ここはとある全寮制の学園。
新聞部の部室は一部の女子がずっと休んでいる、という話でもちきりだ。
教師の説明を信じるのであれば病気や家の事情による帰省とのことだが…。
「絶対違いますよ!」
「そうですよ、私達調べてきたんです!」
新聞部の後輩2人に詰め寄られ、調査結果とやらを受け取る。
直前まで元気に部活に出ていた子、帰省したというのに部屋に鞄が置きっぱなし…
「部屋は立入禁止だったはずだけど…」
「寮長に"貸したままのものがある"って頼んで入れてもらいました。うちの寮は古いですけどセキュリティはしっかりしてますからね。鍵なんて複製不能の最新型ですよ」
「まったく…。でも確かにこれは不自然ね」
認められたと思った後輩はどんどんヒートアップしていく。
「そうでしょそうでしょ、記事になると思いませんか?」
「うーん。でも本当に帰省されているのなら戻られた時にご迷惑に…」
「じゃあじゃあ、御実家に連絡して…」
「もしご家庭の事情であれば、お忙しい中お電話するのもご迷惑になるでしょう?」
「もう、そんなことじゃスクープ取れませんよ!」
「…そうねえ。じゃあ例えばこれがスクープだとして、彼女たちはどこへ行ったの?」
仮定の話は好きではないが、突拍子もない結論にたどり着く後輩を諌めるためにも必要だ。
「た…例えば、誘拐…とか?」
「誰が?」
「それは…部外者ですよ!」
「セキュリティがしっかりしている、と言ったのはあなたよ」
「う…」
「内部犯だとしても、誘拐した人をどこに連れていったの?」
「それは…」
「運び出すところを見られずに学園から出ることは不可能よ」
寮にはで寮長と職員、そして学園と外部との間にも監視カメラや警備員が常に24時間体制で稼働している。この学園は財界のお嬢様が通う学園でその警備はそこらのビルなんか比べ物にならないほど厳しい。
「バ…バラバラにして運んだとか」
急に物騒になってきた。
「手荷物ぐらいのサイズになっちゃえば出られますよね」
「そうねえ…」
確かにバラバラにして何回かに分けて運べば問題ないかもしれない。
手荷物の検査は外部の訪問者のみしかしないからだ。
人間をバラバラにするにはそれなりの工具と場所が必要だと推理小説で読んだことがある。
人を切断するにはノコギリみたいなものが必要で、切断すれば当然血や臭いであふれかえる。
その点を指摘すると後輩たちは言葉に詰まる。
「でも、来てない子たちの最後の目撃証言はみんな寮の中なんです。外門を通って帰るところとか、見てないんです」
就寝前に談話ルームで過ごして、自室に戻るところまで一緒だった子もいるという。
「朝早く帰ったんじゃない?」
「どうやって帰宅まで許可をもらうんですか?」
携帯電話の類は所持を禁止されているため、外部との連絡手段は寮に1台だけある公衆電話だけだ。
それも利用時間は限られておりそれ以外の時間は寮長の許可がなければ使えない。
外部から連絡がある家庭の事情はまだ説明がつくが、病気は確かに不可解になってきた。
夜中に急病になったのであれば多少の騒ぎになってもおかしくはない。
「しかもしかも、今休んでる子、みーんなお金持ちで可愛い子なんですよ!誘拐の線が濃くなってきたでしょう?!」
写真が数枚。
おそらく今休んでいる子たちの写真なのだろうが、なるほど。
学年は違えど、名前だけは聞いたことがある子ばかりだ。
この子なんてあの上場企業の一人娘ではないのか。
「部長も気をつけたほうがいいですよ」
「そうそう、可愛いですからねえ」
「…お世辞は不要よ。もうちょっと様子を見ましょう。あと数日したら戻ってくるかもしれないし」
1週間程の休みであればまだ問題はないだろう。
そう判断した私は時間が来たので部活を切り上げることにした。
ーーー
「…!?」
その1室のベッドで寝ていたはずの私は、揺れているのに気が付き目が覚める。
あたりは暗く、周囲の様子はわからない。
ゆさゆさと身体が揺れていること、そして身体に感じる感触からどうやら自分が運ばれている、と察した。
(まさか、あの子達が言っていた誘拐…?)
手足を結ばれているのか、うまく動かすことができず抵抗できないまま運ばれていく。
ゴオオオ、と空気が鳴る音が響く。
ここは一体どこだろう…。
しばらくするとツン、とした臭いが充満した場所に出たようだ。
(く、くさっ…)
チャポチャポと水の上を走る音。
(プール…や川…じゃないわね。一体何が起きているの)
ダメだ、なにか薬のようなものを嗅がされているせいか、全身が麻痺したように動かないし、意識を保つことが難しくなってきた。
(だ…め…。まさか…本当に誘拐だなんて…)
ーーー
再び私が目を覚ましたとき、信じられない光景が広がっていた。
床一面に敷かれているのは藁。
壁は…透明な壁で外側が見える…が…?
(誰かの部屋…?っていうかなぜこんなに大きいの…?)
透明な壁越しに見える椅子や机、ベッドがとてつもなく大きく見える。
自分の何十倍の大きさ家具なんて、一体誰が使うのだろうか。
(と、とにかく…助けを呼ばないと…って…え…?)
パジャマを来ていたはずの私はその布の感触がなくなっていることに気がつく。
まさか、脱がされたのか…と身の危険を感じて自分の体を見下ろした…。
(な…なに…こ、これ…?)
身体全体が白い毛で覆われていたのだ。
よくよく見れば自分の鼻あたりから長い白いひげが数本伸びている。
毛だけではない、手も…4本の細い動物のような手。
物を掴むことがかろうじてできるぐらいのその手はどこかで見覚えがあった。
そして背中を見ようとすると、長い尻尾がちらりと視界に入った。
「チュウ!?」
きゃあ、と叫ぼうとした私から出たのは高いネズミのような鳴き声。
びっくりした私はその場で立ち上がろうとして…転倒した。
(な、何!?身体が…おかしい)
転倒したことで落ち着きを取り戻した私は、改めて自分を確認する。
(ね・・ねずみ…?)
そう、どうやら私はネズミになってしまっているようなのだ。
恐る恐る立ち上がる。
人間とは違う身体の構造は2足で立ち上がることは無理がある。
犬のおすわりのような体制であれば立つことができるが、歩くことがままならなず仕方なく4つんばいとなる。
風景が…家具がものすごくでかいことと、自分がネズミになっていることから自分自身がとても小さくなっているのだと考える。
(まさか、後輩達の言っていることが正しかったなんて)
間違いなく誘拐である。
それもかなり不可思議な。
どういう原理なのかわからないが、人を手のひらサイズのネズミにしてしまえるのであれば、寮のセキュリティは意味をなさない。
警備が厳重とはいっても人が入り込む余地がないだけで、ネズミやゴキブリの類は建物が古いこともあって珍しいものではない。
意識が朦朧としている時に聞こえた空気の音や不快な臭い。
おそらく通気口や排水口である。
そして犯行の手口は…自身もネズミとなり寮へ侵入し、寝ていた私にも同じようにネズミにする何かを施す。
ネズミが人間を運ぶのは難しいが、同じネズミとなれば運ぶことは簡単…だと思う。
(どうにかしてこれをみんなに伝えないと)
でも、どうやって。
天井を見上げれば青い天井。
四角い蓋みたいなものが開けられそうだが…。
(これ、ネズミの飼育セットね…。どこまでも馬鹿にして)
壁はアクリルかプラスチックだろう。
よじ登るためのひっかかりみたいなものはなく、天井に手をのばすことはできそうにない。
よしんば、出られたとしても…。
(次はこの大きな部屋。そして…)
外に出られたとしてもここがどこで…学園がどの方向にあるかを調べる方法がない。
仮にあの後、車で遠方まで運ばれたとしたらこの小さな身体でその道程を辿ることは不可能だ。
そして学園に戻れたとしても…
(私が人間に戻れるわけじゃないから…言葉が)
話せない。
発声しようとしてもキーキーとした鳴き声にしかならない。
地面に字を書くなりすれば伝わるかもしれないが…。
困難に困難が幾重にもかぶさって絶望となる。
他の子もおなじような手口で運ばれたのだろうか。
「ただいま」
部屋の隅から声が聞こえた。
人間の声…男の声。
しばらくするとヌッっと巨大な顔が壁の向こう側に現れる。
(ヒッ…)
まるで巨人だ。
私をしばらくじっと眺めていた男は隅によって震える姿に満足したのか、壁から離れた。
「目が覚めたようだね。気分はどうだい」
やっぱりこの人が私を攫ったのか。
キーキーと抗議の声をあげるが、男は意に介さない。
「何言ってるかわからないから勝手にしゃべるけど、僕は君を買っただけ。攫ったのは別の奴」
買った…?
「はは、こんな可愛い子がこんな小さなネズミになっちゃうなんて…不思議だよねえ」
男が手に持つのは私の写真。
「もとに戻すつもりはないし、逃がすつもりもない。君は一生その姿で僕に飼われて生きていくんだよ」
「面白いと思わないかい?生まれたときから勝ち組だった、将来を約束された裕福な少女が、ある日突然その生活をすべて奪われ、ただのペット…愛玩動物としての生を強要される。立場も言語もすべてを奪われ…与えられるのは小さな寝床と…餌だけ」
カパ、と蓋が開きそこからパラパラと何かが降ってくる。
「温かいスープも、お肉も魚も食べることはもうできない。最高じゃないか」
何かの植物の種だろうか。
「食べなさい」
あれから何日立っているのかわからないが、私の胃はからっぽのようで目の前の食べたこともない種子の匂いがたまらなく香ばしく感じる。
人間としての理性は空腹の前にあっけなく降参し、私は手で種子を挟み、かじりだした。
(お、美味しい…?こんなものが?)
あっという間に投入された餌を食べ尽くす。
その様子を男はずっと眺めていた。
食べれば出る。それは人間もネズミも変わらない。
私の身体を襲ったのは急激な排泄欲求だった。
周囲を見回してもトイレのようなものはない。
あるのは一面に敷かれた藁だけ。
焦る私は周囲をより一層キョロキョロと見回す。
男は私から視線を離さない。
(だ…だめ。嫌よそのへんにしちゃうなんて…)
もう1歩でも歩けばすぐにも決壊してしまいそうな状況だ。
私はノロノロと壁の隅へ身を寄せると男のほうを向いて…行為を直接見られないようにして…排泄した。
コロコロコロと小さな塊が肛門から出てゆく。
すると私の入っている籠が持ち上げられる。
(え、ちょっと…!?)
あっさりとクルリと回転させられ、男の目の前に私の背後が露わとなった。
(い、いやああああ)
だが一度出した排泄は止まらない。
先程食べた量以上のモノが身体から排出されるまでにかなりの時間を要した。
「君が人間の時に食べたものがネズミ化した際に残っていたようだね」
男は手に持っていた私の写真をぺたりと、こちらに見えるようにケースに貼り付けた。
どうやって手に入れたのか不明だが、部室で私が笑顔でピースをしている写真だ。
観察に満足した男は、しばらくは私に用がないとばかりに元の場所に籠をもどして出ていった。
私はこれからネズミとしてどれだけ生きていかなくてはいけないのか。
人としての生や自由、権利を奪われ、なにもできない籠の中で生かされる存在に落とされた私。
誰が私をネズミにしたのかわからない。だが、許せない。
いつか絶対ここから脱出し、元に戻って…黒幕をぶん殴ってやらなければ気が済まないが…。
(でも、どうやって…)
今頃学園では私がいなくなったことに気がついているはずだ。
他の子達とおなじように帰省したと学校側に隠されるのだろうか。
だが、私の両親もいつか私がいないことに気がつくだろう。
そう、昨日の今日で誘拐されたのだ。…いくらなんでも後輩達も気がついてくれるはず。
無力な私はそのわずかな望みにかけるしかなかった。
今の私には毎日、自分の元の姿の写真を見ながら、ネズミの日々を過ごすしかない。
(終)
ー数年後。
「おいおい、寿命もネズミになっちまうなんて聞いてないぞ」
「そうでしたか?」
男2人が喫茶店の隅でヒソヒソと会話をしている。
1人はどこにでもいるようなラフな格好をした大学生のような風貌だが、もうひとりは黒いスーツを着込み怪しげな雰囲気をしている。
「先週みたらピクリとも動かなくなってたんだよ、ほら」
大きなカバンから青い蓋の飼育箱を取り出す。
白い毛は灰色になり、小汚くなったネズミがぐったりと倒れているように見える。
「ご説明が足りなかったかもしれませんね。失礼しました」
「まーいいよ。最後の方はもう普通のネズミと変わらなくて飽きてたんだ」
「左様でございますか。ではそのネズミはこちらで引き取りましょう」
「あ、いいのかい。よかった。処分が面倒だなと思っていたんだ」
「いえいえ…ところで次の商品ですがこちらはいかがですか」
写真が数枚男に提示される。
どれも学園制服を着た若い少女の写真だ。
「そうだなあ…あれ、前の学園と違う制服だね」
「ええまあ。あの学園は潰れてしまいまして」
学生が何人も行方不明となり、それを隠蔽していたという事件が明るみとなった。
結果、学園は信用をあっという間に失い潰れたのだった。
数日後。
とある学園からまた1人少女が姿を消す。
代わりに薄汚れたネズミの死体が校庭に放置されていたとかなんとか。
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