使い古された言葉ではあるが、若さゆえの傲慢さというものはいつの時代でもあるものだ。
いつか自分も老いる、というのに年配に対する態度は目に余るものがある。
「何見てんだよ、おっさん」
「…い、いや、わたしはなにも…」
「さっきからこっちをジロジロ見てんじゃねーかよ、あ?」
電車の中でまた1人、冴えないサラリーマンの男性に女子高生が絡んでいる。
「わ、わたしはスマホを見ていて…」
「スマホ越しに視線チラチラしやがって…写真撮ってんじゃないだろうな?」
1人、勢いよくまくしたてる女子高生。
私は彼を見ていたからわかるのだが、彼はずっとスマホのアクションゲームをやっており、視線を外すようなことはしていなかった。
カメラアプリも立ち上がっているはずもなく…つまりは言いがかりなのだ。
女子高生はどんどんエスカレートしていく。
このままでは彼は盗撮疑惑で駅員に事務室まで連れて行かれてしまう可能性もある。
だが、ここで彼に味方するものは誰もいない。
触らぬ神に祟りなし、見てみぬ振りをする者、あからさまに関わりたくないと車両を移動する者、様々である。
…私もその関わりたくはない内の1人ではあるが、こう朝からキャンキャンと列車で騒がれると気分が鬱屈してきてしまう。
私はやれやれと立ち上がると騒動の中心に近寄る。
「…な、なんだよおっさん」
女子高生が急に近寄ってきた男に警戒感を示す。
そう、私も身なりはスーツを着たただのおじさんである。
サラリーマンの男性はこちらをすがるような目で見てくる。
「まあまあ…何があったんですか?」
「このオヤジがこっちをエロい目でみてきたんだよ」
「そうなんですか?」
「い、いえ…私はゲームをしていて…」
「だ、そうですが」
「嘘つくなよ、足をチラチラと見てくる視線を感じたんだよ」
足、と言われて視線を誘導しないようにする。
絡まれたくないからだ。
彼女は制服ではあるが、ずいぶん短いスカートを履いている
太腿はあらわとなっており、階段の角度によっては下着は丸見えだろう。
自分のおしゃれの為とは理解できなくもないが、公共の場にはやや相応しくない。
とはいえここでサラリーマンの肩を持つと私も一緒に巻き込まれてしまうのでそれはゴメンだ。
まあ、ここは私の特殊能力を使わせてもらおう。
左目を閉じて、右目だけでサラリーマンをじっと見る。
次は逆に右目を閉じて左目だけで女子高生を見つめた。
「…で、足のどこを見ていたんですか?」
「あ?そんなのこの…あれ?」
女子高生は自分の身なりを見て黙り込む。
なぜなら女子高生の身なりは背広のネクタイ、そしてスラックスというサラリーマンのスーツ一張羅だったからだ。
身なりだけではない、顔も髪の毛も体型も、すべて先程のサラリーマンと同じ姿となっていた。
普通であれば自分の姿が情けないサラリーマンになったとあれば、大混乱に陥るが、私の能力はそんなことにはならない。
「あれ、私…足なんか出してないよ…ね」
ナヨナヨした男の声。
「そうですよ、あなたはメンズスーツを着ているのですから…」
「そうだよな…なんで私そう思ったんだろ」
「まあ勘違いということで、いいじゃないですか」
「…ああ、うん、そうですね、ごめんなさい…」
深々と礼をする女子高生。
反対側を見れば先程の生意気そうな女子高生が、すこし怪訝で、だがホッとした表情をしていた。
「あ、いえ…分かっていただけれたらいいです」
なぜかこちらも礼をすると2人はお互い背を向け、離れた席に座った。
女子高生姿のサラリーマンは再びスマホを取り出しゲームをやろうとするが、また言いがかりをつけられたら困る、と思い至ったのか、ため息を付きながら学生鞄の中にスマホをしまった。
サラリーマン姿の女子高生は、手鏡を取り出すと自分の顔ををチラチラと長め、なにか気になるのか手櫛で髪の毛を整えている。薄毛が進んでいるその頭髪の前線はかなり上昇しているが、そのことを気にしているのか、同じようにため息を付いていた。
『XX~XX~、〇〇高校前です。』
列車が停止しアナウンスが流れる。
冴えない男になった女子高生ははっとしたように立ち上がると、列車から降りていった。
残ったのは私と彼(彼女?)だけ。
私は彼に近寄り、話しかける。
「災難でしたね」
「え、ええ…助かりました。最近の若い子は何を考えているか、まったくわからなくて…」
女子高生姿で言うそのセリフはかなりギャップがあって面白い。
「あの、あまり指摘するのも野暮かと思ったのですが、大股を開いて座らないほうがよろしいですよ」
「え、ああ…すみません」
ペコペコと頭を下げながら両足を揃えて座りなおす。
恐らく彼の中では大股開きで座ると席を多く占拠してしまう、という指摘と思ったかもしれないが、実際はその短いスカートから見えてはいけないものが見えてしまうからだ。
「ああ、いえ下着が…ですね」
「あ、これは失礼…誰も私の下着なんて見たくないですね…」
すいません、と改めて頭を下げられる。
いや、見た目はうら若き女性なので私にとっては眼福でしかないのだが、彼や周りの乗客はそうは思わないかもしれない。
(ん…いや、でもどうなんだ?)
今、世界は彼が女子高生の姿ではあるが会社員であるという認識になっている。
彼の名前も年齢も、性別も、仕事も、なにもかも変わってはいない。
変わったのは彼の外見に関わる物だ。髪の毛を染めて、近くの高校の制服姿で女性物の下着を身につけ、学生鞄を持って会社に通うのはごく自然でアタリマエのことなのだ。
彼は世間では男として扱われるが、身体は女性だ。
だが深く考えてはいけない。
世界はうまく辻褄を合わせてくれる。
私はその改変された世界で浮かないように内心で楽しんでいれば良いのだ。
「では私はここで、今日はありがとうございました」
深々と礼をして大手商社がある駅で彼は降りてゆく。
スーツだらけの構内に1人だけ女子高生がそれにまじるように歩いているのは面白い。
ナヨナヨして冴えない営業マンだったかもしれないが、彼はこれから伸びるかもしれないな。なにせかわいい女子高生なのだから。
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