城塞都市。
王都から歩いて10日程、他国との国境付近にあるこの都市は流通の要であると共に他国からの侵入に対して監視、防御する役目を担っている。
城塞、というだけあって街と軍事拠点を大きな城壁が囲うようにして建造されており、4箇所ある外門を通らずして街に出入りすることは不可能である。
が、近頃その街の中で不思議な事件が多発しているのであった。
宿屋や酒場が立ち並び、冒険者達が集う通り。
その中の1つの宿屋で冒険者グループが帰ってこないとの連絡があった。
ギルドから調査チームが派遣され状況を確認する。
昨夜、酒場をハシゴしていたが朝になっても宿に戻ってこないという。
「やはり攫われてしまったのか」
「また女性ばっかり。こうも数が多いと裏組織の関与も考えられますね」
「そうね…今回は女性ばかりとは言え手練の冒険者が4名。酔っていて不意を突かれた可能性もあるけど…争った形跡が見つからないわ」
ギルド職員が書類をかきあげながらため息をつく。
これで被害者は20名以上になった。
共通しているのは
争った痕跡もなく歴戦の冒険者たちが、争った痕跡も残さず姿を消す。
最後に立ち寄った酒場も統一性がなく、また彼女らの荷物は宿に残されており戻った形跡もないことから、就寝中の拉致の可能性は少なく。
「何が目的なのかしら。奴隷にするとか?」
「彼女らの力や能力は奴隷にして従えるにしては難しいでしょう。それに抵抗した形跡なく姿を消しているから自らついていった可能性も…」
「荷物を置いていってまで?それこそありえないでしょう」
「睡眠剤とか…?」
「遅効性の睡眠剤なら酒場からでて人通りの少ないところで寝てしまったところを運ぶことはあり得るでしょう、でも…」
「そうですね…」
ギルド職員の1人が周囲を見回す。
遠くから見てもわかる高い城壁。
「その場合、彼女たちはまだこの城塞都市の中にいることになります」
「ええ。目立たずに城壁を超えることは無論のこと、地下道も閉鎖、外門も警備が強化されていて通行する人は例外なく、どれだけ小さな荷物でも検査が行われています」
「ただ…20人の人間を捉えておくのに必要な場所、食料、人員。それらが我々の調査に引っかからない。該当する場所はすべて調べ尽くしています。なにかしらの方法で連れ出されている可能性もありますが…」
「魔術師…かしら」
「テレポートの類も城塞結界の検知なしに出入りすることは難しいかと」
ここまでは今までの事件からなんら進展がない。
なにせ痕跡が一切ないのだ。
「…ふう、仕方ないわ。今の所判明している情報を公表しましょう。特に女性だけで行動しないように」
20名の行方不明者の名簿を眺める。
いずれも女性であり、かつ…
「実力派、ばかりね。聞いたことがあるパーティや人ばかり」
「そうですね。本当に彼女らが一切反撃できず攫われるなんてことがあるのでしょうか」
「そこは考えても始まらないわ。ここからわかるのは実力を持った女性が狙われているということよ。そこを気をつけるように周知しましょう」
「なるほど、城塞都市にはまだ名うての冒険者たちがいます。彼女たちには直接伝えるようにします。…だとするとミーティアさんも気をつけないとですね」
「わたし?」
ギルド職員、ミーティアが首をかしげる。
「元冒険者でしょ。閃光のミーティア。引退したとはいえ知らない人はこの街にいないでしょう」
「もう数年前の話よ。膝に傷を負ってからはまともに戦えないわ」
ミーティアはため息をつく。
最後に閃光のミーティアと呼ばれたのはいつの話だろうか。
とはいえ、確かに襲ってくる輩がいないとも限らない。
腰に差してある短い短剣があることを確認し、ミーティアは酒場を回ることにした。
「これでめぼしいところはすべてかな」
さすがに噂が回りきっているのか女性だけのパーティは全く見当たらなかった。
このまま今日は解散、ということになりギルド職員はみな帰路につく。
「…?」
帰り道。
何者かが視界の隅に入った。
人目を避けるように裏路地へ入っていく後ろ姿だ。
あの辺りは酒場や宿場につながる道ではない。
杞憂だとは思うが念の為見回ることにする。
怪しげな人影が入っていったのは古びた佇まいの店だった。
(こんなところにお店が…?)
城塞都市には数えきれないほど店はあるがそのおおよそを把握している。
が、記憶にはこの通りに店などはない。
(無届け商店かもしれない)
この城塞都市では王都以外にギルドの許可がないと店を構えることができない。
とはいえ上納をさける為に無届けな店があるのも事実。
(関係ない…わけないわね)
しかしかつての冒険者の勘が言っている。
あの件に関係があると。
ミーティアは店の扉に手をかけた。
思えばこの時にギルド職員を呼び戻し、全員で抑えていれば、と後悔している。
実戦から離れていたミーティアはそこで判断を誤ってしまったのだ。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
(…ここは…?)
意識を取り戻し、ミーティアは周囲を見回す。
どうやらあの店の奥の部屋にいるようだ。
(せっかちな店主だったわね…してやられたわ)
まさか店に入った直後に背後からやられるとは。
なんらかの魔法が直撃した私は気を失ってしまった。
だが、あの直前まで魔力を感じなかったのはよほどの魔術師に違いない。
(う、かなり念入りに拘束してあるわね)
手、足は言うまでもないが、首や身体まで念入りにロープでも巻いていあるのかピクリとも動かない。
唯一動かせる視線だけを使って私は周囲の情報を集めることにする。
簡素な棚や机を見る限り、商店の在庫を置く倉庫なのようだが商品になるようなものは一切置かれていない。
…が気になることがあった。
私がいる位置だ。
どう考えても床やベッドに寝かされているとは思えない高さ。
部屋の天井まで1mもない、壁際に私はいる。
そして寝かされているわけでもなく、吊るされているわけでもない。
安定した床の上に立たされている…いやこれは。
置かれている…という表現が正しいかもしれない。
ミーティアが置かれている状況に混乱していた時、
部屋に2人の男が入ってきた。
1人は杖を持ちいかにも魔術師風の男。もう1人は…
(商人ギルドの長…!)
大きな声を発したつもりだったが、口はピクリとも動かない。
なにか詰め物をされたようなくぐもった声すらでず、口はポカン、とOの字に空いたままなにかで固定されていることに声を出そうとして気がつく。
(…え、何…?石化かなにか…?)
石化魔法であれば私が一切動けないのも壁際で立ったままなのも納得できる。
歴戦の冒険者でも街中で不意打ちからの石化魔法であればレジストすることもできない可能性が高い。
…そして、誘拐した人たちの監視や食料が不要であることも。
だが周囲には私の他にさらわれた人が居るようには見えない。
(石像を出荷、なんてことは容易では無いはず)
事件発覚前ならともかく、20人もいなくなっている現状では等身大の女性を象った石像をなにもなく通すほどギルドのチェックも、城塞都市の検問も甘くない。
怪しげな物であれば検知魔法による検査が行われる。
だが、記憶にある限り石像が出荷された、などという書類は見当たらない。
(ということはまだ攫われた人達は都市内にいる、ということかしら)
そう考えていると2人の視線がこちらを向く。
背筋がぞわり、とする感覚がする。
「まったく、尾行されるとは商売が無事だったからといって油断しすぎじゃ」
「へへへ…申し訳ありません。でも魔術師様に頂いたスクロールの効果が少し残っていて助かりましたよ。それにほら、見ていただければ分かる通り上物です。ギルド職員なんて大したことないと思っていましたが…」
「ふむ、引退した冒険者がギルド職員になることはあるからな」
そういった魔術師はわたしの顔へ手を伸ばしてくる。
触られる…。
私は恐怖で目をつむる。
次に私を襲ったのは浮遊感だった。
(えっ…)
わたしの全身をがっつりと握られている感覚。
そして目の前にあるのは魔術師のシワの入った顔。
「なるほど、たしかに濃度が高いモノが形成されておる」
「でしょう、でしょう?」
「これなら金貨10枚でも余裕で売れるかもしれんな」
(う、売る…?)
いや、それよりなんなんだろうか。
軽々とわたしを持ち上げている魔術師。
眼の前の魔術師がまるで巨人のように見える。
「これも明日出荷の便にいれておけ。証拠はさっさと消さねばならん」
「へい」
そういうとギルド長は部屋の隅に置いてあった大人が抱えられるぐらいの木箱を持ち上げ、机に置く。
カラン、カランと中でなにかガラスのようなものがぶつかりあう音。
ギルド長が木箱の蓋を開ける。
(なっ…)
そこには大量のガラス瓶。
そのガラス瓶一つ一つが…女性の体の形をしていた。
いや、正確には胴体部分だけだ。
手はなく、足部分は太もも辺りで平面に切られている。
そして飲み口の部分は…顔だった。
ガラス瓶1つ1つが片手で持つことができるサイズだが、それぞれ違う顔、形になっている。
私は恐ろしいことに気がついてしまった。
(ポーション…ですって…?)
ガラス瓶の中には赤や青色の液体がタプタプと揺れている。
量や色の濃さがポーション毎に違う。
大量生産するポーションでは考えられない、器や量、質の不揃い。
これは、まさか。まさか。
「しかし毎回魔術師どのには助けられていますよ」
「…ふん。わが研究を王都は認めてくれはしないのでな」
「へへへ…人をポーション製造機にするなんてこと、人道に反する…でしたっけ?」
「人は魔力が減っても自然からマナを取り入れ魔力とすることができる。特に女性は魔力の容量が顕著に大きい。ポーション瓶化してしまえば、1日1回、水さえ入れておけば自然に生成されるポーションの完成だ」
「これが実用化されれば魔族と戦っている前線の補給を効率化できるというのに…」
「領土内の遺跡や洞窟から遺物を盗掘するだけの冒険者も、前線の魔道士の役に立てる、というのにな」
まずい。相当にまずい。
検問のチェックでは"人が隠れられるサイズ"の荷物を徹底的にチェックはしているが、そうではない荷物に関しては確認が甘い。
もし他の市販ポーションの木箱に混じって馬車に積まれれば、この木箱を開けることすらないかもしれない。
仮に開けられたとしてもガラス瓶の意匠だ、などと言われれば通してしまうだろう。
物を小さくする、という魔法は未だ実用化はおろか研究段階ですら成功していない、完璧に盲点となっている。
魔術師の手から逃れようと身体を動かそうとするが、同じくガラス瓶と化してしまっているであろう私の身体はピクリとも動かない。
「…無駄だよ。君はもう二度と人間に戻ることはない。魔力を液体に溶かし身体に貯め続けるただの道具さ」
魔術師がじっと私の眼をみて呟く。
「君はいわば魔法生物のようなものだ。自身では最早何も出来ず、人の糧となるしかない哀れな道具」
魔術師の顔が、口が近づいてくる。
「液が失われれば意識を失い再び魔力が満ちるその時まで瞳を閉じ眠りにつく。瞳が開けば液に魔力が満ちたという合図だ。それを人が飲み、再び君は意識を失う。君がこの先、今のように意識を保っていられる時間はそれほど長くはない、ということだ」
何…を言っているのか。
そんな確認のためだけにわたしの意識は残されているというのか。
ぐい、っとわたしを傾ける。
魔術師の唇とわたしの唇が合わさる。
身体の中で何かが傾く…いやおそらくポーションだ。
わたしの口から体の中の液体が、魔術師の口へ流れていく。
身体が軽くなっていくと同時に思考にモヤがかかっていく。
動かぬはずの瞳が重たく感じ、徐々に閉じてくる。
待って、待って…。
わたしの視界は暗闇に閉ざされた。
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