隣を歩く佐伯さんは清楚な薄手の白いワンピースに小さな麦わらの帽子を被っている。
かたや自分は開放感たっぷりのへそ出しのピチTシャツとはちきれんばかりの太ももを見せつけるショートパンツという出で立ち。
そんな趣味がちぐはぐに見える2人だが、この2人を見てまさか片方が男だなんて思う人はいないだろう。
だが不安がないわけではない。
長いウィッグをつけて男の顔…特に頬骨から顎にかけてのラインと首元をうまく隠すようにしている。
このあたりは以前から女装している時に気をつけていることだ。
マスクをしたり、マフラーやショールを巻いたり。
特に喉は喉仏があるせいで見る人が見たら分かってしまう、という恐怖はあった。
声は身体が女性になったせいか、少し女性らしくなっているような気はするものの、どうしても変声期を迎えた男性の声がでるのだ。無理に裏声を出しても男性が無理に出している感は否めない。
中性的な声をだす方法、というのもやったことはあるのだが自分には合っていなかったのだ。
佐伯さんはずいずいとあるお店に入っていく。
慌てて佐伯さんの後をついていく。
心臓はもうずっとドキドキしっぱなしだ。
…今までは店の前に並んでいるマネキンを眺めるだけだったのに、堂々と入っていけることに感動してしまった。
「その体型だと一般的なワンピースは似合わないんだよねえ」
「…そうなの?」
小さな声で佐伯さんにだけ聞こえるような声を出す。
「そ。胸が大きいから生地がそこで伸びちゃって…お腹に空洞ができちゃうんだよね」
「ふーん…」
確かにいまはストレッチ性のある服を着ているから肌にピッタリ隙間がない状態だが、ヒラヒラなものであれば胸の頂点から布地がストン、と真下に落ちてしまうだろう。
「ベルトでキュっと締めるのもあるんだけど…その胸がさらに強調されちゃうからね」
そんな胸のパーツにしたのは佐伯さんなんだけど。
「…そういった体型を前提にした服があるから、それにしよっか」
佐伯さんはそういうと店員さんへ駆けてゆく。
ニコニコとした店員さんが近寄ってくる。
ボクは声をだすことができず、まごまごとしてしまう。
佐伯さんがそういうと店員さんはニコリと笑顔になる。
僕は声を出すわけにも行かず、軽く礼をするだけ。
「失礼いたします」
あっという間に身体中にメジャーを回され、サイズを計測されてしまった。
こそばゆい感覚が身体を這うように走るが、声を漏らさないように必死に耐える。
計測を終えた店員さんはテキパキとした動作で数種類の商品を持ってきた。
「佐伯様のご要望ですとこのあたりかと思います」
佐伯様…どうやらお得意様のようだ。
佐伯さんはそれらを受け取ると僕の手を取り、試着室へ引っ張っていく。
「じゃあ着てみて。好きなのがあったらそれで」
「う、うん…」
実際の所、今の格好でも女の子を体験できている気がして好きなのだが。
「うふふ、その気持ちはわかるけど、これも経験経験」
そういうとシャッとカーテンを閉められてしまった。
商品の1つ1つを両手で広げてみる。
どれも可愛らしかったり、露出が多かったり。
そんな服を持っていないわけではない。だがやはり外へ着ていくには自分に自信が持てなかったのだ。
だけど。
いまの僕…いやわたしなら。
そう考えて1着を選びぬいた。
佐伯さんと色を合わせた白のワンピースだ。
大きな胸でもそこまで強調されず、かといって太って見えない絶妙なデザインだ。
「ほーほー。いいね。それにしよう」
佐伯さんがお会計をしている。
この服はどうやらそのまま着ていくことになるようだ。
いつの間にか靴もカバンもそれに合わせたものが用意されている。
キレイなところを見ると佐伯さんが持ってきたのではなく、今のこの場で揃えたものなのだろう。
「さ、佐伯さん、僕こんなにお金もってないよ」
「ん?いいよいいよ。ここはわたしに出させて」
「そんな…これ、結構するでしょ?」
試着の時に見たタグには普段買っている服と桁が違う値段が書かれていた。
この靴も、カバンも数千円で買えるとは思わない。
「でもほら、ボーイッシュならさっきの格好でよかったけど。清楚系なら必要なアイテムだから」
「な…なんでそこまでしてくれるの?」
「気にしない気にしない」
有無を言わさず会計を済まされてしまった。
店員から佐伯さんに返却されたカードは親や姉持っているようなカードとは少し違う、高級感がそこから感じられるようなカードだった。
「ほら、次は清楚なお嬢様って感じで楽しみましょ」
「う…うん」
女の子というのは不思議だ。
店に入るまでは海で見るような露出が派手な、悪い言い方をすれば遊び好きな女の子という感じだったのに。
ちょっと着替えたら、深窓の令嬢…とまでは行かないもののおしとやかな、清楚な女の子がいた。
軽くポーズを取ってみると、ワンピースの裾からキレイな健康的な脚が見え隠れする。
デザインのせいかすこし控えめに見える胸だが、そこから作られる美しい女性的なライン。
自分でも街で見かけたら思わず振り向くぐらいの美しさであった。
そしてとなりに並んでいる佐伯さんと歩けばそれは、富裕層なお嬢様同士のお出かけといった様相だ。
足も自然と内股となり歩幅も少し抑え気味になっていく。
「外部的な要素ってやっぱり精神や心に影響してくるよね…。もう晶ちゃんは芯から女の子を意識してる感じ」
「そ…そうかな」
「…だからそれゆえに残念だと思っている…ことあるでしょ?」
「う…」
図星だ。
出かける当初は仕方がない、と思っていた顔が、声が。
どうにからならないのか、という大きな悩みに、障害に変わってゆく。
これさえ解決すれば全力で女の子を楽しめるのに、満喫できるのに。
ふふ。
小さく笑った佐伯さんは僕の耳へ口を近づけていく。
「…あるよ?」
ドキリ。
今日一番の心臓の高鳴り。
佐伯さんの声にドキドキした、というのもあるが…。
佐伯さんに連れられて、ショップと同じビルにあるレストランへ入る。
店員が佐伯さんに気がつくと、深々と礼をし店の奥…どうみても一般客を案内するようなことがないような小さな部屋へ案内された。
「メニューが決まったら呼ぶからそれまでは」
「かしこまりました」
もしかしてここはVIPルームとかいうものではないのだろうか。
あたりをキョロキョロ見回すのもみっともないので大人しく座ろうとする。
「晶ちゃん、待って待って」
「…?」
「これ…なーんだ」
佐伯さんが抱えているのは…頭部。
白く透き通るような肌。
艶やかに光る黒く、長い髪がサラサラと揺れる。
大きな膨らみの下にはきゅっと窄まった…首。
「うふふ、気になる?」
「………」
「正直に言えたいい子にはご褒美があるよ」
「……気に、なります」
「うふ、よくできました」
ひょい、っとその塊を投げてくる。
僕は慌ててそれをキャッチする。
中身がないために潰れている目や口や鼻。
だがそれでもこの顔が美少女だ、と思えてしまうオーラを持っている。
「ま、私は晶ちゃんのかわいい顔のママでもいいと思うんだけどね」
佐伯さんは少し残念そうな顔をする。
僕は男にしては小顔でよくクラスメイトからもからかわれるのだが、やはりそれでも完全な女の子の顔ではない。
目元だけでも、化粧をものすごく頑張って、時間をかけて女の子っぽい目を作って、マスクをして…。
でもこれなら。
「1つ、注意することがあるの」
「…?」
「いま、晶ちゃんが着ている女の子の下…本来の自分の感触があるでしょう?」
「?う、うん」
不思議なことに大きな柔らかい胸の下に自分の硬い胸があるという2つの感触がある。なにもない股間の下に、固くギチギチになっている男のモノがおさまっていることも感じている。
「全身を着用している間、下の感覚はなくなっちゃうわ」
「? そ、それだけ?」
「ええ、それだけ。ただ今の状態だとおトイレとか困るから、いずれにせよ頭を被るか、脱ぐ必要はあるわ」
「それって…」
「今の状態でおしっこすると…そうね。勃ったモノから出た水がお腹の間ををつたって、ここから垂れるように出てきちゃうわ」
「あ…」
「お尻のほうも同じ。穴の位置が一致しているわけじゃないの。皮膚の下でグニグニと潰されたものが出てくることになる…嫌でしょ?」
生々しい話をしてくる堂々としてくる佐伯さん。
いくら人払いをしている部屋とは言えここまであけすけに話す佐伯さんにすこし驚きを覚える。
「でもこれを着たら…全部着用したら。それも無くなるわ…どうする?」
「着たら…その」
「着たら正真正銘の女の子を味わえるわ。それは本当よ」
「…」
僕の答えはもう1つしかない。
「着る」
「そ、じゃあ着ている間、男の子の感覚はなくなっちゃうけどいいのね」
「うん」
佐伯さんがどうぞ、と手でジェスチャーしてくる。
ウィッグを外した僕は両手で首の部分をを押し広げる。
意外と伸びるがやはりそれを被るとなると相当にキツイ。
口や鼻、髪の毛が引っ張られる感覚。
ずい、ずいと少しずつ、1cmずつ引っ張っていく。
頭頂部にとうとうシリコンが当たる感覚があった。
その瞬間に身体を着たときと同じ感覚、そう空気が抜けて張り付く感覚が頭と首全体に走る。
(張り付いた…?)
じんわりと、ビリビリとしたしびれが頭頂部から全身へ広がっていく。
全身が軽く麻痺していくような感覚。
自己と、外側が熱で溶けていく感覚。
しばらくすると麻痺が収まる。
………
……
…
(あ、あれ…?)
ああ、そういうことか。
佐伯さんが言っていたことを真に理解する。
自分の男の身体の感覚が消える、ということを。
あたかもこの身体に生まれ、育ってきたという錯覚。
この指も、爪も…この長い髪の毛も…そしてすべての皮膚が。
すべてが自身から構成されているという感覚。
女の子の身体の中に男の、自分の身体が圧迫され存在していたはずなのに。
その感覚は一切消えてしまっている。
まるで自分がこの女の子に乗り移ってしまったかのように、入れ替わってしまったのかのように。
自分の胸に触れる。すごい、さっきまでも十分すごかったのに。
これが…一体化するということか。
「すご…い」
思わず漏れた声。
その声の高さ、可愛らしさに驚き口を抑える。
小さな手で触れる小さな口。
少しだけ舌を出してみる。小さな舌がちろり、と自分の指を舐める。
すべての感覚が生まれ変わったかのように新鮮で驚きの連続だ。
これが、女の子。
「さて、お楽しみの所悪いんだけど」
佐伯さんがすこしイジワルな顔をする。
僕は顔を真っ赤にして手をおろす。
「とりあえずはお昼にしましょうか」
「あ…は…はい」
僕はスカート部分を整えるのも忘れて、ストンと椅子へ放心状態で座り込んだ。
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