「俺に言われてもな…」
メソメソと座って泣いているのは海パン姿の中年男性。
メタボ気味なのかお腹はぽっこりと餓鬼のように膨らんでいる。
立ったまま左手を腰にやり、右手で頭をぽりぽりかいているのは若い女の子だ。
高校生のようで、幼い顔立ちはしているもののそのスタイルや顔つきはとてもレベルが高い。
オシャレな柄の水着姿でその肢体を惜しげもなく晒している。
「しょうがねぇじゃねえか。頭ぶつけたら入れ替わっちまったんだから…。今日はお前のフリして過ごすから…明日またここで会おうぜ」
めんどくさそうな顔をする女の子。
中年はさめざめと泣き続けている。
「お前はあそこでバーベキューの片付けしてるグループだろ?俺の荷物はそこにあるから、いいな?これ以上居ると怪しい男として通報されて警察が来ちゃうからな…!ほら、いけ…!」
ヨタヨタと立ち上がり、女の子が指し示した荷物のほうへ歩きだしていく。
その背中を見て、女の子がニヤリと笑う。
「さーて、演技したけど…ようやく手に入れたぜ。あ・や・か・ちゃん!」
そう、今日たまたま初めて出会った女の子と事故で入れ替わったわけではない。
数年間彼女をつけ回し、入れ替わり呪術を使って今日、その条件を満たしただけなのだ。
ストーカーをしてきた彼女が海に出かけることがわかってからというもの、用意周到に準備をしてきたのだった。
「じゃあね。もう戻ることはないし…ま、会うこともないんだけどな」
1時間前に近くにある店舗で強盗があった。
50代ぐらいの男がナイフを持って押し入り店員を傷つけお金を奪っていったのだ。
その血がついたナイフは今、彼女が向かっている荷物の中にある。おそらく男の指紋がべったりとついているはずだ。
犯行の時に顔を隠すこともせず、手袋もせず、防犯カメラに乗ってきた車にもバッチリ映ってきたのだ。今頃はパトカーが海水浴の駐車場に止まっている犯行に使われた車を見つけて、周囲を捜索していてもおかしくはない。
同じ高校の友達と一緒にホテルへ向かうバスに乗る。
その視界の隅に、1人の男に数人の警察官が詰め寄っているのが見えた。
大きな声で違う、違うんです、と叫んでいる。
「この辺も物騒なんだね…あやかちゃん」
「そうだね…こわいねえ」
友達から見えないようにばいばい、と窓から男に向かって手を振る。
男が何が起きたのかわからない、という絶望の顔でこちらを見た…気がした。
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