2018/10/25
ショートTSF
「ただいま、詩織ちゃん」
「あ、おかえりタツ兄」
小さなアパートの一室。
ピンク色の鮮やかなランドセルを背負った少女が 扉を開けて中を覗く。
少女はフリルがついたブラウスに白のふわっとしたスカート、膝ぐらいまである靴下。
ツインテールに結んだ髪型と幼い顔との相乗効果で可愛らしさをが極まっている。
部屋にはPCに向かってなにかで遊んでいる大学生ぐらいの男の姿があった。男は身長180cm、体型はなにかスポーツをしているのか筋肉質でガッチリとしており、シャツの上からでも筋肉の凹凸がはっきりとわかる。
男が少女に向かって話しかける。
「早速戻りましょうか」
そういうと男はPCから離れると膝立ちで少女の前に立ち、目を瞑る。
少女も軽く目を瞑りながら口を男に近づけていった。
2人が軽い口づけを済ますと男は立ち上がる。
少女は目をパチクリして腕や足を軽くほぐすように動かす。
「んー、やっぱそっちの身体のほうがいいなぁ」
「女の子だから仕方ないだろ」
「ナヨナヨしちゃってるっていうか、タツ兄ががっちりしすぎかもなんだけど」
「僕は君の身体、好きだよ」
少女は人差し指をこめかみにあて、何かを思い出すような仕草をとった。
「え、明日テストなの。えー。宿題もたくさんじゃん」
「大学のゼミの発表が来週か…」
男は昔から可愛らしい格好に憧れていた。
決して女の子になりたかったわけではない。ただ女の子が着るような可愛らしい、ふわりとした服が好きだった、着たかった。
その思いとは裏腹に成長していく男の身体。
遺伝のせいなのか大した運動もしていないのに大きく、筋肉質になっていく自分の体が嫌いだった。
少女ははじめ、母が嫌いだった。
女の子はこうでないと、とばかりに押し付けてくる服が、小物が、習い事が。
着ていくと男子にはからかわれ、女子からは冷たい目で見られる。
買い与えられる物はピンク色に染まっていく。
サッカーをしてみたいのに、ピアノへ通わされる。
そして学校が、家が、自分が嫌いになった。
そんな2人がある日出会い、そしてひょんなことから入れ替われることがわかった。
驚き、戸惑いの後に2人が感じたのは、幸せであった。
2人が入れ替わって生活をし始めない理由がなかった。
朝、アパートを訪れて入れ替わり、男は小学校、少女は大学またはバイトへ向かう。
夕方、元に戻ってお互いの記憶を共有する。
そんな日課が続くのだった。
男は感じている。
男に戻りたくないと思っている。
1秒でも長く、少女でいたいと思っている。
今日も放課後ぎりぎりまで学校に残って、時間を稼いでいた。
少女は感じている。
少女に戻りたくないと思っている。
帰ってくるのがもう少し遅くてもいいのに、と思っている。
自分が今フリフリな衣装を着ていると考えるだけで吐き気がしてくる。
そもそも夕方に戻る理由も大したものではない。
なぜか元に戻らないといけない、と思っていただけだ。
男は切り出す。
「そ、その…宿題。面倒なら僕がやろうか?」
少女は目をぱちくり、とする。
そろそろ家に戻らないとお母さんが怒る。
そして宿題は家に帰ってから自分でやっていた。
それを引き受けるということはつまり、そういうことだ。
「…私もゼミの内容ちゃんと聞いてるから…。発表まとめておいてあげる」
身体を入れ替えると相手の記憶や知識も共有できる。
少女はすでに小学生でありながら大学生並の学力を有していた。
「…それは助かるな。じゃあ今日だけ。お願いしていいかい」
「…しょうがないわね。今日だけ、ね」
2人はやれやれ、という顔をしながらも少し顔を赤らめる。
そして朝、出かけるときと同じように唇を合わせた。
最初は1日だけ。
仲直りした親と旅行に出かけるから連休中。
ゼミの合宿で不在になるから1週間。
学校が夏休みに入るから1ヶ月。
徐々に男と少女が出会う機会は減っていった。
だがどちらも文句を言うことはなかった。
そしてとうとう少女がアパートを訪れることはなくなったのだった。
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