「ありがとうございましたー、またのご来店をお待ちしておりますー」
若い女性の店員の声を何十回、何百回…いやソレ以上でしょうか。。どれだけ聞いたかわかりません。
私がこの店に来てからすでに何日立ったのか…。
最初のうちは数えていた日付も繰り返される同じような日々の繰り返しで記憶が曖昧になってきてしまっています。
わかるのは店員やお客さんの服装から四季が一周したのだろう、という大雑把なことだけです。
(あ、ってことは365日…はたったのかしら)
棚の隅に飾られている私は何ができるというわけでもなく、店を一望できるこの位置でずっと変わらない景色を眺める。
自分の魔力を跳ね返され自分自身がぬいぐるみになってしまったあの日。
怪人は床に転がった人形の私に、値札などのタグを魔法で付けた後、雑な転送魔法でこの店の棚に送り込んだのでした。
高い位置にあるせいなのか、それとも見慣れないキャラクターのせいなのか、めったに人の手に取られることはないのです。
たまに店員にホコリを払われるだけのそんな置物として私はそこにいました。
一緒にぬいぐるみになった私の杖は、もはやどこにあるのかわかりません。
あったとしても手をのばすことは…できないのだけど。
(あの杖が手元にあったらなあ…)
もふもふになってしまった杖で魔法が唱えられるかどうか、なんてわからないけどそれでも一縷の望みにかけてみるしかないのです。
一緒に転送されてきたはずなんだけども、視界には見当たらないし、杖の気配も感じることはなく…。
「おかあさん、あれとってー」
「はいはい、どれ?」
「あのおっきなリボンのー」
3歳ぐらいの小さな子供がこちらを指さしています。
魔法少女に変身したまま人形になった私は、派手な黄色の髪がツインテールに結われ、大きなリボンが2つその根本についているのです。
「なんかのアニメのシリーズかしら?見たこと無いけど…」
母親らしき人物がぶつぶつ言いながら私を手に取ります。
見たこと無いのは当然です。正真正銘、リアルな魔法少女なのですから。
私の姿を見ても数分後には忘れてしまう、そんな認識阻害があるので誰の記憶にも残らないのですが…この人形になってしまってからはその機能も失われているようです。
ってひゃあ!?
「あら…。ちょっとうちの子には微妙かしら」
視界が急にぐりん、と周り地面が空に回りました。
どうやら逆さまにされてスカートの下を覗き込まれているようです。
「なにもこんな下着まで丁寧に作らなくても…」
うう、変身中って下着どうなってましたっけ…。
普段の下着だったらちょっと恥ずかしいです。
その女性は手すさびなのか、ぐにぐにとお腹を揉んできます。
その度に身体の中にある綿が押しつぶされ、別の場所に圧力がかかります。
痛みは感じないのですが、抵抗もできずにもみくちゃにされるのはあまり精神的によろしくないです。
「まーちゃん、このお人形さんちょっとやめときましょう」
「えー!?まーちゃんそれがいいー」
「ほら、ちょっと汚れてるし」
なっ。
たしかにずっと置かれていてホコリっぽいかもしれないけど。
ちゃんと手入れされているでしょう!?
って…何に怒ってるんだろう私。
「ほら、あっちにまーちゃんの見てるやつのあるよ」
「あ、ほんとだー」
子供はそちらへ駆けていきます。
女性はふうーと一息つくと私をぽいっと棚へ。
うまく着地できるわけもなくコテン、と横に倒れる私。
女性は一瞬あっ、という顔をしたものの、まあいいかという感じで子供を追っていってしまいました。
(ふー…でも良かった。買われちゃったら杖と離れ離れになっちゃうところだったわ)
一度手に取られたことで、久しぶりに視界の向きが変わりました。
今まで見れなかった方向の景色も目に入ってきます。
もしかしたら杖があるかもしれません。
杖さえあれば…杖さえあれば。
僅かな希望を頼りに、私は今日も平和なお店で佇み続けるのでした。
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