2018/12/19

今日も冒険者はダンジョンへ挑み続ける

難易度S級ダンジョン。
入っていった冒険者のほとんどが帰ってこないと言われるダンジョン。
それに対するはS級冒険者が揃った大人数の調査団チーム。慎重を期して進めばある程度のマッピング更新は余裕…と思っていたのだがそれは甘かった。

まるで生きているかのように構造を変えるダンジョンのパターンをある程度解析したと思った矢先、細長い通路の途中で崩落が発生し、隊列が伸びていた先遣隊と補給バックアップ部隊との兵站を断ち切られる。
補給部隊には道中で怪我をした前衛もいたのだが、押し寄せてきたモンスターの集団に殆どが壊滅、出口まで逃げることができた冒険者はわずか数名、といった有様となった。

「…S級ダンジョン、なめてたわねえ」
「とりあえずは脱出しねえとな」

残された先遣隊も散り散りとなり、合流できたのは3名。

「3人のバランスはいい、脱出に目的を絞れば問題なく達成できるはず…」

3人共S級冒険者として名前はそれなりに知られていた。
戦士のリリは過去に魔族防衛戦線で一騎当千の活躍
魔法使いのイズナは王国魔道士としての序列は2位。発見した魔法は数知れず。
癒し手のエノーラも高度な回復術と大量の魔力所持者として有名だ。

「マッパーのドリスタンと逸れたのは痛いわね…。彼がいないと帰り道が厳しいわ」
「生命のように変化するダンジョンか…。どういう仕組なのやら」

とはいえ、立ち止まっている暇はない。
こうしている間にもダンジョンは変化していく。
ある報告では1日キャンプしたチームがあっという間にダンジョンによって下層まで運ばれてしまったというケースも有るのだ。
崩落した道は使えないが多少の回り道なら大丈夫、と進行をするのだが。

「…まずいわね、地層が古くなっているわ…」
壁に手を当てて観察したエノーラが苦い顔をする。
「私達は出口から遠ざかっているってこと?魔力はまだまだあるけど、長引くとまずいわ」
「上へ上へ登っているつもりなんだが…」
「意図的に遠ざけられている、といったほうが正しそうね」

"このダンジョンは生きている"
崩落する直前にドリスタンが呟いた言葉だ。
もし彼が言ったように、1個の生命体であるのであれば…。

「ダンジョンに入った冒険者はさしずめ捕食…栄養といったところかしら」

このダンジョン、生還者が0というわけではない。
極稀に無傷である程度潜って宝を持ち帰る冒険者もいる。
その宝は他のダンジョン…いや世界でも珍しい貴重な呪具ばかり。

「…そういったのを餌にして、口に飛び込ませて…ってことかしら」
「かもな」

とはいえ今更嘆いても仕方ない。
女性3人でダンジョンを出なければ、私達は終わりだ。
が、その一瞬よぎった悪い予感が現実のものとなってしまう。

「リリ!上…!」
「なに…うおおおおお!?」

天井から3人の頭上に大きな口をあけた蛇…いや触手だろうか。
とにかくそれが口を大きく開けて天井から突き出てきたたかと思えば、一瞬で身体を3人は身体を飲み込まれてしまう。

剣を抜く、攻撃魔法、防壁を張る…それを試みる時間は与えられなかった。
身体は無防備な姿勢のまま弾力性のある口内へ運ばれ締め付けられてしまう。
ギチギチと弾力のある肉壁が、脱出しようとする3人の抵抗を全て吸収する。

ぐぐぐ…。
(持ち上げられている…?)

足が地面から離れる。
身体は強力な力で挟み込まれつつも、肉壁にあるヒダとその伸縮によって上へ上へと
運ばれていく。

(よ、鎧が…!)

戦士のリリは驚愕した。
あらゆる呪いを弾き、攻撃を受け流す鎧がドロドロと溶けていくのだ。
ジェルのように柔らかくなった鎧は、油のように身体から滑り落ちていく。
鎧だけではない。剣はもちろん、その下に来ていた下着や所持していた道具まで…その全てが液状となって垂れていった。
ドバドバ…と触手から排出される音が肉壁越しに聞こえた。

(く…これではイズナたちも…)

そう、イズナ達も例外ではなく、装備は溶かされていく。
魔法の発動に必要な杖は、茶色の液体となってポタポタと地面に滴り落ちていたのだった。
あらゆる加護を施し敵意ある魔力を弾く聖衣も、その形と効果を失ってしまっていた。

(…私が力でここを抜けなければ…2人は…)

どれだけ抵抗しようとも…いや、既に抵抗にすらなっていないのかもしれない。
ありったけの力を込めても、身体はどんどん触手の中へ中へと運び込まれていく。

(…だめ…意識が…)

ギチギチに詰められた触手内では満足に酸素が供給されない。
頭が朦朧とし始め、とうとうリリは意識を失った。

ゴトン、という音と身体が揺れる感覚でリリは目を覚ました。
…いや、気がついたというほうが正しいだろうか。
なにせリリは目を開いたわけではないのだから。

(なに…?瞳が…動かない)

瞳だけではない。
身体全体…腕や足はもちろん指先の1ミリに至るまでピクリとも動かない。
触手に閉じ込められた体勢のまま、身体を寝かされているようだ。

動かない視線でなんとかあたりを見回す。
外壁は赤く、内臓のように蠢き、ほんの少し明るさを持っている。
どうやらある程度の広さのある空間のようだが…。

(なんなの…?同じぐらいの大きさの固まりが沢山…)

灰色の固まりがリリと同じく横倒しに並んでいる。
いや、固まりではない。よく見ればそれは…人の形をしている。
人がそのまま灰色に染まっているようなオブジェクト。
ああ、リリは理解した。

これは石像だ。
そして私もその石像の1つになっている、と。
どうやらあの触手は捉えた人間から生気や魔力を奪うようだ。
魔族にそれらを奪われた人間…出がらしはこのように石像のような出で立ちとなり動くことができなくなる。
もとに戻るためには身体のどこかが破損する前に魔力を注入してもらうことだが…。
この光景を見る限りそれは絶望的のようだ。

締め付けられて窒息寸前の苦悶した表情で固められた冒険者達。
気を失ってからゆっくりと栄養をダンジョンに吸い取られたに違いない。

だが、それにしては数が少ない…。
ここにある石像は多くて10…。ここで行方不明になった冒険者は余裕で100を超える。
どういうことなのか…と思っていると外壁が蠢き出す。
ゆっくりとゆっくりとリリ達の身体が運ばれ始めた。

内臓のヒダが動き出し、リリを奥へ、奥へと動かしていく。
しばらくすると空気が出る音と共にバキ、ガシャンというが響く。
動かぬ身体は再び狭い穴へと押し込まれる。
圧力が掛かってきているのがわかる。
そう、私はこれからこのダンジョンから"排泄"されるのだ。
ペッ、っという音と身体が一瞬で圧力から解放される。
と共に感じる自由落下の感覚。
視界には岩でできた肛門と、はるか下に見えるは粉々に砕け散った石像の成れの果て。

リリは理解した。私はもうすぐ死ぬ。
そしてそれは正しかったのだった。

ーーー

イズナとエノーラが気がついた時、袋状のものに閉じ込められていた。
頭だけが外に出され、所謂簀巻きの状態である。

「…エノーラ。リリは…?」
「いません、私も気がついたときにはこの状態でした」
「…そう」

首まで覆っている袋はガッチリと閉じられており、中からどれだけ力を加えても隙間1つできず指1本出すことができなかった。

「なんとか立てなくはない…けど」
「このままじゃ無防備すぎますね…満足に移動もできません」

袋は風船のように膨らんでおり、狭いところは進めそうにもない。
あたりを見回しても外へ出られる道が見当たらない。

「上ですね」
「…そうみたいね」

上を見ればそこにはキュっと閉じられた排出口。
どうやらここを通って運ばれてきたみたいだが…。

「わからないわね、このダンジョンは何がしたいのかしら」
「装備は溶かされましたが魔力や身体は無事のままです…杖がないのでどうにもなりませんが」
「この調子ならリリも無事の可能性が高いわ。諦めず脱出の方法を探りましょう」

…とはいえこの状態ではできることも限られる。
杖を使わずに唱えられる魔法で袋の破壊を試みたり、救難信号を発しては見るものの、魔力はあっというまに吸収されてしまい意味をなさない。

「打つ手なし…か。悔しいけど時を待つしかないのかしら」

部隊が全滅したことが伝われば救援部隊がくる可能性が…。

「…ないわね。S級チームが壊滅となればソレ以上のチーム編成が必要となるはず。それには…」

莫大な費用がかかる。
すでに死亡の可能性が高いと判断されれば捨て置かれる可能性は十分に…

ギュム!

考え事をしていると袋が急に縮小し始め、風船のようだった袋が、空気を抜かれたように身体にピッタリと張り付いた。

「…な、なに!?」
「あ、熱い…!」

急激に熱を帯びていく袋。
袋がせり上がってきたかと思えば頭部もあっという間に内部に収めてしまう。

「か、身体が…溶けてゆく?!むぐっ」

イズナとエノーラはドロドロ…と融解していく身体の感覚をなぜか克明に感じることができていた。
既に溶かされた装備と同じように、身体がどろどろの油状に変わっていく。

(な…これは…まさか…)
(身体にとどまっていた魔力がそのまま…別の物に…)

ジタバタと動いていた袋から、2人の息遣いや動きがピタリとなくなった。
袋が乾燥した果実のようにピシピシとヒビが入ってゆく。
そしてパリッというと共に現れたのは…。
見たこともないような虹色に光り輝く魔導杖と、汚れ1つない、純白にまばゆい聖衣だったのだ。

(…まさかこんなことって)
(このダンジョンの恐ろしさを今…理解しました。私達は…)

道具にされてしまったのだと2人は理解する。
ピクリとも動かせない身体。
当たり前だ、2人はもはやタダの物にすぎないのだから。

(ダンジョンに冒険者を招き入れるための餌…にされたわけですね、私達は)

人間のときに持っていた膨大な魔力はそのまま道具となったこの身に宿っているのがわかる。客観的に見れば伝説級に匹敵する武具である事がわかる。
魂そのものを封じ込めることで魔力を永遠に生み出し続けることができるのだ。
今までにこのダンジョンから見つかった誰もが羨む装備。
それはつまり、他の冒険者の成れの果てだということだったのだ。
私達はそのうち、ダンジョンの適当なところに運ばれ、放置されるのだろう。
運良く装備を手に入れ脱出した冒険者が、他の冒険者に見せびらかせば、また新たな冒険者を呼び込むことができるというわけだ。

(なにより恐ろしいのは…意識がそのままだということ)

自分で意思を発することもできず、魔力も使えず、人に発見されても何もできずにただ使われるだけの道具なのに。
死ぬこともできず道具が壊れるまで永遠にこのまま…。

見つかった装備が人間だった、という話は聞いたことがないし、一瞬でも想像にしないだろう。人間だと分かっていても戻す方法があるわけでもない。
つまり元の人間に戻れる可能性は…ほぼゼロだ。

2人が物に変えられてからどれくらいたっただろうか。
最初はダンジョンに巣食うモンスターによって聖衣に変わったエノーラが、運ばれていった。
そしてその後、杖となったイズナが運ばれていく。
モンスターたちはまるで知能があるかのように、2人を綺麗に光り輝く箱の中へ納めた。
2人の視界は暗闇に閉ざされる。

これから冒険者が彼女たちを見つけるまで、長い時間をこの暗闇と共の過ごすことになる。
だが、再び光を見ることができても、そこは決して彼女たちの自由の場ではない。希少価値の高い道具として扱われ、売買され、最後には前線の冒険者たちの武具として扱われ、壊れていく運命でしかないのだ。

-終-

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