楽しい思い出になるはずだった臨海学校。
離島での生活を体験するはずだった…のだがまさか孤島での生活に変わってしまった。
移動中だった私達のフェリーに突然の衝撃が走り、私達は海に落とされた。
突然冷たい海に放り出された私達は助けを求めることも出来ず、死にかけたのだ。
…気がついたら私達は見知らぬ砂浜に倒れていた。
船を運行していた人たちや教師のような大人を除いて、子供だけが"全員"、この砂浜にたどり着いたのだ。
それはどう考えて不可思議な出来事だった。
甲板で外を見ていた子達はともかく、船内にいて脱出する時間もなかった子(私も含めて)も砂浜に流れ着いているのは不思議だった。
普通は何人かは怪我をするだろうし、最悪の場合島にたどり着けずに…ということも考えられる。
だが実際はクラスメイト全員が怪我もなく無事だった。
だが一方で引率していた教師を含め大人が全員行方不明。
まるで子供たちだけをこの島に攫ったような、そんな意図さえ感じる。
絶望に打ちひしがれる私達の中に、趣味が講じてサバイバルの知識に長けている人がいたのは幸運だった。
手持ちの食料の確認、水場の調査、拠点や火の確保。
みんなが持つスマホは殆どが動作不能、耐水だったスマホがいくつかあったものの電波の範囲外で、さらにマップアプリは衛星が見つからないというGPSエラーが表示され機能しなかった。
差し当たっての問題は食料だった。
みな旅行用にお菓子を持ち込んでいたため2-3日は持つ。
だがそれ以上は現地調達しなければならない。
30人。
それだけの人数を賄えるほどの食料がこの島には果たしてあるのだろうか。
孤島…にしては広大な島を手分けして探すことになる。
男子達は海に潜ったりして魚を探すようで、木を砕いて槍を作っているところだ。
女子の一部は海岸や岩場で貝を、私達はいつも一緒に行動していた亜里沙、翠(みどり)ともに森の手前を探索することになった。
「何がいるかわからないから奥までいくな、だって」
「とはいっても手ぶらで帰りたくはないよねえ」
「果物とかの木、ないかなあ」
わいわい話しながら付近を探す。
サバイバル知識豊富な立花君によればキノコは見つけてもとらない、獣の糞を見かけたら大きさに注意。色々言われたけどすべてを把握はしていない。
「ま、こんな島じゃ熊とかでないでしょー」
「猪はいるかもよ」
「ま、奥に入らないようにしましょ」
しかし、探せど探せど果物や木の実どころか野苺のような物も見つからず、食べられそうな草を判別できない私達に収穫は少ない。
ふと気がつくと亜里沙の姿が見えない。
「翠、亜里沙は?」
「あれ、さっきまでそこにいたんだけど…」
翠が指差す方。
そこには誰もいない。
「しかたない、探しましょ」
「へいへい…どこいっちゃったんだろ」
少し奥へ行くと開けた場所にでる。
小さな溜池があり…。
「ありゃ、亜里沙の制服だ」
地面に脱ぎ捨てたかのようにスカートとセーラー服、そして下着が折り重なっている。
「んー?水浴びでもしてたのかな」
「おーい、男子いないから、出といて」
ガサリ。草むらから物音。
私と翠が振り返るとそこには…。
「おろ、鶏だ」
「え、あ」
本当だ。
鶏がこちらを伺うようにこちらを見ていた。
逃げ出すような素振りを見せない鶏。それどころかこちらへトコトコと近づいてくる。
そのまま、亜里沙が脱いでいった制服の上に立ち、バサバサと何かを訴えるかのように暴れる。
私はしゃがみ、鶏を両手で抱えあげる。
鶏は暴れるようなこともせず、大人しくしている。
「亜里沙、裸でどこいっちゃったんだろ」
「どうする?一旦帰って立花君に聞いたほうがよくない?」
「そうしよっか。制服も…持ってく?」
「うーん」
亜里沙は着替えを拠点に置きっぱなしだから…置いておいたほうがよいのかもしれない。
「もし亜里沙が裸でいるとしたら、ここに置いておいたほうがいいね」
「そっか。じゃあ枝にかけておこう」
制服を枝に吊るすようにして見つけやすくしておく。
私達は鶏だけを抱えて帰った。
「お、おい雌鳥じゃないか。いたのか?」
拠点に戻った立花君が私の抱えている雌鳥を見て駆け寄ってくる。
「あ…う、うん。それより大変なことがあって」
「いやーどうするかな。雄鶏ならさばいちゃうんだけど雌鳥は卵を生むからな!飼っておくのがいいかもしれないが…。いやしかし大金星だな。他の食料班は魚も貝も見つからないらしくてな…」
ウンウンと悩みだす立花君。
いや、それよりも。
「亜里沙がいなくなっちゃって」
「なんだって」
状況を詳しく説明する。
「制服を残して…?」
「う、うん。水浴びしてるの見つかって隠れたのかなと思ったんだけど」
「…わかった。とりあえず雌鳥はあそこへ入れておこう」
立花君が指を指したのは膝ぐらいの深さの穴。
「蒸留用に掘った穴だったんだけど、とりあえず」
私が鶏をそこに入れようとした時、初めて羽根をばたつかせて暴れ始める。
「え、な、なに?急に?」
嘴で突かれる前に穴の中に入れることに成功する。
鶏が穴から出ようとするが、鶏の背丈以上もある穴から脱出できそうな気配はない。
とりあえずは安心だ。
「ひとまず今日はもう日も暮れる。明日も帰ってこないようなら食料班から数人割いて亜里沙さんの捜索班を作ろう」
「うん。大丈夫かな…」
「夏でよかったね。この島は夜も比較的温かい。…とはいえ火がないと風邪を引くかもしれないが」
翌朝。
「おお。卵だ!」
寝床まで立花君の興奮する声が聞こえる。
目をこすりながら草のベッドから起き上がる。
「1日1個という制限はあるけど貴重な卵だ。捌くのはもったいない…ん?わ、うわああああああ」
珍しく慌てたような、驚いたような立花くんの声。
なんだなんだと集まってくるクラスメイト。
そこには…。
「亜里沙!?」
裸の亜里沙が穴にうずくまるようにして入っていた。
慌てて翠が着替えとタオルを取りに戻り彼女に羽織らせる。
「いったい、どこにいってたの亜里沙」
「ち、違うの…その」
亜里沙がモゴモゴと口ごもる。
彼女が帰ってきた、ということで捜索班の作成は中止し、いつもどおり食料を探しに行った仲間たち。
私と翠、そして立花君は拠点で亜里沙に事情を聞いている。
「その…」
「………」
立花君も何も話さない。
あれ。そういえば。
「あれ、鶏はどこいっちゃったの?」
亜里沙が入っていた穴。
そこには鶏がいたはずだ。
立花君がうっ、と声をつまらせる。
「その…分かってもらえないかもしれないんだけど」
「………」
亜里沙がなにか言いにくそうにしていたが、やがて決心したかのように話し出す。
「あの鶏、私だったの」
へ?
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
亜里沙の説明に寄るとこうだ。
森にすこし入っても大丈夫だろう、と思って進んだ先にキレイに澄んだ池があった。
喉が乾いていたこともあってすこしだけ、と口にしたらしい。
その瞬間に身体がぐっと縮み、気がついたら鶏の姿になっていたという。
「池で自分の顔を見たら…鳥になってて驚いたわ。手も変な翼になっててうまく扱えないし…。何か気配を感じてとりあえず茂みに隠れたんだけどあなた達だったから…姿を見せたの…でも私だとは分かってもらえなくて」
だから制服の上でアピールしていたのか。
まさか人間が鶏になるなんて、今も信じられないのだ。無理もないと思う。
「それにあなた達が何を喋ってるのか、まったく理解できなくて。日本語を忘れちゃったんじゃなくて、こう…別の言語を話してるような感じ。だから穴に入れられた時、もしかして食べられちゃうんじゃないかって思って」
…まあ、実際に捌くか飼うかの話をしていたのだから間違いはないんだけど。
「明け方になったらお腹が張ってきて痛くなるし…その…卵産んじゃうし」
立花君が手に持っている卵をみて赤面する。
「わ、私まだ信じられないんだけど」
翠が手を挙げる。
無理もない。私も信じられない。
だが立花君は。
「…僕の眼の前で鶏が急に大きくなり始めた。…羽根がどんどん小さくなって、下の地肌がどんどん…その。人間の色に近づいていって。気がついたら亜里沙になったんだ。信じられないが…信じるしかない。その池には近寄らないほうがよいかもしれないな」
亜里沙はコクリ、とうなずく。
「…卵は亜里沙君に渡しておこう」
扱いに困っていたのか、卵を亜里沙が受け取る。
亜里沙もどうしたらいいのか、思案顔だ。
「思い切って食べちゃえば?」
「え!?う、うーん」
「そのままにしておいたら腐るだけだよ」
「そうなんだけどさー」
自分の身体から排出された物を口にするのは憚られれるのか、踏ん切りがつかない様子だ。だが食料はもう心もとなくなってきている。
「ま、それはともかくだ。君たちは今日は拠点の設備制作を手伝ってくれ。亜里沙君は疲れているなら休んでいてもいいぞ」
だが、事件はこれで終わらなかった。
日が水平線の向こうへ沈みかけた頃…。
「あ…あ…ああああ!」
亜里沙の叫び声が聞こえる。
立花君と私が駆け寄ると、そこには翠がに立ちすくんでおり…その先には。
亜里沙が着ていた服の上に呆然と座る雌鳥が、いたのだった。
「亜里沙…なんだよね」
「は…はい。私の目の前で…シュンって縮んでいったかと思ったら…」
信じられない物をみた顔をしている翠。
立花君も頭を抱えている。
「亜里沙君…なんだよね?」
立花君が声を掛けるが鶏から明確な返事はなく、クビを少しかしげただけだった。
「言葉、わからなくなるって言ってたわ」
「そうだったな…筆談はどうかな?」
木の棒で土をえぐって文字を書く。
…が、亜里沙はフルフルとクビを振った。
「どうやら、文字も認識できなくなるようだな」
「…なんなんでしょう。こんなことって」
「俺にもさっぱりわからん。だが言えるのはあの池の水の効果はまだ続いているということだ。みんなにも周知したほうがいいな」
「た、大変だ!!!」
砂浜から慌てた声が聞こえてきた。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
犠牲者が増えた。
海に流れ込む小さな沢を見つけて飲んだらしい。
目の前には…。
「鹿?」
2匹の鹿がいた。
一匹は角が、もう一匹には生えていない。
「井上と佐伯が…鹿になったんだ」
井上君と佐伯さんはクラスで有名なカップルだ。
貝を探していた時に飲んだらしい。
「変化するのは鶏だけじゃないのか…」
「…?どういうことだ?立花」
「うん、これから説明するよ」
亜里沙に起きた出来事、そしてさっきまた変身してしまったことを伝える。
そして言葉も、文字も通じなくなってしまうことも。
「じゃあ、なんだ。池の水を飲んだらダメだってことか?」
「そういうことだ。今までは水筒や雨水を飲んでいたが…それがなくなっても池の水は飲めないということになる」
「そんな」
「まあ、雨水を貯める方法や海水を蒸留する方法はある。だから悲観することじゃない。だが…」
鹿になってしまった2人に目をやる。
「この現象、どう対応していくべきか。今後どうなるかわからない。徐々に治っていくのか、そのままなのか。それとも…戻らなくなるのか」
「う…」
亜里沙がずっと鶏になるだなんて。そんな。
亜里沙を抱えたままの翠も顔を青くしている。
「とりあえず今のところは日が昇れば戻るはずだ。翠。彼女たち用のベッドを作ってやってくれ」
「…はい」
翠はこっちへ来てと手振りをする。
ボディランゲージはどうやら通じるようで鹿2頭は彼女の後をついていった。
「…なるべく動物になってしまった彼らは僕たちから離したほうがいいだろう」
「…なぜ?」
「不思議な事に未だに食料は見つかっていない。海に魚なんて腐るほどいるはずなのに、だ。いやそれだけじゃない。この島にはなければいけないはずのものがない。…動物がいない。鳥すらも。そして動物が食べる木の実や果実がない。小動物どころじゃない。タニシや青虫のような小さな生物もいないんだ」
立花君は淡々と続ける。
私もおかしいな、と思っていたことだった。
野苺のような野生の果実は一切なく、茂みに入ったのに一切虫に刺されなかった。
「あるのは木と草だけ。このままいけば僕らの手持ちの食料はなくなる…そうなれば次は何だ?」
…先程の鶏や鹿が頭に思い浮かび、ブンブンと頭を振る。
「そんな、そんなこと」
「…だが飢餓に陥ればみんな冷静じゃいられなくなる」
「……」
「もう1つ、みんなが助かる方法はあるが…いやまだ確証はない…。考えないほうがいいか」
立花君はブツブツと独り言をつぶやきながら私から離れていった。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
明け方。
元の姿に戻った3人がこちらへやってくる。
「亜里沙…大丈夫?」
「うん、ずっと3人でいたから、ね」
「ああ」
「びっくりよね…水を飲んじゃダメ、なんて早く言ってほしかったわ」
「今日の夜も鹿になってしまうんだろ?参ったな」
「でも、鹿の毛皮は暖かったじゃない?」
「鶏も羽毛が意外と保温性高いのよねえ」
ワイワイと楽しそうに会話している。
「冷静ね、あなた達。亜里沙は2回目だけど、あなた達は初めてでしょう?」
「まあ、佐伯と一緒だったからな」
「井上君といっしょだったから…」
鹿同士でも会話はできなかったけどな、と苦笑する。
亜里沙と顔を見合わせる。
鹿になってまで惚気けられるとは思わなかった。
「私も彼氏がいたら苦労を共有できたかしら」
「…雄鶏は卵うまないけどね」
それもそうか、と亜里沙。
なんだかんだで彼女達の中に焦りのようなものはないようだ。
「はい、どうぞ」
亜里沙から手渡されたのは白い卵。
若干まだぬくもりが残っているような気がする。
「さっき産んだばかりだけど…私はいらないからあなたが食べて」
「え、いいの?」
「うん、私達、食糧問題は解決したようなものだから」
聞けば変身すると内蔵にまで変化は及んでいるらしく、そのへんの草がごちそうに見えるのだという。
鶏も鹿も基本は草食だ。
寝る前にたらふく食べたので問題ない、という。
「どうせ、また夜になれば変身しちゃうんだし」
島に来た当初、立花君が草を齧ってみたが渋くて苦くてどうにもできそうにない、と匙を投げていたのを思い出す。それを彼らは今お腹いっぱいに食べているのだ。
昨日、立花君が言いかけていたことがなんだかわかった気がした。
(もう1つ、みんなが助かる方法…)
人間の食料は見つからない。
だが…草食動物の食料なら目の前に…それこそ島中に存在している。
立花君が考えたのはおそらく。
(ああ、でも。そうか)
まだ問題がある。
もし一人でもライオンに変身してしまう人がいればこの作戦は成立しない。
弱肉強食の構図が出来てしまえば私達の未来は明るくないだろう。
だが。
今この27人の人間と3匹の動物。
この構図自体がすでに食物連鎖の階層を分けてしまっている。
動物とはいえ人間が変身している、という葛藤はあるがそれも極限に追い込まれれば生きるために躊躇なく襲うようになるだろう。
(立花君、どうするんだろうな)
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