2018/07/24

この世界で起きた、幸せな入れ替わり

この世界では聖職者からの神託によって与えられた職業にしかつくことができない。
聖職者は世界に問いかけ、本人の資質を見極め、最適な職業を幾つか提示する。人はその中から職を選び、生きてゆくのだ。
神託がないまま職へついても、スキル(才能)を全く得ることはできない。もちろん技術だけでも生きていこうと思えば生きていけるが、一流と呼ばれるためにはスキルが不可欠なのであった。

今日も一人、若者が神殿を訪れる。
「でました。あなたの職業適正はこちらです」
羊皮紙にいくつ書かれた職業に、若者は納得がいっていないようだ。
「料理人、裁縫師、薬師...。うーん、他の職業はないのですか」
神託を信じないわけではないが、一流の戦士として夢を見てここにやってきたのにこれは厳しい。
「…そう申されましても。裁縫師なんかは特性が出ておりまして、100年に1人のスキルが発動するとまで出ております。戦士や騎士などは諦めたほうがよろしいかと」
「王宮騎士には…」
「無理でしょうな」
「…なんということだ」
王国に仕え、民を守り、姫を救う。そんな英雄譚を聞かされ、夢見てきた職業につくことができないとは。

「くそっ」
結局その場では選択をせず、酒場にやってきた若者。
エールを煽り、この世に悪態をつく。
「なにが神託だ。くそっ」
神託がないまま戦士になることはできなくもない。現に冒険者の中には夢を諦めきれず、適正のないまま旅立つ人間もいる。スキルを持っている子供にすら勝てない、無慈悲な現実が待っているのだが。
王宮騎士ともなれば、そもそも神託が無ければ応募することすらできない。
「あー…なんて面白くない人生なのだ!」
今の若者の気持ちを代弁するかのような叫びが、近くの席から聞こえてくる。
見た感じ若者と同じような年齢の女性のようだ。
昼間から酒を煽る女性というのも珍しく、つい話しかけてしまう。
「荒れてますね、僕も似たような気持ちなのですが、どうされたのですか」
女性は酒を飲む手を止め、こちらを座った眼で睨む。
金に輝く長い髪に碧眼。程よく引き締まっている腕と足から、スタイルの良さが伺える。この辺境の街ではなかなか見かけない美人だ。
「今日、神託を受けに来たのよ、田舎から、出てきて」
なんと。境遇まで似ているようだ。
「それは奇遇ですね。僕も実は同じで」
女性はそれを聞くと驚いたような顔をしたあと、ははあ、という顔をする。
「で、昼間からここにいるってことは、あなたも神託の中に」
「ええ、希望の職はありませんでした」
若者はやれやれと両手を上げる。
「臨んだ職がなくても、せめてすこしでも、夢がある職があれば、まだ慰めにもなったのですが」
「あはは…私もだよ」
女性はそう言うと、カバンから羊皮紙をとりだし、テーブルの上に放り投げる。
若者は羊皮紙を手に取り、そこに書かれた職を見て驚く。
「なっ…」
そこにはずらりと並んだ、戦闘職。
「聖剣士が特性とか言われてもね。私は戦いなんてこれっぽっちも興味がないのに」
「僕からしたら羨ましい限りです。僕は国を守る騎士になるたかったんです」
聖剣士なんて今この国に何人いるのか。その神託があるだけで国の大隊長は確実だというのに。僕は目の前の女性が羨ましくてしょうがなかった。
「私は…可愛い服を作って、店を持って、いつかは国中のみんなの服を仕立てて、そして自分の子供にも…そんな神託が欲しかった…戦いなんて」
女性はため息をつく。
若者は驚いた顔で羊皮紙を取り出す。
「世の中ままならないものですね、私には裁縫師の特性がありました」
若者の羊皮紙を見た女性は一瞬驚き、そして泣きそうな顔になる。
「…これが現実なのか。神も随分無慈悲なことをする」
若者も同じように神を憎む。
とは言え、神託はいつかは受けなくてはならない。
となれば生きていく上で困らないであろう職を選ぶことになるだろう。
若者も泣きそうな顔で女性を見る。
「僕があなたの夢は引き継ぎます」
店を持ち、みんなが着る服を仕立て、国一番の裁縫師になつるとを。そして
「あなたには僕の夢を、お願いしたい」
国を守る戦士となることを。
女性は泣きそうな顔のまま笑みを浮かべる。
若者もままならない現実に泣きそうになる。
「ああ、辛いな…」
「ええ、辛いですね」

「僕が」
「私が」

『あなただったらよかったのに』

酒を煽り過ぎたのだろうか。
いつの間にか、若者も女性も酔いつぶれたようにテーブルに伏せるように眠ってしまったのであった。

「お客さん、お客さん、おきてくれ」
マスターの呆れたような声が頭に響く。
飲みすぎたのだろうか、ズキズキと痛む頭を手で抑えながら身体を起こす。
「夕方の営業まで一旦店を閉めてるんだ、悪いけど早く出てってくれ」
「ああ、すまないすぐに出てくよ、いくらだ?」
マスターに謝罪し、会計を求める。
「お嬢さん、そこの野郎はあんたの連れかい?」
「野郎ー?いや、私は一人で…」
いや、まて、お嬢さんってなんだ。
若者は酔いの覚めていない頭を手で押さえ、考える。
飲みすぎたのか、喉の調子もよくない。身体もどこか違和感がある。
「そこの男と一緒に飲んでたじゃねえか。まあいいや、まとめて会計するからな」
そこ、とマスターが指した先には自分にそっくりな「若者」が酔いつぶれて寝ていたのだった。





「それが、お父さんとお母さんのであいー?」
少女が父親らしき男に問いかける。
「ああそうだよ、その後、僕はお店を持ち、お母さんは聖剣士になってお互い自分の夢を叶えたんだ」
「へぇー」

あの後はひと騒動だったような、そうでもなかったような。
入れ替わった直後は自分の馴染んだ身体を奪われた、もとに戻る方法を探さないと…と二人で、絶望したのだ。
だがよくよく考えるとお互いの神託はそのままであり、この身体であれば夢が叶うのだ、と理解できた瞬間に二人とも自分が他人になってしまったという悲観は消え失せたのだった。

もちろん、十数年共にした元の身体に全く未練がないわけではなかったので、そのままお互いズルズルと一緒に暮らすうちに愛芽生え、結婚となった。
希望と特性が一致した2人に障害はなかった。
決して破れもせず、燃えもせず、さらには聖なる加護が付与された衣服をつくりあげ、国外にも知れ渡る名を持つ裁縫師の男。その男が作り上げた防具を身にまとい、一騎当千で戦場を駆け巡り、国を守り平和をもたらす聖騎士の女。
女性として初の大隊長、そして国家の騎士代表にも成り上がった彼女の美貌は戦場を駆け巡ったというのに傷ひとつなく輝き、鍛え上げられたその美しい肉体は、誰もが羨み、そして尊敬した。
若干露出が過ぎるのでは、という指摘はいくつかあるようだが、そこは裁縫師の趣味であるので我慢してほしい。
可愛らしすぎる妻がすべて悪いのだよ。

「そして、君が生まれて…僕たちは幸せだよ」
娘の頭をなでながら幸せを噛みしめる。
あの酒場で起こった奇跡はいまだに何だったのか、わからない。二人の願いが一致したからなのか、哀れに思った神がなにかを施したのか。イタズラ好きの妖精の仕業か。
まあなんでもいい。私は今、最高の人生の真っただ中なのだから。
さらに願わくば、子どもの神託は素直に叶ってくれると嬉しいところだ。

「あの、あなた。私ももう一児の母なんですからね。普段着でもこんな短いスカートはいい加減…」
ああ、妻も起きてきたようだ。いつものように小言をつぶやきながら2階から降りてくる音がする。
それでは。

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