖…ですか?)

ああ、そっか。杖があれば私も戻れますもんね。

(私といっしょにぬいぐるみ化してしまって…この店のどこかにあるのは確実なんですけど)
「あ、なるほどなるほど。これと似たような杖を探してたよ」

黒の魔法少女が自分の3-40cmほどの杖を掲げる。

「ぬいぐるみになってて、一緒に転送されてきたってことは棚の奥にあるかもな…。んー…お、あったあった」

手をくいっと引っ張るような仕草をすると、私がずっと佇んでいた棚のさらに奥からふわり、とコミカルな形になった私の杖が飛んできました。

(よかった…)
「うーん、私の趣味とは合わないなー。でもしょうがないか」

しょうがない…ってなんでしょうか。
真意をつかめないでいると、黒の魔法少女がぬいぐるみの杖に魔法をかけていきます。
グググ、とどんどん大きくなっていく杖。
柔らかい布だった表面が元の硬さへもどっていきます。
あっという間に変化する前…私が使っていた杖の姿に戻りました。

「おー。この杖もなかなか魔力効率いいなー。見た目は気に入らないけど」

私をレジの前のスペースに放り投げ、杖を持って立ち去ろうとする魔法少女にあわてて私は呼び止めます。

(え…?ちょ、ちょっとまってください)
「ん?なに?」
(わ、私も元に戻してくれるんじゃないんですか?)
「え、そんなことするわけないじゃん、私が欲しいのはコレなんだから」

コレ、と掲げるのは私の杖。
魔法の杖は自身の意思によって使用者を選定する。
だから魔法少女としての適性以上に、杖との相性が重要なのだが…。

「杖は使用者がいなくなったら次の使用者を探す。すでに魔法少女になっていても相性が良ければ選ばれる可能性は高いんだよ」

怪人の言葉を信じて探しにきたのは、使用者がいなくなった杖であって、私じゃない…?

(そんな)
「元に戻しちゃったら杖が再び君を選んでしまう可能性があるじゃん。そしたらここまで来た意味がないし」
(だめ、そんなの…やっと戻れると思ったのに)
「そもそもあんな怪人に負けるような魔法少女はいらない。私のほうがこの杖をうまく使えると思うよ」
(………)

黒の魔法少女はにやり、と笑うと自分がもとから持っていた杖と私の杖を天に掲げると、双方の杖につけられた宝石がキラリと光り輝き始めて杖が1つへ融合してしまいました。
そしてあふれる光が彼女を覆うと、黒からピンク色へ衣装が変わっていきます。

「うーん、スカートもリボンも可愛さ全開であまり好きじゃないなあ。そのうち慣れるかな…。ってあは。君の姿も変わったね」
(え、ちょっと…なにこれ!?)

ぬいぐるみになった時に一緒に変化した私の魔法少女服は光の粒子となって消えていき、残ったのは白い上下の下着のみ。
本来であれば杖が変身前に着ていた服を呼び出してくれるはずなのですが…あの杖はもう私が使用者ではない、ということでしょう。
超ロングのツインテールだった金色の髪も、元のショートの黒髪に戻ってしまっているようです。

「ん?あはは、君、値札ついてたんだ?」

背中のタグにくくりつけられた値札。
私がここへ転送される直前に怪人につけられた値札だ。

「えーと…4800円かぁ。今のしょぼい見た目ならこれぐらいの値段が妥当じゃない?」

値札に書かれた数字がうにょうにょと動き出し、新しい数字に書き換えられました。その値段は…300円。




「あっはは。まあ1年間も売れなかったんだし値下げしないとねえ?…あれそういえばさっきから君の声が聞こえないなぁ。魔法少女姿じゃなくなったせいかな?ま、いっか。私にはもう関係ないし…じゃあねぇ」
(まって…まってよ…お願いだから!)

私を元の棚に放り投げると、彼女は転移魔法で店から出ていってしまったのでした。



あれから何年たったでしょうか。
店の奥の棚に置かれた、衣装もない見た目も平凡なみすぼらしい人形は誰の手に取られることもなくそこにあり続けました。
当時から残っている店員はもう誰もいません。毎週のように訪れていた少女が中学生となり、高校生となり…そして訪れなくなりました。
がまさか元々人間だったなんて思う人もいないでしょう。

私の杖を奪っていった魔法少女もこの店に再び訪れることはありませんでした。
いまでも怪人と戦い続けているのか、引退したのか…それとも。
まあ、私には知る由もないことです。

私は誰かに買われることもなく、お店から処分されることもなく、この棚からお店を眺め続けています。
歳を取ることもなく、自ら死ぬことすら許されないこの身体…ですが精神はそうではないことが最近わかってきました。
私が人形にして封じ込められた悪霊がいつしか世界に溶け込むように消えていくように、私の魂もまた同じように消えていく運命にあるようです。

最近は思考もまとまらず、意識の途切れる時間が多くなってきました。
すでに店の中の会話もうまく聞き取れません。
視界も白い靄がかかったような、曇りガラスを通して見ているような。焦点も定まらず人の区別もつかなくなってきました。

もう、駄目かもしれません。
最後にお母さんやお父さんの顔、みたいなあ。




3 件のコメント:

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    1. 服がもう消えるしたら、彼女をもとに戻して大丈夫かな?
      性格が悪い魔法少女ですねw

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