2018/12/05

僕の彼女の秘密はなんと


「あの…わたし、皆元(みなもと)君のこと…気になってて」

ある日の放課後、俺は校舎裏に呼び出された。
期待半分、罰ゲーム半分の気持ちで行ったものの、待っていたのは平川さん。
今年同じクラスになってから委員会や理科の実験や授業中の調べ物の時間…なにかと話す機会が多くなってきた子だった。

「…罰ゲームとかじゃないよね」

僕はそれでもドッキリの可能性を否定せずにあたりをキョロキョロと見回す。
だが様子をうかがってるようなクラスメイトの姿は見えなかった。

「違うの、本当にわたし…」

平川さんの顔はもう真っ赤に染まり、今にも泣き出しそうな顔をしている。
僕は慌てて答える。

「そ…その。もしかしてお付き合いはどうですか?…っていう?」

コクリ、と小さくうなずく平川さん。
僕はその姿を見てかわいいな、と思ってしまった。
とはいえ、仲の良いクラスメイトだ、と思っていたのも事実。

「…急に言われたからびっくりしちゃったけど…その、お、お試し…じゃないけど順序よく…そ、そう!少しづつなら…どう?」

我ながらチキンな解答だったと思うし、卑怯だったと思う。
だが、平川さんはありがとう、よろしくおねがいします、と小さな声を出すと、お辞儀をしてからそのまま走り去っていった。

翌日。
よく眠れなかった僕は半覚醒の状態で学校へ向かっていた。
なにせ昨日起きた出来事はまだ僕の中で消化しきれていない。
平川さんはあまり人付き合いが広くなく、クラスの仲でも地味に過ごしている方だが、よく見ると美少女、ということで人気は悪くはない。
そんな子が僕に告白してくるなんて、未だに夢の中のようだ。

そんな感じでぼけっと歩いていると、唐突に背中をポン、と叩かれる。
男子のような力任せでも、教師のような慣れなれしい感じでもない。
おずおずと、気がついてほしいなあ、という気持ちが漏れ出たようなそんな優しいタッチ。

「お、おはよう…皆元君」
「お…おはよう」

2人で顔を赤くして沈黙して見つめ合う。
数秒見つめ合った後に、ハッとしてどちらからともなく、歩き出した。
そんな初々しい、甘酸っぱいお付き合いから始まったのだった。


そんな感じでしばらくたったある日。
「平川…ちょっといいか」
休み時間。
教室の入り口には別のクラスの男子である田端が立っていた。
右手でこちらへこい、とジェスチャーをしている。
平川さんと田端は知り合いなのだろうか?
田端はバスケ部でガタイがいい高身長、僕と比べたら月とすっぽん、と言った感じなほどのかっこよさを持っていて、女子からの人気も高いという。

席を立ち、平川さんは田端についていく。
教室から出る時、こちらをちらり、と見たような気がした。
…もしかしたら田端は平川さんに告白するつもりなのではないのだろうか、平川さんは断ってくれるのだろうか、いやでも僕と比べたら…。
悶々としながら休み時間を過ごすのだった。


「なあ、さっきの休み時間さ」
昼食の時間。
いつもの男友達4人と椅子を寄せあって弁当を食べる。
平川さんは平川さんで女子数名と机を囲んで小さなお弁当箱をつまんでいた。

「田端来てたよなー。平川さんに」
「ああ、なんだったんだろうな」
「皆元には辛い出来事かもしれないなあ」
「…おい、やめてくれよ」

1週間もすれば距離が縮まった男女の仲などあっという間にクラス全員が知ることとなる。
平川さんと僕が付き合い始めたことはもはや公然たる事実となっている。
それだけに先程の件はいろいろ憶測をかきたててるのだった。

「皆元と田端じゃなあ…」
「分が悪すぎるよな」
「アメリカ対マサラ村って感じだぜ」

どこだよマサラ村。
確かに特に特徴のないと自分でも自負している僕が彼にかなう物は殆ど無いように思えた。


そしてとうとう一週間後。
僕は目撃してしまったのだ。
校舎裏、僕が平川さんに告白されたその場で二人きりでいる彼らを。
田端が何か言っている。そして平川さんは…泣いていた。

その姿を見て僕は居ても立っても居られず彼女の元へ走った。
そして2人は僕の姿を確認すると、お互いの顔を見合わせて驚いている。
ああ、なんだ、もしかして僕は。

「お幸せに…」

一言、ただそれだけを2人に伝えて僕は踵を返す。
やっぱり僕なんか彼女にふさわしくなかったのだ。

「ま、まったまった!えーと…皆元君だっけ」

田端が去ろうとした僕の腕を掴む。

「な、何ですか?もう僕には構わないでください」
「いや…あー。えーと。勘違いしてるかなこれは」

田端がめんどくさそうに頭をボリボリとかく。

「あーまぁ…とりあえずここじゃなんだから。君の家、いこ?」

ーーー

僕の部屋には田端と平川さんの3人が座っている。
僕の向かい側に二人が並んで座る、という構図だ。
…これは最早決定的だった。僕はこれから振られるのだ。

「その…信じられないかもしれないんだけど」

平川さんが切り出す。
平川さんも僕に告白をしたけど、田端に言い寄られれば気持ちがそちらへ向いてしまってもしょうがないかもしれない。
だけどあまりにも悲しくて悔しくて…情けなかった。

「別れよう…ってこと?」
「へ?」

平川さんの顔がポカン、とする。
田端のほうも「ほらやっぱり」と呆れた顔をしていた。

「だから誤解してるっていったじゃない」

…?田端ってこんな喋り方だったか?

「…でも、こんな事信じてもらえないし」

平川さんの顔は再び気落ちしてしょげた顔になる。

「…あの、一体何の話…?別れ話じゃないの…?」

田端がヤレヤレ、と首を降ると、とんでもないことを言い出した。

「あのね今から突拍子もない事を話すけど最後まで聞いてほしいんだけど」
「…?うん」
「わたしと、こいつ、身体が入れ替わってるの」
「…へ?」

今度は僕がポカンとする番だった。

「…からかってるんですか?」
「いや、まったく。これっぽっちも」
「平川さん?」

平川さんを見ると、コクリ、とうなずく。

「ほんと、なの」
「そんな馬鹿な」

え、じゃあ田端が平川さんで、平川さんが田端…?
今どう贔屓目に見ても、平川さんは女子で、バスケのレギュラーとして活躍している田端はどう見ても男子のソレだ。

「そりゃそうよ。俺…じゃない私達が入れ替わったのは小学校6年生…4年前なんだから」

田端が話した内容はこうだった。
田端と平川さんは小学校時代の友達で、家が近かったこともありよく遊んでいたという。ある時、いつもの公園で遊んでいたときに、頭をぶつけ合ってしまい、気がついたら入れ替わっていた、というのだ。

「…そんな事信じられないよ」
「でしょでしょ。私だっていまだに信じられない時あるもの」

平川さんが田端の口調を咎める。

「…田端くん。そのガタイと変声期過ぎた身体でその口調はちょっと…」
「あ、ごめんごめん。ついうっかり。あんたの前以外じゃずっと演技しているような感じだったからつい…こほん。まあそんなわけで俺は女子歴12年、男子歴4年なわけよ」
「…で、私が逆に女子歴4年…なんだ」
「そ、そうなんだ」

それにしても平川さんが男子だったなんて思えないほど振る舞いは女の子っぽい。
先程の田端のように性別や体型に合わない動きや口調は違和感でしかないが、平川さんはそれが一切ない…というか現に僕は平川さんにそんなイメージを一切持っていない。

「当時の田端は身長は平均以下で、性格も引っ込み思案で人見知りだったんだよ。入れ替わって私が田端になって…中学に入ってから急に身長も伸びてバスケのおかげでガタイも良くなって、変声期も来たんだよ」
「そうそう…元々は平川さんのほうが積極的に男の子と遊ぶ子だったんだよね。小学校の時にスカート履いてるところみたことなかったし」
「そだなあ。物心ついてからスカート履いたことなかったし、そしてついに履く機会がなくなっちまったな」
「中学に入って女子制服を着るのが私になっちゃったからね…」

なるほど、まだ信じられないが彼らの抱えている問題はひとまず理解した。

「で、じゃあ二人はさっき何をしてたんだ?」
「ああ、それはな…。中学にいた頃はなんとか戻ろうと色々試してたんだけど、高校に入ってからはもうなんとなく、それもしなくなってたんだ。で、最近になって君たちの噂を聞いたのさ」

もちろん噂とは僕と平川さんが付き合いだしたことだ。

「まあ俺ももう戻らなくてもいいかな、って思い始めてたところだったから。バスケに恵まれた身体だし、それなりにかっこいいしからモテるし」

元に戻ったらバスケ無理だろ、と平川さんを見て苦笑いをする。
たしかに平川の身長は女子の平均あるかないかぐらいだし、小学生の頃はどうかしらないが、今の平川さんは体育が得意だとは言い難い。

「だけど相談なしに勝手に恋人を作るのは違うだろ、ってことを少し前に話したんだ。…俺も彼女は作っていなかったわけだし」
「もしかして、教室に呼び出しにきたときのこと?」
「あー。そうそう、なんだ見てたんだ」

田端はそれは失敗したな、という顔をした。
でもその時は皆元の顔知らなかったし、しょうがないと言い訳をする。

「で今日、話してたのは次に進もうって話さ。これからはお互い、前の身体を忘れて、この身体で、自分の好きなように生きていこうって。その改めて2人で話してた場に君が来て」

その場面を俺が目撃した、というわけか。

「まあそんな感じ。平川には泣いてほしくないし、本当の事を話さないと信じてもらえなさそうだから話したけど。できれば黙っててくれると嬉しい」

田端も平川もじっとこちらを見る。
僕はコクリとうなずく。
まあ、こんな事を他言しても誰も信じてくれないと思う。
というか僕自身もいまだに信じられていない。

「…わかった。平川さん、疑ってごめんなさい」
「ありがとう…よかった…」
「あー…だけどいいのか?」

田端が意地悪そうに笑う。

「そいつは4年前まで男だったやつだぜ?」
「…実を言うと未だにその話を信じて良いものかどうか、分からない自分がいるんだけど。でも平川さんは僕を嫌いになったわけじゃないし、それに元が…中身が男だろうが僕が好きになったのは今の平川さんだから、関係ないかなって」
「ま、そりゃそうだよな。変なことを聞いて悪かったよ…。平川、よかったな」

田端は面倒くさい話は終わったとばかりに背伸びをする。
平川さんの顔は赤いままだ。

「俺も最近身体に引っ張られてきてんだよなあ。中学までは女なんてどうでもよくて、男の着替えをみてニヤニヤしてたんだけど」
「興味がなくなったってこと?」
「なのかなあ。まあ男の身体は見ようと思えば自分のが目の前にあるからな…。ああくそ、数年前の自分の身体もっと見とくんだった。なあ平川、見せてくれない?」

おい、彼氏の前でなんてこと言いやがる。

「…ええ、嫌だよ…」
「おいおい、元は俺の身体だったのによう」
「その…皆元くんになら…」

平川さんは顔をさらに真っ赤にしている。
田端はソレを見てわはは、と笑う。

「でもそうか。皆元に告白したってことは、男の身体に興味が出てきたってことかな?」
「ちょ…ちょっと何言ってるの…もう」

目が少し腫れたまま困った顔をする平川さん。

「…でもね、なんだろう。私は田端君以上に身体の影響を受けてるのかもしれないね」

そういうと少し懐かしむような目をする。

「制服のセーラー服も、このスカートもそうだし、ブラジャーもちゃんとしたのつけるようになったのも中学からだし…生理も中学からだったし。最初は慣れなかったし、私は本当は男なのに周囲や身体が、お前は女だって押し付けてきてて嫌だったんだけど」
「そっか…」
「でも…そうだね。色々苦労したけど、辛いことばっかりじゃなくて。ほら平川さんってかわいいじゃない?」

自分を指さして、自分をかわいい、と言うこの構図は状況を知らない人が見たら誤解されてるかもしれない。

「お洋服とか髪型とか女の子っていろいろバリエーションあるの。それがどれも似合って…キレイで、嬉しくて」

俺はソレが嫌だったんだけどな、と苦笑いをする田端。

「そんな事しているうちに、慣れてきちゃって。で、高校に入ってから皆元君と一緒になる機会が多くなって。気がついたらいつも皆元君を探している自分がいて。そう、だから今は皆元君に…その…興味があるって感じ…かな…あはは恥ずかしい…」

僕の手の上に手を置いてニコリと笑ってくれる平川さん。
小さな柔らかい、そして少し冷えた手の感触に僕も同じく赤くなる。
田端は「あーやってらんねー。俺も彼女作ろ」とボヤいて帰っていった。


2人きりになる僕の部屋。
意識してしまうと非常に恥ずかしい。
今、僕の心臓は過去最高に鳴り響いている自信がある。

そしてしばらくして平川さんもこの状況に気がついたのか、モジモジと落ち着かなくなる。

「あ、あはは…今更だけど、緊張してきちゃった…皆元君の部屋」
「ぼ、僕も…女の子を部屋に入れたの、初めてで」

じっと見つめ合う2人の顔が、近づいてく。
平川さんゆっくりと目を閉じていく。
唇が重なり、軽く舌が触れ合う。
相手の体温と湿り気を感じたキスはすぐに離され、2人は離れる。

名残惜しそうな、そんな顔をされると僕もちょっとムラムラしてきてしまう。だが付き合いがまだまだ浅いのにそんなことはする訳にはいかない。
そのかわり。

「その…不束者ですがこれからよろしくおねがいします」

と結婚前の彼女みたいなセリフがでてしまった。
ちょっとあっけにとられた平川さんだが、ふふ、と微笑む。

「こちらこそ、女の子初心者だけど、よろしくおねがいいたします」

1 件のコメント:

  1. 前の話は消えたんですか?まだ登校するつもりはないだね。

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