朝起きたら自分の体が一変していた、という体験をしたことがある人はいるだろうか。
いたらぜひ、今、この身に起きている現象を説明してほしい。
身長が縮み、手や足、身体は半分以下にやせ細っている。
慌てて布団から跳ね起き、姿見に映った自身の姿は、以前の高校生男子の容姿からはかけ離れた、小学生ぐらいの可愛らしい少女であった。
肩にかかるぐらいまで伸びた髪の毛は細く、つややかだ。
「…なんだこれ?」
目の前の美少女に思わずつぶやいてしまった声も、この美少女にぴったりな高く澄んだ、可愛らしい声だ。
喉元に手をやるが、やはりそこには喉仏は存在しなかった。
まさか、と思いつつ股間へと手を伸ばすが、そこには何もなかった。
見下ろした身体には男のときにない、小さな胸の膨らみも確認できた。
「なにかの病気か?まいったな…うわ、腕ほっそ…」
相談しようにも両親は結婚記念日で旅行中だ。
日曜日だが医者に行ったほうが良いのかと思案する。
…十何年生きてきたが、ある日突然小さな女の子になる、などとという病気は聞いたことがない。
「とりあえず、親父に電話してみるか」
机の上においてあるスマホを取りにいく。旅行中でも電話にでることぐらいはできるだろう。
果たしてこの声で息子だと信じてもらえるかはわからないが。
「…おや?」
部屋を見回すと、いつもの部屋ではない感じがする。
いや、部屋の形や窓の位置は変わらないから俺の部屋であることは間違いがない。間違いないのだが、机やその上においてある文房具や小物が、女の子が好んで使うような可愛らしいものへと変わっている。椅子に赤いランドセルかけられ、本棚には空きスペースに小さなクマのぬいぐるみが置かれている。よくよく見ると自分の今来ているルームウェアも小さな身体にジャストフィットしている。こんなサイズの衣服は家ではまったく見たことがないし、そもそもハート柄なんて着るわけがないし、上は長袖でともかく下は腰回りを覆うだけのショートパンツである。自身のむき出しの生足が目のやり場に若干困る。
「本当に俺の家・・・だよな?」
恐る恐る自分の部屋から廊下を眺めてみるが、やはりそこは見慣れた我が家である。決して他人の家ではない。
…まるで自分が女子小学生だったら、という世界へ転移してしまったかのようだ。
「なんなんだよ、まったく…」
気を取り直して両親へ電話をかけよう。
スマホも無骨な大きさ重視の機種から、日本では大人気の誰もが持っているブランドスマホになっており、操作に戸惑う。ちなみに取り付けられていたスマホケースもただの透明ハードカバーから可愛らしい手帳型のケースへと変わっていた。
Prrrrrr…
「!」
両親へかけようと思った矢先に着信が入る。
ディスプレイには「コノミ」と表示されている…俺の彼女だ。
果たしてこのまま出てもいいのかどうか悩むが、今の状況は俺だけでは何が何だか分からない、そちらのほうの不安が勝り、俺は電話に出る。
「…もしもし?コノミか?」
「やはりその声…。始まってしまいましたか」
「コノミ?」
「はい、あなたの彼女のコノミです。キヨ、自分の姿に戸惑ってるかもしれませんが、安心してください」
「安心してくださいって・・・」
「必ずもとに戻れますから、ね?」
「コノミはこの現象がなんだかわかってるのか?」
元に戻れるから、という言葉に安堵するが、コノミのやっぱり、という言葉と事情を知っているような態度に対して質問をしてみる。
「わかっています…いえ、知っています、というほうが正しいですね。原因はわたしの家系の呪い…なのです」
「呪い?この俺の部屋もすっかり変わっているのも呪いだっていうのか?」
「…そうです。電話では伝えにくいこともありますので、ひとまずそちらへお伺いします」
「お、おい…」
ぷつっと電話が切れる。そしてその直後にインターフォンが家中に鳴り響いた。
(コノミのやつ、家の前に居たのか)
部屋の窓から玄関を見下ろすとそこには黒塗りのベンツが止まっており、コノミのいつものお手伝いさんが車から降りて、インターフォンを押しているのが見えた。後部座席にはコノミの姿も確認できる。
そう、コノミは超がつくほどのお嬢様なのだ。
俺ははぁ、と小さな可愛いため息をつくと、俺は急いで階段を降り、玄関へ向かう。
「よっと…」
背伸びをして玄関にかけられた鍵を外す。
いつもならなんともない高さにある鍵も、この身長になると手を上に伸ばさないと届かない。
「おい、コノミ。コレが一体どういうことか…」
扉をあけた俺は車から降りてきたコノミに近寄ろうとすると、
インターフォン前で待機していたお手伝いさんがコノミを守るように立ちふさがる。
「お嬢様、本当にこのキヨミ様が先ほどの呪いのお話の…その、あなたの想い人なのですか?」
「…コノミ、佐伯さんは何を言ってるんだ?キヨミって誰だ?」
俺はコノミへ視線を向ける。佐伯さんはコノミの専属お手伝いで、俺とコノミがつきあい始める前から何度も何度も顔を合わせている。俺のことを知らないはずがないし、コノミが事情を知っているのであれば伝えているのではないのだろうか。
「はい、私の彼氏のキヨヒコさんです」
「…信じられません」
何か珍しいものをみたかのような目で俺を見下ろす佐伯さん。
「この方は…その、お嬢様が懇意にされている同性で、年下のお友達…キヨミ様ではなかったでしょうか。それにキヨヒコという方は私の記憶にはございません」
「はい、そういう状況のようですね」
「…状況?」
俺は首を傾げる。佐伯さんには「事情」は伝わっているようだが、俺に関する「情報」が抜け落ちているようにみえる。
そんな佐伯さんの影に隠れていたコノミは、佐伯さんを押しのけるようにし、俺の目の前まで近づいた。
そして屈み、俺の手を取る。
屈んだコノミの顔は、俺の胸辺り…ちょっと低い位置に来る。俺が元の身長だったときと同じような位置関係だ。
「キヨ、大丈夫です。わたしは呪いに打ち勝ってみせます。あなたがどんな姿であろうと、愛することができることを証明してみせます」
「…すまんコノミ、1から、最初から説明をしてくれ、さっぱりわからない」
「はい、この現象はですね、私の…」
「お嬢様」
コノミの発言を遮る佐伯さんはあたりを見回しながら誰もいないことを確認する。
「ここでは何ですからひとまず、お部屋に上がらせていただきましょう。若い女性が寝間着姿で外に立ち続けるべきではありません」
コノミの発言を遮るように制した佐伯さんは、俺のハート柄ルームウェア姿をちらりと一瞥するとため息をついた。
いや、本当にため息をつきたいのは俺なんですが。
ともかく、佐伯さんとコノミを家にあげることにする。
佐伯さんは、俺の両親が不在であることを確認すると「お台所をお借りします」と言うと俺の返事を待たずに台所へ引っ込む。
「キヨ、あなたの部屋へ参りましょう」
「おう…」
あの部屋は自分のものである気が全くしないのだがしょうがない。
コノミを自室に案内する。
「…いつもはベッドに座らせてもらっていましたが…クッションがありますね」
そう言うとコノミはそのクッションを下にしき、そこへ座る。
コノミから手渡されたクッションを手に取ると俺も同じように座る。
「いつも困っていたのです。座るところがないなと。…キヨ、その身体であぐらをかかないでください、みっともないですよ」
「そんなこと言われてもな…」
俺は慌てて正座する。
どうやらコノミには男子高校生だったときの俺を認識しているようだ。佐伯さんはさっぱり忘れている…というより知らないように見える。
「そのとおりです、キヨ。この呪いは当事者以外は感知できない呪いなのです」
「さっきも言っていたけど、呪いとは一体なんなんだ?」
コノミはどう説明したものか、一瞬考える。
「私の家系は昔、この地を治めていたのは知っていますね?」
「ああ」
コノミの家はこの地方都市では知らぬものはないというぐらい名士の家だ。
郷土史を調べると必ずと言っていいほどコノミの先祖が出て来る。
「代々この地を治めるために厳しいルールが課せられてきたのです。通常、跡取りが直系の男子であればこのような呪いは発生いたしません。今回はその…私には兄弟がいないもので、私が唯一の跡取りなのです」
「女性が跡取りだと問題があるのか?」
「はい。昔は女性が主人となることはありませんでしたから、婿を迎え入れる必要があったのです。そしてその際に特別に課せられた呪いが、今の状態なのです」
「…なるほど、いまのこの現象を詳しく教えてくれ」
コノミはこくりとうなづくと、指を2本立てる。
「呪い、とはいいましたが課題のようなものなのです。2点を克服いたしますと呪いは解除されます」
指を1つおり、コノミは1の形をつくる。
「1つ目は私への課題。将来伴侶となり、主人となるべき相手がどのような苦難にあおうとも、助け、愛し続けることができるのかどうか」
「ふむ」
コノミは再び指を2本立てる。
「2つ目は、キヨへの課題。どのような苦難にあおうとも、それに耐え、克服できるかどうか」
つまり、俺のこの姿は苦難であり、俺が克服する必要があること、そしてコノミはそれを支え、愛し続けることができるか、試されている、ということか。
「…ちょっとまて」
俺はコノミの発言を制する。
「たしかに俺はお前のことが好きだし、現にもう1年以上付き合っている…が将来そうなるかどうかはまだわからないだろう?どうしてこの中途半端なタイミングで呪いが発動したんだ?」
「…………それは…その」
コノミは少しうつむく。髪の間からみえる耳が若干赤く染まっている。
「コノミ、重要なことなんだろ?教えてくれ」
「は、はい。そうなのですが…」
なにか煮えきらないような態度をするコノミ。
しばらくコノミは話すかどうか迷っていたようだが、しょうがないと決意したように話し出す。
「私が…その、夜を…一緒に」
「夜?一緒?」
「…その…身体を許してもいいかな、とか…そういう意識になると発動するのです」
つまりコノミが俺と…したいという気持ちになったということか。
なにか嬉しいような恥ずかしいような気持ちで一杯になり、目の前で恥ずかしがっているコノミがたまらなく可愛らしく見える。
「コノミっ」
「きゃっ」
辛抱堪らずコノミの飛びかかる…が押し倒すことができない。
…そうだ。この身体は女子小学生の身体で、非力なのだ。
同じ女性とはいえ、高校生の身体を押し倒すことができないだろうし、たとえ押し倒せたとしても息子は完全に行方不明である。
「キヨ、抱きつくのは構いませんが、まだお話が終わってないです」
…抱きついてきたと思われてしまったが、そう思ってもらっておいたほうが良いだろう。
我慢できませんでした、みたいなのは正直男のプライドが許さない。
俺は慌てて離れて佇まいを直す。
「ごめん、で…なぜそんな意識に…」
まさかその話題を続けられるとは思わなかったのか、コノミは顔を真赤にし、聞き取れないような小声で話す。
「キヨのご両親が…。そ、その、ご旅行に出かけられて、ふ、不在になるというので、ちょっとお、お、お泊りしたいな、とかそういう気持ちに」
なるほど、親の不在に俺の貞操が奪われるところだったか。
コノミ、超お嬢様のくせにそういうところはなかなかアグレッシブである。
俺は嬉しさで溢れ、コノミは恥ずかしさに苛まれ、しばし二人の間で沈黙が流れる。
「失礼いたします」
ノックと共に佐伯さんが部屋に入ってくる。
お盆の上にはケーキとお茶が載せられている。あんなの我が家にあったかな?
「こちらで用意したものです。さすがに勝手に人の家のものを使うようなことはいたしませんよ。お湯だけお借りいたしました」
美味しそうなケーキとお茶がテーブルの上に置かれる。
佐伯さんはその後、コノミの後に座る。
「…佐伯さん、いつもなら退室されるでしょう?なぜいるのです?」
俺は疑問を佐伯さんにぶつける。
俺の部屋で遊ぶときも、コノミの部屋にお邪魔するときも佐伯さんはいつもお茶菓子の手配を終えると退室する。…まあ退室してもすぐ近くで待機しているのだろうが。
「…わたくしにもご説明ください、お嬢様」
「そうですね、すこし重複する部分もありますが、改めて説明いたしますね」
佐伯さんにも同じように説明を繰り返す。呪いの発動条件はさすがに詳細は伏せていたが。
「なるほど。目の前のキヨミ様は本当は少女ではなく、男子高校生…ということですか」
「そうです。呪いは既に発動しているのです。先ほど説明したとおり、キヨヒコが本当の名前で、その、男性で私の愛する人なのです」
「…はぁ」
納得できない、という感じの佐伯さん。まあ俺ももしその立場だったら納得出来ないだろうよ。
佐伯さんはこちらをちらりと一瞥する。
女性とはいえ、その値踏みをするかのような視線に背筋に悪寒が走るが、ぐっとこらえる。
「当事者以外はこの苦難は"元からそうであった"ように感じられます。つまりいま、目の前の女子小学生が私と同じ年で男性でキヨヒコという名だということを真に把握できているのは私と目の前のキヨだけなのです。キヨのご両親もですら、自分の子供は娘だと認識されていると思います」
「…なるほど。コノミお嬢様は、そのキヨミ様を愛することができるのですか?」
「できます、愚問です。どのような姿であろうとキヨには違いありません」
「…わかりました。正直納得しづらいところはありますが」
理解半分、疑惑少々、というところだろうか。
「そうなります。まあ残りは安堵、でしょうか」
「安堵?」
「お嬢様の好みの対象が女性ではない、ということです。そうであれば旦那様がお怒りなられたことでしょう」
「…なるほど」
「佐伯、私はキヨであれば男性でも女性でも構わないのですよ」
コノミの発言に佐伯さんはちょっと憂鬱そうな顔をする。教育係の役目も与えられている立場としてはさすがにそういった発言は微妙なのだろう。
「…で、そのキヨヒコ様のことなのですが」
ん?俺?
「キヨヒコ様はどうしたら、苦難を克服した、と認識されるのでしょうか」
コノミはハッっとした顔をする。まるでそっちのことは考えてなかった、という風に。
「また、克服できなかったらどうなるのでしょうか?」
んー、と悩みだすコノミ。
達成条件不明、失敗したらどうなるかわからないとかどんな無理ゲーだよ。
しばらくするとコノミは思い出しました、とコホンと小さな咳をする。
「…私の家に伝わる本には、その苦難を克服したとき…みたいなことが書いてあったと思います。恐らく、与えられた姿で生きることができれば、ということではないでしょうか」
「へ…?この姿で…?」
この姿は、10歳になるかどうかぐらいの女の子で、生きてゆく…?
「つまり、キヨミ様として生活ができれば、ということなのでしょうか」
「…そうかもしれません。キヨが女子小学生として過ごすことができれば、克服したことになるのかも…」
「いや、ちょっとまて」
俺はこめかみを押さえる。
「じゃあなんだ、俺は女子小学生として小学校へ通う必要がある、ということか?」
「通うだけではないと思いますが、大筋はそう考えるほうがよさそうです」
頭痛がしてきたぜ。
「そんな無茶な」
「そしてこれも確証はありませんが失敗…すればそのままの姿、ということになるかもしれません」
「死ぬまで女として生きていかなければならない、ということか?」
「おそらくそういうことでしょう」
「はぁ!?」
「そうならないように、私は頑張るつもりではいます」
コノミはふう、とため息をつく。
「とはいえ、いまのは仮説です。これ以上は私もはっきりとは調べておりません。呪いの発動を感じたので慌ててきましたが、改めて本を確認する必要があります」
「…ではお嬢様」
「ええ、早速私の家へ戻りましょう。キヨも一緒に」
「ああ」
俺が一生女子小学生として生きていかねばならないかもしれないのに行かないわけがない。
俺はすくっと立ち上がり、ドアのほうへ向かう。
「…キヨ、待ちなさい」
「ん?なんだ、急ぐぞ?」
「…佐伯」
はい、と短く返事をした佐伯さんは立ち上がり、俺の肩をガシッと抑える。
「な、なんすか、佐伯さん…」
「…キヨミ様。玄関でも申し上げましたでしょう。若い女性がそのような格好で外をうろつくことなど許されません」
「佐伯、キヨは男ですから、女性の衣服には慣れておりません」
「承知しました、では私が着替えを手伝いましょう」
「い、いや、佐伯さん、大丈夫です、俺1人で出来ますし、男なんですよ!?」
「私には可愛らしい小学生にしか見えませんので。お構いなく」
俺が構うんだ!
…という抵抗も虚しく俺は強制的に着替えをさせられることになった。
「おい、他の服ないのか…」
「いろいろ探しては見たのですがこちらが一番オーソドックスでよろしいかと」
嘘だろ!
俺は佐伯さんに無理やり着替えをさせられたのだった。
半袖(フリル付き)の白のシャツに、丈が短い赤いスカートである。
俺は涙目になりながら、下着が見えてしまいそうなスカートの裾を引っ張る。
佐伯さんはそんな俺の仕草を見て、「なるほど、男性だというのがなんとなく理解できました」とつぶやく。
「佐伯、あなたの記憶にあるキヨミがよく来ていた服はどんな感じだったのでしょうか。私たちにキヨミの記憶はないのです」
「…たしか屋敷に遊びに来るときはこのような格好をしていたことが多かったかと存じます。逆にお嬢様がこちらにこられたときはショートパンツ姿が多かったように思います。どちらにせよ、脚は露出される方だったかと」
…やめて!その言い方変態っぽい!でもせめてショートパンツがよかった!
男の俺はそんな脚を表にさらけ出すような衣服など来たことがないのだが、もし女性として生まれていたらそういう格好を好んでいた、ということなのだろうか。
「コノミ…これ、恥ずかしいんだけど…。それに暖かくなってきたとはいえこの格好はちょっと寒いかな、なんて…。長めのパンツとかないのか…?」
コノミはそうですね…と衣装タンスを眺め、佐伯さんは困りましたね、といいながらもタンスを漁る。
「すでに春物へ衣替えをされている様子ですし、他は似たようなものしかございませんね。あ、このワンピースなどはいかがですか?」
ミニ丈のピンクワンピースを取り出して俺にあてがう佐伯さん。
なにか楽しんでいないだろうか、この人。
「…デニムジーンズ等もあるにはあるんですが、先ほどお嬢様がおっしゃられたとおりであれば、女子小学生としてふるまわなければ元に戻れないのでは?そう思い、積極的に協力して差し上げているのですが…」
戻られる気がないのですね、残念です、と顔を伏せる佐伯さん。
…絶対嘘だ。これは楽しんでやっている顔だ。
「キヨ、私はあなたが元の姿に戻らなくても愛していく自信はありますが、それでは今後、お互いが困るでしょう?また解除条件は定かではありませんがここは女の子らしく、振る舞っておいたほうが早く戻れるかもしれないと考えると、あえて女性らしい衣服を身にまとうことも重要かもしれません」
…確かにこのまま女子小学生の姿で過ごさないといけないのは大変困る。
俺はふぅ、と溜息をつくとコノミに笑顔を向ける。
「…わかったよ、そうだな。とりあえずこの格好でいいよ」
俺の笑顔に不意を突かれたのか、コノミは顔を赤らめて伏せる。
「だが、スカートはさすがに慣れていないからスースーするんだ…なにか対策はできないかな」
むき出しの脚を指差す。
「こちらはどうでしょう、女の子らしさを保ちつつ、風の冷たさも凌げるかと存じます」
佐伯さんは長い布を取り出す。それはよく見ると丈の長い靴下…いわゆるニーソックスと呼ばれるものだ。
「…まあ、時間もないししょうがないか」
俺はニーソックスを受け取るとベッドに腰掛ける。
履いたことのない長さに戸惑いつつも、膝を伸ばしたり曲げたり、ニーソックスを引っ張ったりしてなんとか綺麗に履くことができた。
「…キヨ、その履き方では下着が見えます…」
「はぁ、これはこの先が不安ですね」
コノミと佐伯さんは深いため息をつく。
…しょうがないじゃん!そんなことしたことないんだし!
立ち上がった俺は改めて姿見を眺める。
う、かわいい。…街中でこんな子が歩いてたらちょっとちら見してしまうかも…。
先程までとはちがい、ぎりぎりまで太腿の肌が見えない絶対領域を形成しており、これはこれでファンが多そうなファッションスタイルである。俺は、ちょっと嬉しい気持ちになっていることに気が付き、それをコノミと佐伯さんに悟られる前に姿見からスッと離れる。
「さ、さあいこうぜ」
「お待ち下さい、こちらもお持ちになってください」
佐伯さんは机の横にかけられていた小さな薄桃色の肩掛けポーチを渡される。
「え、いやスマホと鍵と財布ぐらいだし…」
「なりません。そのスカートのポケットは大変小さいので全て入りませんし、おうちの鍵みたいなものでも、布が薄いのでチクチクしますよ」
「…キヨ、女性が手ぶらで歩くのはよくありません。慣れてください」
「…そうなのか。わかったよ」
俺はポーチを開け、手荷物を入れる。ポーチの中には既に綺麗に折りたたんだハンカチとティッシュが常備されていた。意外とマメなのか、If女の子の俺は。
ポーチを肩からぶら下げてみる。
「…楽しいお出かけの準備万端、って感じですね、お嬢様」
「え、ええ…可愛らしいですね」
愛する恋人(?)が小学生になってしまったことに若干の不安を滲ませつつも、思った以上に可憐な美少女だったのか、コノミも「これはこれで…」みたいな顔をしている。
「コノミ、考えてることが顔に出ているぞ」
「!…コホン、そのようなことはございません。一刻も早く元の姿に戻れるよう、全力で解決に当たりますよ」
そう早口でまくし立てると、さっさと部屋から出ていってしまう。
佐伯さんも「それでは参りましょう」とコノミに続いて部屋からでていく。
ごまかすようにでていったコノミに俺はため息しか出なかった。
「お嬢様、着きました」
「はい、ご苦労様です」
佐伯さんが後部座席のドアをスッとあける。コノミは慣れたように優雅に車から降りる。
俺は身体が小さくなっているせいか、慣れない身体で降りるのに苦労していると、コノミが俺の手を取り、車から降りる補助をしてくれた。
「んっ…しょっと」
「キヨミ様、いまの可愛らしい発言はなかなか少女力が高いですよ」
…そうなのか?少女力とは一体…と考えながらコノミの部屋へと向かう。
身長が低くなっているため、周りの風景が若干仰ぎ見る形になっている。
なんでもない銅像や茂みが結構な威圧感だ。
「キヨミ様、歩き方にご注意くださいませ」
「歩き方?」
俺は自身を見下ろす。ニーソックスを履いたことにより、一層スラリとした脚が見える。
「その…いわゆるがに股になっております。女性の体型でその歩き方は、大変見た目がよろしくございません」
「…なるほど」
確かに、少女が親父のようながに股でふんぞり返って歩いていたら幻滅である。
俺は意識するように膝の向きが外を向かないように歩いてみる。
「…なんか結構、力がいるんだが」
「意識してくださいませ。人間の脚の形は自然と開くようになっておりますので」
「歩くだけで疲れてしまいそうだ」
「皆、努力しているのです。この際キヨミ様はコノミ様の努力も理解されるとよろしいかと」
…気が向いたらな…とは言ってられないんだろうな、多分。
「ところで…そのキヨミ、って呼び方はなんとかならないか?」
「ならないか、とは?」
佐伯さんは私にとってはあなたはキヨミ様なのです、という顔をする。
まあ記憶がそうなっているのでしょうがないのだろうとは思うが。
「どうしても俺が呼ばれている、という気がしないんだ」
「…コノミ様、いかがいたしましょう」
「呪いの解除条件にもよりますが、問題ないのであればキヨ、と呼ぶとよいです」
「よろしいのですか?」
「許可します」
ありがとうございます、と佐伯さんはコノミに礼を言う。
キヨ、と呼ぶのはコノミだけなので、佐伯さんは主人であるコノミに気を使ったのだろう。
「それではキヨ様、とお呼びします」
「そうしてくれると助かります」
そんなことを話しているうちにコノミの部屋へ到着する。
「これが代々伝わっている本です」
コノミが取り出した本は装丁が立派で、なんどか補修されたような跡があった。
紙は流石に日に焼けたように黄ばんでおり、ところどころ破れてはいる。
「カバーは何度か職人に直させてはいるんですけど、そのうち写本が必要かもしれません」
慎重にページをめくり、該当の記載がある箇所へたどり着く。
「苦難が与えられる者…つまりキヨのことです…はその苦難を克服し、苦難を自身の糧として取り込むことができたとき、苦難支えし者と共に主と認められるであろう…と書かれています」
「取り込む、という表現では具体的に何をすればよいかが分からないな」
「同感です」
と佐伯さん。
「…そうですね。本の後半に過去にあった呪いが簡単ですが記載されているのです。虫食いだらけで読むのが難しいのですが…」
コノミはより一層慎重にページをめくる。
劣化した紙は少し力を入れただけで破れてしまいそうだ。
「…やはりそうですね、取り込む、とは受け入れる、ということのようです」
…受け入れる。
「与えられたその身体、立場、能力を受け入れ、振る舞うことができるかということでしょう」
コノミは本を読み続ける。
「…どのような基準で評価・判定されるかはわかりませんが、関わってくる人間に違和感を持たれないかどうか、が肝のようです。」
「ちょっとまて、既に佐伯さんにはいろいろ伝えてしまっているぞ」
「詰みましたね」
佐伯さんがあっさりと詰み宣言をする。
えええ・・・!?
「ちょ、コノミ…俺はまさかもうこのまま…」
「ええと…大丈夫みたいです。この呪いの認識は1日毎に初期化されるようです」
危ない、開始早々選択肢を間違えてBADENDかと思ったぜ。
「初期化?」
「…なるほど。つまり今回説明したことは明日になれば私は忘れてしまう、ということですね」
「そのようです」
「つまり明日から佐伯さんにも違和感を持たれないようにしないとダメ、ということだな」
「なるほど…コノミ様、どうやら私は今回ご協力できないようです…申し訳ありません」
どれだけ説明しても忘れてしまうし、そもそも説明したら失敗、となればそうなってしまう。
コノミはふるふると首を振ると
「いいえ、気にしないでください。これは私とキヨが乗り越えなければいけない試練なのですから。それに今日はもう失敗、なのですからできるだけアイデアや問題点をあげてください。それが協力になります」
「…ありがとうございます」
佐伯さんはコノミに深々と頭を下げる。
「…で、何日気が付かれなければ勝利なんだ?」
「それを30回…つまり1ヶ月程継続しなければいけないようです」
「い、1ヶ月!?」
「継続、と書いてあるので途中で失敗したらまた1から、ということですね」
意外と長いですね…とコノミは呟く。
「そしてここから導き出される、失敗した場合のペナルティも見えてきます」
「失敗した場合?」
コノミはこくりとうなずく。
「正確には言いますとゲームオーバー的な失敗はないのです。ただし先ほどキヨの家では死ぬまで女として生きていく…という発言をしましたが、それより厳しいかもしれません」
「…なに?」
「ああ、なるほど」
佐伯さんはなにか分かったようだ。
「つまり、30日間を達成するまで、1日1回の初期化が永遠に続く、ということですね」
「そうなると思います。つまりキヨは永遠に女子小学生として認識され続ける…ということになります」
「…おいおい、タチが悪いな」
「キヨ、失敗したら終了、じゃないだけマシという考え方もできますよ」
佐伯さんは、そうですね…と呟くとしばし考えた後、発言する。
「元に戻るための作戦を提案いたします。恐らく、最初の数日は失敗を覚悟でキヨ様の情報を集めることに専念したほうが、近道かと。認識が1日1回リセットされるのであれば、怪しまれる前提で情報を集めるのです」
「なるほど…戻るまでの日がさらに伸びてしまうがしょうがないな、急がば回れだ」
俺は佐伯さんの意見に賛成する。
「はい、どこまでがキヨ様として違和感を持たれないボーダーラインなのか分からないまま恐る恐る過ごすよりは最初に情報を集めきってしまったほうがよいでしょうね」
「…ん?でもこれってコノミはどういう苦難なんだ?」
俺は首を傾げる。
俺が小学生として学校に通い、怪しまれなければ勝利なのであればコノミがでる幕はない。
「…そういえばそうですね…生活が困らないように手助けは出来るでしょうけど、私が小学校に行くわけにも行きませんし…ああなるほど」
「なるほど?」
「…どうやら私はキヨと1日の半分、12時間を共にいなければいけないようです」
「…なるほど。それは…厳しいな」
共にいる、というのも定義次第だが、たぶん同じ屋根の下にいればよいのだろう。
1日の半分は小学校、半分は家…か。
二人で行動しているときも気を付けなければいけないということだ。
「そして、キヨ。私は基本的に外泊はできません」
何回も言うがコノミは超、がつくほどのお嬢様なのであった。
そのコノミの親父は外泊は許さないだろう。
「あっ…ということは」
「はい、キヨは私の家で過ごしていただくことになります…キヨのご両親にはこちらから説明させていただきますね」
旅行中に寂しくなってコノミの家に泊まらせてもらったことにして、そこで情の移ったコノミが両親にしばらくこちらに滞在させたいと願い出た、いう形にするらしい。
「まあコノミの頼みであれば、お前の親もうちの親も断れないだろうけど…」
「では決定です。佐伯頼みましたよ」
佐伯さんはその会話を聞くと、携帯電話を取り出してあちこちへ連絡を取り出す。
「…佐伯さん、一体何を?」
「キヨ様の生活用品一式をご自宅から輸送する手配と、コノミさまと同室にする手配でございます、気になさらず」
「ちょ」
「佐伯、家に戻ることもあるでしょうから、輸送をしないほうが良いと思います。」
「なるほど、では新しく調達することにいたしましょう」
「いや、お金かかるし、そこまでしなくても」
「もちろん私が払いますので大丈夫ですよキヨ」
「…ありがとうよ」
コノミはあっと何か思い出したかのような顔をする。
…なんだ、まだ不安要素があるのか?
「佐伯、衣服は女の子らしいもので統一してください。ボーイッシュな格好をして怪しまれてしまったら元も子もありませんから」
「のおおおぅ、ちょっとまって、せめてジーンズとかは…!」
「お嬢様のこの苦難にかける意気込み…私、感動いたしました、おまかせください!」
佐伯さんはそういうと自らも用意する、といって部屋から飛び出していってしまった。
あの主人以外の話をまともに聞かない性格はお手伝いとしては不適格だと思うんだよなあ…。
「キヨ」
「なんだ?」
コノミに呼ばれた俺はコノミへ視線を戻す。
「まずは口調を整えましょう、なんだ?では駄目です」
「マジで」
「…それは今時ならセーフなのでしょうか?」
首を傾げるコノミも、今時の小学生がどんな喋り方をしているかは知らない。
「コノミの喋り方もキヨミにはあわなさそうだよなあ」
「そうですね…小学生の時は確かに、この喋り方は浮いていたと思います」
「…コノミの場合は喋り方だけじゃないけどな」
誰もが知っている名士のご息女と同学年だった俺達は、両親から耳にタコができるほど迷惑をかけるな、いじめるな、困っていたら助けてあげなさい、と言われ続けていた。
なぜなら両親達はこの地方で働いているのであれば、上にたどっていけば、必ずコノミのご両親の経営する会社に関わるので、無礼は許されなかったのだ。
まあそんな中、俺はコノミを引っ張り回して怪我はさせるし、服はボロボロにするし、ドロンコにして遊びまわることを続けていたのだ。うちの両親はさぞかし頭痛のタネだったことだろう。
何度も何度も謝りに行っていたのを思い出す…まあ今の両親はそんなことスッパリ忘れているのだろうが。
「…でもそうやって、どこか遠慮がある他の同級生と違って、キヨが他の友だちと同じように遊んでくれたのは…嬉しかったのです。父もそこは感謝しておりますし、私もそんなキヨが…好きなのです」
急な告白に俺は照れくさくなる。
コノミは当時を懐かしむような顔をしていたが、キッと顔を引き締める。
「周りにとって、いまの私とキヨは、年の離れた姉妹のような仲…という関係になっていると思います。あのときの思い出は私の中では確固たるものではありますが、この世界から消されたまま、というのは絶対に嫌です」
「ああ、そうだな。俺も嫌だ」
「なので、私も心を鬼にして、キヨに接したいと思います」
「ああ、わかった。俺も1ヶ月、頑張って克服してやるよ」
「はい、ではまず呼び方からです。私のことはお姉ちゃん、と呼んでください」
「ああ、おねえ…ってなんでだよ!!!」
流されるところだった俺は慌てて否定する。
コノミは惜しかった、とばかりに悔しそうな顔をする。
「…私、妹も欲しかったんです」
「…本当にお前は俺に元に戻って欲しいんだよな?」
「……………もちろんです」
いつもより沈黙が長い!!!確固たる思い出のくだりが台無しだよ!
この後、戻ってきた佐伯さんに普段の呼び方を確認したところ、「コノミお姉ちゃん」だということでコノミはガッツポーズをする。
「うふふ・・・お姉ちゃんですよー」
それ、キャラ壊れてるからな?コノミ。
「なあ、やっぱり呼び方はコノミ、でよくないか?」
「いけません」
ぴしゃりと言うコノミ。
「私の両親にまで及ぶのこの呪いは強力です。家にいる間も怪しまれるようなことは避けねばなりません」
「そうですよ。明日からは私にも悟られないようにしてくださいませ、キヨ様」
…でもなあ。なんかいい方法ないかなあ。
「あ、そうだ、夏休みを利用するってのはどうだろう」
「…夏休みは3か月も先ですが?」
「まあそうなんだけど、家に引きこもっていれば、俺は女の子っぽくしなくて済むし…」
「夏休みになるまではどちらにせよ小学校に通わなければなりませんよ?」
え、なんで、と口にする。
それを見て佐伯さんがはぁ、とため息をする。
「なぜと言われましても…。例えばキヨ様が屋敷に引きこもり、一週間学校を休んだら、どうなると思います?」
「どうって…」
「キヨ様。あなたはまだ自覚がないかもしれませんが、世間ではあなたは義務教育中の身として認識されているのです。長期間休んだら学校から親へ連絡がいくでしょう。そうなるとお嬢様は、あなたの両親からのお叱りを庇いきれませんし、旦那様もキヨ様を屋敷へは留まらせてくれないでしょう」
…なるほど。そうなってしまうと12時間一緒にいる、という条件を達成できなくなる可能性が高い。
コノミもそれぐらいはわかると思っていた、みたいな顔をする。
「…まあ夏休みを利用すれば戻ることができる確率は高くなる、というのは間違いありません。しかし、そのためにはそこまでの3か月間もしっかりとキヨミを演じなければなりません。どうせ演じなければいけないのであれば…ですよね?キヨ、私はあなたがどのような姿でも愛する自信はありますが、キヨヒコの姿で、キヨなのが一番なのは間違いありません」
「わかったよコノミ。夏休みに…とはいわずに、なるべく早く戻れるよう努力をするよ」
俺は肩をすくめながらそう答えた。
この話めちゃめちゃ好きだったのでまた読むことができて嬉しいです!!
返信削除投稿ありがとうございます!!