2018/11/30

失われ"ている"日常

https://novel.dnstory.net/2018/11/blog-post_67.html のちょっとした別のお話です。
日常話なので特に盛り上がる場所はないかもしれません。


私は彼女に好き勝手されている。
彼女が思ったとおりに私の身体は変化してしまう。
それがどれだけ現実離れした超常現象であろうと、周りの人達はそれに気がつくこと無く、ある時は"私"として認識し、ある時は"ただの物"として認識が改変される。
そんな調整もすべて彼女の思うのままだ。

ある朝、目覚めた時やけに身体が軽いと感じた。
身体の違和感には人一倍敏感になっている私はすぐに彼女がなにかをしたと判断する。
まずは身体がちゃんと動くかどうか、人間かどうかを確認する。



「…うわぁ」

すぐにわかった。
フラフラしながらも鏡の前に立つとそこには小学生だった頃の私が立っていた。
驚いたのはパジャマがぴったりなサイズになっていることだ。
周りの環境まで影響を及ぼせるのか。

焦って制服を見る。

「…ない」

壁にかけておいたはずの制服はそこに存在しなかった。
クローゼットの中も覗いてみるがそこにあるのは小学生女子が着るような服ばかり。
通学カバンはピンク色の大きなランドセルになっており、教科書も過去に使っていた、見たことのある小学校の教科書へ変化していた。

「…やってくれるなあ」

とはいえ悩んでいるわけにも行かない。
とりあえず朝ごはんを食べている両親で現状をさらに確認することにする。
仕方なく、机の上に畳まれて置かれている服を着る。

(昔、着たことあるなあ…この服)

あまりファッションに興味がなかった私はいつも母が夜のうちにだしてくれた服をただそのまま着ていたのを思い出す。
どうやら小学生まで戻った結果、その習慣が復活しているようだ。
変な懐かしさを感じつつ、身体が抵抗なくその動きをしたことにも驚く。身体が覚えているということだろうか。
シンプルな長袖の黒Tシャツにショートパンツ、そして膝丈の靴下。
お世辞にもオシャレとはいえないが、ダサいとも言われない、そんな母チョイスだ。

が、リビングで見たのは予想だにしない光景だった。

「…わ、わたし?」

なんと3人家族だったはずの家に4人目が、父と母と一緒に朝ごはんを食べているのだ。
その4人目がなんと、わたしにそっくり…いや、普段の私だったのだ。
高校の制服をきた私がお味噌汁をずずっ、とすすっている。

「あ、おはよう」

こちらに気がついてニコリ、と微笑む私。
いや…私ではない。私はここにいる。

「どうしたの、突っ立って…。お姉ちゃんの顔になにかついてる?」

…どうやら"妹"という立場に改変されているようだ。
その結果、世界が"姉"を作り出したということだろうか。
慌てて自分の名札を確認するが、名前はそのままだ。
姉…はなんという名前なんだろうか。

「今日は部活あるの?奈那ちゃん」

母が「姉」に話しかける。
その名前を聞いて私はすべてを察する。

(地味子の名前…)

私をこんなふうにしてしまった張本人の名前。
最初はタクヤと付き合い始めた私への嫌がらせから始まったのに、タクヤと別れた今もこうして変化させてくる彼女の名前。

「…どういうつもりなの。奈那」

父と母が向かいに座っており、1つだけ空いた席が私の席ということだろう。
しかたなく"姉"の隣の席へ座り、小声で話しかける。

変な力で好き勝手されている私だが、今は彼女に嫌な気持ちは持っていない。
それどころか彼女に変化され弄ばされる状況を受け入れ楽しんでいる、という気持ちもなくはない。
奈那のほうもタクヤなんてもうどうでもいいみたいで、私に対して迫ってきている節はある。…もしかしたらこの気持ちも奈那に作り出されたものかもしれないけど。
とはいえ…たまに勘弁してくれと思う時はある。今までで一番ワーストだったのは手足が失われてすべて乳房に変換されてしまったときだ。どういう生き方をしたらそんな変化を思いつくのか知らないが、手足すべてが乳房になり生活ができなくなった私は一週間、彼女のペットとして扱われたのだ。

「どうしたの、お姉ちゃんのこと呼び捨てなんて…。いつもなら奈那ちゃん、って呼ぶじゃない」

…わざとらしい演技だ。
姿は"私"だが、中身は奈那であると確信する。

「もう、奈那…ふざけないで」
「…あなたを"妹"ってことにしたらどうなるかなと思って。そしたら私も巻き込まれちゃってびっくり」
「…こっちがびっくりよ」
「起きたらあなたそっくりになってたんだもの。ちょっとうれしくて」
「…なにが嬉しいのよ」
「説明してほしい?」

絶対私の顔は赤くなっている。
悔しいが奈那に好意を持たれていることに好感を持ってしまっているのだ。
この変化も一種のプレイ、と考えてしまう私はそうとうに変態だ。

「ま、そんなだから今日1日ぐらいは楽しもうって思って」
「1日って…」
「あなたの身体を、よ」

そういいながら制服の胸元を引っ張り、インナーを見せつけてくる。
胸元にある見覚えのあるホクロを見つけて、ああ。本当に私そっくりになっているのだ、と納得する。

「で、でもっ。ということは私…」
「あなたってピンク色のランドセルだったのねぇ。かわいい」
「うっ…」

幼稚園年長の時に選んだピンク色のランドセルは、当初はすごいお気に入りだったのだけど、高学年に上がるにつれて抵抗が出ていたのを思い出す。
そして高校生になった今は少々の黒歴史ポイントだ。
典型的な赤ランドセルだった友達には羨ましがられていたけども。

「そうよ。小学校に通うのよ。あなた」
「やっぱり…」

「もうなにをコソコソと内緒話してるの?仲良しねえあなた達」

母が早く食べろ、と催促してくる。
小学校の時に使っていて、もう捨てたはずの小さなお茶碗が目の前にある。
懐かしさを感じつつも時計を見ると余裕はない。
慌ててご飯をかきこむのだった。

奈那と一緒に外へ出る。
小学校と高校は方向が違う…というかそもそも高校はバス通学だ。
だが、奈那は私の手を握ると小学校の方へ歩き出す。

「いいの?」
「…うーん。どうやらあなたに"妹"がいたら、あなたは遠回りして途中まで妹を送り届けるみたいね」

どうやら今回は奈那も私の改変にある程度影響を受けているようだ。

「ねぇ、それ…大丈夫なんでしょうね。影響のせいで元に戻れない、とかなったら困るよ」
「大丈夫だと思うけど…ちょっと試してみようか」
「試すって…?ちょ」

奈那が念じると私はクラリ、と世界が揺れるのを感じる。

「力に問題はないみたいね」
「なにをしたの…奈那ちゃん」

声に出してからハッとする。
奈那、と呼ぼうとしたのに出てきたのは奈那ちゃん。

「奈那ちゃん…口調をいじったのね」
「ん?ああ、それだけじゃないけどね。ね、2次方程式の解は言えるかしら」

急に数学の問題を出される。
2次方程式の解なんて中学生でやる内容だ。
覚えていないわけが…

「…あ、あれ?」

必死に思い出そうとするが、頭に浮かんでくるのは分数や三角形の面積…
小学校でやるような算数の内容だ。
って2次方程式ってなんだっけ…?

「うん、知識を抑えてみたけど…成功ね」
「…そういうこと」
「知能…というか地頭の良さはそのままだから。安心して。頑張れば今の答えも導き出せるわよ」
「それはどうもご丁寧に…ありがとう」
「どういたしまして」
「…嫌味よ」
「知ってるわ」


どうやら私の今の頭の中は小学校5-6年生の知識量しか引き出せなくなっているようだ。高校生なら知っていて当然の英単語すら思い出せない。
とはいえ頭の中で考えた結果はそのまま言葉にできるようで幼稚な発言等はしなくて済みそうだ。咄嗟の出来事の時に不安だけど。


「完全に妹になりきっちゃたら、面白くないからねぇ」
「…本当に明日には"私"に戻れるのよね?」
「そうねぇ、あなたがいい子にして過ごせたら、かしら」

頭をよしよし、と撫でると奈那はバス停のほうへ歩いていってしまう。
残された私は仕方なく小学校へ足を向けるのだった。

ーーー

名札に書かれた5年1組という表記を頼りに教室へ向かう。
卒業して数年は経っているが配置は大きく変わっていないようだ。
懐かしさを感じつつも広く感じる教室に到着した私は悩む。

(机はどこだろ…)

座席がわからない。
入り口でぼーっとしていると、教室の隅で話をしていたグループがこちらに気がついて手を振ってくる。
…見たこと無いし、名前も知らない子達に笑顔で手を振りながら近づいていく。
恐らく"妹"になった私と、仲が良い友達なんだろう。
幸い名札を皆つけているので呼ぶのは困らない。
当時の私が友人をどう呼んでいたかを考えれば簡単だ。
"理沙"と書かれた名札。2文字の子には大抵…。

「おはよー…りさちん」
「おはよー今日の体育跳び箱だって。やだよねぇ。あやちが張り切りそー」

 どうやら間違っていなかったようだ。


「そうなの?あやち跳び箱得意だもんねえ」
「とか言ってー。めぐちーも得意でしょー、私なんて5段飛べるかどうかだよ」

とりあえず話を合わせて、席を聞く機会を伺う。
しばらくするとランドレスも降ろさずに会話に参加していた私に

「どしたん?カバン席に置いてきなよー」
「あ、うん…。私の席どこだっけ?」
「へ?あはは、どしたのウケる」
「…ど忘れしちゃって」
「めぐちーの席はあそこじゃんー。くじ引いて喜んでたやん、自慢かな?」

一番うしろの席。
カバンを置きに行くと机の上にネームシールが張られており、自分の名前が書かれていた。…聞く必要がなかったので恥をかいたことになる。
そういえば「めぐちー」なんて呼ばれたの何年ぶりだろうか。

ーーー

算数、国語。
懐かしさを感じる授業で時間が過ぎていく。
最初は自分がその簡単な知識を引き出せないことに愕然としたものの、 少し冷静に考えれば思い出したかのように理解ができるため困らない。
…ただいくら考えてもそれが習っていないことだと毎回忘れてしまう。
例えば三角関数がどういうものだったか、考えれば加法定理ぐらいまではノートに導き出せる…だが少し時間が経つとまたさっぱりと忘れてしまうのだった。
とはいえ、小学校レベルであれば内容も容易で苦ではない。

(なんだ、案外楽勝かな)

…そんな考えがもしかしたら奈那に伝わってしまったのかもしれない。
休み時間にクラリ、と揺れるのを感じるとあからさまに思考に制限がかかってきたのだ。
それをはっきりと自覚したのは次の時間だった。

「じゃあここを…めぐみさん、わかりますか」
「あ、え、えーと…」

理科の授業中に急に指されて立ち上がる。
目の前には電池とネジが書かれた図。
…あれなんだろうこれ。

直前であればそれが電磁石であり、電流を流せば磁石となることなんて簡単に思い出せ、なんならその電流の計算や磁界を求める、なんてもの時間をかければできたはずだ。

「わ…わかりません」
「あら、大丈夫?ここは今度のテストでもちゃんとやりますからね」

頭が真っ白のまま着席する。
先生が改めて説明を始める。わからない子のために何度も何度も説明するのが先生の仕事だ。いや、でも本当は分かっているはずなのに…。

そこでようやく奈那がなにかをしたのだと思い至る。
どうせまた何か制限をかけたに違いないのだ。小学生だったときも特に成績が悪くなかった私は勉強に苦労した覚えはさほど無いのだから…恐らく知識レベルをさらに数年を若くした、とかそんな制限だろう。
そのために電磁石、という内容を思い出すための時間と工程が増えてしまい解答に窮することになったのだ。

だがその制限は頭脳だけにとどまらなかった。
体育の時間の跳び箱。
4段しかない跳び箱なのにすごい高く感じる。
周りの皆はひょいひょいと飛んでいき、隣のあるさらに高い跳び箱に挑戦していくが、私は端っこの一番少ない4段のレーンから移動できずにいた。
今朝、話していた友達も5段のレーンで頑張っている。

一生懸命助走をして跳び箱に手をかけるが、身体が思ったとおりに動かず跳び箱の上に尻もちをついてしまう。
既に7,8段を飛び終えた友達が先生に言われたのか、私へアドバイスをしに来る。

(いや、わかってるんだけどなあ…。当時は飛べたんだし)

頭の中ではわかっていても身体が未発達状態なのか、運動神経を落とされたのか。
いずれにせよ4段を満足に飛べない状態にされてしまい、私は涙目になる。
奈那の力の影響だと分かっているし、そんな一時的な事にムキになってもしょうがないのはわかっているはずなのに、「できない」という事実が私の精神を強く揺さぶってくる。

そして感情が高ぶることにより考えることもできなくなり、発する言葉が幼くなっていく。
とうとう私は溢れ出る涙を抑えきれずしゃがみこんでしまった。
慌てて先生が近寄ってきて、休んでいなさいと見学の子たちの隣へ座らされる。

「しょーがないよ」
「わたしもちょっと前まで4段飛べなかったんよ」
「だいじょうぶだいじょうぶ」

今日だけのクラスメイト…本当なら数年も年下の子達が慰めてくれるのがよけいに惨めに感じて私は泣き続けた。

ーーー

「…ただいま」

終わってみればあっという間…だった気がする。
いや、高校に比べたら小学校なんてあっという間に下校時間なんだけどね。
学校が終わり帰宅した私は時計を見るとまだ16時前で日も高い。
両親は共働きで帰りが遅く、高校にいる奈那が帰ってくるのはあと1,2時間後だ。
…当時は私、この時間はどうやって過ごしていたかな…。

背が低くなり視点が低くなった為に広く大きく感じる部屋を見回っていると、ノスタルジックな気持ちになる。
部屋の柱につけられたライン。中学生ぐらいまで毎年身長を図って記録していたラインだ。
…いまは奈那のラインと私のラインで二組になっているけど。

 「すごいなあ、本当に小さくなっちゃったんだ」

まあ今更驚くことでもないのだけど。
人形や石像にして私を"いなかった"ことにすらできる奈那の能力だ。
その気になれば私はどんなものにだって変身できてしまう。

「…お風呂はいろ」

そう、思い出した。
親が帰ってくる前にお風呂に入って、パジャマに着替えるのが私の習慣だった。
16時には既にパジャマを着ていた、と友達に話すと笑われたのを思い出す。
服を脱ぐと青い布地が目に入る。
確かちゃんとしたブラジャーを付けたのは中学に入ってからだ。
今の私が身につけているのは親が買ってきたスポーツブラジャー。
最低限の薄いクッションしか入っていない簡単な作りの物だ。

母親にそろそろ慣れておきなさいと言われて差し出されたのを思い出す。
今考えるとそれすら必要なさそうな、本当に申し訳程度に膨らんだ胸だな、と思う。
まあ中学高校で劇的に成長してくれたのはよかった。今は奈那の物になっちゃっているけども。

さっさとお風呂に入り終わり、パジャマ姿でテレビをぼーっと眺める。
宿題はあるものの手を付けようとは思わない。
漢字の書き取りは面倒だし、算数はそもそも今の私の知能ではまともに解ける気がしない。
そもそも今日には元の高校生に戻るのだ。だからやる必要がない。

「ただいまー」

奈那の声が聞こえる。
私はテレビを消して玄関へ走る。

「おかえり、奈那ちゃん」
「ただいま、めぐ」

…?
なんだろう、今の違和感。

「奈那ちゃん?あの、元に戻してほしいんだけど」
「…?なに、めぐ?何の遊び?」

靴をぬぎ、スリッパに履き替えた奈那はスタスタと2階へ上がっていく。
…そういうプレイなのだろうか。
だが、そうではないという悪い予感がしてしまっている。
奈那は私を"めぐ"などと呼ばない。
2人きりのときは「メグミ」とそのまま呼ぶのだ。

慌てて私は奈那を追いかける。

「奈那ちゃ…違う、奈那。ふざけてるの?」

気合で口調を矯正し、奈那を問いただす。
だが、悪い予想は当たるものだった。

どれだけ事実を話そうと奈那はそれを気にもとめない。
私は高校生で、あなたと私は同級生で…妹なんかじゃなくて。
落とされた知能と知識で失われた語彙で説明はとても拙く、正確には説明できなくなっていたけど…一生懸命説明した。
だが、それをなにかのごっこ遊びか、という顔でこちらを慈しむような目で見て、奈那はな頭をなでてくるのだった。

「今日はちょっと宿題あるから、あとでね」
「ち、違うくて!」
「はいはい、後で遊んであげるから」

バタン、と部屋から追い出される。

「まさか…奈那自身にも…?」

"私"という存在を書き換えるだけの能力。だがそれは他者にも少なからず影響を及ぼしていた。私の改変に影響され"姉"という存在を与えられた奈那が、この1日で"姉"という存在そのものになってしまった可能性。
クラスメイトだった"奈那"の記憶を失えば必然、改変能力も記憶からこぼれ落ちることになるのかもしれない。

「まずいまずいまずい」

このままだと私は小学生として…さらに言えば落ちこぼれとしてまた人生をやり直さなければいけなくなってしまう。

…でもどうすれば?
 私は呆然としつつ閉められた扉を眺めるしかなかった。

次のお話


3 件のコメント:

  1. これはパニックになりますね…
    昔の成長をなぞるどころか、意識そのまま知識は低下の状態で固定されてしまったら、生き地獄ですし…
    いっそのこと染まってしまった方が楽までありますね

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  2. 前作の時、この設定でこっそり妄想していたことのそのまま…いや、それ以上のシコ展開です!
    意識あるままの知能低下、小学生並とそこからさらに落とすという二段構え!
    最高でした!!!

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