2019/01/12

人助けがしたい、なんて言うもんじゃない

1人の男の子が猫背気味の姿勢で誰かを探している。
その学生をよく見てみると、不思議なところがあることに気がつくだろう。
何かを隠すように歩く仕草が返ってそれを不自然なものとして際立たせている。
それは胸元のシャツの膨らみ。
男であれば存在するはずのない2つの膨らみだ。
世の女性の一般的なサイズに比べたら大きく、少し小さなメロンかスイカのようなその乳房は、シャツのボタンが弾け飛んでしまいそうなほどになっている。

男の子はようやく探していた相手を見つけたのか、その人の元へ駆け寄っていった。しかしふるふると胸元で揺れる動きに身体をを揺さぶられ、時折ふらついてしまっているのだった。

「あの…アカリ先生…」
「あら、なあに?」

アカリ先生と呼ばれた女性は、20代後半ぐらいだろうか。
スラッとしたスーツをきっちりと着こなしたできる感じのする女性だ。
どうやら男の子のクラスの担任のようだ。

「この胸…引き取っていただけませんか」

そういって胸から目をそらしながら、自分の双丘を指をさす。
そしてよくよく見るとヒカリ先生の胸元は女性にしてはスッキリと平ら…いやなにもないと言ったほうが正しいぐらいの平野になっている。

「あら…。どうして?」
「どうして…って。男の僕にこんなのがついてるのってやっぱりおかしいですよ」
「おかしなこというわね。ヒカル君は困っている人の助けをしていきたいって言ってたじゃない。だから私も助けてもらえる?っていったらあなたは肯定したのよ?」
「でもでも…まさかこんなことになるなんて」
「私は痩せ型なのに不釣り合いなほどに大きくなった胸がコンプレックスで、邪魔で、困っていたのよ。だからヒカル君に助けてもらって本当にありがとうって思っているわ」
「………」
「もしかしてヒカル君が人を助けたいっていうのは、人やその内容を選り好みしちゃうようなそんな気持ちだったのかしら?」
「違います…!違いますけどこれは…」
「うふふ、いいじゃない。いまの貴方にその胸が付いていてもだれも不思議には思っていないのよ」

そう、昨日の夜に取り替えられたこの胸を抱えて家に帰ったのだが、途中であった友人も、姉も、親ですらこの胸について何も言うことはなかった。
姉にいたっては大きくて羨ましい、とまで羨望の目で見られたのだ。

「それに…あら?ブラジャーをしていないの?だめよそれじゃあ。形がくずれちゃうわ」

そう、取り替えられた時に胸に重量感と共に圧迫感が襲ってきたのだが、アカリ先生が着ていた黒のブラジャーが自分の身についていたのだ。
家に帰ってみれば、クローゼットの引き出しの1つが色とりどりのブラジャーで満たされており、その異常な光景に頭痛がしたものだ。
勝手に身についてた昨日はともかく、今日は自分でそのブラジャーを装着する気にもならず、何も身に着けず出てきたのだが…。

「揺れてまともに歩けないし、それに擦れていたいでしょう?」

制御できない物体のくせに先端は敏感でシャツに擦れてとても痛かったのだ。
だから胸を抱えるようにして猫背で歩いていたのだった。

「そんな、僕…このままなんですか」

ヒカルは絶望に染まった顔になる。
アカリ先生はその表情を別に気を止めることなく

「そうねえ。いつか必要になったら返してもらおうかしら…。私が結婚した後とか…」

と言い放つのだった。
結局ヒカルはその大きな塊を返すことができず、抱えたまま自身の教室へとぼとぼと歩いていくのだった。

ーーー

大きな胸をしている男子生徒がいても、クラスメイトは決してどよめくことはなかった。
昨日のことでわかってはいたものの、ヒカルは憂鬱になる。
異常事態なのに、あたかも当然のように振る舞われている状況はまるで自身が異世界に迷い込んでしまったかのようにも感じる。

自分の席へふらふらとよろめきながらも座る。
慣れない疲れからか無意識のうちに胸にぶら下がる大きな荷物を、自身の机の上に置くようにして座っていた。
机に置かれた胸は形を変えると共にヒカルの肩へかかる重力から解放するのだった。

「…ふぅ」

ブラジャーをしていないと胸をすべて肩で支えなければいけなくなる。
ソレがいかに大変なことかを身をもって体験したヒカルであった。

「おい、ヒカル」
「ん…?」

顔を上げればそこには親友のアキオが立っていた。

「ああ、アキオか。おはよう…」
「どうしたんだよシケた顔してんなあ」

机に巨大な胸が置かれているのにもかかわらずそのことには全く触れないアキオ。
アキオが普段、影で女子の胸をみて採点しているのをヒカルは知っている。

「ん?お前ブラジャーしてないのか?」

と思ったら触れてきたアキオ。
だが、その視線は女子に向けるものとは違う。あくまで男友達がタオルや水筒を忘れた、ぐらいの口調だ。

「だめだぞー。お前は胸でけえんだからな。貸してやれればいいんだが、俺は持ってないからな…」

アキオは自分で何を言ってるかわかっているのだろうか。
僕の身に付けるブラジャーは、ハンカチと同じような扱いになっている。

「僕の胸…見てもなんとも思わないの?」

そう聞いてみればアキオは怪訝な顔をする。

「そりゃあ…男の胸なんて見てもなあ…。確かにお前の胸はでけえとは思うけど…ん?なんか変か?」
「いや、なんでもないよ。大丈夫」

そうか、とつぶやくと心配そうな顔をしながら「何かあったら言えよな」と元気づけてくれた。

「ねえ、ヒカルくん」

アキオと話しをしていると、女子3人のグループがヒカルに話しかけてきた。あまり話したことの無い3人にヒカルはすこし尻込みする。

「ヒカルくんって人を助けたいって言ってたってホント?」
「え、あ…うん、言ってた…ケド」

そのせいで起きている現象を考えると、それを改めて公言するのを憚られる。

「お願いがあるんだけど…」
「……何?」

ヒカルは根が正直で優しいのだった。
だが用件だけでも聞いてみることにした…のが間違いだったのだ。

「ほら…ミキ」
「う…うん」

3人のうち、後方で控えるように立っていた子がおずおずとヒカルの前に出てくる。
心なしか顔色が悪く、そして声にも元気がない。

「その…私を元気にしてほしいんです」
「元気に…ってどういうこと?」
「いま気分が優れなくて」

ずいぶんと曖昧なヘルプだな、とヒカルは思う。
だが、常に胸元に感じるその重みが、助けを受けてはいけないと警告をしてくる。

「ごめん、残念だけど」
「え、そんな。人を助けたいって言ってたらしいじゃないですか」
「そうだけど、その…」


まさか拒否されるとは思っていなかった、とばかりに驚くミキ。
残りの2人の女子も怒り心頭な顔つきだ。

「一度言ったことはちゃんと守ってください!!!じゃあ、後はよろしくおねがいします…!」
「???」

強引にミキがヒカルの手に触れた瞬間、思い出す。
アカリ先生と胸を入れ替えられたときもこうやって、肌と肌のふれあいがあったことを。
そしてそれを思い出しのと同時に、下腹部に鈍痛のような強烈な痛みが襲ってきたのだった。

「ぐぅ…!?」

思わず呻くようにして顔を歪めるヒカル。
一方、ミキのほうは先程とは打って変わって顔色はよくなり、笑顔に戻っている。

「ああ、よかった…。毎月学校を休みたくなるぐらいの痛みで困っていたんです」
「…な、なに…これ…?」
「え?やだなあ、なにいってるんですか」

ミキが当然でしょ、とばかりに口にした言葉は、ヒカルにとっては信じられない言葉だった。

「月経…生理ですよ」
「は……?」

生理…ってあの?
月に1回女子にあるっていう…?
あまり詳しくは知らないその女性に起きる身体の仕組みが…僕に?
信じられないが、この感じたことのない鈍痛が現実であることを伝えてくる。
アキオはそんなヒカルを見て、

「お前は本当に人助けが好きなんだな」

と感心したような口ぶりだ。
そんな、これは違う、と言いたいのだが、痛みでまともに話すことができない。
こんな痛みをミキは我慢していたということなのか。

「あ、これも飲んでください。もう私にはいらないので…」

ミキから差し出されたのは痛み止め。
それよりも"いらない"という言葉にヒカルは嫌な予感を覚える。

「いらないって…」
「え?だってもう生理はこれからずっとヒカルくんが受けてくれるんだから…当然ですよね」
「そ、そんな…」
「代わりにヒカルくんからもらったものもあるので大丈夫ですよ」

ずっと?もらったもの?
次々と入ってくる情報に頭が追いつかない。
2人の女子がキャッキャッと騒ぐ。
「ね、見せてよミキ」「わたしも見たーい」

そう言うとミキは照れながらも「私も初めて見るから」とスカートの裾を持ち上げていく。
え、なにをしているの?とヒカルは思ったものの、痛みでまともに声をだすことができない。

スカートの下には、ないはずのものがあったのだった。

「え…それって…」
「すごーい、かわいいー」
「色はちょっと浅黒いのねー」

ミキが下着を躊躇なく見せたのにも驚いたが、それ以上に驚愕したのはその下着を持ち上げている1つの竿だった。
女性の小さな下着からちょこんと顔を出し、天を仰ぐようにそそり立つその1本の棒に、ヒカルは見覚えがあった。

「え…それ…僕の…?」

アキオが隣で意外とでかかったんだな、と呟いていた。
アカリ先生の胸が平らになったのは胸の脂肪が移動したからではない。僕と、アカリ先生の胸が入れ替わったのだ。
そして同じように生理を発生させる内蔵が入れ替われば当然。

「性器が入れ替わ…った…?」
「そうだけど…それがなにか?」

アキがそれを承諾してくれたんじゃない、とばかりにポカンとしている。
え、じゃあなに?
僕の股間は今。

意識を股間に集中する。
竿の感覚が…ない。
括約筋やその付近に力をいれようとしても竿が揺れる感覚、下着に触れる感覚が一切しなかったのだ。
ぎゃくにじんわり、とした妙な感じが股間の表面を襲う。

「…ない」
「あはは、当たり前じゃん。ヒカル君ってば面白い」

そうこうしているうちに授業が始まる時間になり、アキオと3人の女子はワイワイと騒ぎながら去っていってしまった。
ヒカルは呆然とする。
この世界はどうなってしまっているのか。
アカリ先生に将来は人助けをしたい、と喋った時にはこんなことになるなんて…というかまさかこんな非現実的なことができることすら把握してなかった…いや普通に考えたら不可能なはずだ。人と人のパーツを入れ替えるなんて。
だが現実には胸元には巨大な乳房、そして股間の息子は消失し代わりに女子のモノが付いている。
夢であれば夢であってほしい、そう願うヒカルだった。

しばらくして痛み止めが聞いてきたのか、鈍痛は我慢できなくもないレベルになってきたものの、特に胸が張るようにして痛い。
これが生理によって併発するものだとヒカルは知らない。

「これなら…なんとか耐えられるかも」

周りからみれば先程のアキとおなじような表情をしているのかもしれない。
そんなアキは休み時間になってグループの女子と笑顔で会話をしている。
スカートを少し持ち上げるようにしている股間を気にすることもない。

明らかに昨日まで生きてきた世界とは別の常識がヒカルに起きている。
だが、だからといってヒカルにはどうすることもできない。

これ以上、人助け頼まれないことを祈るしか無いのだ。
しかしその願いは叶うこと無く、下校中に肥満に悩む女子から声をかけられることになったのだった。







1 件のコメント:

  1. これの続編、消してしまったのでしょうか?
    すごく好きだったんですが…

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