東京の大学に通っている私(レイナ)は親から正月に帰省しろとしつこく言われて、渋々帰ったはいいものの、田舎ならではの娯楽のなさのせいで暇を持てあましている。
仕方なく近所を散歩しようと家を出る。
姉夫婦が車を出してくれると言ったが一人でブラブラとしたかったので断る。
姉夫婦もまだ子供がいないので夫婦水入らずでゆっくりしてもらいたいところだ。
数年ぶりに帰ってきたが田んぼと山ばかりの風景は変わることなくそこにある。
田んぼはうっすらと雪をかぶっており、木々もその頭部を雪化粧して静かに立ち並んでいる。
ところどころ新雪につけられた野生の動物の足跡。少ない餌を探して歩き回っているのだろうか。
(ん…?)
狐…かな。
同じ形の複数の足跡が同じ方向へ向かっている。
しばらく都会にいたせいか、風景にノスタルジーを感じたからなのか、気まぐれに少し足跡を追ってみることにする。
森に入ってから足跡がまた少し増えている。
すごい大家族なのかもしれない。
ちょっと見てみたいかも。
何分歩いただろうか。
「わあ、こんなところあったんだ」
子供のときには知らなかった場所があった。
森の中で少し切り開かれた広場。
小さな社がポツン、と木々の間から差す日に照らされている。
「知らなかったなあ…何が祀ってあるんだろ…」
社に近づいてみる。
狐の足跡が無数につけられている。
糞尿の臭いはしない。もしかしたら雨宿りに使っているのかもしれない。
「なにか御用ですか?」
「うひゃああああ?!」
急に背後から声をかけられ飛び上がる。
慌てて振り向けばそこには赤い装束を着た男。
神主…え?こんなところに?
さすがに人が住んでいるとは思わなかったので謝罪をする。
「あ、すいません勝手に…」
「いえいえ構いませんよここは小さいながらも神社ですからね」
「は、そうなんですか。すいません。ここには十数年住んでいたんですが初めて知りました」
「ははは、こちらは存じておりますよ。白樺さんのところの娘さんだね、長女かな?」
「あ、いえ。私は次女です。姉のリコも帰ってきてますけど」
父か母が知り合いなのだろうか。
私は一度もあったことがないのだけど。
「それはそうと折角来られたのだから、参拝していってはいかがかな」
「あ、はい。そうですね」
神様のところに来て拝まないのも失礼だ。
私はそそくさと賽銭を入れ参拝を済ます。
「あの、この神社ってご利益とかは」
「ここは少し変わっていてね。神様が決めるんですよ」
「…?」
「この箱に…」
神主は箱を取り指す。
今年の抱負と書かれた小さな桐の箱。
手が入れられる穴が空いている。
「どうぞ」
「え?いや…でも」
散歩するだけの予定だったので財布を持ってきていない。
「結構ですよ。サービスです」
「そ、そうなんですか?じゃあ…」
恐る恐る手を伸ばす。
男がじっとこちらを見ているのがやりづらい。
それとは別に、なにか悪寒のようなものが先程から全身を襲っている。
早くここから離れたい、そんな気持ちだ。
さっさと引いて帰ろう。
箱の中から1枚、折り畳まれた小さな和紙を取り出す。
丁寧に破らないように開く。
「………?」
そこに書いてあることが理解できなかった。
いや、正確には読むことはできるのだが、意味不明だったのだ。
「なんと書いてありましたか?」
「え、いや…なんか対象年齢間違えてませんかこれ」
紙に書かれていたのは
”おねしょがなおる”
とだけ。
もしかしたら年齢別に箱が用意されていて幼児向けのを引かされたのでは、と思ったのだが男は首をふる。
「いいえ、あってますよ。おねしょ治るといいですね」
ニコリと冷たい笑み。
その笑顔に顔を向けることができず紙に再び目をやる。
先ほどと変わらない文字がそこにある。
「あの、私もう見てわかるとおり、おねしょをするような年齢では…ってあれ」
顔を上げたとき、そこにもう男の姿はなかった。
一体何だったのだろうか。
まるで夢を見ていたかのような出来事に首を傾げつつ、来た道を戻っていく。
森の出口に差し掛かったときに二人の人影を見つけた。
「あれ?お姉ちゃん?」
「ああもうレイナ!どこ行ってたの!心配させないで」
必死の形相で駆け寄られ抱きしめられる。
「え?え?」
姉の旦那も同じように私に抱きつく。
そんな事を今迄されたことがなく、顔が真っ赤になる。
「ああ、よかった。子供が森に入っていってはいけないよ」
「こ、こども…?」
2人は何を言ってるのだろうか。
というかなぜ家にいた2人がここにいるのだろうか。
「な、なんでここにいるの?お姉ちゃん」
そっちこそ何を言っているのだ、という感じで姉が答える。
「何言ってるの。車でここまできて凧揚げをしに来たんじゃない。ちょっと目を離したら勝手に行っちゃうんだからほんとにもう」
「凧揚げ…?え?」
姉の旦那の手には幼いアニメの絵が書かれた凧。
全く意味がわからない。
そして混乱の極めつけに放ったのが姉の一言だった。
「まったく、どうしたのお姉ちゃんなんて…。私はあなたのママなんだから。ママって呼びなさい?」
「は?」
ーーー
わけがわからないまま車に載せられ実家にとんぼ返りした私を待っていたのは信じられない光景だった。
私が持ってきていたカバンは煙のように消え失せ、かわりに小さな蛍光色のカバンが1つ。
父も母も生みの親であるはずなのに、私を孫のように扱う。
そして姉が母で…その旦那が…父。
カバンの中に入っているのはクレヨンとノートだけ。財布や身分証明書の類は全く見当たらない。クレヨンには"さいとうれいな”とひらがなで記名されている。
「…なにこれ」
実家に残されていたはずの私の部屋に駆け込んで見ればそこには高校まで過ごした名残の机やベッドがまったくない、ダンボールが積まれた物置となっていた。
「どういうことなの」
周りが私を姉の子だと認識し、そう扱ってくる。しかもかなり幼い感じに。
でも私は…私だ。
記憶も、鏡に写った自分もなにもかもが白樺レイカだ。
東京の大学に通う、将来は教師を目指して教育学科に…。
ふと、あの怪しい神社で引いた紙を思い出す。
ポケットに入っていた紙を取り出すとそこには変わらず文字が書かれている。
「これの…せいなの」
そんな馬鹿な話があるわけがない。
”おねしょがなおる”なんて無理やり目標を達成するために現実が改変されるなど、あるはずがないのだ。
「レイカ、どうしたのこんなところに」
姉がひょこりと顔を出す。
いや…先程からずっと私から目を離そうとはしていなかった。
うしろをつけていたのだろう。
まるで子供を見守りつつ、自由に遊ばせるように。
「冒険ごっこ?」
「…ここに私の部屋が」
「?ママが昔使ってた部屋なら隣よ。ここはずっと物置」
「ちがうくて!!」
大声を出してしまう。
姉と身長が変わらない私は目線もほぼ同じ位置にある。
「私のこと子供みたいに扱ってるけど…こんな身長高いのにそんなわけないでしょ?!」
「ど、どうしたのレイカ。疲れちゃった?」
「疲れてない!!」
いけない。つい大声を出してしまった。
どうにも今の状況のせいで冷静さを欠いてしまう。
いや、なにか自分でもコントロールできない感情が全身を占めつつある。
(なんなの…これ、なんなの…)
「レイカは凧揚げで疲れちゃったのね。ちょっと横になりましょ」
手を差し伸べられる。
この手を取ってはいけない。何故かそんな気がした。
この状況を認めてしまえば、私がどんどん失われていく。
だが、思考がまとまらなくなってきている。
反射で目の前の手に、自身の手を伸ばす。
姉の手をぎゅっと握る。
姉が私の手をギュッと握り返してきた。
ーーー
(はっ!?)
気がつけば周りはもう真っ暗だ。
いつの間にか私は布団に入って横になっていた。
顔を向ければそこにはママとパパの顔。
…って違う。お姉ちゃんとその旦那!!
2人に挟まれるようにして寝ている私。
異常な川の字に、私は焦りつつも起き上がることができない。
それは股間の違和感にあった。
(…うそでしょ)
ゴワゴワとした大きな物体が腰周りに巻き付くようにしてつけられている。
その中でも股間周りの大きな固まりが、私に股を閉じさせず、ガニ股のような格好で寝ることを強いていた。
(おむつ…?)
ギュっとちょっとやそっとでは外れないように締め付けるように巻き付いている紙製の物体。
心当たりがないわけではない。だがそれは私にはもう既に無縁だったはずのもの。
そして、そのおむつがすでに使用済みになっているとわかる。
吸水性がいいのか、まったく不快感はない。
だが、こんもりと膨らみ、じんわりと暖かいそれは、私から出た水分を全て吸った後であることを如実に物語っている。
「うそ、おねしょしちゃった!?」
思わず声を上げて起き上がる。
その声に寝ていた姉が気がついたのか、ムクリと起き上がる。
寝ぼけたままなのか、そのままカバンから新しいおむつを取り出すと、私を仰向けに組み敷いたまま足を広げ抑える。
「ちょ…ちょ…マm…じゃない、お姉ちゃん」
私のあげる声を無視しているのか、聞こえていないのか。
あっという間にパジャマを降ろされ、おむつを外される。
ふきふきと綺麗に拭かれあっという間に新品に取り替えられてしまった。
なぜかその間に抵抗しよう、という気が起きなかった。
理由はわからない。なるべく動いてはいけないという気持ちが湧き上がったのだ。
大人からしたらあんな屈辱的な、屈服させられた姿勢など誰の前でも取りたくはないというのに。
(な、なんなの…いったいなんなの)
部屋の時計を見れば夜中の3時。
姉もまた布団が濡れていないことを確認したのか、そのまま寝てしまう。
これはなにかの悪夢なのだ、朝起きればもとに戻っているに違いない。
私はそう考えてそのまま目をつむることにしたのだった。
ーーー
朝。
悪夢は覚めなかった。
いや、まだ続行中と言うべきか。
なにもかもが大きくなった世界。
椅子も机も自分より大きい。
ドアノブにも手が届かない、襖も自分で開けることができない。」
古い家の急な階段は登山道のようにも見える。
身長が縮んでいたのだ。
いや、正確には違う。
(若返ってる…?)
慌てて駆け込んだ洗面所。
昨日までなかったはずの台に乗って鏡に写った顔は、姉と旦那に似た、3歳ぐらいの小さな少女が映っていたのだった。
昨日まで成人間近の女性だったはずの私の身体は一夜にして夜におむつの取れない3歳児まで退行していたのだ。
もみじのような小さな手、くびれがない胴に平坦な胸、…すこしぽっこりでたお腹。女性らしさがない、中性的な肉付きの手足。
「なにこれ…しんじられない」
自分の口から出たのは舌っ足らずな幼い声。
「あら、早いのねレイカ」
「あ、ママ私ちっちゃい…」
ってママ違う。
なぜだ。目の前の女性は姉のはずなのに。
声を出して呼ぼうとするとママ、と出てしまう。
「小さい?ああ、これからおっきくなるのよーだいじょうぶよ」
「そうじゃなくてママ…わたしちっちゃいの」
ダメだ。
現状を理路整然と説明しようとしても口から出るのは幼稚な語彙。
私という意思が幼児という殻に閉じ込められてしまっている。
「はいはい、今日はもう帰るんだからねー。おかたづけしないとね」
「か…える?」
はっとする。
カレンダーをみれば4日。
姉夫婦が帰ると言っていた日だ。
(まずいこのままだとママの家に…?違う、姉の…ええい、もうどっちでもいい。とにかくママの家に連れて行かれたらもうどうしようもなくなる…気がする)
どうすればよいのか。
考えろ、私…!
元はと言えばあの神社で引いた怪しい紙のせいなのだ。
ポケットに手をつっこみ紙を探す。
…ない?
紙ではなく、ポケット自体がなかった。
今私が履いているのは赤のスカート。裾のところに犬や猫が書かれた幼いデザイン。このサイズのスカートにはポケットがないのか。
慌てて辺りやカバンを探すが紙は見当たらない。
刻一刻と時間が迫ってくる。
こうなったらまた、あの神社へ行って…紙を。
いても立ってもいられず玄関まで走る。
廊下が長い、遠く感じる。
背伸びをして届いたドアをなんとか開ける。
(はぁっ…はぁっ…)
目の前に広がるのは広大な田んぼ。
(えっと…あれ、あそこはどうやって行くんだっけ)
昨日のことなのに、慣れ親しんだ道のはずなのに。
目の前に広がる光景は新鮮で、初めて見るような場所で。
ぼーっとその静かな世界を眺め続ける私。
「こら、勝手に出ちゃダメじゃないか」
「パパ…!」
あれ、なにをしていたんだっけ…。
大事なことだったような。そうでもなかったような。
パパに抱きかかえられて私は家の中に戻る。
ママがおおきなカバンを持ったまま、じぃじとばぁばとはなしてる。
「バイバイってしな、レイカ」
「ばいばい」
そっか、かえるんだった。
じぃじとばぁばに手をぶんぶんと振る。
またらいねんこようね、とパパが言う。
らいねんってなんだろう。あとできこうっと。
新年の抱負「おねしょがなおる」で逆説的におむつが取れない幼児というのが導かれて、読み進める前にいろいろ妄想が捗ってしまいました。
返信削除肉体・精神の変化の前に立場・認識が先に幼児になるというのは新鮮でした!
姉夫婦が両親になるというのも今までにない展開な気がします。
本当の両親がじいじとばぁばという認識に変わってしまったのがなぜかシコみを感じました。
新年もささやかながら応戦させて頂きます!!
大人の姿のまま姉夫婦や両親に可愛がられるのがたまりませんよね(笑)
削除これからもたっぷり可愛がってもらいたいです♪
このコメントは投稿者によって削除されました。
返信削除子供扱いされるレイナに興奮しました♪
返信削除幼児の立場になるのは最高ですね。
本当の両親に孫扱いされるのも良いです♪
これからはお姉ちゃんの子どもとして、たっぷりお漏らしして甘えてほしいですね(^-^)/