「本日の天気は曇り、魔素濃度は1%未満で推移するでしょう。変化のおそれはほぼありません。外出の際は…」
テレビに設定したタイマーで電源が入り、朝のニュースが流れる。
魔素とは人間にとって害のある気体である。
ある日突然異界と繋がった穴から吹き出てきたこの薄い紫をした気体は、
人間に悪影響を及ぼしやすい。大量の摂取すると死の可能性もある。
世界の軍隊が総出をあげ穴を塞ごうとしたのだが、作戦はことごとく失敗。
その過程で摂取した魔素は太陽光を浴びることで除去できることがわかり、
防げない穴は諦め、魔素濃度を厳しく監視するようになった。
さて魔素を人間が取り込むと何が起きるかというと…。
「い、いやああ」
起きた私は、顔を洗おうと洗面所に行き、鏡をみて愕然とする。
私の小さな鼻が、大きな豚の鼻になっていた。
妹が私の叫び声を聞いて洗面所までやってきて、私の顔を覗き込む。
「どうしたの、おねえ…ってその顔は…あははは」
お腹を抑えて笑い出す妹。
「わ、笑い事じゃないわよ!」
私は妹に一喝すると、恐る恐る両手で鼻を触る。
私の鼻は大きく前に突き出て、先端はハンマーで叩いたかのように平面になっている。
鼻の穴は真正面を向いており、普通にしてるだけでも鼻の穴の中の様子が…。
「今日は魔素薄いのにねえ。運がないね、おねえちゃん」
人間が濃い魔素を大量に摂取すると死亡する例もある…が、こちらの世界に漏れでて、日光を浴びている魔素は非常に薄くなっており、
魔素による変化は人にもよるが、許容量以上の魔素が蓄積した場合である。太陽を浴びていれば大抵の場合は問題ない。そのため花粉症のようなものとして扱われている。
ただし一度変化が発生すると自然には戻らない。
積極的に太陽光を浴び、体から除去する必要があるの。
「…天気は曇。ついてないねぇ」
妹はそういうと私を押しのけ、顔を洗い出した。
「お母さん、今日学校休むー!」
私はそう訴えたのだが
「何言ってるの。魔素休みはそれぐらいじゃ通らないでしょ」
とすげなく返される。
「1年ぐらい前の私ぐらいじゃないとねえ」
妹は朝食を食べながら私に言う。
魔素によって歩行や食事が困難になる変化、精神が動物化してしまうなど、生活が出来ないレベルでないと魔素休みは認められないのが一般的である。
1年前に妹は足が植物化し根っこのように変化した。歩行困難というか、不可能という自体に陥ったのだ。
家族総出で妹に太陽を浴びせるために根っこに変化した足を抱えて庭に運びだしたことは記憶に新しい。
「か、風邪でいいから!こんな顔、恥ずかしくて学校いけないよ…!」
私は声を荒らげる。荒げた拍子に普段はでない「ふごっ」という大きな鼻の音が漏れ出る。
「友達にも笑われちゃう…」
私は涙目になる。
「マスクしていけば大丈夫でしょ。とにかく生活に問題はないのだからずる休みは許しませんよ」
お母さんが棚からマスクをとり出して、私に渡す。
私はマスクをつけてみたが…豚鼻になってしまったせいで人間の鼻に合わせて作られたマスクは高さも形も合わない。
「おねえちゃん、鼻がマスクからはみ出てる」
「うぅっ…」
鼻が突き出てることでマスクはいびつな形を取り、さらに鼻からでる鼻水はあっという間にマスクを湿らせてしまい、鼻の穴の形がまるわかりになってしまっている。
完全に、明らかに、全く変化を隠せていない。
妹がニュースを天気予報をやってる番組に切り替える。
「今週いっぱいは天気が崩れ、所によっては大雨となるでしょう、だって」
「1週間豚っ鼻で過ごせってこと?!冗談じゃないわ!」
また思わず声を荒らげてしまい、鼻息が出る。マスクは既に鼻水で濡れ、うっすらと透けて見えている。
「あまり気分高揚させると鼻水出まくるよ、おねえちゃん」
「うっさい!もうやだー…」
私は両手で鼻を抑え座り込む。いっその事豚になってしまったほうが休めた分まだマシだ。
「ほら、時間でしょ、行きなさい」
お母さんに背中を押され私は外に追い出された。
「学校入り口まで一緒にいってあげるから、ね。おねえちゃん」
妹はそう言いながら私に手を差し出す。
「う、うん…」
妹の妙な優しさに嫌な予感がしながらも私は妹の手を取る。
登校中、妹はどことなく嬉しそうな声で私に話しかける。
「去年、私が植物になった時、水吸えるの?とかいいながら足に水かけてくれたよね、おねえちゃん」
「そ、そうだっけ?ご、ごめんね」
私は謝る。
妹はニコッと笑うと「大丈夫、気にしてないよ」と返してくれた。
「その後、土をかけて埋まってたら?とか言ったのも気にしてないよ」
妹はそういうとカバンからお弁当箱を取り出す。
「豚の鼻ってとても嗅覚がすごいんだよ。固い鼻で地面掘りながら匂いで食べ物探すんだって」
「う、うん?」
「おねえちゃんの鼻もいま、すごくなってるのかな?」
妹はお弁当箱の蓋をすこしあけ、私の鼻に近づける。
私はつい、お弁当の匂いを嗅ぐと…我慢できない食べ物の匂いが一瞬に広がり、私は思わずお弁当箱に鼻を押し付けてフガフガと嗅いでしまっていた。
「うわ、おねっちゃん、豚さんみたい」
妹はそういうとお弁当箱の蓋を閉め、カバンにしまう。
私は我に返っていま反射的に行ってしまった行動に顔を赤くする。
「い、いまのはちがくて…!」
「おねえちゃん、お昼休み気をつけたほうがいいよー。さすがにその匂い嗅ぎまわってる姿をみたらドン引きかも」
事前にわかってよかったね、と妹は笑いをこらえながら言う。
「1年前のことはこれでチャラにしたげるね」
やっぱり気にしてたんじゃないか。
その後、ことごとく天気に恵まれないどころか、
魔素がさらに私の身体に蓄積してしまい、顔全体が豚のようになってしまった。
その私が次に太陽を見ることができたのはそれから2週間後のことでした。
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