アラトルズの街。
王城首都からはるか西に離れた辺境の地ではあり、魔族との境界線近くであるのだが、
希少な金属が多く産出され、魔物の素材を得やすいことから要塞都市として繁栄している。
街の住民も、訪れる冒険者も腕に覚えがある一線級の戦闘職、生産職が揃ってる。
そこに同じく居を構える神聖職もまた格別である。
あらゆる呪いを解くことができる僧侶が滞在しており、魔族との争いで被害にあった冒険者を救っている。
…まあその僧侶というのが私なんですけどね。
魔族との衝突が多いために怪我や病も首都では見ないような最前線地区だ。
呪いも例外ではない。
そんなところへ、国内一の解呪力をもった私は若くして派遣された。
「おい、マスターはいるか?!仲間がやられちまったんだ、頼む!」
深夜に人目を偲ぶようにしてやってくる冒険者のグループ。
呪いというのは見た目を大きく変えてしまうものも多い。
そのため緊急性がなければ日が高いうちは避けてくる人たちが多い。
暗くなってから街の裏口を通り、この建物の裏からこっそりと入ってくる。
今回の二人組も例外ではないようだ
1人は屈強な戦士なようだが、もうひとりは白く長い布を頭からすっぽりかぶって全身を隠している。
「ようこそいらっしゃいました。まずは状況報告を」
「あ、ああ。未到の森のE7付近で大きなマジックビーに刺されたんだ」
E7地区。
普段は比較的安全な地域なのだが数ヶ月毎に1回、大量に虫が孵化する。
そのなかの1種族がマジックビーで、人の半分ぐらいの大きさの巨大な蜂の姿をしている。
尻尾に生えている親指ぐらいの太さがある数十cmの長さの針を敵に刺してそこからダイレクトに魔力を流し込む。
悪意ある魔力を流された獲物は抵抗する術を奪われるのだが、その変化は千差万別で同じ個体でもまったく別の対策が必要となり、厄介なことで有名だ。
まあ、聞けばなるほど、この地域ではよくあるトラブルの1つだ。
「把握いたしました。では…布をめくっても?」
「あ、ああ…だが」
戦士は布をかぶった冒険者の方を見る。
目が見えるように少しだけ開けられた穴から、戦士へ何かの意思を伝えている。
「…わかった。マスター、私は退席する。すまないが彼女をよろしく頼む」
…なるほど。男女ペアの冒険者だったか。
言われて戦士の顔に見覚えがあることを思い出す。
そしてもうひとりのヒーラーの彼女が寄り添っていたことも。
彼女はどうやら彼に今の姿を見られたくはないようだ。
「ここには待合室はありません。処置が終わるまでは宿へお戻りください」
「承知した。よろしく頼みます」
戦士は深々と礼をすると表側の扉から出ていった。
「こほん、同じ女性です。特に緊張する必要も、恥ずかしがる必要もありません。あなたのことは決して口外いたしませんし」
そう彼女に伝えると若干警戒していた空気は解かれる。
布を取るように、彼女へお願いをする。
「…あの、布をめくっていただけますか。その…自分で取ることができないので」
小さな声が布の中から聞こえてくる。
布の端を手にとって見ると、結構上質なものだ。
一時的に隠すための布の為に、そこらの冒険者が容易に買えるものではない。
それは彼らが歴戦の冒険者であることを物語っていた。
…が、一瞬の油断で命を落とす可能性があるのが冒険者、今回は運が良かったほうだろう。
布をスルスルと引っ張ると、彼女の姿が露となる。
(ああ、これは…女性にはちょっとつらいかな)
彼女は衣服を着ていなかった…いや着れなくなった、というべきか。
本来の彼女のままの部分は…顔だけだった。
全身の見た目は一言でいうと男性の生殖器。
胴体は大きな1本の棒となっており、手は萎縮して跡形もなく消え去っている。
そして身体のあらゆるところに太い血管が盛り上がっている。
首も同じ太さに膨張しており、その浅黒い皮膚に覆われたており、皮が少し余った先端からひょっこりと顔が飛び出していた。
元のサイズはわからないがおそらく彼女の乳房だったものが大きく、南国の果実ほどまで膨れ上がり、シワが入った状態で股間まで垂れ下がってきている。
そして股間から膨張したものではない、とわかったのは乳頭の名残のようなものが双方に残っていたからだ。
数倍に膨張してしまった胴体を支えるためか、足もソレを支えるために大きく太くなっているのだが、長さは失われており、1歩1歩が亀のような歩みしかできなさそうである。
呪いで一番多いのは手や口、足を封印してしまうことだ。
手が使えなければ杖を持てず、印も結べずに魔力の行使が非効率になる。
口が使えなければ精霊への語りかけ…呪文の詠唱が行えない。
足が使えなければ逃亡することができず、仲間から見捨てられる可能性が高くなる。
「あら、でも喋れるのよね。解呪はできなかった?」
おそらく彼女自身も解呪の心得はあるはずだ。
そうでなければこのあたりで2人で活動する、というのは自殺行為に近い。
「あ、はい…もちろん詠唱はできるのですが…」
「?」
言いにくそうに言いよどむ。
「あなたも解呪ができるのなら、私の解呪にシンクロして増幅してくれると楽なのだけど」
解呪というのはとても疲れる作業だ。
自分だけで行うより、彼女の魔力が増幅してくれるのであれば、戻る時間も短縮できるし、疲れないしで正直なところありがたい。
「…や、やってみます」
私は杖を両手に持ち、解呪の詠唱を始める。
その詠唱に合わせて歌うように彼女の詠唱も始まる。
(さすが一線級、魔力の質も詠唱も完璧)
が・・・
「破邪の精霊よ、この声に応えその姿を表せ。その聖なる…ぶほっ」
その清らかな透き通る詠唱は、彼女の何かを吐き出すような音で中断される。
シンクロさせていた私の解呪魔法も残念ながら霧散してしまう。
彼女の口からは白い大量の液体が吹き出していた。
「げほっげほっ…すいません、やはりダメなようです…」
大きく吹き出した液体は大きく飛び散って建物の壁にかかる。
どうみても男性の精液に見えるが、その中には高純度の魔力が含まれている。
(なるほど、こうやって魔力を吐き出させて摂取するつもりだったのか)
どうやら魔力を高めると、身体が放出してしまうようだ。
マジックビーはこうして放出された液体から魔力を抽出し、繁殖に使うのだろう。
彼女は持っていた魔力の大半を吐き散らかしてしまったのか、先程まで大きくそそり立っていた肉棒はやわかく折り曲がり、彼女の顔も半分以上が皮に覆われようとしている。
どうやら魔力を発散させたあとは睡魔が襲ってくるようだ。
彼女は睡魔に抗うような顔をしていたが、耐えきれず目を閉じ意識を失う。
(足も先程より更に短くなってますね…どうやら適合化も進んでしまうようです)
おそらくこのまま呪いが進行すれば動くこともできず、思考力も奪われ
魔力が貯まれば放出するだけの植物のような存在になってしまいそうだ。
…さてちょっと困ったことになってしまった。
私の解呪魔法も消失してしまったことで必要な魔力量が足りなくなり、彼女の呪いも進行し続けている。
まともに解呪をしようと思ったら数日はかかってしまうかもしれないし、それでは呪いが完成してしまうほうが先になるだろう。
(ま、私の見積もりが甘かった、ということですから、自業自得ですけど)
はぁ、とため息をつく。
私が解呪専門職として王国一といわれているのは解呪魔法に長けているのは当然だが、もう1つ、私のもつ体質に関係があった。
自動浄化スキル。
自身に降りかかった呪いは自然治癒してしまうというユニークレアスキルだ。
かなり強力なパッシブスキルで、弱い呪いであれば触れるだけで解呪が可能なほどである。
「あまりやりたくはないですけど、このままにはしておけませんし、しょうがないですね」
私は彼女の胴体に軽く口付けをする。
-呪い移し。
彼女にかけられた呪いをすべて私へ移動させる、犠牲を良しとする新聖職の秘儀だ。
彼女の体が徐々に、元の体型へ戻っていく。
白く長い手足が生え、胴体にはくびれが生まれ、胸は大きく張りを取り戻して元の位置へ戻る。あっという間に彼女は元の姿へ戻ったのだった。
そして…。
(う…ぷ。呪いを身にすることは慣れているとはいえ、変化は辛いですね)
あっという間に私の身体は、先程の女性と同じ形に変化してしまう。
手は失われ、足は短くなり歩行が困難になる。
上半身は1本の硬い棒となり太い血管が走る。
「…はっ、も、もとに戻ってる?ってきゃあああ?」
気がついた女性が自分の呪いが解けていることに気がつく、そして目の前の私をみて驚愕する。先程までの自分の姿と同じものが目の前にあるので、無理もないが。
「あの、すいませんが、寝室まで私を運んでいただけますか?」
皮が口元まで来ているのでとてもしゃべりにくい。
歩行が困難になることを失念していた私は、彼女に移動をお願いする。
「は、はい…。でも大丈夫なんですか…?」
「問題ありません。この呪いの力であれば…1日もあればもとに戻るでしょう」
「そうなんですか…」
とはいえ楽なものではない。
彼女にお姫様抱っこのように抱えられているが、身体に触れている柔らかい腕や胸の感触に、身体がますます固くなり、身体を流れる血流が多くなる。
「はぁ…はぁ…」
口からとろりとした液体が出てくるのをなんとか飲み込み。我慢する。
魔力量が減ってしまえばその分自動浄化のスピードも遅くなる。
無駄に魔力を失う訳にはいかない。
「あの…それで私はどうすれば」
「…あ、ああ。ええと、もう帰っていただいて結構です。お代は後ほどギルドの方に請求しますのでお支払いください」
「…わかりました、ありがとうございます」
「あ、あと…」
「?他になにかあればなんなりと…」
これ以上呪いを受けることはできない。
困っている冒険者には悪いが、別をあたってもらわないといけない。
「表の扉、鍵をかけて、CLOSEDにしておいてください」
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