2018/08/10
世界一狭い檻 (下)
私が病院の汎用アンドロイドへ閉じ込められてからどれくらいが立っただろうか。
私の中にインストールされたメイドモジュールが私の意思をすべて抑えつけ、直立不動で笑顔のまま私を立たせ続けている。
私は目の前の人物がなにか指示をするか、危険にさらされない限りは待機を命じられている。数ヶ月前は院長がメイドモジュールのマスターであったのだが、つい最近になってマスターの譲渡が行われた。
その人物は…。
「あー。だー」
その人物は目の前で、言葉にならないような叫び 声でおもちゃを振り回している。
その振る舞いからはまだ知性、というものが欠片しか感じられない。
無邪気で、無知で、まるで子供のようだ。
まるで、というのは見た目が子供からはかけ離れているからだ。
(なぜ、私が私の身体の世話をしなければ…)
そう、目の前の人物は他でもない、私自身なのだった。
院長が私から剥がした私の身体。
その中に、彼の孫の意識を植え付けたのだ。
幼い孫には先天的な病気があり、治療が難しかった。
院長が取った手法は他人の身体に移し替えるという人道からかけ離れたものだった。
当初は同じ年代、性別の身体を探していたのだが、孫の寿命が尽きようとしていた為に院長は作戦を強行しなければ、というときに私が交通事故で入院してきたのだ。
東京にある施設に私の身体をこっそりと輸送して入れ替え、本人には身体は手遅れであった、などと伝えて最新のアンドロイド体を提供する…。当初はそういった手はずだった。
だが、友人の美羽が、たまたま東京で私の身体を見かけてしまったことで作戦に狂いが生じたために私は量産機に意識を閉じ込められ、メイドとして扱われている。
おそらく今頃は"私"は行方不明になっているはずだ。
"アンドロイド体"に入った私が行方不明、となるとかなりの大事件となる。
そこから私の身体も無くなっていることは連鎖で判明することだろう。
だが、テレビに流れているニュースに私の失踪に関するニュースは流れることはなく、何事もない日常を流し続けている。
あの病院が不祥事を起こした、という類の話も全く聞かない。
「不思議かね」
院長がいつの間にか部屋に入ってきていた。
私の考えていることは彼には筒抜けなのである。
「アンドロイド体の誘拐は大事件とはなるが、交通事故はそこまでじゃない。1日に10人は交通事故で死んでいる時代だからね」
「交通事故で入院してきたボロボロの女子大生が、移植したアンドロイド体でもまた事故にあう…。不運だよね。そして身体のほうも修復できなかった…と。そして得体のしれない死体をひき渡して火葬してもらい、君の死亡は確定した。もはや君を探そうとしている人はいないよ」
「君の意識もクリーンインストールしようかと考えたが、せっかく自分の身体が目の前にあるんだからお世話してみたらどうかなと思ったわけだ。粋な計らいだろう」
悪趣味過ぎる、と口を開こうとするが私の意思は一切表に出てこない。
「…おっと、仕事かな。失礼するよ」
孫の様子を見に来ただけだったのか、さっさと部屋から出ていててしまう。
すると、私の身体が勝手に動き出す。どうやら私も仕事か。
戸棚から仕事に必要な物を取り出すと、
座り込んだままの"私"の身体の元へ歩き出す。
そして"私"の身体をゆっくりと押し倒し、仰向けにする。
(ああ…ほんと最悪)
孫は物心もついていない、幼い子供だ。
そのため、トイレなど行けるはずもない。
大人が着ているには恥ずかしすぎる大きなサイズロンパース。
そのボタンを外して"私"の紙おむつに包まれた下半身が露となる。
オムツに薄っすらとついたサインは排泄済であることを示している。
私の中のメイドモジュールには赤ん坊の世話のマニュアルもインストールされている。
なんら戸惑うことなくそのマニュアル通りにオムツをすばやく交換する。
私の身体が情けない格好で情けない行動をするのを目の当たりにしても、私は何もすることができない。
メイドとして行動することを矯正され、感情や言葉を外の世界へ出すことはできない。
唯一、院長にだけ考えていることが筒抜けであることを除いて。
オムツ交換を終えて気分が良くなったのか、四つん這いで再びおもちゃのもとへ向かう身体を見送りつつ、私はまた定位置へ戻り固まる。
いつまでこの地獄のような日々が続くのか…。
・
ある日、私と同タイプのメイドロボが1台、部屋に配置された。
汎用顔をはめ込まれたアンドロイドは、見た目も体型も、声も全く同じで、これもまた病院からの払い下げ品であることを匂わせる。
(…まさかまた、誰か同じような目に合わせたのかしら)
「ふふふ、誰だと思う?」
…また院長か。最初はそう思った。
だがその声は高く、女性のものである。
その声の方へ視線を向けると…
(…え、み…美羽?)
そこには私の親友。
私の身体を見つけて連絡してくれた親友がそこに立っていた。
「そう、美羽ちゃんだね」
美羽は腕を組み、壁により掛かる。
おかしい。
彼女の仕草ではないし、口調もなにか変だ。
そしてなにより…私の考えていることが筒抜けている。
まさか。
「そのまさか。私としても心苦しかったのだけどね」
やれやれと手を振る美羽…いや。
(院長……?)
「君のお友達は本当、友達思いだねえ…。まさかあの交通事故を怪しんで独自で調査を続けていたなんて」
(まさか)
院長より前に入ってきたメイドロボ。
そのメイドロボは私と並んで笑顔のまま直立している。
彼女から声は聞こえない。
「私もこの格好では表を歩けないのでね。院長職は今日を持って引退だ。今日からは二人で仲良く私達の世話をしてくれたまえ」
ー
自分を奪われ、自分の世話をするハメになる、という構図を書いてみたかったのですが、なかなかにシチュエーションを描くのが難しいですね。
あっさり風味に終わりましたがこれでこの物語はおしまいです。
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待ってました!個人的にも自分を奪われ流れが好きです。
返信削除もし孫が主人公をなりきって主人公の人生を続くという流れであればもっと好きかもしれない。
でもこのシチュも悪くないと思います。
お疲れさまでした。