2018/11/14

失われる日常


「一体何の用なの?」
私は放課後、校舎裏に呼び出された。
「今日は早く帰りたいんだからさっさと言いなさいよ」
本当ならこんな呼び出し無視するのだが、手紙にはアナタの秘密をばらす、という意味深なことが書かれていた。
そんな秘密に心当たりはないけど、念のため来てみたら、そこにいたのは同じクラスの根暗な地味子だった。



地味子は私を睨む。
「タクヤくんはあなたには合わないわ。少し綺麗だからって、タクヤくんを騙すのはやめて」
ぼそぼそと地味子がつぶやく。
なんだ、タクヤのことが好きなのかこいつは。
「告ってきたのはタクヤからだし、騙してないし」
「……嘘よ」

「それにタクヤは顔とか容姿じゃなくて、性格が気に入ったんだ、って言ってくれてるわ」
「嘘よ!!!」

地味子が大きな声を出す。こんな大きな声を出した地味子を見るのは初めてかもしれない。
なんせ、クラスの中でも地味に徹しているのか、存在感が殆ど無いのだ。

「はー…。もういい?私今日みたいテレビあるから帰りたいの」
「……アナタさえいなければ」

地味子はまたぼそぼそとつぶやきながらこちらへ近づいてくる。
「な、なによ…?」
私は地味子の異様な雰囲気にすこしたじろいた。

地味子はさっと私の右手を掴むと、手の甲にマジックで模様を書きなぐる。
その書きなぐった模様は薄っすらとひかり、そして元の黒に戻る。

「……ふふっ…これであなたはもうタクヤとは付き合えないわ」
私を掴んでいた地味子の手を振り払い、1歩下がる。
「な、何よ…何をしたの」
自分の右手をじっと見るが、ただのマジックで書かれた落書きでしかない。

地味子は薄っすらと笑い、私から数歩下がって距離を取る。
「ちょ、ちょっと!一体何の・・・!?」
問い詰めようと追いかけた私が踏み出した右足が、なにかゴムのようなものに当たった。
バインという音と共に私の右足が反動で弾かれ、ものすごい衝撃が私の身体を転倒させた。

「え…?」
私は何に躓いたのか確認しようとするが、そこには石すら転がってない。ただのアスファルトしかない。
今感じた、弾かれるような感覚を持つものなんて…。

「……ふふ、何に弾かれたのかしら?」
地味子がボソリとつぶやく。
「…なによ、ただバランス崩しただけだっての」
私は立ち上がろうとして手を床につける。

ぐに。

そんな感触と共に私の腕は関節とは逆に曲がった。
私は起き上がろうとした状態からまたバランスを崩し倒れる。

「え、な…なに」
私はおかしな方向に曲がった右腕を見つめる。
一瞬逆に曲がったはずの腕は何事もないように見える。
もちろん逆に曲げようと思っても曲がらない。

「変換の魔術」
地味子がつぶやく。
「…私が念じれば、アナタのカラダはたちまち変化を起こすようになったの」
私は先ほどの現象と今の地味子のセリフに、何か嫌な汗がでる。
「そんな漫画みたいなことあるわけ…」
地味子が体勢を崩して倒れている私を冷たい目で見下ろしながら呟く。
「最初のはアナタの足をゴムボールと同じ材質にしたの。男子が休み時間によく投げ合ってるアレね」
「さっきのは弾かれたのではなく、アナタの足が地面を弾いたのよ」
「そして腕は風船。あの瞬間アナタの手、皮膚はゴムに、中は空気に変わってたのよ」
饒舌になった地味子に私は、なにか恐怖を感じる。

「そ、そんな馬鹿な話、信じられるわけ無いでしょ!中二病もほどほどにしてよ!」
「そう、じゃあこうしたら信じられるかしら?」

地味子は目を閉じて呟く。
「顔だけぬいぐるみ人形、ってどうかしら」

その瞬間、私の顔の皮膚がミシっという音をたてた、気がした。
(な、なに?)
しゃべろうとした私は口が動かないことに気がつく。
口だけではない、目も閉じられない。まるでなにか接着剤のようなものが一瞬で付着してしまったようだ。

私は慌てて顔を触る。
(い、いや・・・なにこれ!!!)
叫ぼうとした私の口からは一切音がもれない。
私の手から感じられる顔の感触は、もふもふとした、フェルトのような感触しか感じられなかった。

「ああ。人形になっても、可愛いのね、ほんとうにお人形さんみたい」
地味子の声が、硬くなった頭全体に響くように聞こえる。
耳も固まってしまったからか聴覚が正常に働いてないようだ。

「じゃ、今日はそのまま過ごすといいわ。さようなら」
地味子はそういうと校舎のほうへ歩き出す。
(ま、まって!)

私は地味子の肩に手をかける。
「ちょっと、触らないでくれる?全部人形にされたい?」
私はその言葉にびくっとして後ずさる。

「そのまま校内を歩くと目立つわよ、なんとかしたほうがいいんじゃないかしら、ふふ」
地味子はそういうと、校舎の中へ入っていってしまった。

起きたことの衝撃が強すぎて、私はそれを呆然と見送るしかなかった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

私は、人がいないのを確認して、トイレへ駆け込む。
トイレの扉がすべて開いているのを確認した私は手洗い場の鏡の前に立った。

(うそっ…うそっ…!うそっ!)

鏡には見慣れた私の顔はなかった。

毛糸とフェルトの組み合わせでできた、安っぽいぬいぐるみの顔が、
私の顔の代わりに、身体にくっついていた。

目はガラス球、鼻は黒い珠が1つ付いているだけ、口はただ1枚の赤い布が張ってあるだけ。
髪の毛はやや細い毛糸になってしまっている。
恐る恐る自分の手で目や口に触ってみるが、
手で触っている感触はあるが、目や口が触られている感触は一切なかった。

(こんな顔誰かに見られたら…)
人間ではない何かが歩きまわっているなどと通報されようものなら
ヘタすると捕縛されたあとに研究所行きだ。
(とにかく地味子を探さないと…!)
私は急いで廊下へ出ようとする…が、
(だ、誰か来る?)

私は慌てて引き返すと、手前の個室へ飛び込み、ドアを閉める。
女子二人組がトイレに来たようだ。
二人は手洗い場の前でおしゃべりを始める。
(うぅ…このままじゃ外に出れないじゃない)
私は頭を扉に押し付け思案する。
頭はモフっという感触とともに簡単に凹んだ。


ーーー

(うう…見ないで…)

今は学校のプールの授業の時間。
水着姿の私の身体は今、一切動かすことができない。
水着がお尻に食い込んでいたのを直そうとした瞬間、
地味子に身体を石に変化させられたのだ。

地味子の持つあの不思議な筆は環境を適応させることができるようだ。
変化をすると地味子が考える「常識」が広がるのだ。
先日私の顔をぬいぐるみにした際も、「私の顔がヌイグルミなのが普通」という認識を施していた。
そのため、トイレで生徒に見つかってしまった時も、帰りのバスの中でも特に騒ぎが起こることはなかった。
両親も家に帰った顔が綿の塊の私を何一つ怪訝に思うことなく迎え入れたのだ。
声は出ないままだったので意思疎通は出来なかったけど。

(周りの様子を見るに…元からここにあった石像、って扱いかしら)
―少しおしりを突き出すようにして固まっている私。
競泳水着は石化しておらず、微妙に浮いた水着の隙間からおしりが見えている…と思う。視線が動かせないのでわからないけど。

「この石像の格好どうにかならないのかしら」
「学校にこんなの置いていいのかねえ」
女子生徒が私をチラチラ見ている。
「世界的に有名な芸術家の作品だから学校も撤去とかしにくいみたいね」
地味子がそう呟くと
「…そうね、そうだったわ。石像に水着着せるとか発想が天才よね」
「やっぱりどこか気品も感じるわね。」
女子生徒たちの意見が地味子の常識に塗り替えられる。


あの日以来私は地味子の玩具のように扱われる日々が続いた。
あるときはクラス1の肥満にさせられたり、男の娘にされて女装生徒という扱いにされたりもした。
ゼンマイ人形にされた時は徐々に動けなくなる恐怖を味わったものだ。
私はタクヤと別れたのだが、地味子は既に私にしか興味がないようで、解放しようとしなかった。

体育の授業が終わる。
地味子は私を戻すこともなく、そのまま更衣室へ引き上げていく。
(1日ここに放置ってことかなあ…)

先生が見回りを終え、プールから引き上げた数分後に、私の体の石化が解除される。
「おっ…おっとっと」
変なタイミングだったが地味子が元に戻してくれたのだろうか。
私は水着の食い込みを直し終えると、着替えをしようと更衣室へ向かう。

もう既に着替え終わった女子生徒がいるのか、更衣室のドアが開こうとしていた。
(私も急がないと…次の授業に遅れちゃう)
…開けた生徒がこちらを向いた瞬間に私の体はまた石像化した。
前進している時に固まったので私の体は勢いがついたまま前のめりに倒れる。
コンクリートと石の身体がぶつかる、ガツンという音が体中に響く。
(痛…くはないけど…身体、割れてないでしょうね…)

女子生徒は倒れた私を跨いでプールエリアから出て行く。
(どうやら…人の目があると石化しちゃうのかしら)
周りの人間がすべてメデューサになってしまったかのようである。
しかも目を合わせる必要はなく、私を見るだけというのだから不可避すぎる。
クラスメイト全員出て行ったのだろうか、最後の足音が出て行ってから数分後、元に戻った私は更衣室へ滑るように入る。
「ふぅ…いそがないと…」
いつもならタオルを巻いて…と隠しながら着替えるが
もう誰もいないこともあり、私は思い切ってそのまま水着を脱ぐことにする。
肩紐をおろし、脇部分に両手を入れ、下にさげ、片足から引き抜こうとした瞬間…
私の体は石化して固まった。
(えっ…な、なんで?)

水着を脱ごうとした状態で片足立ちのまま石化する身体。
もちろんそのままでバランスがとれるわけもなく、私の身体は重力にしたがって床に倒れる。

「だ、誰もいないかな…?」
聞きなれない男の声が聞こえる。
(お、男の人?!)

私はうつ伏せの状態で倒れこんでおり、侵入者の姿を見ることができない。
ま、まさか下着とか水着泥棒…?

「う、うわっ!…せ、石像か…?」
私に気がついた男は私を立たせると、ロッカーに上手く立てかける。
私は今の格好を思い出し、叫びたくなる。
水着を脱いだ状態…つまり股間や胸が露出した状態なのだ。

「うお、エロいなこれ…。なんで女子更衣室にこんなものが…、お、目当てのもの持ってるじゃん」
男は私が両手に掴んでいる水着に目をつけると水着を抜き取ろうとする。
どうやら男の興味は私の裸体より水着のほうにあるようだ。
しかし水着をがっちり掴んだまま固まっている私からひき抜くことができない。

「…なんだよこれ!」
いらついた男はガシっと私を蹴飛ばす。
立てかけられてるだけだった私は今度は仰向けの状態で倒れる。
(乱暴に扱わないで欲しいわ…)
石像のままあちこちぶつけるのに慣れてしまった私はボソリとつぶやく。

更衣室の近くで別の人の気配がする。
男もそれを感じ取ったのか、慌てて更衣室から出て行った。
その後、再び更衣室に誰かが入ってくる。
「あら、まだお着替え中だったかしら。ユニークな格好ね」
地味子だ。私はホッとする。

「呪われた石像ってイメージしたのだけど…なるほどねえ」
人目が切れて数分後に解除されるこの呪い。
呪いが発動すると私という存在はなくなり、石像という認識だけになる。
これが永遠につづくのであれば私は人とコミュニケーションをとることができなくなるだろう。
人目が一日中切れないであろう繁華街に置かれた日には一生石像のまま、ということもあり得る。
「ま、そんなことはしないけども…。面白いからまあ今日1日その状態で頑張ってみるといいわ」
地味子は仰向けに倒れていた私を壁の隅に立てかけ、安定させる。
「最初はあなたが憎らしかったのだけど…最近は愛おしくてしかたがないわ」
地味子はそう呟くと私の石となった固い唇に軽くキスをする。
柔らかさと暖かさが石となった身体にも伝わった。

「じゃあね」
地味子は更衣室から出て行った。

数分後、私の灰色だった身体は柔らかさを取り戻す。
…顔だけはほのかに赤色がついていたが。

3 件のコメント:

  1. この話めちゃめちゃ好きです……。
    プールのひまで日までの私の日常を想像するととても幸せです!

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  2. これ好きでした
    人の目があると石像に、石像はそこに在って当然と思う、てのがかなり心に残ってました

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