2019/01/03

週末豚になる少女

(うーん)

寝苦しい。
うまく寝返りができないし、かぶっていた布団も熱が籠もってかえって苦しい感じがする。

(ああ、これはあの日か)

両親を幼い頃になくした私だが、残された遺産と、面倒なことを避けたい親戚のおかげで中学の頃か一人ぐらしをしていた。
見た目だけは人並み以上にあったせいか人付き合いというものに困ったことは無かったのだが、それを疎んだクラスメイトが私にかけた呪い。
それは定期的に自分の姿が豚そっくりに変わってしまう呪いだった。

呪いをかけてきた彼女の気まぐれでおこせるこの現象は、1日で終わることもあれば長いと3日続くこともある。
変化する間隔もマチマチだが、連休があるとほぼ確実に1日は豚に変化させてくるのだ。

豚に変化してしまった場合、もちろんそのまま外へ出歩けるはずもなく(そもそも玄関が開けられない)、引きこもって生活する羽目になる。これは私の交友関係を疎んだ呪いだからだろうか。休日に遊びに行くことができず私の友人関係は中学当初と比べて激減、大学生になってもそれは尾を引いている。
バイト関係を入れることもできず私のスケジュール帳は真っ白である。

(とりあえず起きなきゃ)

ぐっと前足を突き出し、首を下げて、おしりを突き上げて伸びをする。長年の癖で起きる際には人間のときでもこの伸び姿勢を取るようになってしまった。
寝ぼけ眼でうっかり豚に変身したことに気が付かずに人間のように動けば転倒したり筋を痛めかねないからだ。

視界が、神経が覚醒してゆくと同時に身体がやはり豚になってしまっていることを確信する。
布団から這い出るようにして外へ出る。
この呪いにかかってからというものパジャマや下着を着けて寝ることはなくなった。破れたり首に締まったりと危険だからだ。

(あー。おととい干したばっかりなのに)

豚に変化してしまうと困る事に体臭がある。
人間のときにいくらキレイにいていても豚になってしまえばそれも意味なし、獣臭がこびりつくのだ。
もう人間体のときでもその匂いに慣れてしまっているのだが、間違いなく部屋は豚臭いだろう。
だから学友を呼ぶことは一切ない。

倍ほどに増えた体重を抱えてノソノソと歩く。
四つん這いで歩くことにすでに抵抗はない。
どうせ誰にも見られることはないのだから。
ただ一人を除いて。

「おはよー」

ガチャリ、と合鍵でズケズケと入ってくる女。
私に呪いをかけた張本人、華鈴(かりん)だ。

「お、もう起きてるじゃない、感心感心」

私をちらりと見下した後、ベッドの方へ向かう。
シーツを剥がすと洗濯機へ叩き込み、布団はそのままベランダへ持っていく。

(ありがたいんだけど…)

そう、彼女は豚になっている間に私ができないことをやりに来ているのだ。
罪滅ぼしだといって。
任意に変化させているのも彼女なのだから意味がわからない。

「今日は新しいのを持ってきたわよ」

ドサッと目の前に置かれたのは餌だ。
私は見た目が豚になっているだけでなく、味覚や嗅覚、嗜好もすべて豚と同じものになっている。
もっと言えば内蔵…胃や腸もなので人間と同じものを食べることはできない。…とはいえ基本雑食なので何でも食べられるらしいのだが、チョコレートや砂糖は駄目らしい。

人間では問題なくても、豚に危険なウィルスが町中にある可能性もあるので出歩くことはさせてもらえない。
…まあ私もこんな醜態を世間に晒すつもりはまったくないのだけど。

部屋の不自然に空いたスペースにドサドサと敷藁が置かれる。
ポンポン、とこちらを見て藁を叩かれては私はそちらへ行かないわけにはいかない。
豚から元に戻るには彼女の意思が必要だ。
下手に反抗して反感を買えば休日を超えて豚にさせられるのは過去に経験している。
身長こそ彼女の膝上ぐらいしかないものの、この体格、体重でぶつかれば容易に彼女を昏倒させることは難しくはない…と思う。
だが二度ともとに戻してもらえない可能性もあるし、豚の状態のときに彼女が死んだ場合、呪いがとけて元に戻るかどうかなんて誰にもわからない。

巨体を藁に下ろそうとするが、そこでビク、と身体が震える。
(うっ…)
溜まったものを出したいという欲求。

華鈴を恨めしげに見上げると彼女は察したようにバスルームの扉を開ける。
そこに置かれているのはミニブタ用のトイレだ。
この身体には小さすぎるがなるべく外さないように位置を調整する。
後ろ足を踏ん張ると、待ってましたとばかりにジョバジョバと股間の筒を通って水分が放出される。
…いい忘れていたがこの身体は雄である。
元の体にはなかった器官を使って排尿するというのも慣れたものだ。
(つぎは…)
1歩前進して少し腰を落とし力を込める。
ブヒブヒと出したくもない声が漏れる。
しばらくするとボトボトボト…と大量の糞がトイレの中に落ちていく。

「おー、たくさん出ましたねえ…でも1個も外れてませんね、さすがお利口さんな豚さんです」

「フゴッ」
(なにが…)

この排泄をしている間も彼女は扉の前でこちらをじっと見つめ続けているのだ。自分の排泄物の処理もできない家畜に成り下がった私をあざ笑うかのようにずっと無言で微笑みながら…。

しかしこの排泄量は昨日自分が食べた量より明らかに多い。
変身しているときに排泄物まで生成されているのだろうか。

「あーくっさいくっさい。さ、ついでだし身体をキレイキレイしようか」

トイレを片した華鈴が新品と思われるブラシやバケツを持ってきた。

(敷藁や餌…この道具といいどこにそんなお金があるのかしら)

華鈴の家がお金持ちとは聞いたことがないのだが休日もすべてこうやって私を見ているからバイトする暇もないはずだ。
だが決して少なくはない金額なはず。一体どうやって。


ゴシ、ゴシとブラシが身体を撫でていく。
シャワーから出た水が薄い茶色にそまって流れていく。
「毎週洗ってあげてるのにねえ」
洗っていながらわざと滑ったかのようにその股間に触れてくる華鈴。
(ちょ、ちょっとまた…)
また、というのは前回も華鈴は同じように股間に触れてきたのだ。
ぎゅっと力を込められるたびに体中に不思議な感覚がほとばしる。
豚のペニスというのは細長く、螺旋、ねじのようにうねっているのが特徴だ。
その流れに沿って華鈴の小さな手がすっすっと何度も往復する。

(あっ、だ、だめ)
「フゴッフギイイイイイイ」

大きな醜い鳴き声とともに股間から先ほどとは別の液体が噴出する。
身体全体がピキッと硬直するがその直後力が入らなくなり、弛緩した身体がバスルームに横たわる。

「ああもう、だめよ。寝るなら藁の上で、ね」

私は朦朧とした意識の中、ヨロヨロと立ち上がりやっとの思いで用意されたベッドの上に座る。

(この感覚ばかりは何度やられても慣れないわ…)

女の子なのに、家畜のオスとして射精管理されている現状に情けなく思いつつも、全身の気怠さにどうでもよくなりそこで目を閉じたのだった。

そしてその様子を見て華鈴は満足したのか後片付けをして部屋から出ていったのだった。

ーーー

日も暮れかけたとある牧場。

華鈴はあの部屋の比にはならないほどの臭いに鼻を抑えつつ、隅に用意された特別な厩舎に入っていく。

「フン、フン!!」

一人の男がわらの上で何かにまたがって盛っている。
自分が入ってきたことにも気が付かず一心不乱に腰をふるその姿に華鈴は苦笑する。

「お盛んですね」
「!?あ、ああ華鈴か…。驚かせないでくれよ」
「もう少し周囲に気を配ったほうがよろしいですよ。いくら隔離した厩舎と言ってもこれでは意味がないでしょう」

華鈴が男に馬乗りになっているモノに目を向ける。
華鈴が入ってきて男の気が逸れたにも関わらず、そこで身体を仰向けにしたままあられもない姿を晒しているのは…

そう、華鈴が今朝世話をしてきた少女である。

(まあ、中身は豚さんなんですけどね)

あっあっと短い喘ぎ声を繰り返すだけの彼女。
目にも行動にも、そこから理性というものは一切感じられない。ただただ快楽に身を任せ続ける人形がいるだけだった。

彼女にかけた呪いはただ姿が雄豚に変わるものではない。
ここにいる雄豚と姿をまるごと入れ替える呪いなのだ。
だから身体は汚れているし、この子が前日食べた大量の餌が糞として体内に残っているのだ。

男が立ち上がり、おいてあった上着のポケットから厚みのある封筒を取り出す。

「ほら、今月分さ」
「どうも…確かに」
「なあ華鈴、もうちょっと安くならないか。その…中学同級のよしみでさ」

あら、とつぶやく。

「契約解除ってことでいいかしら、いいのよ別に。次に待っている人に回るだけなんだから」
「うっ…」
「あなたがたまたま家業が牧場だっていうから私の興がのって契約してあげてること、忘れないでね」
「あ、ああ…わかったよ」

(まあたまには雄豚さん以外の身体と交換しても面白そうですけど)


そう、交換の対象は豚に留まらない。犬でもハムスターでも構わないし、なんなら人形…フィギュアのようなものでもそのへんの石ころでも構わないのだ。
まあ非生命体と交換しても意思の疎通ができない彼女と、微動だにしないダッチワイフのような身体ができるだけで何も面白くないのだが。

(…そうでもないわね。私の持っている着せ替え人形と交換したら以外と楽しいかも)

まあ、しばらくは実入りのいい彼に貸し続けることにしよう。


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