2018/12/10

融合の呪い

「あの、いつ戻していただけるんですか…」

声が遥か下の方から聞こえる。
いい加減飽きてきたなあ…真下を見下ろせばそこには美少女…の顔あった。
だがそこの顔に繋がっているのは人間ではなく、犬の身体。
つまり人面犬なのであった。

「ねぇ…聞いてますか?ねぇ?」

ああ、もう。うるさいなあ。
他の人が聞けばワン、ワンと吠えてるようにしか聞こえてない声も、俺には彼女の話している言葉を理解できる。
そんな風に僕が「呪った」からだ。
鳴き声以外にも彼女のその美しい顔も「犬」としてしか認識されない。

「お願いだから…もう飽きたのなら…お家に返してください」
「そうだね、もう飽きたし」

じゃあ、と彼女の顔が暗い洞窟の中で外への一筋の光を見つけたようにパッと明るくなる。
パチッ、と僕は指を鳴らす。
彼女の瞳から光が失われ、無表情に変わった。
しばらく呆然としていたかと思うと、すぐに舌をぺろりと出し、ハッハッハッと短い息遣いになり、臭いを嗅ぎ回った挙げ句ペロペロと俺の膝をなめ始めた。
コントロールを元の犬に変更したのだった。

「…ここはペット禁止なんだ、ごめんね」

再び鳴らした指の音が部屋に響きわたる。
シン、と静まり部屋にはもう彼女はいなかった。
その犬が飼われていたペットショップへワープさせたのだ。
本人も家に戻りたがっていたしちょうどよかった。

「…あ」

しまった。彼女の意識を消してあげるのを忘れていた。
犬の身体の中に自意識が閉じ込められたまま、自分が本当の犬みたいに振る舞う様子を眺め続けなければ行けなくなってしまったが…まあいいか。
犬の人生なんて長くてもたかが20年ぐらいだし、誤差だね。

「…さて」

次はどうしようか。
妖怪の話を見るのに飽きたから神話でも見てみようか。
「人面犬」なんて挿絵はこわったけど、実際はそう怖いものでもなかったし。

ペラペラと神話の本をめくリ続ける。

「…お、これにしよう」



僕は学校をサボってとある牧場へ向かう。
僕の呪いが正確に発動していればここに目当てのものがいるからだ。
厩舎へ関係者がバタバタと走っていく…恐らくそこにいるだろう。
僕は彼らに混じって厩舎へ向かう。
伝染病の危険から部外者を入れてはいけないのに、誰も僕を咎めようとはしない。

「どうしたんだ?」
「なんか、ずっと鳴きわめていて…普段はこんな事ないのですが」

ガチャンガチャン、と鉄柵をけとばす音と、可愛らしい少女の声が建物に響く。
ビンゴだ。
まあ彼らには少女の叫び声ではなく…動物の喚き声にしか聞こえてないんだけどね。

ケンタウロス。
それは、ギリシア神話に登場する半人半獣の空想上の生き物である。
馬の首がまるごと人間の上半身に置き換わった、漫画やゲームでもよく見かけるソレである。

アレを見て僕は不思議だったんだよね。
なぜ彼らは首が上半身に置き換わっているのか。
人面犬と違い彼らは2本の手と4本の脚を持つことになる。
人魚やミノタウロスはそんな不自然なことにはなっていないのに。
ということで試しにブタタウロスを作ってみたのだった。
素体は同じクラスのギャルを選んでみた。彼女、一回僕に向かって舌打ちしたからね、許されることじゃないよね。

「うーん、これは」

ブタの胴体はそのままに、短い首が上半身に置き換わったせいで気持ちが悪い生き物になってしまっている。
手足の短いケンタウルス、という感じだ。
呪いの設定が中途半端だったのか、それともそういうものなのか知らないが、彼女の上半身の肌はブタのピンク色に変わっており、鼻は醜くヘチャムクレて、2つの穴は前方に突き出すように伸びており、耳もこめかみのあたりから2つの長い耳がぴょこん、と飛び出していた。

「お、お前…」
「おっと、覚えていてくれたんだ」
「だ、だしてくれよ…こいつら私の話を聞いてくれないんだ」

そりゃ彼らにはブヒブヒ鼻息の荒いちょっと変わったブタが情緒不安定に暴れているとしか見えてないからね。

僕は彼らに向けて手を振ると、何事かと見ていた僕らの興味をすっと失い、回れ右をして厩舎から出ていった。
不思議そうな顔で僕を呆然と見ている彼女の豚鼻の顔は面白い。

「はい、鏡」
「そ、それどころじゃないだろ…ってきゃああ、なにこれ」

鏡にちらりと映った自分の惨状を、今度は食い入る様に見つめる。
恐る恐る鼻を触る。じっとりと湿った、すこし垂れた鼻水がべたり、と手に絡みつく。

「か、身体だけじゃなくて…顔まで。そんな」

彼女の反応を見るのは楽しいが、一方でつまらなさを感じていた。
ケンタウロスにはない惨めさは感じられるのだが、言ってみればソレまでだ。

「これはちょっと期待はずれかなあ」

ボソリ、とつぶやく。
せっかく呪いをかけて、牧場まで足を運んだのにあまり面白くなかったのだ。

「おい、おい…聞いてんのか?おい?」

そしてこの馴れ馴れしくそして反抗的な態度。人選も間違えてしまったようだ。
もういいや。
僕はパチン、と指を鳴らした。

彼女の顔がブオンと膨張したかと思うとあっという間にブタの顔に変貌する。
茶髪のロングヘアーがそのままくっついてしまっているが、まあそのうち抜けるだろう。
そして両手も、脚と同じ蹄をプレゼントしてあげた。
器用な手先だと脱走できちゃうかもしれないからね。
これでブタの胴体から人間の上半身が生えて、そこに豚の顔がくっついた獣が完成した。
彼女の意思をどうするか迷ったが、先程の人面犬娘ちゃんと同じく、閉じ込めておくことにした。

眼の前のブタはフゴフゴと身体の臭いを嗅ぎ回ったかと思うとそのまま餌入れに顔をツッコミ、ガフガフとその胃へかきこみ始めた。
人間の上半身部分は「首」となって内臓は全て肉と脂肪、そして骨と食道しか存在していない。
そうでなければ豚の餌は人間の内蔵には負担が強すぎて生きていけないからね。

ぺろりとカラにした容器を後にして積まれた藁のほうへ向う。
ブリブリという音と共に肛門からその排泄物が大量に吐き出された。

「じゃ、帰るねー。実験の協力ありがとう」

アフターケアもバッチリ、なんて僕はやさしんだろうね。


























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