2018/09/03

ボツ作:番犬ロボに乗せられた私


油断した。
そう考えたときにはもう遅かった。

わたしはいわゆる産業スパイだ。
ライバル企業のロボット事業に関する情報が欲しい。
ある企業から依頼され、派遣社員として侵入に成功した…と思っていた。
資料に手を触れた途端、部屋に充満する白いガス。
…どうやら予想以上にセキュリティが硬かったようだ。


…ん…?
意識が戻り、ゆっくりと目を開ける。
身体全体が麻酔にかかっているかのように力が入らない。

視線だけを動かして部屋の様子を確認する。
どうやら部屋の中央に寝かされているようだ。
天井には大きな照明が1つ。
眼の前には2つの大きなガラス管に液体が満たされており、そこにはなにか浮かんでいる。

(どうやら捕まっちゃったみたいね…)

なにかで拘束されているのか、薬を打たれたのか。
手足に感覚がない。
いや、正確に言うと感覚はあるのだが、振り回した四肢はなにも触れることができず空を切るだけだった。
寝かされているベッドやその縁にあたっても良さそうなものだが…。
さらに手足だけなにか、周りにまとわりつくような感覚がある。

「目が覚めたかしら」

コツコツ、とヒールの音が近づいてくる。
この声は…。

「冴羽主任…」
「こんにちわ。ひさしぶりね」

先入先の直属の上司、冴羽主任。
彼女が持っている義足、義腕の技術が目的だったのだが。

「バレてたんですね」
「うちの監視システムも私が作ったものよ。ちょっとした振る舞いからスパイをあぶり出すことができるわ」

普段の勤務態度、話題への食い付き、書類を探す仕草。
そういった物をカメラから解析することで怪しさを数値化するのだという。

「残念だったわね」
「…で、拘束ですか。警察にでも突き出すつもり?」
「まさか」

そんなことしないわ、と主任。

「せっかくの実験体が手に入ったのだもの…。有意義に活用しなくっちゃ」
「実験体…?」
「あら、まだ気が付かないの?」

気がつく…?
先程から手足に感じている違和感はまさか。
わたしは首を傾け、自分の右手を見ようとするが…。

「ひぃ…な、ない…!?」

私の肩伸びているはずの右腕は綺麗サッパリ見当たらなかった。
代わりに肩先には黒いゴムのような吸盤が嵌め込まれている。
高まる動悸を抑えつつ、足も確認してみるが、腿の付け根から、手と同じようにキレイに切り取られていた。

「こ…これは犯罪ですよ!!」
「あら、あなたがそれをいうの?」

スパイが偉そうに、と冷たく微笑む冴羽主任。

「大丈夫よ。手足を失ったわけじゃないわ」
「え…?」
「眼の前を御覧なさい」

眼の前。わたしはなくなった足のほうへ視界をやる。
先にはさきほどのガラス管。
その中に入っているものをよく見ると…

「私の…手足…?」

そう、そこには液体の中で浮いている私の手足だった。
左手と右手、左足と右足がそれぞれの管の中に入っている。
切断部分はわたしの身体にもついているような黒いゴムで蓋をされていた。

驚くべきことにわたしが右手を握ると、ガラス管の中の右手がぐっと握りしめられることだった。
どうやら物理的に分断されているものの、神経や感覚はつながったままのようだ。
わたしは自身に着いている黒い吸盤を見る。

「こ、これは…?」
「リモートで接続可能な神経よ。物理的に切断された後でも神経はネットワークで伝達可能になっているから双方の感覚が伝わるようになっているわ。胴体から分離された部分も黒いところ入っている生命維持装置で腐ることはないわ」

手足の感覚はあるのに、自分の四肢はついていないため身動きは一切取れない不思議な感覚がわたしを襲う。
手足をあきらめ身体をよじってはみるが胴体はなにかに固定されていることがわかる。

「手足がなければ胴体に巻いた1本のベルトで人間は動けないのね」
「そ、そんな」
「それより感想はあるかしら?この技術によって外科手術は勿論、ロボット業界にも大きな革命が起きるわ」
「わたしを切断の人体実験にした…ってこと…?こんなこと許されることではないわ」

が、返ってきた返事はさらに予想を超えた恐ろしいものだった。

「何言ってるのかしら。まだまだこれからよ」

主任はそういうとガチャガチャとなにやら組み立てられたパーツを持ってくる。
逆関節のような形をした4つの部品は、生物…犬や猫などの手足を模しているように見える。

「あなた、うちの敷地内のガードは見たことある?」
「…?」

確か、巡回系の警備もすべて人型のロボットが行っていたはずだ。
以前、内部スパイではなく、侵入による情報摂取を計画したことがあるのだがそれらの警備の厚さから断念した経緯がある。
そして、もう1つの警備システムを思い出した。

「撃退系の…」
「あら、さすがよくご存知ね」

侵入者が仮に入ってきた場合、躊躇なく襲いかかるロボット。
機動力に優れた犬型が採用されていたはずだ。
眼の前にあるのはその犬型ロボットの胴体部分だけがポッカリと空いている。

「あれの難点はバッテリー、ということもご存知?それを改良するための試作品になってもらうわ」

稼働時間に直結するバッテリーは容量を増やせば重量が増える。
車のバッテリーでもそれだけで40kg以上はあるのだ。

「あなたの五体満足なときの体重は50kgね。頭と胴体だけだとおおよそ半分で25kg、うん実験にはぴったりだわ」

そういうと主任はわたしを固定しているベルトを取り外し、両手で抱える。
わたしは抵抗を試みるがどれだけ暴れようと動くのは管のなかに浮いてる手足だけだ。
胴体は少しよじれるだけで抵抗には程遠い。

あっという間にわたしは4つ足で支えられたカゴのような上に裸のままセットされてしまう。

「さて、神経ネットワークをつなぎ替えるわよ」

バチ、とスイッチを入れた途端、遠隔ながらつながっていたわたしの手足の感覚が失われ、代わりに4つ足の感覚が身体に流れてくる。
手を上げてみるが、代わりにあがるのはわたしの目の前に接続された機械の前足だった。

(そ、そんな)

「ネットワークでやり取りしている先を変えればこんなことも可能なの。これによってあらゆる機器が人間の感覚で操作可能になるわ」

4つ足で立っているために、視界が低くなっており主任の膝が目の前にある。
顔を見ようと思っても、うつ伏せに設置された身体では前方をみるのが精一杯だ。

「人間をバッテリーとして使ってみる、ってのも凡人には出来ない発想よね。それにAI思考に必要なCPUの負荷も削減できるの」
「CPUの負荷…?」
「そう、結局カメラから画像を処理したり、行動の判断をするCPUが一番電力を使うの。それを軽減するのよ」
「…?どうやってそんな」
「まあまあ、やってみればわかるわ」

やばい、逃げ出そうと思い、4つ足で掛け出す。
どうやらオートバランサーが働いているらしく、よろけることなく扉へ向かって走ることができた。
しかし逃げる様子をみても慌てる様子がない主任はスマホを取り出し、なにかを入力した。
途端にわたしに頭へ痛みが走り、わたしはその場で立ちすくんでしまう。

「あなたの脳みそを使うの。画期的でしょ」
「あ…あ…あが」
「さてと…あとは」

さらにスマホになにかを入力していく。
ピー、という音とともにわたしの身体を黒い物体が覆っていく。
どうやら4つ足になにか噴出する機構が仕込まれていたようだ。

「その黒い物体はあらゆる衝撃を吸収して逃がす新素材のゴムよ。あなたの身体を寸分なく覆ってあなたを守ってくれるわ」

わたしの頭部と胴体を薄いゴムの被膜が覆っていく。
眼の前もゴムに覆われ、光がわずかしか入らなくなり視界が奪われる。
そして口や鼻の中まで侵入してきたゴムは歯や舌までを遠慮なう覆っていく。
同様にわたしの股間や肛門にもゴムは遠慮なく侵入してきた。
しばらくするとゴムが硬質化していくのがわかる。

「あ…がっ…」

喋ろうとしても舌が押さえつけられ、口は開けっ放しで固定されており、発声できなくされてしまっている。

「これで完成っと…。じゃあさっそくだけど敷地内の巡回をお願いね」

(そんなことするわけ…ってきゃあああ)

主任の命令を聞いた4つ足がわたしの胴体を乗せたまま外へ駆け出していくのであった。
今のわたしは生身の手足を分離させられ、残った頭部と胴体は警備犬として利用されてしまっている。
感覚はあるものの全く言うことを聞かない手足は主任の命令に従って敷地内を巡回しているだけだった。

理想は手足を取り戻し、五体満足で逃げることだ。
だが、現状自身に残された手段は限りなく0にちかかった。
できることといえば、声を発することだけ。
だが、それも黒いゴムによって低い小さな声しか出すことができない。

(なにか、ソフトウェアにバグがあれば…いいんだけど)

あの天才と呼ばれた主任がそのようなものを残している可能性は低い。
こうなれば助けが来るのを待つしかないのだが…。
問題はいまの格好だ。

顔、胴体を余すことなく覆っているゴム。
そして4つ足の体型。
もし助けが来たとしてもわたしがここにいることを伝える術がない。救助者もわたしをみて人間だと気がつく可能性は低いだろう。夜であればなおさらである。
下手をすれば警備ロボを無力化しようとして、わたしに危害が及ぶかもしれない。

考えていると、周辺を巡回するために勝手に動いていた手足がピタリと止まる。
(…?)
 何が起きたか わからずにいると、急に方向転換をし小さな屋根のある建物へ歩きだす。
そこは手洗い場のような流し台があるのだが、蛇口の部分が直径5cmほどの黒い筒の形をしており、水道ではないことが伺える。

(…なにかしら…これ)

歩みは止まらずに、とうとう目の前に筒があるところまで近づいてきた。
顔がだんだんその筒へ近づいていく。
このままでは開いたままの口にその筒が入ってしまう。

(…まさか、これ!)

気がついたときにはもう遅かった。
ガポ、と口に嵌め込まれたかと思うと筒の中からなにかが動く音がする。
ギュイイイイ、という 音と共に何かが喉の奥へ入っていく。

(ぐ、が)

吐き出す抵抗もできずに数秒間、奇妙な音が続く。
その音が止まったかと思うとそこから胃へ直接温かいものが放出されるのを感じた。

(ま、まさかこれって)

食事…!?
おそらくだが、筒から伸びたチューブのようなものが食道を超えて胃へ直接垂れ流している。30秒ほどで胃ずっしりとした何かが流し込まれたのだった。
おそらく吸収のはやい流動食のようなものだろう。
先ほどと逆回しのような感じで喉の奥からチューブが抜けていく。
しばらくすると足が後退りをし、口が筒から解放された。

(こんな人の尊厳を無視したような、餌をやるかのような方法で…)

しかし、屈辱はそれだけでは止まらなかった。
あっというまに流動食は胃から先へ進んでいき、小腸、大腸を通過していく。
その量と勢いは体の中の出来事だというのに鮮明にわかるほどだった。
さて、大腸まで行き着けばあとは出すだけとなるのだが…。

(お、お腹が痛い…)

トイレでもない場所で垂れ流すのに躊躇はしたのだが、このままこの体制でいてもトイレへいく、なんてことはないだろう。
痛みに耐えかねて出そうと思ったが、肛門に侵入してきているゴムが排出を許さない。
強い力で蓋をされてしまっているかのようだ。

(そんな…このままだと破裂しちゃう)

しばらくお腹の痛みと格闘していたのだが、ある瞬間にその苦しみから開放されるのだった。
ズリュン、という滑るような音と共に肛門を一塊の物体が通過した感触を感じる。
恐る恐る視線を足元の方へ見やると、そこには黒い大きな塊が転がっていた。
どうやら排泄物は自分を覆っている黒いゴムのようなもので包まれて排出されるようだ。
自分の肛門の中でそんな事が行われていることに絶望する。

流し場の上に出されたその塊はしばらくすると自動で流れ出した水流に流されるように排水口の中へ流れていった。

(…どうやらここは食事場とトイレを同時にする…場所なのね)

しばらくすると立ち止まっていた手足が再び動き出し、建物の周りを巡回し始めたのだった。





このあと、頭と胴体を分離させられ、頭はメイドロボに乗せられ主任の言いなりに、胴体は引き続き番犬に、切断された手足を使った2足歩行ロボが現れ…

という話にしようと思ったんですが、自分の中での盛り上がりどころが散らかった感がありボツとなりました。

未来技術系の話は設定等の説明と表現が難しくてまだまだ力不足だなあと思った次第です。






















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